(085)召喚獣ジズ(3)
(3)
前方では既に、ジズとワキンヤンが甲高い咆哮を上げながら、羽を散らしつ交差している。
ジズの白色の巨大な光線の軌跡。大地を見やればわかる。木々を含め、あらゆるものを溶かしている。残った部分、消えた去った後の断面は、蝋のように溶けた痕がある。
ガミカの森の一部がごっそりはげた。一部と言うが、巨城エストルクの敷地面積に匹敵する森が、消えた。
兄のフェニックスが身を挺して押し留めていなければ、自分達も、王都も、跡形無く溶けて消えていただろう。
「……シュナヴィッツ殿下。あれは“人間”が近寄って良い“もの”ではありません。下がりましょう……!」
スティラードの声が届く。
シュナヴィッツは、頷かざるを得ない。ここに残っても、無駄死にだ。あの白い光線は、射程距離は短いが、範囲が広すぎる。近付いている所で撃たれては、簡単には逃げられない。エルトアニティ王子の無人の召喚獣ワキンヤンは逃れたようだが、あれは元々、風と雷光を操る“疾風迅雷”の化身。速さだけなら、あのサイズ故、どの召喚獣をも上回るだろう。
フェニックスの到着を待って、シュナヴィッツは空の全軍を王城まで下がるよう指示を飛ばす。
そして、飛び去る“炎帝”の後姿を何気なく見送って、気付く。
「兄上! 死ぬ気か!?」
思いと言葉は同時。シュナヴィッツの声に、右手側に居たネフィリムの護衛騎士であるアルフォリスが反応し、赤ヒポグリフを駆り、“炎帝”を追った。
すぐにティアマトを前進させようとするも、先にグリフォンが回り込んだ。
「シュナヴィッツ殿下はお待ちください! 俺が止めてきます!! いいですか、ちゃんとさがってくださいよ!?」
グリフォンの上からスティラードが叫んだ。彼はすぐにティアマトの左隣に居たマンティコア上のブレゼノに「必ずお護り申し上げろ!」と声を投げ、グリフォンの首を翻し、アルフォリスを、“炎帝”を追った。
ミラノは、フェニックスと、ヒポグリフ、グリフォンを視界にとらえる。
広いはずの大空のキャンバスは、黒く塗りつぶされ、焦げ茶の巨大な怪鳥がその大半を占める。
その手前を、黄色のワキンヤンが駆け抜ける。ワキンヤンが避ける度、森が、王都の端々が崩れていく。その轟音が響く度、ミラノが腕に抱えるパールフェリカはびくりと身を震わせた。
ミラノは右手を緩く空へ、手の平を上に指す。自分の意識をそちらに。
さらに腕を伸ばして、細い人差し指でマーキングしていく。
ジズはその嘴を開いて赤黒い火炎や、目から火線を飛ばす。
それらを避けて、隙のあるジズの体にワキンヤンが電撃を広範囲で落とす。その度ジズはどくんどくんと脈打って、ダメージを受けている。羽毛が焼け焦げ、表皮がくぼむのだが、すぐに回復していく。
ワキンヤンの逆サイドをとるのはフェニックス。確実に、熱光線や火炎を吐き出し、ワキンヤンと同じ箇所を攻撃してダメージを深めている。重ねた攻撃で空飛ぶジズの足が膝辺りで千切れた。赤黒い血を撒き散らしながら、切り離された足は地面にドスンと落ちた。フェニックスがワキンヤンに攻撃を合わせてている。先程までは出来ていなかった連携だ。
フェニックスは翻して空高く上昇する。彼の居た場所にジズの羽が何百枚と飛び、森に容赦なく突き刺さり、落ちていたジズの足にも突き立つ。
フェニックスの傍へ近付こうとしていたはずのヒポグリフとグリフォンは、やはりじわじわと後退し、シュナヴィッツらと合流するしかない。
対ジズに関しては、フェニックスとワキンヤン以外、近付きようが無いらしい。ジズの攻撃範囲が広すぎるのだ。
縦横無尽にワキンヤンが飛び回り、ジズの視線を奪い、その合間をフェニックスが飛び、一点攻撃を繰り返す。
だが、それでも。
落ちたジズの足は消え、本体に新しいものがにょきにょきと丸く生えはじめている。
一度大破しているフェニックスを再召喚して操るネフィリムの体力は、そんなにもたない。それは召喚士の誰もが、胸が痛くなるほど危惧している。
──そんな事は、知らない。
ミラノは、視界の中のジズとフェニックスの間の一点に右手を伸ばし、きゅっと掴んだ。
ジズの体の中心から輝きが駆け抜け、翼が白く光る。
再び、先程フェニックスが盾となり遮った光線が、来る。
暗い色味だったジズに光がこんこんと注がれるように集まり、白く輝く。急速に力を溜め込む。
そして、羽ばたきにあわせ、ジズの体表面から白色の巨大な光線が、フェニックスを、ワキンヤンを、王都を飲み込まんと放たれる。
眩しさに目を細めながら、ネフィリムの正面に、カッと光が満ちた。
対抗すべくネフィリムはフェニクスに火炎を出すよう命じるが、あまりに小さい。
その先。
別の、七色の、握りこぶし程の光が見えた。
点だった光は瞬時に大きく広がり、光線よりも大きな魔法陣の形をとる。魔法陣は、1枚ではなく、2枚ある。
ズレるように急速に回転しながら同時に、一枚がこちらへ、フェニックスをすり抜けながら空へ向けてぐるりと曲がる。
地面に対して垂直の魔法陣がジズの巨大な光線を飲み込み、地面と水平上空にある魔法陣の上から、その攻撃は空へ向け、放たれた。
真っ白の巨大な光の柱が、突然現れた魔法陣に飲まれ、もう一枚の魔法陣から飛び出した。光は空へ。黒雲を突き破る。
「──なんだ……!? これは」
ネフィリムは眩しさに耐えながら上擦った声を上げる。
空を埋める巨大な2枚の魔法陣はプリズムに輝きながら、ゆっくりと、ゆっくりと回転をする。
ミラノの魔法陣なら黒のはずだ。ならばこの召喚術は誰のものだ。いや、これは召喚術と呼ぶべきか。
2枚の魔法陣で、1枚が飲み込み、2枚目が別の場所で放出する。
召喚術として言い表すならば、まず1枚目で返還、次に2枚目で召喚をしている。
逆だろう。召喚術は、召喚をして返還をする流れ。その逆を、しかも“光線”というターゲットを動かしている。しかも、あまりに巨大。あり得ない。
“召喚術”の理屈が通じない。
──誰が、何をした!?
握っていた右手を開いて、その先に見えるのは光り輝く虹色の魔法陣。
それがジズの攻撃を全て飲み込んだ。上空に向けて、かの攻撃は噴出し続けている。上へ逃げていたワキンヤンは、慌ててさがっていたが、片翼の一部が溶けている。ちょっとしたミスだ。遠方の空間把握はなかなか、慣れていないもので難しい。ご愛嬌という事で許して欲しいと、深くも考えずミラノは心の片隅で思う。
魔法陣は、色という色を飲み込む。そう、周囲の赤黒い闇さえ。暗雲は、その魔法陣の光に押され、厚みを失っていく。
2枚の光り輝く魔法陣に、赤暗かった辺りは昼と変わらぬ明るさになっている。既に、日の暮れる時間だという事を誰もが忘れるほどに。
ミラノは王城3階バルコニーからそれらを見上げている。
左腕でパールフェリカを抱える。彼女の膝から力が失われていくからだ。
「──バレなければ、良いのでしょう?」
ミラノはプリズムの魔法陣を生み出していた。
相変わらず“出来たらいいな、出来てね、必ずやるのよ”といったノリでトライしている。
ミラノにとって、2種類目の色の魔法陣。
魔法陣の色は、その存在の“霊”の色と言われ、2種類もつ事は本来無い。
2種類存在する場合には、理由がある。
何らかの原因があって“霊”が変質している時。
レイムラースが人間に“憑依”して変質していた時には憑依対象の人間の魔法陣の色と混ざった青紫。本来の堕天使としての“霊”の色は黒。その2種類だ。天使は召喚術を使えないが、“憑依”していた状態だったので、“人間”だけが使える召喚術を行使する事が出来た。
ミラノはと言えば、違う色の魔法陣ならば、黒でないならばエルトアニティにもバレないだろうという思考で、やってみた、のだ。
だがミラノが選んだ、彼女らしからぬ派手な虹色に光り輝く魔法陣は、誰も見た事が無い色だった。近い色と言えば、リヴァイアサンが召喚された時の“神”の魔法陣だが、あれは白に朝陽が当たって七色に見えた、程度である。これほどはっきりと複数の色を発しながら輝く魔法陣は他に無い。そもそも魔法陣は半透明で向こうが透けてみえるもの。なのに、このプリズムの魔法陣は輝きも色も強く、黒の魔法陣の時と同様、半透明には程遠い。いや、それ以上に、あのように巨大な魔法陣が実現している事が、信じ難い。
3階バルコニーに居るガミカの重鎮達でさえ、ざわざわと声を上げる。一体誰の、何の魔法陣だ、と。
ミラノはそれを適当に聞き流す。どうでも良いのだ。
それよりもと、ミラノはまだ空を睨みすえている。
敵、神の召喚獣ジズは、健在なのだ。
怒り猛ったジズが、フェニックスに突撃をかましている。
ジズは巨大だ。避けきれなかったフェニックスの体が大きく揺れた。
「──見つけた」
ミラノは再び手を伸ばす。
空に、ひっそりと小さな魔法陣が生まれ、落ちていく人を捕らえ、飲み込んだ。
──それらを見つめるのは、堕天使レイムラース。
「その魔法陣……“不完全な”逆召喚……なるほど」
ぐったりとして、完全に気を失ったパールフェリカを抱きとめるミラノ。
それも、レイムラースは見下ろしていた。
「見つけたぞ。 だが、今日は見逃してやろう──“神”を召還する為、今しばらく休むといい」
巨城エストルク遥か上空から、6枚の黒い翼を打ち、レイムラースは飛び去った。