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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
83/180

(083)召喚獣ジズ(1)

(1)

 王都の周囲を埋める木々は、延々と広がっていて毛足の長い絨毯のよう。それが、生ぬるい風で大きく波打った。ざわざわと、緑に黒い影を落とし込みながら、揺れる。

 濃い雲は、赤い夕日を遮りながら広がっていく。

 次第に辺りは、赤黒い闇に包まれる。

 昼間は、“七大天使”によって護られた王都を『神に守護されし国』と連呼していた人々も、『いつそのご不興を買ったのか!?』と不安に飲み込まれている。王都内の人々は、警備隊の騎士や兵士らに追い立てられ、避難を続けている。

 王都に比較的近い南東の砦“ポルラドール”と南の砦“リー・ミューン”へ昼を過ぎた頃からドロドロと移動を続けている。一方で“光盾”などに所属しているような冒険者達は、傭兵部隊として王城前広場へ集結している。

 魔法陣は、広がる闇の中、一層輝いて辺りに白く光をばら撒く。アルティノルドの魔法陣は、その幅を広げながら、人々の不安を煽る低い音をたてる。

 人々の耳に、声のように聞こえた重低音。

 1,2度だけだが、言葉のように聞こえたと、誰もが言う。だが皆、声のように聞こえた回数が少なかった事から気のせいだと結論付けて、避難を急ぐ。

 確かな言葉として内容まで聞き取れたのは、力のある召喚士達のみ。

 さらに、いつまでもいつまでも、声をはっきりと聞き取り続けたのは、ただ1人──。

 パールフェリカは、ミラノの腕に自分の腕を絡めつつ、両手で耳を塞いでいる。強く。

 それでも、声は聞こえてくる。

「……パール?」

 不機嫌に顔をしかめているパールフェリカにミラノが声をかけるも、当然ながら届かない。ミラノにも魔法陣の回転音は、既に声と認識出来ない程度だ。

 パールフェリカは唇を噛む。


 ──……ダレニモ……ワタサナイ……──


 ミラノとパールフェリカは、3階バルコニーに出てきている。パールフェリカの誕生式典でステージとなった場所だ。3階と言っても、王城自体が山の頂上にある為、城下町全体を見下ろせる。

 近く、ややゴテゴテした鎧に身を包んだラナマルカ王が兜を左脇に抱え、ドンと仁王立ちで城下町と空の魔法陣に、臨んでいる。

 立派な鎧を装備して並び立つ歴々の顔と名前など、ミラノが知るわけも無い。だが、王の傍にある事と、堂々とした立ち姿に、皆この国の重鎮なのだろうなという事位は、推測出来た。

 ガミカ国の本陣である。

 ここからは王城前広場がよく見渡せる。次々と、飛翔系召喚獣が飛び立つ。その背には召喚士が騎乗している。

 薄暗いこの世界を照らすのは、“黒い何か”を生み出しつつある白く輝く魔法陣。


 ──……ワタシ……ダケノ……──


 パールフェリカは両耳を押さえ、体を内側に引き寄せる。目を瞑ったままミラノに寄りかかり、額を寄せた。

 目を細めてそれを見下ろすミラノは、パールフェリカの猫のように柔らかな亜麻色の髪をそっと撫で、肩を抱き寄せた。

 ミラノの腕の中で、パールフェリカは半分涙声で呟く。

「……なんで……誰にも聞こえてないの…………?」



 パールフェリカが顔を背ける魔法陣から、王都上空に、どろどろとその姿を現し始める。

 アルティノルドの召喚する“獣”。

 まず、脚が現れる。

 前方へ三又に分かれた指と、そこから黒光する爪。その爪1本だけで、巨木2,3本を軽く踏み潰す。後方へ伸びた指にもまた黒い爪が伸びている。皮膚は枯れかけた樹木の皮のようにささくれ立っていて、濃い茶色をしている。

 じわじわと下へ現れる両足が地面に付くと、魔法陣は空高く浮かび上がる。その度、獣の姿が顕になっていく。

 脚の膝は人の構造と異なり、後ろへ折れている。鳥のそれだ。前方の腿へ向けて厚みが増す。

 本来なら尾羽がある場所に、脚のささくれをずっと大きくした、刃のようなトゲトゲの鱗を持つ尻尾が、足3倍の太さで伸びていて、どすんと、地面を打った。同時に、数十数百本の木々がめきめきと音をたて薙ぎ倒される。木の葉が舞い上がり、散っていく。森に棲む獣達は、人間達よりもずっと先にどこか他所へ逃げていて、飛び立つ野鳥の類も獣もない。

 やがて、神の獣の全身が、暗闇の中、顕になる。

 全身が濃い茶色でところどころ黒い染みが広がっている。

 足先から腹辺りまでが鱗のようで、そこから頭へ向けてじわじわと羽毛が表皮を埋め始める。

 肩へ向けて大きく、腕は長く、翼と一体化している。翼の色も闇色に近い。それが大きく開かれると、王都は完全に暗闇に包まれる。もし前方に伸ばされたならば、王都は簡単に抱き込まれた事だろう。それほどに、巨大な姿をしている。

 顔の真ん中から、赤茶色の嘴が下へ曲がりながら大きく伸びている。うっすらと開かれたそれの間から、細かい歯がびっしりと見えた。赤茶けた鶏冠もある、それは体を動かしても揺らがない。硬さがあるのが見てわかった。

 細長くつりあがった大きな目。黄色く濁った瞳が、ぐるりと王都を見回した。

 “七大天使”が白く神々しくさえあるのに対して、この召喚獣は、暗く狂気の色が見える。



「相変わらずデカイな」

 その獣が身じろぎして巨大な翼を動かすだけで、人など吹き飛ばされてしまいそうだ。暴風も、瞬きするが如くお手の物だろう。

 サルア・ウェティスでリヴァイアサンを見て、“神の召喚獣”を体感済みのスティラードが、ネフィリムの横にようやっと辿り着いた。

 聖火の祭壇がある屋上から“神”アルティノルドの召喚した獣を睨みすえ、ネフィリムが呟く。

「鳥……。神の召喚獣“ジズ”か」

「“ジズ”って──本気で戦う気ですか、ネフィリム殿下」

「スティラードか。シュナの護衛はどうした」

「どうしたじゃありませんよ。あんなのと王都で戦って、勝てる見込みなんてねーでしょって言ってんですよ。俺からしたら殿下の方がどうしたって言いたいんですがね」

「仕方が無いだろう」

 そう言って、火の無い聖火台にもたれかかり、神の獣ジズを見つめるエルトアニティ王子にちらりと目線をやった。エルトアニティの横には、キリトアーノ王子が居る。危険があれば、エルトアニティの召喚獣“雷帝”ワキンヤンであっさり逃げるつもりだろう。

 スティラードもそちらを見た後、すぐにネフィリムの方を向く。

「この際、そっちの問題は後にすべきでしょう? 誰だってその判断が出来るはずだ、王都ですよ? ヤバイのは」

 再びジズを睨むネフィリムの横で、スティラードはプロフェイブの王子らには聞こえない程度の声で言う。10年近く、ネフィリムの傍で付きっ切りの護衛を勤めた事のあるスティラードは、互いに信頼がある分はっきりと述べる。

「姫様はともかく、あのネーちゃんは隠しようもあるでしょう、何で諦めないんですか。あなたらしくもない」

 物事が見えているかとスティラードは問うのだが、ネフィリムは軽い溜め息で応えた。

「パールには、彼女が必要だ。ずっとあの“人”の姿で傍に置きたいと考えているのは、見ていてわかる。それがパールの幸せになるのならば、私は力を尽くす。ただそれだけだ。他に、何か言いたい事は?」

 蒼の瞳は、冷ややかとさえ呼べる眼差し。それを受けてスティラードはぐっと唸る。付き合いも長く、身分の違いがあっても気軽に冗談のやり取りだってする間柄だからこそ、その本気は容易く伝わった。

 スティラードは視線を下げるしかない。

「──シュナのところへ行け」

 言葉無く敬礼し、スティラードは立ち去った。



 “神”アルティノルドの召喚獣ジズは、木々を蹴倒し、足を踏ん張り、その嘴を真上へ向ける。

 くぉおおおっと嘴を上下へ裂けんばかりに開き、高く鳴いた。それだけで、山々の木々が揺れる。

 嘴の間からは真っ赤な舌が伸びて、振動している様が見えた。

 形が大きい分、音量も人の耳には痛い程だ。

 ジズは翼を広げ、雲に背中を埋めるように飛び上がる。羽ばたきで黒い雲さえ払う。払われた雲間から、赤い夕日が差し込む。赤黒い世界。空には見たことも無いような大きさで舞う、禍々しい面構の怪鳥。

 おどろおどろしい印象を人々に与えるその威容に、誰もが“神の怒り”を覚えた。

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