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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
80/180

(080)久遠の呼び声(1)

(1)

 声が。


 ──……ニ……………………──……──レル……──


 誰かの声が聞こえ、ミラノの意識はうすぼんやりと半覚醒をする。

 自分の体を感じられないそこは、真っ暗闇の世界。

 目を開いているのか閉じているのかさえわからず、上げる手の感覚も無い。

 だが、この闇には覚えがある。

 リヴァイアサン襲来に呼び起こされる前、見ていた夢。その世界とよく似ている。

 ネフィリムは、召喚霊であれ召喚獣であれ、召喚が解かれている時は、“霊界”に居ると言っていた。

 召喚霊のリャナンシーは“霊界”を真っ暗だと言っていたと。

 だとしたら、ここが“霊界”という場所なのだろうか。

 “霊界”であったとしても、なかったとしても──“霊界”というものが何なのかわかりもしないので、どうしようも無い。夢ならば、さっさと覚めてくれたらいい。

 この後目を覚ました時、どれほど時間が経っているのだろうか。

 以前この状態にあった後、リヴァイアサンを前に目を覚ました時は、2日経っていた。

 目を覚まして、そこはパールフェリカの部屋なのだろうか。

 何事も無かったかのように、自分の世界の、アパートだろうか。

 わからない事ばかり。それは、不安の種でしかない。

 わかっていれば、ある程度ストレスは軽減できるものの、生きているのか死んでいるのかなどというレベルにまで話が及んでは、胃の辺りにチクチクと差し込むものがある。

 召喚獣や召喚霊に詳しいというネフィリムに聞いて、あの結論だ。

 覚悟というものを胸に刻もうとするものの、そうやってチクチクと痛みで抵抗をする。これが、生きようとする本能の現われなのだろうと感じる。諦めるなと。

 だが、どこに活路を見出せばいい。

 この世界へ来たばかりの頃の記憶を、ミラノは繋ぎ合わせる。

 実体を持つものとしての魂の導きとやらによって、ミラノは実体を与えられているらしい。だからこそ、死ぬようなダメージを受けても、再召喚によってもう一度実体を与えられれば、姿を現す事が出来るという。

 自分が召喚獣か召喚霊かであるならば、いわゆる“霊”とか“魂”という存在になっているのだろう。ならば、元の体へ戻る事を考えれば良いのだろうか。それが即ち、元の世界へかえるという事に、なるのだろうか。

 そうだとしても、一体どうやって──どうやったら、かえれるの?


 ──……オイテ……イカナイデ……──


 ゆっくりと、瞼を持ち上げた。

 やや霞がかった視界の先には、薄桃色の垂れ布。少し動かせば、窓が見える。空は夕日に染まるつつある。椅子、テーブル、楽器。テーブルの上に裁縫箱は、ダイアモンドのネックレス。そして膝の上に“うさぎのみーちゃん”。自分の衣服は、パールフェリカに着せられたもので、アクセサリがジャラジャラとぶら下がっている。

 パールフェリカの部屋。

 いつから意識を失っていたのか、いまいちわからない。

 エルトニティを見送って、再び“みーちゃん”のピコピコクッションを外して縫おうとしていた。その辺りから、記憶が無い。

 溜め息を我慢して、ふと胸元を見た。

 ネックレスのペンダント部分。クーニッドの水晶とやらが、うっすらと光っていて、じわじわ輝きが失われていくところだった。

 完全に光が消えるまでじっと見つめて、そっと指先で触れる。冷たい。

 次第に、意識がはっきりしてくる。

 ぼそぼそとした話し声が耳に入り始める。

「──では、すぐに」

「頼む。急いでくれ。レザードが戻るまでは私がここに居る」

「はい」

「……パールの姿が無いようだが。ミラノは──」

「ソファでお休みになっています」

「……寝ているのか?」

「ええ」

「召喚獣や召喚霊が眠るなど、聞いたことも無いが……」

 眠る、すなわち“霊界”への帰還になる。

「ああ、それから……エルトアニティの置き土産は?」

「あちらに──では、行って参ります」

「頼む」

 扉が開き、鎧の音と共に足音1つ、離れていく。すぐに、静かな足音が近づいてきた。ソファを回り込んで、ネフィリムが現れた。ミラノはそちらを向いていたので、目が合った。

「……おはよう。良い夢は見れたかな?」

 一瞬驚いた表情を見せたネフィリムだが、すぐに微笑んだ。

「──おはようございます。もう、夕方のようですが……」

 ネフィリムを見上げるミラノの動きがふと、止まる。

「何かな?」

「少し、疲れていますね。お忙しいのですか?」

「……わかるのかい?」

「何度かお会いしていますし、その程度の違い位……」

 そう言うミラノに、ネフィリムは苦笑する。

「私はあまり気付かれた事がないのだけどね。ミラノはきっと鋭い……観察力がある、という事なのかな」

 ソファの右端に座るミラノとは反対側の端に、ネフィリムはどさりと腰を下ろした。

「それは……言われた事がありますね。社交辞令程度で受けとった記憶があります」

「あれ、じゃあ今もそういう風に受け取っている?」

「そうですね」

 淡々と言うミラノに、ネフィリムは顎を下げて微笑う。

「シュナの事もあるが、やはり私は──」

「勘弁してください」

 ネフィリムの言葉の上へ、ミラノは重ねるように言った。声は混ざり、何を言ったのか有耶無耶に消える。

「…………」

「…………」

 しばしの沈黙の後、ネフィリムは座りなおすと、両肘を両膝に置き、手を組んだ。

「……シュナには申し訳ないがやはり私は──」

「そうですか、申し訳ないですか。ではさっさとその邪念は捨ててください」

 さすがに無視しきれず、ネフィリムの表情が歪む。苦笑を浮かべている。

「邪念て…………」

「他に何と呼べば良いですか?」

「えー……………………あー……いい、邪念で」

 ネフィリムは肘掛に左肘を置くと、その手に顎を乗せて姿勢を崩した。視線をじわじわとオレンジ色に染まる窓へ向けた。

 その横顔に、ミラノの静かな声がかかる。

「そもそも」

 声にネフィリムは目をミラノへ戻した。

 ミラノは膝の上に“うさぎのみーちゃん”を座らせ、緩く抱いている。乱れた方向にある耳を見て、ゆっくりと正しい位置に戻す。

「その手の事は、現状、考えたくないと思っている所なのです。私が最後まで聞かない事にあなたも疲れるでしょうが、私もそれなりに、疲れます」

「…………どういう意味かな?」

「パールに召喚される前日、私は付き合っていた男と別れました」

 ミラノは顔をネフィリムに向ける。

「これで理解していただけますか?」

「ほう」

 ネフィリムは肘置きから身を起こした。

「…………なぜそこで笑うのでしょうか。大体わかりますが」

 にやにやと、ネフィリムは問う。

「ふったの?」

「逆です」

「君が?」

「ええ」

「………………なんだか想像つかないな」

「ともかく、邪念はさっさと捨て去ってくださいね。お互いの為にそれが一番良いと思います」

「ミラノは結構キツイ事を言うなぁ」

「早めの方が、傷は浅いでしょう?」

「…………こればっかりは難しいな」

 ネフィリムは曖昧に笑う。それを黙殺して、ミラノは“みーちゃん”を逆さまにすると足裏の修復にかかった。

「それならば──」

 言ってネフィリムはテーブルに手を伸ばす。エルトアニティの置いていったネックレスをつまみ上げた。

「エルトアニティ王子に心動かされる事も無い?」

 それはポーカーフェイス。

「──ありませんね。あの人は……策略家きどり、といった印象です、私にとって」

 無表情だったネフィリムは一気に吹いた。眉をひそめて笑っている。

「ミラノの目にはそう映るのか、そうか」

「……アザゼルさんを召喚している所を、エルトアニティ王子に見られたのですが、その話は?」

 ミラノの言う“アザゼルさん”とは“七大天使”の長、孔雀王アザゼルの事だ。

「聞いている」

 おさめようとしつつ、まだ声をだして笑いながらネフィリムは返事をした。

「あの人の目的はアザゼルさん。今日はイスラフィルさんも呼びましたから、それも、ですか」

 ふうとネフィリムは笑みを消して、頷く。

「アザゼルとイスラフィル、私も見た。ミラノが召喚した所を見ていたら、あの王子は動くだろうとは思っていた。……ミラノは、これを受け取ったんだね?」

「そうですね。返したいのですが」

「……意味も無いから、やめておく方がいい」

「ですが、高価なものですよね。私は受け取るつもりも無かったのですが」

「エルトアニティにとっては大したものではないさ。ただの、次会う為の“口実”にすぎない。ミラノが返したいから会って欲しいと言って来るのを待っているか、その内こう言ってくるだろう。──返して欲しい、あるいは借して欲しいからどこそこに持ってきてくれないか、とね」

「…………」

「私はそれでミラノを連れ去られるのはご免だね。エルトアニティはミラノが召喚獣だと気付いていないから、その時点でパールに召喚を解かせ、こちらで再召喚すれば問題無いでも無いが。そうするとミラノが召喚されたものだとバレてしまう」

 ネフィリムの言葉にミラノは納得する。

 自分がスケープゴートになる分には良いが、その結果パールフェリカが召喚主だとバレる。パールフェリカが主だと念を押しすぎた。13歳になったばかりのパールフェリカに、狙いを定められる。

「パールを直接狙われるよりはずっとマシな話ではありますが……面倒臭いですね」

「ああ、本当に面倒だ。だからミラノ、これ以上は召喚術は使わないで欲しい」

「……何か、来るのですか?」

「一歩先を言うかい?」

 ミラノの問いにネフィリムは笑った。

「この部屋の窓からは見えないが、王都上空に巨大な魔法陣が現れた──リヴァイアサンの時と同じものだ」

「では、“神”の──」

 ネフィリムが頷き、ミラノは窓の向こうの紅く染まりつつある景色を見た。

「以前と同じ事が出来ると思いますが」

「それでも使わないで欲しい。私の方で、なんとでもする」

 ──“神”の召喚獣だけではない、プロフェイブからも、護る。

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