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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
79/180

(079)パール姫の冒険III(3)

(3)

 パールフェリカは、謎の敵モンスター襲来よりも、さらに訓練場での兄弟らの組み手観戦のよりも前、クーニッドのネックレスについて贈ってくれた相手へ、その詳細を聞きに行く途中だった事を思い出し、部屋を飛び出した。再び東の塔へ走っていた。

 3階渡り廊下へ差し掛かると、ゆるゆると足を止めた。

 ミラノを“人”のままにして、彼女の“七大天使”召喚によって力を奪われるのに耐え、回復するまでぐったりとしていたパールフェリカだったが、元気を取り戻した今、表へ出てきて敵襲来収束後の城下街を、初めて見ている。

 駆けて手すりに張り付いた。

 日頃の日常生活の煙なら、糸のような白いものなのに、今は、城下町のあちこちから黒色の煙が、もくもくと巨大な塊で立ち昇っている。まだ、消えていない火があるのかもしれない。

 太陽は中天をとうに過ぎて、昼から夕暮れまでを折り返した。

 民の避難場所となっていた城前広場に、比較的近い回廊まで来た事もあって、耳を澄ませばまだ歌や歓声が聞こえてくる。被害がありはしたものの、敵を打ち倒した“天使”に、街の人々は浮かれているらしい。

「──リディは……みんなは無事かしら?」

 ぽつりと言った言葉は、追いかけて来ていたエステリオの耳に入る。

「無事に決まっています。姫様はリディクディを何だとお思いですか。ガミカのすべての騎士達の憧れである近衛騎士の、その精鋭たる騎士が大命を拝して、姫様やシュナヴィッツ殿下、ネフィリム殿下をお護りする護衛騎士となるのです。無事で無ければリディクディなどクビです」

 きっぱりと言い放つエステリオの言葉に、パールフェリカはふふふっと笑った。身近な人が怪我をしたり、危険な目にあうのはとても怖いし、不安だ。エステリオはそれを和らげようと大袈裟に言ってくれている。それがわかるから、パールフェリカは笑った。

「そうよね……うん! そうだ! クビだ!!」

 そう言って駆け出そうとした時、声が聞こえた。階下からだ。声は複数あって、男女混じっている。


 ──まさか“七大天使”に護られるとは思いもよらなかったですね。

 ──いったいどなたの召喚術なのでしょう?

 ──パール姫?

 ──いやいや、あの年であれ程の力をば召喚したものに振るわせる事はまず出来ないでしょう。

 ──もし“七大天使”などという伝説級の召喚術であったらば、とっくにお披露目されているでしょう! ねぇ?

 ──もしやワイバーン襲撃やリヴァイアサン襲来の際も……?

 ──……そういえば今朝、ネフィリム殿下とシュナヴィッツ殿下が見かけない女性を連れてらっしゃいましたね。

 ──あ、それは私も見ましたよ。

 ──あの方、でしょうか。

 ──王子殿下お2人ともが傍に置かれるとは……きっとそうですね。

 ──いやはや、お会いしたならばお礼申し上げねば。

 ──お名前もちゃんと伺っておかなければ!

 ──どなたか、シュナヴィッツ殿下か、パール姫か。どのような方であるか伺わないと……殿下とお会いする予定の者はいないだろうか。

 ──今日は難しいでしょう、王子殿下お2人は目の回るような忙しさでしょうね。パール姫ならばお暇でしょうが……元々式典などでなくば、人前にはお出にならない。

 ──パール姫と言えば、シルクリティ王妃にますます面影が似てこられましたな。

 ──そうか! シルクリティ様だ。私の記憶が確かなら、あの方、シルクリティ様のお召し物を……。


 パールフェリカはぱんっと手すりを弾くように打って、その場を足早に走り去った。

 とても、聞きたくない事を、聞いた気がした。

 ──考えたくない。

 走りながら、パールフェリカは自分の頬を二度程パシパシと叩いた。

 そうして結構な時間走リ回ったパールフェリカは、東の塔へと向かっていたはずなのに、いつの間にか城内に戻っていた。あちこち随分と無駄に走ったらしい。

 エステリオが女性でありながら近衛騎士の精鋭の一人として、なぜ護衛騎士に選ばれたかと言えば、パールフェリカが幼く同性が良いだろうという判断と、その足の速さであった。護衛たる者、護衛対象から片時も離れず侍るべき、という理由だ。

 パールフェリカは小柄な割に、足が速い。泳ぐのも速い。小回りがきく上、本人もどこへ向かっているのかわかっていないところがあって、行き先の予測もつかない。幼い頃からはちきれんばかりの元気を爆発させていた。──だからこそ、幼いシュナヴィッツに母の命を奪ったと、密かに思われもしたのだが。だからこそ、前代未聞の召喚術の力の源と、なり得ているのだが。

 現状、あちこち角を曲がってやって来たパールフェリカの背後に、エステリオの姿はまだ無い。

 走っている最中、ここからなら近いという理由で、先程噂話にあがっていた兄、ネフィリムの様子を見てみようと好奇心が働いた。もちろん、本来の目的はすっかり忘れ去っている。

 しばらくして、パールフェリカの目の前にネフィリムの私室が見えた。

 衛兵がこちらに気付くが、パールフェリカが“にこぉっ”と笑みを見せると、衛兵も“にへらっ”と笑ってお咎め一切無しである。

 その隙に扉を少しだけ開く。

 無事かな? 怪我してないかな? そんな軽い気持ちだった。

 だが、飛び込んできた内容は、驚き以外の何ものでも無かった。

「パールとキリトアーノ王子を婚約させたい?」

 それは、ネフィリムの声だった。

 目を見開いて、パールフェリカは扉の隙間から覗き込む。

 ──婚約? 婚約?? 婚約!? え? 何?? こんやくって何??

 パールフェリカはかろうじて、両手で口をぎゅむっと押さえ込んだ。

 室内にはネフィリムと、大国プロフェイブの赤毛のエルトアニティ王子が居る。彼はミラノと会った後すぐ、ここへ向かったのだ。

「そう。私では年が離れすぎているというのがネックだったが、キリトなら18。問題もないでしょう」

 2人とも窓の方へ体を向けて、立ったまま話している。こちらには気付いていないようだ。

 ネフィリムの控えめな笑い声が聞こえた。それは、パールフェリカがいつも聞いているようなものではない。作った声だと、すぐにわかった。聞き慣れない笑い声では、どういう意味か量る事が出来ない。

「パールフェリカには、望む相手を選ばせるつもりでいます」

 ネフィリムのはっきりした口調に、パールフェリカは小さな小さな声で「にいさま」と呟いた。

 心底、ほっとした。いきなり婚約などと聞こえてきたから、余計に今聞こえた言葉に肩の力が抜けた。

 ネフィリムは、エルトアニティをまっすぐと見ている。

 モンスター襲来があったにも関わらず、ぐったりしていた自分と比べ、疲れた様子も見えなかった。瞳には強い意思がある。

 王族に生まれた以上、諦めるべき自由は沢山ある。

 ネフィリムはそれでも、自分の手でどうにかなる部分では、弟達には好きにさせてやりたいと思っている。それは父王にも告げており、了承を得ている。王もまた、ネフィリムを含み、子供らの幸せを心から願っているのだから。

 既に、エルトアニティがこちらへ来る寸前ではあったが、レザードの使いから、ミラノの召喚術をエルトアニティに見られた事、彼がミラノを直接訪ね、贈り物をしていった事を、ネフィリムは聞いている。

 どうせパールフェリカの婚約に関しては、ラナマルカ王からも同じ返事をされているのだろう。黙するエルトアニティに、ネフィリムは切り出す。

「そんなに、ミラノが欲しいですか? エルトアニティ王子。“天使”の召喚を見ているあなたが、黙っているはずはないと考えていた。案の定、すぐに来られたが」

 両者ともに表情が無くなる。あってもネフィリムのそれら全て、パールフェリカには本物に見えなかった。作り物だ。声も、怖い。そんな兄を、パールフェリカは初めて見た。

「……ご理解頂けているのなら、話は早い。ミラノはパールフェリカ姫のものと聞いていたのでこのお話をさせてもらったのは確か。仕方がない。ミラノ本人に直接かけあうが。良いのかな? ……パールフェリカ姫が、悲しむ結果になるぞ? ガミカが、プロフェイブに勝てると思うかな? 賢明なるネフィリム王子」

 ネフィリムは静かに、隠すように微笑む──エルトアニティは、パールフェリカからミラノを引き離せると思っている。ミラノがエルトアニティ王子になびいたとしても、彼女は召喚獣。その絆は“神の力”の領域だ、大国王子程度に絶つ事は出来ない。ミラノが召喚獣であると思わず、勘違いしてくれているなら、まだそちらの方がありがたい。

「ミラノはガミカのもの。止める気はありませんが……全力で邪魔をさせてもらいますよ? エルトアニティ王子。あなたの、諦めがつくまで」

 パールフェリカは、王子2人をじっと見つめている。

 ──エルトアニティ王子様ったら、ミラノをまだ諦めてなかったのね。

 その程度で聞いていたパールフェリカだったが、次第に心の内がもやもやとして、スッキリしない事に気付く。

 廊下の向こうから足音が聞こえ、ちらりと見ると、エステリオが駆けてくる。

 パールフェリカは扉をそっと閉めた。

「ミラノ、ミラノって……何よ」

 エステリオが到着する前に、ぼそぼそと呟く。

「……私が……ついでみたい……ミラノをプロフェイブに行かせる為の私の婚約って事? 何それ……」

 扉の前からそっと離れたパールフェリカの元に、エステリオが追いついた。

「姫様……? どうかなさいましたか?」

 半眼で不機嫌な様子の主にエステリオは声をかけたが、返事は得られなかった。パールフェリカはむすっと先を歩き始めたのだった。

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