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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
77/180

(077)パール姫の冒険III(1)

(1)

 モンスターの大部分が消え去ると、人々の頭上で大きく力を振るって見せた“神の使い”は空気に溶けるようにかき消えた。

 巨城エストルクの城前広場に避難していた民にもそれははっきりと見えており、人々は“神に守護されし国・ガミカ”と連呼し、安堵と共に歌い、手を取り合って歓声を上げた。

 “七大天使”のアザゼルとイスラフィルの姿が消えると、レザードはミラノを隠すために召喚していた巨大なコカトリスを還した。エステリオがパールフェリカを負ぶり、4人はすぐ城内に戻った。

 それから1時間余りぐったりとしていたパールフェリカはしかし、腹が減ったと訴え、さっさと昼食をかきこんだのだ。そのパールフェリカの耳にも、歓声は届いた。

 “人”型でも相変わらず腹の減らないミラノは、侍女サリアに裁縫道具を借りていた。“みーちゃん”の足の裏の糸をぷちんぷちんと丁寧に解き、ピコピコクッションを取り除いて、再び念入りに縫い合わせていく。その縫い目は歪み無く、丁寧だ。

 レザードはミラノの護衛についたままで、エステリオ同様パールフェリカの部屋の入り口付近に居る。時折、別の騎士が訪れてはレザードと何か話していた。今頃は、ネフィリムもシュナヴィッツも、今回の謎のモンスター襲撃の後処理で駆け回っているのだろう。

 昼食後、パールフェリカはベッドは嫌と言って、ソファで休んでいる。ミラノはパールフェリカに自分を“うさぎのぬいぐるみ”に戻してちゃんと休んで欲しいと訴えたが、「平気!」の一言。その後はこの話題に触れない。ミラノは溜め息を堪えつつ、“みーちゃん”のぴこぴこ外しを続けている。

 片足のクッションが取れ、縫い終わった頃。

「ミラノ、縫い物できるの?」

「人並み──いえ……縫うだけ、程度なら」

 言いかけて、人並み程度にはという言葉を飲み込んだ。中学生の頃に家庭科で習った『パジャマ1着作る程度の裁縫』なら一通り覚えているが、こちらの“人並み”などわからないし、身の回りの事は全て侍女のするパールフェリカに伝わる気がしなかった。

「へぇ~! 私出来ないから、すごいって思うわ!」

 パールフェリカは寝転がって肘置きに置いていた頭を持ち上げ、上半身を起こした。体ごとミラノの方を向いてくる。ミラノは手元を見たまま答える。

「兄弟が多かったから、自分の事は自分で、と教えられていたわ」

 ボタンが取れかかれば自分で、ブラウスの袖がほつけかかっていたなら自分で。下の兄弟が幼い内はミラノがその分してやる事も多かった。体操着のゼッケン付けや雑巾の準備などは、小学生高学年の頃から当たり前のように、自分でするよう躾けられた。

「何人? 兄弟」

 ソファの上を膝で移動して、パールフェリカはミラノの真横ぴったりまで近寄った。ミラノは小さい声で「針に気をつけてね」と言い、パールフェリカは「うん」と頷いた。

「4人──今は弟と妹が1人ずつ。あまり会っていませんが」

「会ってないの?」

「実家に帰っていませんから」

 一番下の弟となら、外で会う事がある。

「へぇ~……? あれ? 今は?」

「8年前に、事故で兄が亡くなりました」

「そっか……ごめんなさい?」

 ミラノの声音は平坦なまま変わらない。

「いいえ。もう、昔の事です」

「そっか! ……なんか、ふしぎ? だよね? また会えるって、いつまでも、思っちゃうっていうか」

 母を亡くして、肖像画でしか知らないながら、パールフェリカは人伝に聞きながら思う。ずっといつでも、会えるような気がしてしまう。もう死んでいないのに、まだどこかに居るような──すぐ会えるような、でもやっぱりもう会えないのだと、ちゃんとわかっている。

 ミラノは“みーちゃん”の足を持つ手を膝の上に降ろし、針をテーブルの上に置いてある針山に戻して、パールフェリカを見る。

「──そうね」

「でもそっか。4人兄弟? 私より多い!」

 にこっと笑みを浮かべた顔を突き出してくるパールフェリカの頭を、ミラノはふと、二度撫でた。

「私の妹は、ずいぶんとひねくれていました」

 すぐに手を下ろす。兄弟が居ない、という人よりはましだろうが、正直慣れない。それでも撫でてしまったのは、パールフェリカの持つオーラのせい。ミラノはそう思った。

「パールは、素直で良い子ね」

 微笑んで言うミラノに、パールフェリカはさらに笑顔を輝かせ、照れたように口角をにへーと上げる。

「え? えへへ? 褒められてる??」

「褒めています」

 満面の笑みをしっかりと見せてから、パールフェリカはミラノに抱きついた。

 ミラノは、妹とは仲が良くなかった。

 同性に嫌われる体質だからって、妹までが同じ態度で出るとは、思わなかったから。

『──お姉ちゃんって、サイアク!』

 ……妹の連れてきた彼氏がミラノに見とれたとか、その後も色々あった。もちろんミラノはその彼氏とやらも全力で振ったのだが、妹と和解は出来なかった。仕方が無いと、ミラノは思っている。ひねくれるというよりも、憎まれていた。妹の“彼氏”とは常々遭遇しないようにはしていたが、毎度同じ結果では、仕方が無い、と。妹はミラノを憎むしか無かったろうし、ミラノはただその“否定”を受け止めるしかなかった。妹の男を見る目をちょっとは疑ったりもしたが、ミラノが大学進学と共に家を出てからはイライラしがちだった性格も落ち着いたらしい。

 もう二度と会えないのだろうかと、考えは少し沈む。

 ──あの子は、23になってるわね、大人になってるのでしょうね。打ち解ける事が出来る年かもしれない。だけど、会えなければ、かえれなければ、何もかも、意味が無い。

 ミラノはパールフェリカの重みと体温を左半身に感じながら、空いていた右手で、その頭をまた撫でてやったのだった。

 しばらくパールフェリカとミラノは、とりとめのない会話を続けた。パールフェリカが身振り手振りで話し、裁縫を続けるミラノが相槌を打つ。そんな穏やかな時間。

 だが例の如く、話がしばらく続くとパールフェリカは「ちょっと待ってて!」と唐突に言い、ソファの背もたれをひょいと飛び越えて部屋を出ていく──元気になったらしい。その後をやはりいつものようにエステリオが追いかけた。

 レザードは残った。

 ミラノは口元に笑みを浮かべた後、“みーちゃん”の足の裏の縫い付けにかかろうとした時、衛兵が慌てて室内へ入って来た。大国プロフェイブ第一位王位継承者エルトアニティが訪ねて来た、と言うのだ。

 ネフィリムの部屋ならまだしも、パールフェリカの部屋に他国の賓客が訪れる事は年に1度あるか無いか、だとか。うろたえているようだ。

 この世界の通例も礼儀作法も知らない自分の方が困ってしまうのだが、ミラノはやれやれと内心呟き、その衛兵に言うしか無い。何せその衛兵も、レザードを含め侍女らも、ミラノをひたりと見ていて、明らかに指示を待っているのだから。

「パールは不在よ、そのように伝えて」

「──いえ、その」

 言いよどむ衛兵の背に、扉がこつりと当たる。衛兵は慌てて開きかける扉を振り返った。

「──失礼、ミラノはいるかな?」

 ──……本当に失礼ね。

 ミラノは呟きたい言葉を飲み込んだ。

 豊かな赤毛に眉目秀麗な大国王子が、ひょっこりと顔を出した。

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