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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
76/180

(076)レイムラースの召喚術(3)

(3)

 ミラノの左腕にズシリと重みがかかる。

 腕にしがみついていたパールフェリカが、よろめいて一層もたれかかってきたようだ。

 アザゼルを召喚した事で、彼女の持つ召喚士の力をごっそり引き抜いてしまったのだろう。よくわからなくとも、ミラノが何かする度こうなるのだから、そういうものだろうと認識するしかない。

 ミラノは自分が先に床に片膝を付き、パールフェリカをぺたりと座らせた。覗き込めば、気絶しているという事は無くとも、目を伏せて荒い息を抑えこもうとしているのがわかる。

「…………」

 パールフェリカの、望み──。

 ミラノは、白い輝き放つアザゼルを見上げる。

「あなたが何をできるのかわからないのによびだしたりして、ごめんなさい。あのモンスター達を何とかしたいの」

 アザゼルはミラノが全てを言い終わるまで、その顔をじっと見下ろしていた。そうして緩やかに首だけを動かし、モンスター達のいる城下町や森を見渡す。

 空は飛翔系のモンスターで黒く埋まり、街中は建物の間から異形達が飛び上がっては駆けている。黄色い牙を伝う、粘りのある唾液を散らして暴れていた。方々から、火炎と煙が上がり始める。

 空はティアマトを中心とした飛翔系召喚獣が牽制をしている。撃破まで至らないのは数が違いすぎるせいだ。地上にも濛々と土煙を上げてガミカ正規軍が縦横に駆けてはモンスターに立ち向かっている。

 レザードの言葉の通り、王都警備隊に導かれた民衆は広い城前広場へ続々と避難して来ている。

『…………あれらは今を生きるモンスターではありません。召喚されたもののようだ。召喚主へ交渉してみましょう。イスラフィルもよんで、時間を稼がせてください』

「……わかったわ」

 ミラノが返事をすると、アザゼルは翼に風を引き寄せ、フワリと浮き上がって手すりに立つ。そこでさらに4枚の翼を大きく広げ、トンと地を蹴り大空へ舞い飛んだ。白い尾羽から光の欠片がきらきらと飛び散って、その軌跡を描いた。

 ミラノはすぐに左右前後を見回す。

 左右はレザードの召喚したコカトリスの分厚い鱗のある黒い翼が、背後も黒色と茶色の鱗が斑に入り混じった太い尾がぐるりと周囲を巡っている。前方以外は視界も封じられているが、覗き見られる事も無いだろう。陽の光もかなり遮られている上、白い光を放つアザゼルも居なくなったので、日陰よりやや薄暗い状態だ。

 既に、エルトアニティ王子に召喚術を使っている所は見られているが、念の為確認をして、ミラノは先程までアザゼルの居た辺りに黒の魔法陣をイメージする。魔法陣はぎゅるっと音をさせ、すぐにその中心から一枚、二枚と炎の翼が伸び、四枚の翼が揃ったところで一人の男が飛び出す。魔法陣は消え、そこに真紅の翼を持つ天使が姿を現した。

 やや膨らんでいた四枚の翼を背にまとめながら、その炎はうっすら消えていき、翼の色に馴染む。この天使は濃く日焼けしたような肌をしている。髪はアザゼルと同じ白銀。すいと視線を動かしミラノを見下ろす瞳は、赤と橙、黄色を混ぜた炎の色。

 七大天使の先鋒、その刃を司る炎のイスラフィルである。

 薄暗かったコカトリスの足元は、オレンジの光に明るくなる。

 天使は人の1.5倍程の体格で姿を見せる。本来の大きさ、というものがあるのかどうかミラノにはわからないが、前回と同じ程の大きさで彼は現れた。

 手には彼の身長よりも丈の長い赤い錫杖が握られている。

 ミラノがその瞳を見つめ返すと、イスラフィルは一度錫杖で床を打った。次の瞬間、錫杖は形を変え、炎宿す、ずっしりと厚みのある長槍となった。オレンジの刃には、映り込みで炎が揺れている。そこに炎は無いというのに。

 ぐいと顎を上げるイスラフィル。

『よろしい。我が力、あなたの為に、示しましょう』

 片足を手すりにかけると、四枚の翼を広げ、イスラフィルは一気に飛び去った。向かう先は、黒に染まる空。

 彼の居た辺りに火花がばちばちと爆ぜた。

 エステリオがとすんと膝を付き、呆然と呟く。

「──私は、伝承の世界にでも、入り込んだのか……」

 ミラノは、同じ言葉を呟きたいのをそっと我慢した。


 フルアーマーに身を包んだ事で、汗が服に染み、さらに包帯の下の傷を刺激する。全身がしくしくと痛むが、シュナヴィッツは堪えた。気合さえ入れれば忘れられる程度。奥歯を噛み締めた。

 敵の種類は複数。

 大きさは皆巨大で、奴らの手にかかれば人間は簡単に握りつぶされてしまうだろう。

 ワイバーン、ワイアームは脚があるか無いかの違い程度で、特徴もそう違わない。

 実体は人の握りこぶし程しかないと言われるゴーストもまた、巨大な影の姿でゆらゆらとゆらめく。倒すにはその実体部分を潰さなければならないが、影の中のどこにあるのか、容易には掴めない。その影は、精神不和を引き起こす。掠められるだけで、どれほど勇敢な者でも、胸に不安がよぎる。

 また、腐臭を放つドラゴンゾンビはどれほど斬りつけても怯まないし、死なない。骨さえ灰となる程焼き尽くさなければこれを行動不能にする事は出来ない。

 それらが、王都の上空を埋め尽くす。

 唯一の召喚獣である獅子の顔を持つマンティコアに騎乗するのは、シュナヴィッツの護衛騎士ブレゼノ。連携しながら、シュナヴィッツは敵モンスターを追い込んでいくが、とどめを刺そうと動けばゴーストが邪魔をする。あれに触れると気力を持って行かれる。戦にあって、能力の最大値を大きく左右する気力というものは、欠片も失うわけにはいかない。近づけない。

 ゴーストは、大きく翼を広げる“炎帝”フェニックスが牽制を続けているが、数が数だ。またフェニックスはその強力な熱光線でドラゴンゾンビの相手もしている。全てを追いきれてはいない。

 地上への被害を食い止め、それ以上侵攻させない。今、シュナヴィッツらに取れる行動はそれだけだった。

 そこへ、四枚の炎が螺旋を描いて駆け抜けた。

 人の、召喚獣の、モンスター達の視線を、一瞬で奪い去って、その炎は大空に滞空する。停止すると、その四枚の炎が、翼であったと知れる。

「──イスラフィルか……ミラノ……助かった」

 顎の汗を拭いながら、シュナヴィッツは呟いた。


 王都から少し離れた辺り。ここらにはモンスターが居ない事もあり、空は青い。うっすらと白い雲が霞みのように流れているのが見える。

 木々の上空でペリュトンに騎乗し王都を見つめるレイムラースの背後に、ふわりと白い4枚の翼を広げるアザゼル。感情の無い瞳がレムラースを見下ろす。

『やはりお前か、レイムラース』

「──正直、驚いたな」

 レイムラースはペリュトンの首をめぐらせ、後ろを振り返る。

「本当だったとは。君をよびだしたのは、誰だ?」

『私は何も言わないと、言ったはずだ』

「天使は、よばれなければ、姿を現す事が出来ない。アルティノルドは、今は召喚術に集中して黙している。アルティノルド以外、私以外、一体誰が、君達を直接よびだすことが出来るのか。とても興味深い」

『……あのモンスター達が邪魔だそうだ。あれは、レイム、お前が召喚したのだろう? 還してくれ』

「私の問いに答えてくれるならば──」

『──次は、無いぞ。あれらを還せ。その本分を放棄し、人間に堕ちて、大きな口を利くな』

「堕ちたのではない。必要があって、人間に憑依しているだけだ」

『──それほど渇望するか。お前の器が今、人間である事実に変わりは無く、創造された意味を見失ったお前に、本来の価値は無い』

「……………………」

『ならば、お前の可愛いモンスターどもは全て、強制解除させるとしよう』

 やはり次の言葉を持たないレイムラースを、アザゼルは一瞬すら待たず、バサリと空気を打って飛び去った。


 イスラフィルの炎宿す槍は、持ち主の手を離れ、空を縦横無尽に駆け巡る。

 ジグザグとドラゴンゾンビは切り裂かれ、その切り口から焼け爛れる。そこから形は溶けるように失われ、消えていく。またイスラフィルに近寄るモンスターは、それだけで火炎に飲まれ、上下にドクドクと脈打つように揺れた後、大気に混じるように消える。

 ゴーストが唯一近寄り、その体に触れる事が出来た。が、触れる傍からジュッと音を立てて消えていく。オレンジの光を辺りに振りまくイスラフィルは、至って涼しげな顔で、周囲を見渡した。

 その視線の先、白い光を放つアザゼルが舞い飛んで来る。

 どの召喚獣よりも、モンスターよりも早い。勢いをつけ、速度を落とさず、地上へ飛び込むと、辺りがカッと眩い光に包まれる。

 輝きが消える頃、ばさりばさりと上昇するアザゼルの足元、地上には、敵モンスターの姿が一つも無かった。


 飛翔召喚獣に騎乗するシュナヴィッツをはじめとしたガミカの騎兵、また“光盾”の者達などは、ただ唖然と見守っている。

 地上でも、最前線で指揮をとる将軍らや王都警備隊の面々は、ゆらゆらと揺れて粉雪のように舞い降りてくる光の粒を静かに眺めていた。

 王城の屋上、ネフィリムも言葉を失った。

 見てみたいと思っていたが、これほどまでに“七大天使”の力が強大だったとは。

 ネフィリムははっとして、エルトアニティ王子を振り返る。

 彼は顎に手をあて、にんまりと微笑んでアザゼルとイスラフィルを見つめている。

「…………」

 ネフィリムは、数秒目を閉じ黙考した。開いた時には、敵モンスターの完全排除と収束に向けて指示を出し始める。



 遠く離れた場所からでも、アザゼルの光によってゴースト達が蒸発するように消えていく様は見えた。

 悲痛のレイムラースはただ下唇を噛んだ。ぐっと目を細めている。

「仕方が無いではないか──私は、そういう存在なのだから……──なぜ、その寵愛を一身に受ける“人間”の敵として、“モンスター”を生み出された。“神”よ……あなたはなぜ──私を望まれた……」


 “七大天使”のまばゆい輝きに、モンスター達は解けては消えていく。

 黒かった空は、次第にその本来の色を取り戻す。

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