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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
75/180

(075)レイムラースの召喚術(2)

(2)

 敵影が確認されてから、巨城エストルクは一気に色めき立つ。

 ネフィリムは召喚獣と飛翔召喚獣の指揮をとる為、ワイバーン襲撃のあった際と同じ、聖火台のある屋上へ既に1人向かった。

 1人で向かったとしても、彼の周囲には続々と指示を待つ者が集まってくる。屋上に着く頃には、将校らに囲まれている事だろう。それを手際よくさばきながら、再びフェニックスを空へ飛ばし、敵の状況を確認させる──すべてを、迅速に。

 パールフェリカは、城内ならどこに居ても構わないが、エステリオから離れるなと釘をさされていた。

 エルトアニティとキリトアーノは、再び召喚獣ワキンヤンの力とやらでふわりと風を纏って3階渡り廊下に1度降り立ち、敵影を確認すると、そこからさらにネフィリムらの居る屋上まで上がった。やはりその召喚獣の姿は現さなかった。

 シュナヴィッツはティアマトを召喚し、巨城エストルクよりずっと高い空へ一気に飛翔した。ティアマトはその直後、近寄る翼持つ獅子の姿をした召喚獣と合流し、共に飛び去った。

 それらを、訓練場に再び出て、見ていたパールフェリカが問う。

「あれ、マンティコア?」

「ブレゼノのマンティコアですね」

 ブレゼノはシュナヴィッツの護衛騎士の1人だ。エステリオはパールフェリカに応え、続きを独り言のように呟く。

「彼もサルア・ウェティスから戻っていたのか……指示がこの襲撃よりも先に飛んでいたという事になるな……」

 パールフェリカは腕を伸ばし、空を指差す。

「──あれは?」

 その先に黒色と、茶色と、斑模様の翼持つ馬、ペガサスが3頭居た。それぞれの背には比較的軽装の男が乗っている。

「あれらは正規軍ではありませんね」

 外套には同じ絵柄が描かれている。盾と太陽をシンボル化した図案だ。

「“光盾”か」

「こうじゅん?」

「冒険者らの中でも、日々鍛錬を欠かさず、軍の精鋭に勝るとも劣らない強き者、強力な召喚獣を召喚する者が稀におります。“光盾”という集団にはそういう者が集まっていると聞いた事があります」

 少し前まで、ネフィリムと会って話をしていた“光盾”の冒険者オルカ、ソイ、コルレオの3人である。

 次々と、勇壮に空へ舞い上がる召喚獣。

「…………」

 パールフェリカは隣に立つミラノを見た。

「ミラノ」

「……何です?」

「…………また、ワイバーンの時みたいに、なるの?」

「どうかしら」

 平然と答えるミラノに、ちょっとむっとするパールフェリカ。

「……ミラノは、怖くないの?」

「どうして?」

「だって……」

 リヴァイアサンの時も、ミラノだって自分と同じ女なのに、自分の方がこの世界の事に詳しいのに、なのに不安で怖がっていたのは、うろたえて泣いていたのは、自分だけだった。

 パールフェリカは口にするのが悔しい気がして黙した。

 ミラノは答えに窮するパールフェリカを見守るだけで、言葉を繋いでやる事は出来なかった。

 怖いと思うのは、自分の身に危険が及ぶかもしれない、あるいは誰かが危ないかもしれないと思うから、感じる。

 ミラノは今、正直それどころではない。心は別の事で一杯になっている。だから、現状、恐ろしいと思えない。

 自分は死んでいるかもしれないのに、どうしてまた死ぬかもしれないと心配しなくてはならないのか、面倒くさい、と。もし生きていたのだとしても、現状で思うのは、死ぬかもしれない、と結局同じ事なのだから。

 ──死んでいるかもしれない、自分は幽霊か何かなのだろう、と。

 誰かがそうなり、その人が生きたいと願っているのだと知ったならば、可哀想だと思うだろう。だが、自分がそうなって生きたいと願っていたとしても、自分に対して可哀想だと思う事はない。現実ぶち当たっている事実なので、仕方が無い、と思うしかない。急速に、ミラノの中では諦めに似た覚悟が決まりつつあるのだ。

 そんなミラノだから、今更、と思う。

 ただ、無責任にも放り出してきた事だけがミラノの胸を刺す。

 仕事は、派遣先は潰れたが派遣会社とのやりとりがまだ残っている。電話がきっともう何本も入っているだろう。出ないものだから、封書ででも連絡が届いているかもしれない。

 付き合っていた男とは別れたが、あちらの家にあるミラノの私物は後で宅配便で送ると言っていた。受け取りが出来ていない。

 家賃だとか、図書館から借りている本だとか、細かいことをあげていけばキリが無い。

 つまり、自分が生きていた証すべてが、責任が、果たせていない。放置したままである事が、ミラノは落ち着かないのだ。

 ──もし、死んでしまっているのだとしても、後片付け位、自分でしたかった。

「…………」

 ミラノの左袖をつんつんと引っ張るのは、パールフェリカの柔らかい手。

 それを見下ろしてから、ミラノはパールフェリカの伏せた長い睫を見る。その睫もまたとても柔らかそうだ。そんな事から、失敗してごわごわした睫のメイクを時々見かけた自分の世界を、思い出してしまう。そんな他愛のない事で、普段気にも留めない事から、元の世界の景色が脳裏に蘇る。それがミラノには不思議でならない。

「何?」

「ネフィにいさまはああ言ったけど、どうにかした方がいいと思うの」

 ミラノの袖から手を離し、パールフェリカは両手を重ねて胸に置いた。そうして、ミラノをまっすぐ見上げる。

「物凄く、ドキドキするの。私ね、さっきの訓練場で見たような組み手を見るのは、キライじゃないっていうか、好きよ。かっこいいもの! でもね、本当に、命が危ないような、怪我をしてしまうような、こういう戦いは、ドキドキして、胸が潰れそう……。ミラノ、みんなを助けられない?」

 ミラノは、先程の訓練と言って打ち合う様を前に、実はこっそりと目を背けていた。バーチャルリアリティのゲームや、テレビ越しなら見れるのだが、その場で殴り合っているのを見るのは、刺激が強い。昨日のシュナヴィッツとユニコーンを捕らえた者達との戦いでは、必要だと気を張っていたので切り抜けたが。

 組み手を見ていた時のパールフェリカは、今本人が言ったように、拳をぎゅぎゅっと握って目をキラキラとさせていた。だが今は、自分が大きな怪我でもしたかのように、辛い、痛いと訴える。

 ネフィリムからミラノの召喚術をあまり使うなと釘を刺されているせいか、今までのようにただ『助けて!』とは言わないようだ。

 ミラノは周囲を見渡す。

 エルトアニティ王子やキリトアーノ王子は、召喚獣の力とやらで風を纏って宙を降りて来ていた。念の為にと上空も再び見回した。彼らの姿は無いようだ。

「……もう少し、敵の見える所に行ってみないと。私に出来る事もよくわからないのだし」

「う、うん」

 か細い声でパールフェリカは頷き、ミラノの左腕に両手をぎゅっと絡めて組んだ。

 パールフェリカは日頃城に居て、こんな情景を見慣れてはいない。

 だがそれは、ミラノだって同じだ。

 人が物理的に傷つけあうような争いなど、テレビの向こうのニセの殴り合いかスポーツ、居酒屋の酔っ払い位でしか見ない。本物を見たとしても、加工された報道であったり、モザイクがかかっていて真実かどうか怪しい映像だ。そんな国から、自分は来ているのだ。パールフェリカに怖くないのかと問われて、怖いと感じなかったのは、単に現実味をもって現状を把握しきれていないからなのかもしれない。

 天井が無く、視界が広くきく東の3階渡り廊下に移動する事にした時、レザードが廊下の向こうから駆けて来て合流した。

 レザードは、アルフォリスと同じ鎧を装備している。

 柔らかいふわふわの栗毛をおかっぱにしていた。輪郭の濃い茶色の瞳とキメの細かい白い肌をしていて、中性的な印象。今年21歳になる物腰の柔らかい青年だ。

「レザードと申します。ネフィリム殿下よりミラノ様の護衛に就くよう命じられました」

 彼はそう言って、パールフェリカから離れないエステリオのように、ミラノのすぐ傍を歩いた。

「…………」

 例え、この体が死ぬようなダメージを受けたって、パールフェリカが再び召喚すればいいだけだというのに、護衛なんて──。

 ミラノは瞳を伏せ、特に自虐的という風でも無くそれが現在の事実だと、思い巡らせた。

 瞼を上げ、ミラノより指4本分程背の高いレザードを見た。

「はじめまして、ヤマシタミラノです」

 レザードは目を細めて微笑んだ。

「──レザードさんは、私が何か、ご存知ですか?」

「ええ、伺っております」

「ミラノ様、レザードは私の兄アルフォリスと同じ、ネフィリム王子殿下の護衛騎士です」

 エステリオがレザードの自己紹介を補った。信用して良い、という意味なのだろう。

「そうですか」

 いつの間に“様”付けで呼ばれるようになったのかしらとミラノはぼんやりと考えつつ、3階の渡り廊下へ移動した。

 辿り着いてすぐ、周りを確認する。城下町とその上空を見回した。

 右手6階分上方の屋上が、聖火台のある、ワイバーンが襲撃してきた際にミラノが居た場所だ。今は、ネフィリム達やプロフェイブのエルトアニティとキリトアーノも居るはずだ。

 ワイバーン襲撃の時よりも敵は、数も種類もずっと多い。地上にも、森の中を移動する大きな黒い影がいくつも見える。

 時が経つ程、それらは増えていく。

 クライスラーに“ぬいぐるみのみーちゃん”の時に抱えられて抜けた大通り付近が、ここからも遠くに見えた。そこにも、黒い影の踊る様が見え始める。人々は、逃げ惑っているのだろうか。無事だろうか。

「敵影発見前から、動ける王都警備隊全隊が王都周辺を固め備えておりましたので、そんな不安そうな顔をなさらなくても、民は大丈夫、ちゃんと避難出来ていますよ。パールフェリカ姫」

 レザードの声はやはり中性的で、柔らかい響きを持っていた。

 両手を胸の前で組み合わせ城下町を見下ろしていたパールフェリカに、レザードは頷いて見せた。

「襲撃を把握し、備えていた、という事ですか?」

 ミラノの問いにレザードはパールフェリカから視線を移す。

「ええ。確かに敵は多い。ですが、陛下とネフィリム殿下が健在の王都が落ちる事はありません。ご安心ください」

 緩やかに瞬くミラノに不信感がまだあると感じたレザードは、言葉を続ける。

「全軍を大将軍、貴族らを宰相とともに、陛下が指揮しておられます。ネフィリム殿下はその大きな流れを外から、様々な手段で補っておられます。例えば、そうですね──冒険者ギルドへの根回し、有力な冒険者クランとの協力関係、強力な召喚獣、召喚霊の使い手との独自の繋がりを持っておられます。またシュナヴィッツ殿下も王都におられます。ティアマトの柔軟かつ強大な戦闘能力は、先日のリヴァイアサン襲来の際にも発揮されました。なにより、ネフィリム殿下の“炎帝”も居て、どうしてモンスター如き恐れる必要がありましょう」

「──ですが、被害が大きくなりませんか? “炎帝”は大味な技ばかり、と聞きました」

「……それは……」

 言葉に詰まり揺れるレザードの瞳を、ミラノは見逃さない。

「私はごまかされるよりも、どれほど酷くても、事実の方を知りたいのですが」

 その淡々とした声に、レザードは大きな目をぱちりと瞬いてミラノを見ると、すぐに微笑んだ。

「──恐れ入りました。そうですね、お話は伺っておりましたのに……──現在、非常に危険な状況です。襲撃に備えていたのは、今回の“モンスター”らに対してではなく、再び何らかの“神”の召喚獣が召喚され、襲来がある事を想定していた為です」

 レザードの言葉を、パールフェリカはミラノを挟んで聞いていた。ミラノの腕にしがみついて、ぎゅっと目を瞑った。

 その時、ふわりと風が吹いて、大きな羽ばたきが聞こえた。

 この3階渡り廊下、城下町側の空に、青白い毛並みのペガサスが姿を見せ、滞空している。その背には、鎧に身を包んだリディクディが騎乗していた。パールフェリカの護衛だが、リヴァイアサン襲来の際に怪我をして休んでいた。

 パールフェリカはミラノの腕に自分の腕を絡めたまま、半身前へ出た。

「リディ!」

「姫様、こちらでしたか!」

 風の音が大きい。

「リディ!!」

 パールフェリカはもう1度彼の名を呼んだ。

「私も前線へ参ります。 エステル! 姫様を頼む!」

「──わかった!」

 羽ばたきを縫って言葉は交わされ、エステリオの声にリディクディは頷き、飛び去った。

 パールフェリカはペガサスの姿を数秒見送ってから、ミラノの腕と胸の間に、顔をぎゅっと埋めた。

 それをしばらく見下ろしていたミラノは、ゆっくり空へと視線を移した。

 敵というものを確認する。

 数が多いので、リヴァイアサンの時のように返還をするより、あの“モンスター”の内どれだけが召喚獣かもわからないのだし、潰す方がいいのかもしれないと考える。

 シュナヴィッツのティアマトが上空を旋回するのが見えた。先ほどまでの衣服から、フルアーマーに着替えているようだ。彼も、怪我をしていたのに──。

 敵を潰すのであれば、彼らの援護に回るのが主な役割になるだろう。だが、以前使った丸太や鉄板、資材置き場の資材は、きっともう復旧に使われて無いだろう。“飛槍”の武器庫も状況が変わっているだろう。

 召喚できるものが無い、と思った次の瞬間、思い至る。

 天使がいたな、と。

 すぐにミラノは『こんな感じだったかな』程度のイメージだけで魔法陣を広げる。きゅるっと、マンホール大で漆黒の、何が描かれているのかもわからない闇色の円が足元で回転する。

 そして、次の瞬間にはその中央から白色の尾羽と4枚の翼が、光の粒を振りまきながら現れる。白銀の長い髪は尾羽と混じっている。彼は白い輝きとは裏腹に、やや冷たい面をしている。

 孔雀王とも呼ばれる、七大天使の長、光のアザゼルである。

「は、話には伺っていましたが──」

「…………」

 レザードは唐突に召喚された、人よりも大きな天使を見上げて、声を上擦らせた。エステリオは目を見開くばかりで言葉が出ない。

「アザゼルさん……?」

 ミラノは『確かそんな名前だったかな』と思い出しながら、天使の顔を見上げる。アザゼルの方はついと顔を背け、視線を上げた。ミラノは一度瞬いて、彼の視線を追った。

 右手側6階分上にあたる屋上から、二つの瞳がこちらを見下ろしていた。

 ──エルトアニティ王子……。

 静かな眼差しのままのミラノの目と、驚きに大きく見開かれたエルトアニティの目が、はっきりと合う。

 ミラノは、そちらへ右手を緩く、まるで手を振るように掲げた。すぐに、エルトアニティの目を顔ごと覆うように黒い魔法陣が張り付く。

 レザードがはっと気付き、足元に魔法陣を展開、自身の召喚獣を最大サイズで呼び出した。

 全員をまたぐように、天井の無い渡り廊下の上にそれは現れる。

 魔法陣の色は乳白色、そこから現れたのは、凶悪な瞳でぎらりと睨みをきかす雄鶏で、翼と尾羽は、鱗持つドラゴンと同じものだ。レザードの召喚獣は、本人の人柄と正反対とも言える極悪なモンスターが由来の、コカトリスである。──この召喚獣、能力も効果範囲もずば抜けているが、飛翔速度が極端に遅い。その為レザードは今回、ブレゼノの騎乗するマンティコアの後ろに乗せてもらい、城に戻ったのだ。

 コカトリスは、10人が横に並んでも歩ける渡り廊下の、手すりと手すりに片脚ずつをかけて立っている。

 ミラノの見立てでも4、5階分の建物の大きさはあるようだ。その重そうな鱗のある翼がぐありと動いて、風を巻き起こしながらエルトアニティの視界からミラノとアザゼルを遮る。同時にエルトアニティの顔面にあった黒の魔法陣も、ミラノの視界から外れた事からすぅっと消える。

 他国での事なので手持ち無沙汰にふらふらと屋上に居て、階下から光を感じて見下ろした。3階の渡り廊下があった。そこで目にしたものを反芻し、エルトアニティは黒の魔法陣による目隠しから解放されたばかりの目元を拭う。

 再度渡り廊下を見下ろすが、丸く狂暴な、石化能力を持つ瞳がひたりとこちらを見ていて、その足元に居るであろう存在を隠す。

 ごくりと生唾を飲んだ。低い声になる。

「──なるほど。ああいうものを召喚する女か」

 にわかには信じがたいが、その目で見ては疑うわけにはいかない。

「妃候補というより、わかりやすい。ネフィリム王子が隠すのも──頷ける」

 呟きながら、その瞳は既に、いかにして手に入れたものかと沈潜していた。

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