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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
73/180

(073)兄弟いろいろ(3)

(3)

「……パール、あなたは?」

「え?」

「パールはどうしてここに?」

「私、来賓宿泊室のある東の塔に……──あれ!? アクセサリがない!」

 慌ててパールフェリカは両手を目の前まで持ち上げ、手の平を裏、面と回した。すぐに横に居たエステリオが表情を変える事無く言う。

「ここへ着いてすぐ、サリアが部屋へ持って戻りましたよ」

「え!? そうなの?? ──あ、ほんとだ。サリア居ない」

 パールフェリカは頷くエステリオを見て、ほっと息を吐いた。観戦に夢中で気付いていなかったらしい。

「そっか、よかったーー。落っことしたかとおもった! ……あれ?」

 次はミラノの方を向いた。

「ミラノはどうしてここに来たの? ここ来た事あったっけ? 道わかった?」

「東の庭園……あなたが綺麗と言っていたから、行く途中だったのよ」

 ネフィリムはカーディリュクスを探すと言い、気分転換になると言ってミラノも連れ出された。そこにアルフォリスが合流した。ネフィリムは随分と気を遣ってくれたようで、先に庭園を見せると言い案内してくれていたのだ──。

「3階の渡り廊下からこの訓練場が見えて──」

「あー!!」

 唐突にパールフェリカはミラノの首元を指差した。

「……何?」

「あ、いいや。ミラノが持ってるんなら」

 そう言ってパールフェリカは、ミラノの首元のシンプルなネックレスに手を触れた。これは、パールフェリカとサリアが見繕ったものでは派手だと感じたミラノが、こっそりと付け替えたものだ。

「ゴーブロンがくれたの、クーニッド辺りで採れる水晶がね、ほら」

 と言って両手で包む。ミラノはそっと腰をかがめパールフェリカが触れやすいようにしてやり、額をつき合わすようにして2人でペンダントを見ている。

「ここに入ってるの、それがね、この間から時々、内っ側が光るの。不思議ねーって思ってたから、ゴーブロンに聞こうと──……」

 そこでふと、顔を上げたパールフェリカは両手をするりとミラノの首にまわして、ぎゅうっと抱きついた。

「どうしたの?」

「……ミラノ、いい匂いー」

「そ、そう……ありがとう」

 若干戸惑いつつも振り解く事は出来ず、ミラノはパールフェリカの背に手をまわして、よしよしと撫でたのだった。

 また、訓練場の中央ではネフィリムが拳の具合を確かめ、しゃがむカーディリクスの腕を取って立たせている。

「じゃあここから稽古といくか」

「え!? まだやるんですか!?」

「気晴らしに付き合えと言っただろう? 面倒続きで軽く息を抜きたい。すぐ終わる」

 にっこりと笑ってネフィリムはカーディリュクスの肩を拳の裏でぽんぽんとゆるく弾いた。

 カーディリュクスは、はぁと溜め息を吐いた後、首を左右にこきこきと鳴らした。王子に怪我をさせないように素手で組手をするのは、街で重犯罪者を追うやら特殊任務につくやらよりもずっと、気を遣う。カーディリュクスは気合を入れなおして、ネフィリムの方を向いた。

「すぐ、終わりにしてくださいよ?」

「わかってる」

 そうして2人は距離を取りつつ動き始める。それをアルフォリスは至極真剣な眼差しで見ている。その横に、パールフェリカの傍らに居たエステリオがやって来た。

「アルフ兄さん、戻ってたんですね」

 ネフィリムの護衛として日々走り回っているアルフォリスは、エステリオの実の兄である。今朝ネフィリムの命令でサルア・ウェティスに飛び、夜までに戻るよう言われていたが、ついさっき帰ってきたのだ。この男は常に、ネフィリムの期待以上の仕事をする。その分、無茶もするが。

「ん。ああ。エステル、近い内に“事”がある。リディはまだ動けないのか? あの駿馬が居てくれると助かるんだがなぁ」

 “駿馬”とはリディクディの唯一の召喚獣、セントペガサスを指している。

 答えつつもアルフォリスの視界には、ネフィリムがある。

「“事”? リディは今頃、許婚のお見舞いを受けて幸せ一杯ですよ、きっと」

 リディクディはリヴァイアサン騒動の折の怪我で療養中だ。エステリオもまた、自分の護衛対象であるパールフェリカから目を離すことはない。

「そう言うならお前もさっさと相手を探せばいいだろうに」

「兄さんより先に動くつもりないって何回言わせるの。それに、私は仕事の方が楽しい」

 そこでアルフォリスは一度妹を見て笑う。

「俺も」

 エステリオは口角を上げ、にまっと笑った。アルフォリスはすぐに表情を引き締める。お仕事モードだ。

「姫から目を離すなよ。必ずお護りしろ」

「ええ。当然です」

 同じく厳しい目つきに戻ったエステリオは応え、再び先程まで居た、最も護りやすい位置へと戻った。

 その時、準備室で両手の布を外し、汗を拭いてきたシュナヴィッツが訓練場に再び出て来て、ミラノにしがみついているパールフェリカを見てぎょっとしたのだった。

「──あら」

「え?」

 ミラノの声に、すんすん鼻を鳴らしていたパールフェリカは、やっと離れる。ミラノは左手上方を見上げている。小鳥サイズのフェニックスが訓練場の上をすいと旋回し、降りてくる。

 それに合わせ、ネフィリムとカーディリュクスが大きく離れた。

 ネフィリムは布を巻いた拳を掲げ、フェニックスを受け入れた。両者は顔を見合わせてすぐ、3階渡り廊下を見上げた。

 プロフェイブの王子、エルトアニティとキリトアーノが渡り廊下の柵を乗り越え、舞い降りてくる。彼らの外套は風をはらみ、ばさばさと揺れた。落下の速度ではなく、ゆるやかに、降りて来る。

「手前、赤髪のお方、大国プロフェイブ第一位王位継承者エルトアニティ様。奥、銅色の髪のお方、第三位王位継承者キリトアーノ様。姿形を見せてはいませんが、彼らはエルトアニティ様の召喚獣ワキンヤンの力で降りて来ています」

 エステリオがパールフェリカに耳打ちをした。それは必然、ミラノにも聞こえた。

「わきんやん?」

「“雷帝”──稲妻と風を操る巨鳥。プロフェイブでは“炎帝”に遅れをとってはいないと言われています。とても強力な、唯一の召喚獣です」

 エステリオはさっと半歩後ろ下がった。

 パールフェリカも、そっとミラノから体を離す。

 ミラノはちょっとだけ痛くなった背中を二度程さすって、姿勢を正した。

 地面に降り立った2人は、ゆるやかにネフィリムらに近付く。巻き起こっていた風は、瞬く間に消え去る。

 弟王子キリトアーノはちらりと兄王子エルトアニティを見た後、両手を腰の高さまで上げてネフィリムにさらに近寄る。

「回廊から拝見しておりました。さすがネフィリム殿下。お強いですね、僕にもぜひ稽古を付けてください」

 それを見たシュナヴィッツが亜麻色の髪を揺らし足早に歩み寄ると、ネフィリムの横に立つ。

「兄上はお疲れでしょう。僕が」

 アルフォリスも位置を少し変え、ネフィリムの近くへと移動した。

 それらを見計らい、エルトアニティはすすっと、パールフェリカとミラノの居る方へ移動した。

「パールフェリカ姫、ですかな?」

「はい、パールフェリカでございます。今日おいでになると伺っておりました。エルトアニティ殿下でいらっしゃいますね。お初にお目にかかります」

 パールフェリカは頭を下げて言い、締めにはにっこりと笑みを見せ付けた。その笑顔にエルトアニティもまた微笑を返す。

「母君によく似てきていらっしゃいますね」

「母をご存知なのですか?」

「ええ、幼い頃、直接お話させて頂いた事がありますよ。とても美しく、賢い方でいらっしゃいました」

 自分は話した事が無いものの、母親を褒められ、パールフェリカは本心から嬉しそうに微笑み、照れて下を向いた。

 エルトアニティはミラノに視線を移す。

「先程、お会いしましたね」

 言葉と同時にエルトアニティはミラノに一気に詰め寄ると、彼女の顎に手を伸ばし、顔を近づけた。

「ええぇっ!!!???」

 ドでかい声を上げたのはパールフェリカである。顔を真っ赤にして、0距離のエルトアニティとミラノを見上げている。

 その声に、ネフィリムもシュナヴィッツも、全員がそちらを向いた。

 パールフェリカは口に両手をあてて息を飲んで見上げている。

 エステリオも、その狼藉が大国プロフェイブ第一位王位継承者のものなので、手を出すことができない。

 エルトアニティは言い訳をちゃんと用意している。后候補であると紹介されていなかったから、と言うつもりだ。

 ──が。

 エルトアニティはミラノの顎を、置いた指でなぞりながら、そっと離し、一歩退いた。

 自身の指3本を唇に乗せたミラノの、無表情があらわになる。

 突然の事ではあったが、しっかりとガードしていたミラノを、パールフェリカは目をぱちくりとさせて見上げている。

 ミラノはゆっくりと、口に当てていた手を顎まで下ろし、瞼を半分閉じて少しだけ目を泳がせている。考え、すぐにエルトアニティを見上げる。

 ──パールフェリカらに迷惑をかけてはいけない。

「失礼でしたら、お詫び致します。申し訳ありません。私は、初対面で口付けをする地域の出身ではありませんので、驚いてしまって……」

 驚いたという表情でエルトアニティを阻止したようには見えないが、相変わらずの無表情かつ淡々とした声で、いけしゃあしゃあと言った。

 向こうでシュナヴィッツが『プロフェイブにだってそんな習慣ないだろうが!』と無言でピキピキと青筋を立てている。

 エルトアニティは目を細めて微笑む。

「そうか、いや、それはこちらが失礼をした。貴女があまりに魅力的なもので」

 エルトアニティは顎を引いて、ちらりとネフィリムの反応を見る。

 それに気付いて、ネフィリムは一度ゆっくり瞬くと、エルトアニティの傍へと歩み寄った。

「エルトアニティ王子。我が召喚古王国ガミカにてそのような振る舞いはおやめください。ガミカの女は皆貞淑、ただ一人の伴侶に全てを捧げるよう教育されております。本意ではない相手からそのような行為を受け、自ら命を絶つ者もおります」

「いや、そんなつもりは無かった。配慮が足りず、申し訳なかった。次はもう無いので、許して欲しい」

「おわかり頂けたのでしたら、それで結構です」

 どうせ許すしかない。エルトアニティは大国の時期国王、方やミラノはこちらの王族でも無い。現在の格好は高貴に見える“人”の姿だが、貴族ですら──人間であるかどうかさえ、怪しい。彼女はパールフェリカの召喚獣なのだ。

 エルトアニティはネフィリムから視線を逸らし、じっとミラノを見つめた。

 ミラノは二度すばやく瞬いて、すぐに視線を逸らす。地面へと移した目線をどうしたものかとネフィリムへ向ける。だがその視界にエルトアニティの右手がそっと、割り込んでくる。

 一定の警戒が必要な相手と判断したミラノは、その手を見た。エルトアニティはその手を自分の胸へ当てる。自然、ミラノの視線はエルトアニティへ移動する。そうして、目が合う。

「あまりに、素敵な女性なので」

 エルトアニティはミラノに微笑を投げる。顔だけをネフィリムに、視線をミラノへ向けたままエルトアニティは言っている。

「プロフェイブへお招きする事は、できないだろうか」

 ネフィリムは、不快を面には出さず答える。

「……この女性ひとはパールフェリカの客人です。パール?」

「え?」

 突然話を振られ、パールフェリカは両頬にある手を下ろした。

「エルトアニティ王子は、彼女をプロフェイブへ連れて帰りたいそうだが?」

「ええ?? えーーーーーっ!!??」

 パールフェリカは顔を真っ赤にしたまま絶叫した。足を大きく開いてミラノの前に入り、エルトアニティを見上げた。

「何をおっしゃってるんですか??」

「姫をお迎えしたものかとラナマルカ王とはお話をさせて頂いていたのですが、私は27、姫は13におなりになったばかり。年の差もありますから、どうしたものかと決めあぐねていたのです」

「……へ? え? ネフィにいさま、エルトアニティ王子様は何をおっしゃってるんですか??」

「……………………パール。これだけ答えなさい。エルトアニティ王子は、ミラノをプロフェイブに連れて帰っても良いかとお尋ねだ」

 一瞬、パールフェリカはポカンとした後、じわじわと真顔になる。同時に紅潮した頬も普段のものに戻る。

 口を引き結んで、エルトアニティを見上げた。

「ミラノは誰にも渡しません!! エルトアニティ王子様にももちろんお渡し出来ません。 とうさまにだって……──例え、神様にだって!!」

 強い語調で言って、パールフェリカはミラノにがしっと抱きついて見せた。顔は、エルトアニティに向けている。ミラノは両腕まとめて抱きつかれて身動きが取れないまま、パールフェリカを静かに見下ろす。

 ネフィリムは肩を緩くすくめる素振りをした後、エルトアニティに言う。

「お断り致します」

 エルトアニティもまた肩をすくめた。

 ──后候補かどうか、これではわからないな。

「とても残念ですが、仕方ありませんね」

 その言葉尻に重ねるように、ざりっと地面を強く踏む音が聞こえる。

 布を巻いていない両の拳を2,3度握り、具合を確かめた後、シュナヴィッツはキリトアーノを見た。

「では、キリトアーノ王子、軽く手合わせ願います」

「え? あれ? ──なんか顔怖くなってませんか? シュナヴィッツ王子?」

 そして、服の下でほんのり痣になる程度にキリトアーノ王子は、八つ当たりとして、無理矢理稽古をつけられたのだった。

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