(071)兄弟いろいろ(1)
(1)
大国プロフェイブ第一王位継承者エルトアニティと第三位王位継承者キリトアーノは、ガミカ王ラナマルカとの謁見を済ませ、5歩先を歩く2人のガミカ兵の後ろに付いて迎賓室へ案内されているところだった。
王子らの後ろでは、プロフェイブからつれて来た護衛騎士2人がガシャガシャと鎧を鳴らしている。
アンジェリカ姫はガミカ国へ来る予定では無かった為、彼女の侍女と護衛が後からすっ飛んできて連れ帰った。
腕を組んで歩くキリトアーノは、不機嫌そうに顎を斜めに上げる。銅色のまっすぐの髪は、動きに合わせ肩の前へ流れた。
目を三角に尖らせ、ぽつりと言う。
「あの女、むかつく」
キリトアーノの声は、よそ行きに威儀を正して真っ直ぐ出す時にはならないが、普段は頻繁に掠れる。
半歩前のエルトアニティは足を緩め、弟の横を歩く。声を大きくしてしゃべらせる内容では無いらしいので、こちらがコントロールしてやらなければならない。
エルトアニティの声質ははっきりした明るいものなので、意識して小さくする。
「突然なんだ」
「見下した態度が気に入らない」
「見下す?」
「顔には出していなかったがあの女、アンジェをあざけってたぞ」
顔に出ていなかったと感じて、なぜあざけっていたとわかるのやら。
「そうか? 巻き込まれてしぶしぶアンジェの話を聞いていた風に見えたが。アンジェリカは……すぐ周囲が見えなくなるから」
「俺の事も見下していた」
エルトアニティはぶふっと吹いた。
「お前は阿呆か。もう少し人を見る目を鍛えないといけないな。あれは見下していない、完全に興味を持っていない目だ」
「……? どう違うんだエル兄」
エルトアニティはキリトアーノを見たまま顎をひいて遠のいた。相変わらずこの弟は自分の感情すら整理出来ないらしい。
「自分で考えろ。私は、ああいうタイプの方が燃えるがな」
「え!? まじで!? エル兄趣味悪すぎ! 可愛くない女なんて女じゃないだろ??」
キリトアーノは反射的に組んだ腕を解いて、心底信じられません、驚きましたとばかりに両手の指をがっばと開いている。
彼の“可愛い女”の基準は──……。
「お前はあれだ、ヤれるかヤれないかで好みを決めすぎだ。それをもし見抜かれていたならば、見くびられたって仕方が無いと私は思うがな。お前のその反感はただの被害妄想だ。むかつくのは、お前も本当はわかってるんだろう。短時間ではあったがあの目は確実、お前を異性として──人として見ていない。良くてその辺の観葉植物扱いってとこだろう。まともに口をきかせる事も、会話を成立させる事もできないんじゃないか。適当にあしらわれてな。今のお前じゃ絶対に落とせない。それをなんとなく感じるから、むかつくんだろう?」
「なんだよそれ……なんだよ」
考え込むように、一層不機嫌になって腕を組みなおし、キリトアーノはエルトアニティより前へ前へと足を進めた。その背に、エルトアニティは呟くように告げる。
「──気高い女だ、あれは」
そしてペロリと下唇を舐めた。
「相応以上の男でなければ、彼女には見向きもされないだろうし、そういう男でなければ彼女の魅力はわからない」
足を止め、また顎を斜めに持ち上げ、キリトアーノは兄を振り返る。
「なんだよ、つまり俺はそれだけの男じゃないって事か?」
片眉だけをくいっと下げて、エルトアニティは鼻で笑う。
「そういう事なんだろう、つまり」
「なんだそりゃ! 余計むかつく!」
エルトアニティはキリトアーノに追いつくと頭をぺしっと平手で打って「声を荒げるな、ここをどこだと思っている」とたしなめる。
「お前は、きゃーきゃー寄って来て喜んで股を開く女とでも戯れていたらいいだろう。どうせ王位は私が継ぐんだ、人生適当に遊んでいたらいいじゃないか」
横並びになると2人は再び歩き始める。
「それはそうなんだけど……」
不満気ながらもぼそぼそと呟くキリトアーノ。
面白いので観察を続ける為、その自尊心を傷つけずに笑いを堪えるのも大変だ。エルトアニティはそっと弟から顔を逸らした。
そんな兄の様子に気付く事も無く、キリトアーノは両手を組んだまま、正面を見据えて続ける。
「むかつくのには違いないんだ。あ、エル兄ちょっと俺を馬鹿にしてるだろ? 俺だって時々は頑張って落としにかかったりするんだぜ?」
馬鹿にしているのはその点では全く無いし、ちょっとどころではないと言いたいところだ。
「…………」
エルトアニティは笑いを堪えているので何も言わない。だが、同時に考えている事は冷酷だ。
──そのまま女と遊んでうつけっぷりを晒していろ。
「まぁパール姫はまだガキンチョだし、全然やる気出ないけど。はぁ~……ガミカはつまんねぇな」
腹いせのように、後半の声には棘たっぷりでキリトアーノは言った。
漸うやっと、笑いの波を押さえ込んだエルトアニティは正面を向いたまま、目線だけ横へやる。
「そうか……? パール姫だってあと2,3年もすれば確実に変わるのがわかるじゃないか。彼女は亡きシルク王妃に似ている。ガミカ一の美姫になるのは確実だ」
「でも性格がな、うるさそうだし、反抗しそうだ。馬鹿だし。今を見る限り、色気なんて身に付くのか疑問すぎる。あの女の艶のある黒髪は、触ってみたいと思わせるのに十分なんだが、性格がひどすぎる……! エル兄は気高いとか言うが、お高くとまってるだけなんじゃねーの?」
エルトアニティは弟のあまりに間抜けな発言に、声は出さないまでも笑う。たったあれだけでお前に他人の性格が全てわかるものか、と。
パールフェリカ姫に至っては13歳になったという情報しかなく、キリトアーノ自身は会った事も無いはずだ。噂だけを鵜呑みにして判断するお前の方が馬鹿だと、心底言ってやりたい。
そういえばキリトアーノの母である第三王妃も頭の中は空っぽの性欲の塊だったなと、エルトアニティは思い出す。そうすると一層呆れるような笑みがこみ上げて、自分で自分の首を締めてしまった事に気付く。再びくつくつと込み上げてくる笑いを堪える。
勉学は年下の王子王女に劣り、女の事しか頭に無く、召喚獣も手乗り文鳥が如き幼鳥で騎乗も出来ない。かといって武に優れるという事も無く、体力だけが人並みという有様。王家の者だというのにこれだけ無能だと、哀れすぎて可愛がってもやれるというもの。
「我が大国プロフェイブ、その王子であるお前がそういうセリフを吐くのか? わかってるのか? もう負けているじゃないか」
そう言った後、エルトアニティは真面目な顔をして、独り言のように呟く。
「──気位が高い、お前はそう言うが……そうじゃないだろう、あれは──品位。己の価値を知り、理知で立つ。……ネフィリム王子が隠しているのも気になる」
目を細め、ついにキリトアーノにも聞こえない声で思考に潜る。
「ガミカの妃は後宮を抱えるプロフェイブと異なり、一人。代々女傑や女丈夫が望まれ、選ばれているからな……あれが本当の妃候補、かな?」
一人で直接ネフィリムの部屋を訪れた、高貴な身なりの女。
ネフィリムが言葉を遮ってまで退がらせた事が、エルトアニティは気になっていた。