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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
7/180

(007)うさぎとシュナヴィッツ(3)

(3)

「…………」

 いささか、驚いた。

 本当に、しゃべった。しかも女の声だ、どこか艶っぽさもある。動揺は、こっそりと持ち直した。

「お前がパールの召喚に応じたのか?」

「知らないわ」

「…………」

 うさぎの返事は実に素っ気無いものだった。それはリディクディやエステリオと接していた時よりも冷たい。ミラノは相手の出方で態度を変えている。

 方やとろけんばかりの美貌の青年、方やシンプルな“うさぎのぬいぐるみ”である……が、シュナヴィッツは一瞬目を細めた。握るうさぎの耳へさらに力を加える。刺繍で出来た赤い丸い目は動きもしない。

「綿が固まってしまいそうね、そんなに握り締められては」

 淡々としているのだ。このうさぎは。

 二人と呼ぶには妙なものだが、シュナヴィッツとうさぎの間に、あまりにも不穏な空気が流れ始めていた。その事に気付いてエステリオは慌てて1歩前へ歩みでる。

「で、殿下! 儀式の途中、パール様はお力が足りず、召喚されたミラノ様はそちらのぬいぐるみへ移られたそうなのです。ですから、本来はそのような姿ではなく──」

「当然だろう! 王家の者がこのような“ぬいぐるみ”を召喚するようでは示しが──」

「ご、ごめんなさい……」

 はっとしてシュナヴィッツはか細い声の方を振り返った。

 寝室の入り口で、リディクディに支えられてパールフェリカがよろよろと歩いて来ていた。足元を見て歩き、止まると顔を上げた。白い肌が、いよいよ透けそうな顔色をしている。

「ごめんなさい、シュナにいさま」

 目を潤ませて見上げてくる。

 シュナヴィッツは、一度ぎゅっと口元を引き結んで、うさぎを握ったまま、前後にブンブン振り回しつつパールフェリカに歩み寄った。そして、空いてる左手でパールフェリカの額から前髪、頭を撫でた。

「起こしてしまったか。具合はどうだ?」

 声は、先ほどうさぎと対面していた時とは比べ物にならない程柔らかい。こちらも態度がころっと変わっている。

「私……」

 ほろりと、パールフェリカの頬から一滴の涙がこぼれた。

 その瞬間。

 とんっと小さな音。

 うさぎが絨毯の床を蹴り、そのままオーバーヘッドキックの要領で男の顎を蹴り上げた。

 ぽいん──ッ。

 軽い音とともに、時間が、緩やかに流れる。

 円を描く綿の詰まったうさぎの足。

 目を見開いて持ち上げられた顎のまま見下ろすシュナヴィッツ。

 驚いて顔を上げるパールフェリカ。周囲の者らも口をあんぐりと開けて見守るしかなかった。

 そのままうさぎは男に握られた耳を軸にくるんくるんと回転して、絨毯の上に見事に二本の足でシタッと着地した。掴まれ、固定されていた左耳はネジネジになっている。

 誰もが沈黙している中、うさぎはゆるく首を傾げた。

「やれば出来るものね」

 淡々と言ったのだった。

 そして、ネジネジの左耳に一切気を止めず、それを掻い潜ってシュナヴィッツを見上げて言った。

「女の子を、泣かすものじゃないわ」

 それはもちろん、無表情で。



 パールフェリカはうさぎのネジネジになった左耳をぐいぐい引っ張って付いてしまった型を取ろうとしている。

「僕は、お前の召喚主であるパールフェリカの兄、シュナヴィッツだ」

 部屋の中央側のソファにふんぞり返るように座るシュナヴィッツ。ソファ越しに後ろには彼について来た薄紫の衣服を纏った男が立っている。シュナヴィッツは彼を見ずに手で軽く示す。

「これはブレゼノ。僕の護衛だ」

 テーブルを挟んだ正面、壁を背にするソファには、パールフェリカが座り、その膝にうさぎのぬいぐるみが抱かれている。シュナヴィッツはその刺繍の赤目を睨みつけていた。

「で、お前も自分で名乗れ」

「ヤマシタミラノです」

「ヤマシタ……珍しい名だな」

「名はミラノの方です」

 ミラノがそう言うとシュナヴィッツは一々癇に障ると言いたげに視線を逸らして、だがすぐに戻した。

 どうにもファーストコンタクトが良くなかった。

「……納得がいかないし、わけがわからんな」

 シュナヴィッツはそう言ったのだが、うさぎはパールフェリカに抱かれたまま首を捻るのみだった。

「シュナにいさま……ごめんなさい」

 ネジネジの耳を弄りながらパールフェリカが小さな声でそう言った。

「いや、パールが謝る事ではない。この女が……」

 そこで一度停止した後「お前は女か?」と問う。

「ちゃんとこの子を慰めなさいな」

 話が逸れていると無表情のうさぎに指摘され、シュナヴィッツは一瞬眉を潜めた。慰めるという行為は中断するとマイナス効果さえあるのだから。

「パール、今は状況がよくわからない。一つずつはっきりさせていこう。そもそも、我が召喚古王国の血を引くお前がくだらないものを召喚するわけがないんだ」

 そう言ってうんうんと頷いている。

 ミラノはシュナヴィッツの、自身を慰めているような言い様に対してくだらないとばかりに顔を横に向けた。が、すぐに上を、パールフェリカの顔を見上げた。

 力がより加わり、ぎゅっと抱きしめられる感覚があったのだ。

 ミラノは軽く身体を捻ってパールフェリカの膝からずれてソファの上に立ち上がり、両膝を折った。顔の高さが同じになると、パールフェリカはこちらを向いた。赤い目で見つめた後、丸いぬいぐるみの手で彼女の頬を撫でた。

「みんなよくわからないの。悲しまないで」

 私が一番わけがわからないのだけど──と山下未来希は胸の内だけで呟いていた。

「いや、わかっている事はある、ただ異常なだけだ」

 シュナヴィッツの声に、ミラノの何ともなっていない方の、長い右耳がくるんと彼の方を向いた。

「ここの誰もがわかっている事だと思うが。獣使いは、この地上の魂を引き寄せ実体化させる。この実体化したものを召喚獣という。なぜ獣というのか、それは人語を解さず話せないものしか召喚に応じないからだ。霊使いは、この地上外、異界の霊を引き寄せ、力を実体化させる。この引き寄せられた霊を召喚霊という。こちらは人語を解し話しも出来るが、短時間しかこの地上に留まる事が出来ない。それこそ、数十秒が限度だ。──で、ミラノ、お前だ」

 ミラノはパールフェリカの頬から手を下ろして首をシュナヴィッツへ向けた。所々銀糸の煌く赤い刺繍の目がシュナヴィッツの瞳を見返す。ミラノは黙している。

「みーちゃんに……」

 パールフェリカが口を開いた。

「本当は、ちゃんと人の像を持って来てくれたんだけど、実体化させても私にその姿を維持させてあげるだけの力が無くて、みーちゃんに入ってもらったの」

「つまり、実体情報を持ってミラノは召喚されてきた──召喚獣だったという事だな?」

「うん……多分」

 獣使いが、召喚された魂を獣の形として維持するには、それ相応の力が必要になる。しかし、初召喚では将来の力を見越した召喚獣がやって来る為、力が足りずすぐに召喚を解く……還してしまう事はよくある。

「力が足りなかったのなら、何故還さなかったんだ?」

 問いの形だが、シュナヴィッツの声は柔らかく優しい。ミラノは睨む事は止めて、パールフェリカを包むように赤い瞳で見つめている。

「……その……返還術はしてみたんだけど、なんか成功しなくて……」

 パールフェリカの言葉にシュナヴィッツとミラノを除いた全員が顔を見合わせた。ミラノの場合は、よくわかっていないだけだが。

「ミラノ、お前はどこから来た?」

 召喚獣ならば、この地上のいずこかより来た事になる。しかし。

 ミラノはどう答えたものか一瞬考え、無難に告げる。

「──日本」

「……ニホンな」

 シュナヴィッツは言って溜息を吐き出し、その亜麻色の髪を掻いた。他の者らは相変わらず顔を見合わせている。

「知っているの?」

「ああ」

 うさぎのミラノをパールフェリカが再びぎゅっと抱きしめた。

「じゃあ……一体……召喚霊じゃないなんて……」

 パールフェリカはミラノの首下辺り、でっぱった頭と腹の間に顔を埋めて顔をぐりぐり押し付けている。

「ニホン──隣国プロフェイブ国王の召喚霊……“神”が確かニホンのアマテラス太陽神」

「天照大神……日本の最上神だわ」

「それを知っているという事は、お前はやはりニホンの“神”の一人か。だとしたら、やはり召喚霊なのか?」

「私は“神”なんてものではないわ、一庶民よ」

「…………実体化するなら召喚獣だ…………異界から来たなら召喚霊だ……」

 シュナヴィッツが頭を抱えた。

 パールフェリカ、シュナヴィッツ、ミラノが沈黙する中、侍女らやエステリオとリディクディがさわさわと囁きあっている。別に悪い噂をしているわけでもない、この事態について何か知らないかと知を寄せ合っているにすぎない。しかし、パールフェリカの耳にはどうしても、自分を責めている囁きに聞こえてしまうのだ。

「パールフェリカちゃん?」

 ミラノが呼びかけた。

 パールフェリカは顔を上げた、下を向いていたので顔が少し赤い。ゆるく、にへっと微笑んだ、心配をかけまいとしている仕草だ。

「パールって呼んで?」

「では、パール。世界にとって、新しい事は、常に誰も知らないのよ。あなたは、そのはじめの人になっただけ。きっと、何の不安も心配もいらないわ。あなただけがわからないのではないのだから。そのうち、色々わかるわよ。──焦らないで? あなたの味方は……」

 そこで一度区切ってうさぎは大きく首を回して周囲の人々に刺繍の赤い目線を送った。シュナヴィッツをはじめ、彼の後ろのブレゼノ、エステリオ、リディクディ、そして侍女らも、それぞれ頷いた。

「ね? こんなにいるのだし」

 ふと、誰の目にも、うさぎが微笑んだように見えた。

「──もちろん、私も」

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