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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
68/180

(068)“うさぎ”と“たぬき”の化かし合い?(1)

(1)

 扉の前の衛兵に声をかけると、あっさり室内に通された。顔パスは完了しているらしい。

 部屋の中央、ソファの背もたれの上、跨ぐように座るパールフェリカと目があった。どうやらお勉強から帰って来ていたらしい。

「あ、おかえり! ミラノ!」

 言ってひょいとソファから飛び降り、ミラノの傍へ駆け寄ってくる。パールフェリカはミラノの右腕を両手で掴んで、顔を見上げてくる。

「ミラノは図書院にいた!」

「……ソレね」

 召喚獣追跡の修行とやらをしていたのだろう。どこに居たのか当てようとしているらしい。

 一体どんなプライバシー侵害スキルなのやら。召喚獣は人間では無いから人権など無い、といったところか。そんな事を考えてしまって、ミラノは無表情の中に曖昧な困惑を浮かべる。

「……違うわ」

「えー! ……おっかしいわねぇ」

 顎に手を当て、パールフェリカはうーんと考えている。ものの数秒でぱっと手を離し、顔を上げる。

「東の空中庭園!?」

「……行った事ないわ」

「えー!? もったいない! 東の塔から本殿への回廊を渡ってすぐよ! 4階のバルコニーにはね、とっても素敵な噴水と、いっぱいの花で埋め尽くされた最高の庭園があるのよ!? ミラノ、後で連れてったっげるわ!」

「パール様、それでしたら西の塔より下層へ降りた辺りに、自然の滝がございますよ」

「あ、マースの滝ね! 私も小さい時に落ちた事があるわ!」

 傍に居たエステリオの提案に、パールフェリカはさらりととんでもない事を言った。

「落ちたって……」

「やぁね! 滝を落ちたんじゃないわよ? 滝つぼにも危ないから近寄っちゃダメってリディに体張って止められたから、近付いてないわよ?」

 パールフェリカは心配しないで! と胸を張る。聞く限り、パールフェリカ1人ならとても大変な事になっていそうなのだが、ミラノは黙る事にした。パールフェリカが、目を輝かせるから。

「でね! 水飛沫がとっても綺麗なのよ! 一度落ちてからはそりゃあもう何度も飛び込んだわ!」

 意外にも、パールフェリカ姫は超自然児のようである。ミラノの方がよっぽど都会暮らしだったかもしれない。

 ソファ辺りに居た侍女サリアが、ゆっくりと歩み寄って来る。

「今の季節はやめてくださいね、パール様。温かくなって来たとはいえまだ春。風邪を引いてしまいますよ?」

 サリアは17歳の少女で、パールフェリカの侍女兼話し相手として6年前から仕えている。茶色の髪は結い上げていて、他の大人の侍女達と同じ薄い青色の侍女服を着ている。同色の瞳は、パールフェリカを優しく見守る。

「わーかってるわよぅ、サリアったらエステルみたいな事を言うのね!」

 小言はエステリオが言うもの、そう決めて掛かっているような口ぶりだ。扉の前へ移動して控えているエステリオは、無言でゆっくりと翠の目を細め、片頬をヒクつかせている。

「そだ! サリア、ゴーブロンにもらったネックレスがさ、この間か──」

 しゃべりながらパールフェリカは寝室へ駆けて行くので、声は当然フェードアウトして後半が聞き取れない。

 しばらくして、アクセサリーを両手にじゃらじゃらと抱えて持ってくると、ソファに投げ出した。絡んでしまいそうだ。

 寝室はこちらの部屋に比べて薄暗いので、パールフェリカはまとめて持って来たのだろう。

「えっとどれだっけ」

「まぁパール様、そんな乱暴に扱ってはいけません!」

 サリアが飛びつきながらポケットから出した白い手袋をつけ、慣れた手つきでアクセサリを1本1本救出している。その横でパールフェリカはチェーンをビーッとひっぱっては絡まりを強くしてサリアに怒られている。

 ──エステリオだけが、パールフェリカとサリアを見て微笑むミラノに気付いた。

 だがミラノはすぐに表情を消して、部屋の左奥、楽器の置いてあるスペース辺りへ移動する。そこにはバーにあるような、座る位置の高い椅子が2脚と、テーブルがある。その椅子にゆったりと、腰をもたれ掛けさせる様に座った。左手側にはユニコーンが飛び出した窓がある。40cm四方程度のテーブルにゆるく左の腕を乗せ、外を見やる。

 さわさわと、春の風が木々を揺らしている。

 長閑な一時。心は静かで、冷静さを維持する。

 きゃいきゃいと声を上げるパールフェリカとサリアの声を聞きながら、ミラノは意識を物思いへと移した。

 ──変えられない事実ならば、しょうがないじゃない。今、そういう存在である事を、見つめるべき、かしら。

 ミラノが、今はそういう結論でいようと決めた時。

「とんでもないところに出くわしたね」

 ミラノは窓から目線を動かす。空いていたもう隣の椅子に、声の主が腰をかける。

 ほんの少し癖のある亜麻色の髪を、緩く編んで左肩から胸辺りまで垂らしている。はっきりした蒼い瞳がこちらを見ていた。ネフィリムだ。

「……本当に。あの人達は?」

 変わらないミラノの淡々とした声に、ネフィリムは微笑を浮かべる。

「本当に? 軽くあしらっているように見えたけど? 彼らは父上に挨拶をすると言って謁見の間へ行った」

 ミラノはついと顔を逸らした。

「そうですか……ああいうややこしい人には、慣れていますから。口答えせず共感や同意をしてあげるだけで良いんです。私は同性なので、理解を示す位しか出来ませんが」

 男のミラノへの片想いが引き起こす──頼んだ覚えも無いのに、その男に気のある女を巻き込んで行く。当たり前と言ってしまえば当たり前の構図だが、ミラノは関わりたく無いのだ。知らない間に話した事もない男に想われて、勝手に修羅場になっていく周囲に、どれだけ巻き込まれた事か。それを誰かに漏らす事もまた、許されない。嫌味にしか、聞こえないらしい。

「つまり、あの状況では私が一番なだめられる、という事になるのかな?」

「そうなりますが、誤解を生む原因にもなりますから、近寄らない方が良いんじゃないですか。あなたにあの女性を受け入れる気はないのでしょう? 私は面倒なので逃げますが」

 ふっとネフィリムが笑った。

「なんだか、ミラノの性格が見えてきた気がするな」

 そこに、パールフェリカの雄たけびとサリアのなだめる声が聞こえてくる。ネフィリムはまた声を出して笑った。

「本当に女性はおしゃべりが好きだな」

 パールフェリカの場合、話題がクルクル変わる上、ちょいちょい発想が突き抜けるが。

「男は狩りへ、女は集落で子育てを。その歴史から、女性はコミュニティ……“村社会”形成の為の“おしゃべり”の技術が発達していると言われています。“おしゃべり”による言葉遊びも大好きな“生き物”なのです──と、これは私の世界でよく聞く話ですが」

 そんな適当な説明を聞いているのか聞いていないのか、ネフィリムは狭いテーブルに肘を付いた。その手に顎を乗せ、ミラノをじっと見る。姿勢を下げたネフィリムの顔は身長差を消して、近くなった。

「……ミラノはどうなんだい?」

 ミラノは一度ぱちりと瞬きをして、言葉を詰まらせた。

「さぁ。私はあまり……」

「なぜ?」

 ミラノは緩く首を傾げた。

「自己開示、とでも言うのでしょうか。あまり好きではないのです。経験上、良い結果を招いた事がほとんどありませんし」

 どうしようが、良い人を振舞おうが、普通にしていようが、どれだけ冷たく嫌な人を演じようが、陰口のネタにされ、男に媚びているだのと妬まれる。ならば口など利かないほうが良い。それがたまに、逆に男の気をひいてしまったりもするらしいが、ミラノの知った事ではない。

 存在そのものがトラブルの種だと言われるのだから、やってられない。自己開示、自己主張をする前に、関係は破綻している。時々、心底何もかもに疲れてしまう程だが、そういう時はただ立ち去る。何を言っても、何をしても意味はない。他人の様々な激情を、静かに、適当に、受け流す。アンジェリカ姫に対した時のように。

 ネフィリムは顎から頬に手を移して、パールフェリカとサリアに顔を向けた。

「あの二人はとても楽しそうだが、ミラノは“おしゃべり”が楽しくない?」

 ついにミラノは視線を落とし、瞼を半分閉じた。

「“おしゃべり”だろうが何だろうが私は“たの──……」

 そこで言葉を止め、顔を上げた。

「相手によるものだと、思っています」

 淡々とした、徹底した無表情の声になっている。

「ふーん……?」

 そう言ってネフィリムはちょっと目を細め、ミラノに視線を戻した。

「なんです?」

 ミラノの顔を数秒見つめて、ネフィリムは頬から手を外して姿勢を正した。ついと、窓の外へ顔を向けた。

「ミラノと私は、ちょっと似ているのかもしれないな。話していると落ち着く」

 その横顔が至極真面目なものだったから、その声がいつものようにふざけた色が欠片も無かったから、ミラノは眉間に皺を寄せ、顔を背ける。

「……──」

 無言の返事にネフィリムがこちらを向いた。

「私は何か変な事を言ったかな?」

「いえ……」

 男がこのセリフを言出だしたら──ミラノは頭を抱えたくなった。

 シュナヴィッツに『敗北』したと宣言しておきながら、半分は冗談で言ったのだろうと思っていたのだが、どうにも……。

 ミラノの性格がわかってきたとネフィリムは言った。さらに自分と似ているだのと言い出す始末。価値観が近いと感じて、安心して会話を成立させられると気付き、それを落ち着くのだと思っている。

 同じ目線でものを見る事が出来る、対等であるという事は、男女の境を抜きにして親近感を覚えさせる。期待に応えられる能力をお互いに持っているなら、それぞれが相手に満足する。そこから来る安堵だ。ミラノの方は、期待して会話などしていないが。

 シュナヴィッツは、一目惚れのような目で見てきて、それに気付かれる前に距離を置こうとしたものの、本人はいつの間にか自覚をしてしまった。

 ネフィリムは、好みの理想像とミラノを摺り寄せ始めて、その一致を見出していっている。ネフィリムの好みとやらはミラノの知るところではないが、一度宣言されている以上、相当合致しているのだろう。

 ミラノは目を細め、誰とも目の合わない天井を見た。

 ──いっそ、百合の方がいい気がしてきた……。

 面倒臭くなったミラノの現実逃避は、間近に迫っていた。

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