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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
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(067)プロフェイブからのお客様(3)

(3)

 風の渡る丘、ユニコーンの墓の前でミラノは膝を折った。

 ネフィリムの言葉を思い出す。

 ──いつか、“召喚獣”になって私達の前に来てくれるさ。

 そっと土に触れた。

 ユニコーンが殺される現場は見た。今は、墓の下に眠っている。

 串刺しにされ、死んだと思った自分は、再び召喚された。

 召喚獣とは、死んだものできっと間違いない、のだろう。

 はっきりさえしてくれれば、受け入れる構えを作り、事実としてちゃんと受け止めてやる──そういう覚悟なら決められる。それはミラノの価値観の根幹でもある。

 それが、セルフ・アイデンティティの揺らぐ不確かな事実のままなのは、非常に困る。受け入れたものかはねつけたものか。

 だが、それが原因で泣いてしまった気はしない。

 やはりもう少し、“召喚獣”や“召喚霊”とやらについて知る必要があるようだ。

 ミラノは音も無く立ち上がると、後ろに居たシュナヴィッツを振り返る。

「召喚獣について、ネフィリムさんに聞きたい事があるのですが──」

 言葉の途中で、風の塊が吹き抜ける。足元の草が激しく波打ち、ユニコーンの墓標もしなった。ミラノは咄嗟にヘッドピースを両手で頭ごと抱えた。こんな高そうなもの吹っ飛ばされるわけにはいかない。

 強風による轟音が耳を打った。

 あまりの風の強さに、ミラノは膝を折ってしゃがもうとした。その腕を、シュナヴィッツが掴み引き寄せ庇う。

 風の中、ヘッドピースと髪がばさばさと上下左右に飛び跳ねる。どうにか顔を上げたミラノは、近い距離にあるシュナヴィッツの横顔を見上げる。彼は城の方を見ている。

「……きたか」

「?」

 同じ向きに視線を走らせる。

 エステリオの召喚獣ヒポグリフに乗せられて、初めて城に降り立った長い足場辺りに、稲光のようなものが見えた。何かの形に似ている。ミラノは目を凝らす。

 ──鳥。

 大きな鳥が、降り立った。召喚獣だろうか。

「兄上は多分自室に居る」

 声に、視線を城からシュナヴィッツへ移した。風は急速に収まり、何事もなかったかのように消える。

「父上に客人だ。兄上も会うだろうがしばらく後になる。その前に訪ねるのが良さそうだ。パールの部屋へ戻る時は2人以上で持ち場についている衛兵でも掴まえるといい。パールの部屋の前の衛兵はミラノの顔を覚えているから、すぐに通してもらえる。僕は……そろそろトエドに顔を見せておかないと、また長い説教になる……」

 げんなりした顔でシュナヴィッツはそう締めくくって、ミラノの腕から手を離し、先を歩き始めた。

 2人が城の長い足場から目を離している間に、もう一騎、召喚獣が降り立った。

 客人が1人、増えたようだ。



 ネフィリムは舌打ちを堪えた。

 時間的に王への謁見はまだだろうに、先に王子の私室を直接尋ねて来るとは、どれ程失礼な輩か。カーディリュクスの話を聞くのは後にしなくてはならないようだ。

 客人が2人、ネフィリムも顔を覚えている。 

 一人は現在27歳でプロフェイブ第一位王位継承者、エルトアニティという。

 白と青と、アクセントに赤。刺繍は金糸メインでひらひらとした上衣に、体にぴっちりとしたズボンと膝までを覆うゴテゴテした革のブーツ。それらの上に裏地が赤の白い膝丈程のひだの多いマントを羽織っている。

 もう1人は現在18歳でプロフェイブ第三位王位継承者、キリトアーノ。久しぶりに見るので顔つきがやや変わっているが、間違い無いだろう。衣服の型は彼の兄と同じだが、緑と黄と、アクセントに白。刺繍は銀糸。面も裏地もグレーのマントを身につけている。

 2人とも役に立つのか甚だ疑問の、装飾まみれの剣を腰に佩いている。プロフェイブ王子らの真後ろには、プロフェイブ騎士団のゴテゴテとしたフルアーマー護衛騎士が2人、ガシャコンガシャコンついて来ている。

 カーディリュクスが敬礼して退室すると、先頭を歩くエルトアニティは瞼を一度閉じるようにして頷いた。

 混じり気の無い、はっきりした赤毛は長めで、全体的にゆるくウェーブがかかっており、光を照り返す。やや垂れ目な所は同母の第5位王位継承者であるアンジェリカ姫と似ていた。翠の瞳は自信に満ちている。彼は明朗な声を前へ出す。

「突然の訪問、申し訳ありません、ネフィリム王子」

 右手を差し出しながら煌びやかなオーラを振りまき、エルトアニティは歩み出た。ネフィリムはその右手を受け取り、お互いに左手を添えてぎゅっと握手を交わす。

「いいえ、おいでになる事は伺っておりました。エルトアニティ王子が来られるのは久しぶりですね。お会いするのは……半年ぶりでしょうか」

 腹の中はともあれ、にこやかに挨拶を交わす。

 手を離すとエルトアニティ王子は半歩下がって、後ろに居た少年を紹介する。

「連れて来るのは始めてだが、プロフェイブ王城マロヴィオでお会した事があると思う。キリト」

 後ろに居た少年が一歩前へ歩み出た。エルトアニティとは母親が違う為、顔は全く似ていない。髪も薄い茶色でサラサラのロング、瞳は灰色をしている。ややつり上がった一重ははっきりした大きな目で、力強い眼光の持ち主だ。

「お久しぶりです、ネフィリム王子。キリトアーノです」

「大きくなられましたね、以前お会いしたのは、5年前でしたか」

「はい、覚えていて頂けて光栄です。13の時でした」

 扉の向こうに居た衛兵がそっと扉を閉めた後、ネフィリムは部屋の奥へ二人を招き入れる。鉄の観葉植物の上で、ぶわりと一度、フェニックスの炎がたぎった。エルトアニティは目を細めて黙殺し、口を開く。

「ネフィリム殿下には相談がありまして……──実は、私の妹がふさぎこんでしまってね」

「私におっしゃるという事は、アンジェリカ姫ですか?」

「ええ……もう丸一日部屋に篭って泣き暮らして──」

 だがその時、バタンッと大きな音をたて、両開きの扉が開いた。

 最後に降り立った客人が、遅れてやって来たのだ。赤毛の眩しいアンジェリカ姫である。両手を左右に広げて仁王立ちで立っている。

「ネフィリム様!! 私いてもたってもいられません。あなたの本音を、本当の事を、あなたの言葉でお教えください!」

 衛兵があわわとアンジェリカ姫を止めようとしつつ、触れるわけにはいかないと進んだり引っ込んだりしている。

「……ふさぎ……こんで……いなかなったな。さすがわが妹」

 姿勢を正したまま、エルトアニティは呆れつつも誇らしげに言った。兄であるエルトアニティ王子を両手で押しのけ、ずかずか押し進み、アンジェリカ姫はネフィリムの正面、一歩の距離に詰め寄った。

「納得いきません! 今になって婚約解消だなんて!」

 ネフィリムは一度目線を逸らしてから、アンジェリカ姫を見た。

「もともとアナタとは婚約していませんよ? それに唐突に婚約解消と、そのような話も一体どこから出てきたのか、私には見当もつかないのですが」

「……え? ……だって私……」

「私の周りには何人も妃候補というのは居ますが、あなたはそれですら、ありません」

 おそらく、その妃候補らの“嫌がらせ”がようやっと届いたのだろう。面倒な時に面倒とは重なるものだと、ネフィリムはしみじみ溜め息をつきたいところだった。もちろん我慢している。

「プロフェイブ王のたっての願いで、あなたの好きにさせてあげていた、妃候補と同じ扱いをしていた、というのが“本当の事”です。ですからアンジェリカ姫、あなたとは、解消するような婚約すらありません」

 一人で空回りしていたのですよ、という事実が突きつけられた。煩わしいと思いつつも、先に本人の耳に入ったのならプロフェイブの王に婚約者のフリを止める事も伝えやすくなったかもしれない。

「そんな……わたし……わたし……」

 両手を広げ、わっと泣き伏す寸前、1秒以下の空白。

 ──コツッ

 静かな足音は、しかし一瞬の空隙を縫って確かな存在感を持っていた。

「…………失礼」

 そう言って足音の主がくるっとあっち向いて足早に去ろうとするのを、目を釣り上げたアンジェリカが駆け寄って手首を引っ掴んで止めた。そのまま腕を捻り上げ、アンジェリカは声を張り上げる。

「なんです!? あなたは!?」

 腕を掴まれた足音の主は一瞬前のめりになったものの、つま先に力を込めて耐え、その後引っ張り上げられた距離へ体を持っていき、キリリと真っ直ぐ立った。2人の距離は半歩も無い。

 アンジェリカは捻り上げた腕をギリギリと掴んでいる。最早憂さ晴らしだ。

 足音の主とはもちろん、シュナヴィッツに案内されて来たミラノである。シュナヴィッツは既に自室へ戻った。

「…………」

「ネフィリム様のなんだときいているんです!!」

 そんな文脈がさっきの言葉のいったいどこにあったのやらと、ミラノは呆れた。修羅場に顔を出してしまった自分も非常に残念だが。

 ミラノはうるさそうに目線を逸らした。そして、戻した時に表情はない。

「手を離して頂けませんか?」

 ミラノの方が背が高いということもあって、アンジェリカは見下ろされている。漆黒の瞳は感情をうつさないまま、アンジェリカと目を合わせる為やや下を向いた。

「私の問いが先です!」

 アンジェリカの甲高い声が響く。

 そんな大声で話さなくても聞こえている、そう言ってやりたいのをミラノはこらえた。

 ミラノが朝着ていた侍女の格好なら、アンジェリカもこのような態度ではなかっただろう。残念ながらパールフェリカが選んだ服は、亡き王妃が婚前、独身の頃に着ていたもの。並の貴族ではない事が、プロフェイブ国王女アンジェリカにもわかる程の仕立てだ。

 アンジェリカはミラノを、ネフィリムの妃候補で自分を陥れた者だと、思い込んでいる。タイミングとしてはそう思われても仕方が無い時に、ミラノも登場してしまった。

「4、5回お会いした事がある程度です。パールフェリカ姫の使いでこちらには参りました。──手を、離していただいてもよろしいですか?」

 常の淡々とした声で言った。4,5回しか会った“回数”が無いのは事実だ。

「私は! 14年も前からネフィリム様とは──……」

 そして、アンジェリカ姫の甘酸っぱい思い出が語られる。

 ミラノは面倒だと思いつつも彼女の言葉の枝葉を切り落とし、脳内フィルターを通して軽く記憶に留めていく。7歳の時に11歳だったネフィリム少年王子に出会い、一目で恋に落ち、それから周囲に可能な限り、いやそれ以上のわがままを押し通して毎月のようにガミカへ通った事。春、夏、秋、冬、いずれの季節も共に居たいと願い、そのように我が侭を押し通してきた事。各種イベント時には必ず隣に居られるように努め、無理矢理権力でねじ込んだ事。

 ともかく、どれだけネフィリムを一方的に好きか、と。

 やがて、アンジェリカ姫はゼーゼーと、走り回ったわけでもないのに息を切らし、同時に言葉も途切れる。言いたいことを言い切ったようだ。

 ミラノは胸焼けしてしまいそうな思いを必死で堪え、無表情で聞ききった。

 扉を開け放ったままあわあわしていた衛兵も、既に基本業務の姿勢である。アンジェリカに部屋へ引きずり込まれたミラノは、そこから微塵も動いていない。ソファ付近、奥からネフィリム、エルトアニティ、キリトアーノ、その護衛らもアンジェリカの甲高い声を立ったままただ聞き流していた。

 かれこれ20分、アンジェリカ姫は美しい面の為なんとか見れる顔で、しかしキレまくった。いわゆる女性のヒステリーだ。王子らは辟易としたものを隠しているが、ミラノは比較的短時間で済んだとホッとしている。

 次に何を言ってやろうと目を慌しく動かすアンジェリカに対して、ミラノはやれやれと思いながら、いつも通り抑揚の無い声で言う。

「あなたのおっしゃりたい事はよくわかりました」

「本当に!?」

「ええ、ですから、手を離して頂いてもよろしいですか?」

 淡々とした声音は、アンジェリカの怒鳴り声の後なので柔らかいものに聞こえた。比較でそう聞こえる、というだけだが。

「……え、ええ…………」

 3度目だ。さすがにアンジェリカもミラノの腕を離し、一歩下がった。冷静になってみればえらく近い距離だったと、アンジェリカも気付いたようだ。

 解放されたミラノの白い腕は、彼女の指の形で少しへこんで、赤くなっている。それを一度見てから下ろすと、ミラノはネフィリムへ顔を向けた。

「ネフィリム殿下」

 アンジェリカ姫が長時間かけて自己紹介をしてくれた事もあって、ミラノは空気を読んでいつもと異なる呼び方をする。

「なんだ?」

 ミラノの場に順応した態度をネフィリムも察した。応える声にいつもの柔らかさが無い。

「パールフェリカ姫が姫の召喚獣について──」

 要は自分の事である。ミラノは面倒臭い修羅場を適当に逃げるつもりだ。

「その件か。わかった。すぐ行く」

 ネフィリムはミラノが全て言う前に答えた。ミラノの方も、それ以上口を開くなと制された事に気付いた。

「失礼いたします」

 侍女サリアはこうやってたかな、という程度の記憶を辿って、適当に膝を曲げ、ミラノはさっさと扉の向こう、廊下へ姿を消した。

「パールフェリカ姫のお使い、ですか。随分と高貴な方のようだが?」

 銀白色が美しいプラチナ、白金が最も高価な鉱物なのは、ガミカだけではなくプロフェイブでも同様だ。ミラノのアクセサリーの大半が白金だった事に、エルトアニティは気付いたようだ。

「そうですね。彼女はパールフェリカのお気に入りらしいのですが、私もあまり詳しくは聞いていないのですよ」

 ネフィリムはそう言ってやわらかく微笑んだ。実際、正体不明のままなのは変わらないのだから、嘘ではない。

 微笑とは裏腹に、ネフィリムは苦虫を噛み潰す思いだった。

 パールフェリカの召喚獣は、その単語すら、プロフェイブからのお客様には聞かせも、見せたくも無かったというのに。

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