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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
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(066)プロフェイブからのお客様(2)

(2)

 ネフィリムはソファに座ったまま、オルカらがガチャガチャと装備を直し、出て行く後姿を眺める。両膝に肘を置いて、両手を組み、顎を乗せる。その瞳は既に思索にふけっている。やらなければならない事、考えなければならない事が多いのは、いつもの事だ。

 そこへ大きな声が聞こえた。扉が開かれたままで、オルカらの背が見えた。

「おう、オルカ。ソイにコルレオも、来てたか!」

 扉の外、長身でガッシリした体躯に薄い紺色の上下、その上にライトアーマーを着こんだ、二十代後半の男が大股で歩いて来た。ライトアーマーにはガミカの国章でもある十一芒星と盾と花をシンボル化したものが描かれている。十一芒星の7つの頂点は七大天使を示しており、それを守護する盾こそがガミカだという言い伝えがある。花に関しては装飾だとか、アルティノルドだとか、創造される前の世界だとか、様々な言い伝えがありよくわかっていない。

 唐突の低い声に、しかしオルカはがぱっと両手を上げて反応した。

「カーディせんっぱーい!」

 オルカががしぃっとカーディリュクスに男臭く抱きついた。頭一つ背の高いカーディリュクスはオルカの茶髪の頭をがしっと鷲づかみにして、ミリミリ言わせながら引き剥がす。

「いつ、俺が、お前の、先輩に、なったよ? 俺は根っからの軍人だぞ。王都警備隊一番隊隊長カーディリュクス様だ! 言ってみろ!」

「イ、イテテテ……じゅ、10年前剣術指南してくれた仲じゃないっすか!? そんなよそよそしい!」

「たまたまだろ、モンスターに撫でられてたの助けた縁が何でこんなに続くか不思議でたまらん」

「あの頃は……俺達の最強伝説もまだまだ序章で、田舎から出てきたばっかで……」

 イテテと呟きながらしどろもどろ言うオルカの顔を見て、カーディリュクスはぱっとその手を離した。

「あ! お前ら、最近トゥーレン旧地下坑道に潜ったろ?」

 オルカ以下2名が下を向いてヒタリと動きを止めた。

「──えっと……何のことでしょうか?」

 目線を逸らしたままのオルカが似合わない丁寧な言葉で答えたが、カーディリュクスはすぐにコルレオを見る。

「おい、コルレオ、潜ったろ?」

 名を呼ばれ渋々顔を上げるコルレオ。

「え、えっと、はぁ……まぁ……」

「やっぱ“光盾”どもか。ちゃんとこっちに報告上げろっつーの、あっこは王都管轄なんだぞ。荒れてるって報告だけが来て、八番隊が探査に降りたら全員怪我だらけで帰ってきたぞ……。罠だらけん中どうやって抜けたんだよ、お前ら」

 オルカとソイがへへっと笑っている。

 昨日パールフェリカとミラノが街中で追いかけっこを演じた冒険者、ヤヴァンやカーラの所属する“岩剣ガンケン”は中の上位程度の者が集まるクラウド。それに対し黄色の頭巾がトレードマークの“飛槍ヒソウ”は上の中位程度。

 そしてオルカらの属するクラウド“光盾コウジュン”は上も上、最上位争いをするような集まりだ。洞窟や地域探査にかけては軍より冒険者らの方が経験豊富な事がある。

 “光盾”は最上位争いをするような集団なのだから、様々な方面に長けた者達が集まっている事は誰もが知るところ。もちろん探査能力の高い者だって居る。カーディリュクスはそれを踏まえてオルカらを疑ったのだが、ビンコだったようだ。

 さらに言葉を重ねようとカーディリュクスが息を吸い込んだ時。

 ──コツッコツッコツッ──

 もたれかかるように置いた左手の人差し指で扉を弾くネフィリム。もう一方の手は腰に当て、とびきり優しい微笑を浮かべている。

「で、君たちは私をあとどれ位待たせるのかな?」

 4人が一斉に謝罪したのは言うまでもない。




 ミラノが仮装している衣服は、シックな濃紺をベースにしてはいるが、侍女服に比べると派手である。

 ヒップスカーフには白金が鈴なりに鳴っている。これでも減らしたのだが。

 “うさぎのぬいぐるみ”の時のピコピコは無くなったが、今度はシャラシャラと澄んだ音がする。履きなれたパンプスから、硬めの布を張り合わせたペタンコの靴を素足で履いている。全体に刺繍と、小さくコイン状に伸ばした金が生地を縁取るように縫いつけられている。

 ふんわりとたっぷりの布地を使ったズボン、ミラノの認識で言うところのハーレムパンツと、踝辺りにはシャラシャラとアンクレットが揺れる。へそを隠す程度の上着、チョリのようなものに施された刺繍は銀糸で、シンプルに意匠された花柄である。濃紺に映える。

 はじめミラノの髪を結い上げようとしていたパールフェリカだったが、『せっかく真っ直ぐなんだから』と言って後ろへ流し、銀のヘッドピースを乗っけられた。鏡を見て、ミラノはエジプトのコインヘッドピースを思い浮かべた。コインはずっと小さく数も少ないが、よく似ている。

 ──目立つとろくな事が無い、それは経験で身に染みてわかっている。

 もっと地味なのがいいと何度もアピールしたのだが、パールフェリカと侍女サリアは2人であれでもないこれでもない、こっちがステキあっちのが似合うとキャッキャと盛り上がって、聞き入れられなかった。

 こっそりと、ネックレスだけは一番細いシンプルなものに取り替えて来た。銀製の長いチェーンネックレスを3重にした。アクセントに水晶のペンダントがぶら下がっている。目立つ所なので取り替えたのだが、パールフェリカは気付かなかった。どこに拘って見ていたのかさっぱりわからない。ヘッドピースが黒髪に対して目立ちすぎるので、シンプルなネックレスは良い具合にバランスを整えて溶け込んだようだ。

 廊下を進んで、T字路でミラノは足を止めた。図書院への道を思い出している。

「これは右だったかしら?」

 隣で足を止めたシュナヴィッツがミラノを見下ろす。ミラノの身長は170センチ程だが、彼はそこから頭一つ分高い。

「左だな」

「そう……ありがとう。ではこの辺から記憶が曖昧なのね。連れて行ってもらっても? 覚えるわ」

「……ああ」

 ミラノはわからない事はわからないと言うし、教えてほしい時はあっさり教えてほしいと言って恥じない。貴族らによく見かける妙ちきりんなプライドは一切無く、誰に対しても無駄に偉ぶらず、人が苦手かというとそうでもなく、言うべき時にはちゃんと口をきくし礼も言う。

 シュナヴィッツはそういったミラノの飾り気の無い性格に、今更ながら気付いた。若干、贔屓目は入りはじめてはいるが。

 ──当人が、自分を偉いなどとかけらも思っていないとか。事実は事実と受け止めるのがミラノの最大の特徴でもある事だとか。わからなくて当然である事はいちいち恥じるのも面倒だと思っているのだとか。そういった点が、彼女の本性になる。シュナヴィッツが感じている印象は概ね正しいが、理想がちょっと混じっていた。

 角を曲がってすぐ、廊下からいつかのメタボリック貴族Aが現れた。

 しかしシュナヴィッツの表情は、特に変わらなかった。

 メタボリック貴族Aはシュナヴィッツの姿を見るや、たるんでいた頬をきゅいっと持ち上げて満面の笑顔を作り上げた。

「シュナヴィッツ様、こちらにいらっしゃいましたか! 先日のお話なのですがね──」

 シュナヴィッツはさっと手を上げてメタボリック貴族Aの言葉を遮った。

「その話を受ける事は出来ない」

 メタボリック貴族Aの顔色が変わる。すぅっと笑みが失せた。

 ──誰かさん以上にわかりやすいわね。

 ミラノはシュナヴィッツの半歩後ろにいて、表情を変える事無く心の中で呟くとゆっくり瞬く。見事なメタボリックの貴族本人を前にして、変化後の表情を『馬鹿でマヌケな小悪党のする顔ね』とは、思っても決して口にも顔にも出さない。

 メタボリック貴族Aがシュナヴィッツを下から覗き見る。

「どういった、意味でございましょう?」

「後日、皆にもちゃんと伝える。僕は、父上と兄上を心から尊敬している。いずれは、兄上を補佐する。その片翼となるつもりだ」

 王には2枚の翼があり、一枚を宰相、一枚を大将軍と例える隠語がある。2枚の翼が王を支え、天高く飛ばす。父王が存命である事を配慮してシュナヴィッツはそれで表現し、明言している。いつかネフィリム王の大将軍となる、と。

 冷や汗をたらすメタボAは、精一杯の作り笑いを浮かべている。

「いえ、それはその、いえ……まぁ……あ、当たり前の事でございましょう?」

 シュナヴィッツは胸の内で「嘘だ」と突っぱねる。何度も担ぎ上げようと、城に戻る度顔を見せては女を押し付けてみたり、父や兄のあげあしを取るような“不正があった”と不信感を植え付けに来ていた者が、何を言うか。

「それから、結婚がどうとか言っていたが、相手は自分で探す。皆の世話にはならぬから、セイン、お前の娘にも好きに相手を選ばせてやってくれ。これは他の皆にも伝える。この意思は変わらない。以上だ」

 シュナヴィッツはメタボリック貴族Aの横を通り抜け、立ち去る。ミラノは後を付いて行き様、メタボAをちらりと見た。

 彼はへなへなとしゃがみこんでしまった。子供の頃にシュナヴィッツの心に入り込めなかったのが、彼の敗因だろう。とはいえ、当時のシュナヴィッツにはネフィリムの徹底した保護があったので、不可能だったのだろう。

「──随分とはっきりと出ましたね。先日とは大きく違って」

 しばらく歩いてから、ミラノが言った。

「…………吹っ切ってしまえば、思った以上に簡単だった」

 正面だけ見て、シュナヴィッツはあっさりと答えた。何に躊躇って、気を遣っていたのか、シュナヴィッツ自身がもう思い出せなくなっていた。幼い日の恐怖心が影響したか、王宮内で立ち回る事を無意識下で嫌がってしまっていたのか、わからない。

 ただ、今はもうはっきりと拒む事が出来る。それで十分だった。

 図書院へと向かっていた足を、ミラノは止めた。こちらを向いたシュナヴィッツを見上げる。

「ユニコーンの墓に、もう一度行っても?」

 今朝、丘へ出た方向はこちらのはずだ。図書院への道とも大きくは逸れていないから問題ないだろう。

「…………つらくないか?」

 眉をひそめて問い返された。シュナヴィッツの前で泣いてしまったのは今朝の事だが、ミラノはそれを自主的に忘れ、頭の中の“後で考える”リストに追加している。泰然とした自分である事を望むミラノは、当然のように無かった事として振舞う。

「平気です」

「……じゃあ、行くか」

 パールフェリカの修行に付き合う意味もあって図書院に向かっていたが、着いたところでミラノは自分で本を読めない。

 ならば、もう一度。あの丘に立ってみたい。

 “後で考える”としていた事を、見直したい。意味が、無くとも。

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