(065)プロフェイブからのお客様(1)
(1)
父王と昼食を取りつ話し込んでしまった後、自室へ移動中、客の姿が目に止まった。
黒を基調としたライトアーマーに同じく黒の外套で身を固めた冒険者風の男が、先導する衛兵の横から手を振っている。
「あ! ネフィリム殿下! 殿下!」
ネフィリムの知った顔だ。
「オルカ。もう戻ったのか。早かったな」
「いやもう、地上最高速で行ってきましたよ? 正直記録更新っすよ! 俺達最強伝説間違いなし! って、それよりも俺、全部さっさと話ちまいたいんですが?」
おつむ弱いんで忘れっちまうと頭を抱えている。後ろにはもう2人、冒険者風の男達が立っている。3人共二十代半ばで、日に焼けた爽やかな顔立ちをしている。
「ああ、入ってくれ」
ネフィリムの部屋の間取りはパールフェリカの部屋と同じ。
ただ、扉から入ってすぐの部屋はテーブルとソファ、鉄の棒がぶっささった植木鉢しかない。棒には鉄で作った葉らしきものが溶接され観葉植物の形をとっているが、風情はてんで無い。楽器やら書棚のあったパールフェリカの部屋とは異なる。調度品は皆、当たり前に品の良いものなのだが、シンプルだ。
部屋に入ると侍女5名がさわさわと去って行った。この3人の客はネフィリムをよく訪ねてくる。その際必ず人払いをするので慣れた侍女らは部屋を出たのだ。
ネフィリムは先に部屋の奥へと進み、ソファに腰を下ろす。3人の冒険者達もその対面に座った。装備をがっちりとかためていたので、外套を外し、背の鞄に、ベルトの鞄を2つと、挿した長剣を鞘ごと抜いて足元に転がしている。
ふわりと、緋色の鳥が部屋の天井付近を一周し、ソファの横にある鉄の観葉植物にちょいと止まった。シルエットの揺らぐ、炎の鳥。梟サイズで3人の冒険者を見下ろしている。この世で唯一の存在、ネフィリムの召喚獣フェニックスだ。
「相変わらず美しいですね」
黒のオルカとは別の冒険者が──こちらは黒や茶やらチグハグの色の装備が特徴と言えば特徴で、修理した跡が沢山ある外套をソファの背もたれにかけながら──言った。
「ワイバーン襲撃の際はいいもの見せてもらいました!」
残りの一人が拳を作って熱い声音で言う。こちらは茶色の装備で統一している。黒統一のオルカと、茶統一のソイ。そのお古を、コルレオが縫い合わせたり修理したりして着用しているのは、明らかだ。
「オルカ、コルレオ、ソイ。早速だが話を聞きたい」
黒のオルカ、黒と茶チグハグのコルレオ、そして茶のソイ。彼らは皆そろって茶色の髪をしている。同郷の冒険者達で、ネフィリムが市井の情報源、手足として飼っている。彼らにとってネフィリムは払いの良い上客であり、何より未来の王様。せっせと働いて見せた。
ネフィリムは、こういった手足を市井に何名も放っている。元からの冒険者も居れば、騎士崩れまで多様だ。
「昨日の晩、すぐに移動した。早朝から今朝にかけて突入かけたんだが──」
黒のオルカが本題を話し始めてすぐ、頭をかりかりとかいた。
「何かあったか?」
ネフィリムの問いに黒茶ツギハギのコルレオが顔を真っ直ぐに上げた。
「急ぎという事でしたので、飛翔召喚獣で“拠点本部”へ飛びました。早朝、その入り口付近の様子が妙というか、騒然としていたのでしばらく様子を見ました。一騎、飛翔系の召喚獣がどこかへ飛び去る姿を確認しました。私はそちらも調査すべきと言ったのですが、まぁ、この2人が……」
ネフィリムがふっと微笑った。落ち着いたコルレオに対して、オルカとソイは考えるより行動したがる。
「それでかまわない。“拠点本部”に突入したんだな?」
「ええ、ですから飛び去った者の正体はわかりません。“拠点本部”ですが……えらく深い洞窟でしたね。蟻の巣のような」
「ガミカで見つかった“拠点”もそういう作りだった。で?」
ネフィリムは先を促す。3人の中で飛びぬけて背が高い黒のオルカが口を開く。
「天井が高くて助かったけどな」
「中にゃ、トロルやらオークやらオーガやら、人型モンスターがわんさか居たぜ。まっ、全部ぶった斬って来たけどよ!」
ソイが再び拳を作って熱く訴えた。ウィンク付きだ。そのソイを黒茶のコルレオがぐいっと押しやった。
「えー……人型モンスターに、シェイプシフターも多数居ました。それから、“人”も──」
シェイプシフターは“人”に近いものに化けるモンスターだ。凶悪な犯罪者がシェイプシフターで、実はモンスターでしたという話は割とある。彼らは人肉を好む。
「人間。“飛槍”か?」
「黄色の頭巾を被っていましたので、おそらく。最下層には牢があり、人間の女子供が捕らわれていました。ここへ来る前に僕らの仲間に声をかけ、救出させています」
「“光盾”は本当に行動が早くて助かる。私の方からも兵を遣る」
彼ら3人が所属する冒険者クラウドの名を“光盾”という。ネフィリムが密かにバックアップしている。
ネフィリムの『お褒めの言葉』にオルカとソイがにへへっと笑っている。しかしコルレオは目線を落とした。
「最下層に辿りつく前に、僕らは殺戮を終えています。申し訳ない事をしたと、思います」
「……女子供は、“飛槍”の連中の人質か」
「ええ。間違いないですね。“飛槍”の人間は、モンスターと手を組んでいたのではなく、組まされていたのでしょう」
「最下層の一つ手前には“赤と黒の鎧”がわんさか居たな」
口を閉ざしたコルレオを、ソイが引き継いだ。
「赤と黒のローブも居たぞ。えっらそうにふんぞり返ってな! モンスターの分際で服着てしゃべってんじゃねーぞって俺は心底思ったな!」
黒のオルカが言った。モンスターも服を着るし、それぞれの言語で話すのだが、オルカもソイも暗い雰囲気を嫌って声を張っている。
「ま、全部斬ってやったが!」
言ってふふんと腕を組むオルカ。ふと、ソイが視線を泳がせ記憶を辿る。
「そういや、なんか一番デカイ椅子に座ってた赤と黒の鎧のヤツが、最期『我々にはレイムラースがいる。大きな問題はない』みたいな事を言っていたな」
「レイムラース? 名か?」
ネフィリムの問いに3人は顔を見合わせる。
「俺達が斬ったヤツ以外は、最終全員自害だ、ヒントはそれしか言わなかった」
「ぶった斬ってる間も『レイムラースが引き込んだのか』とか『レイムラースめ人間側へ裏切ったな』とか『さっき殺しておけばこんな事には』『いや、レイムラースが裏切るはずがない』とか言っていたから、みんなに大人気のレイムラースとやらがどっか行ってすぐのところ、俺達が襲撃したみたいだ」
そこまで黙って聞いていたコルレオが口を挟む。
「どっかって……オルカもソイも、記憶力大丈夫か? 殿下、おそらく我々が突入前に見送った者こそが、レイムラースと思われます。特徴は黒の外套しか把握出来ませんでしたが」
「そうか。わかった。別の筋からそのレイムラースとやらを追ってみよう」
ネフィリムが話を締めようとしたが、黒のオルカが、両膝に肘を付け、言い難そうに口をもごもごとさせる。
「殿下。その、今回のさ、“本部”だろ? これで、終わりか? 地下の女子供に気付いたのは最後なんだ。敵全部倒してからだったから助けてやれたけど、それまでに遭遇して向かってきた人間は全部、殺したぞ? もう、終わりだよな?」
オルカは“飛槍”の連中は斬ったという話を、蒸し返している。
人質を取られて従っていた冒険者たる“飛槍”の連中を、殺してしまったと後悔しているのだろう。彼ら“光盾”も同業の冒険者だから。この3人は軍人でもない、仕方が無い。
「今回は討ったのは、連中のこの大陸での活動拠点本部というだけだ。本当の意味で連中を潰すなら、モンスターの故郷“闇の大地”モルラシアに乗り込んで壊滅させる必要がある。その時の敵は、人ではない」
ネフィリムは一度言葉を切り、彼らを励ますように声のトーンを上げた。
「人質は、助けてやれたのだろう。今回の事で拠点に居なかった“飛槍”の連中は解放されたさ。──それでも納得がいかないなら、こう思っておくといい。我々“人”の住む“光の大地”アーティアに侵攻して来ていた“赤と黒の鎧”の、その侵攻拠点本部を討てと命令したのは私だ。私の命でお前達は斬った。その“飛槍”の連中の命を奪ったのは、このネフィリムだ」
後半をネフィリムは至極真面目な顔で、しかし普段通りの声で言った。
「いやぁ、でもよぉ。俺もなんかもうよくわかんねぇ。なんか、悲壮感たっぷりで向かって来られてよぉ……1人、気味が悪かったな」
「ああ……あんな事言われる位ならまだ恨み言の方がましだ」
「……『やっと死ねる』……」
「そん位で剣先鈍るようなぬるい冒険者はやってねぇが、後からクるよな、これ」
「な」
「な」
オルカとソイが顔を見合わせ頷き合っている。
「…………やっと死ねる……か。その者にとって死ねる事が、幸せであったのだろう──苦労をかけたな、休んでくれ」
ネフィリムは、直接手を下した3人を真っ直ぐ見て労った。




