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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
64/180

(064)パールフェリカ姫のやる気(3)

(3)

 パールフェリカは城内の召喚院へ向かった。

 召喚院は図書院よりずっと上の階にある。召喚獣や召喚霊を研究、記録する機関だ。パールフェリカはそこの職員の一人に召喚術を習っている。いつもはあちらが部屋まで来てくれるのだが、ワイバーン襲撃やら神の召喚獣リヴァイアサン騒動やらでドタバタしているとの事で、今日の授業は延期されるはずだった。それをパールフェリカが「どうしてももっと召喚術を勉強したい」と言い出して、授業を行う事になった。ただし、先生の都合に合わせるという条件から、パールフェリカの方が召喚院内の研究室へ赴いている。

 ──ユニコーンはなぜ暴走したのか。

 それは召喚獣マニアでもある兄ネフィリムに任せるつもりだったが、その時、自分でも何か出来なかったのかとパールフェリカは考えた。ユニコーンを止めるなり、飛び降りるなり、あるいは召喚術でユニコーンを眠らせるなりして、木への激突を防げたのではないか。また、激突した後も、自分でその角を引き抜いてやれたのではないかと。

 人の持つ力ではどうにもならないような事で、召喚術を頼る場面だが、パールフェリカは召喚術を使える歳になったというのに何も出来なかったのが悔しくてたまらない。

 冒険者達との交渉も、自分では何も出来なかった。

 自分はこの世界の住人で、召喚士で、王女なのに、“うさぎのぬいぐるみ”であるミラノにすら、及ばなかった。事態を変えてくれたのはミラノで、自分は何も出来なかったのだ。

 それどころか。

 ミラノが串刺しにされた瞬間は、あの映像は、パールフェリカの脳裏にくっきりと鮮明に記録されている。

 薄暗かったはずなのに、色や細部まではっきりと覚えている。表情の失われる様が、血塗れて倒れる様が、簡単に再生出来る。その度、涙はこみ上げて来る。

 ユニコーンが殺されているところを目撃、動揺してパニックになった自分を押さえようとしたシュナヴィッツと、ミラノ。

 その結果──。

 謝りたいのに、謝れない自分が……受け入れて笑顔を向けてくれるミラノが……。

 パールフェリカはぎゅっと両手に拳を作って机を見た。

「──姫様? よろしいですか?」

 はっとして顔を上げる。

「あ、うん、聞いてるわ、ヘギンス」

「ヘギンス先生、です。普段はヘギンスで良いですが、授業の時はちゃんと先生を付けて下さい」

「う、うん。ヘギンス先生」

 ヘギンス先生の研究室は、壁という壁が本棚でみっちりと埋まっている。床にも本は高々と積み上げられており、そこら中に書類が散らばっている。

 部屋の中央に丸い机がある。

 元は四角い机だったが、日に何度もぶつけて痣を作ってしまうとの事で、角を切り落としたそうだ。引き出しは無残な事になっていて、役割を果たしそうにない。

 机の上もやはり積んだ本や、開きっぱなしの本が何冊も重ねて置いてある。

 部屋唯一の椅子にパールフェリカは腰を下ろしていて、先生は立っている。エステリオとサリアは研究室の入り口に静かに控えていた。

 ガミカでの学者は皆大抵似たような格好なのだが、ヘギンス先生も例に漏れず白をベースにした貫頭衣を着ている。30代後半の既婚女性だ。癖の強い赤毛を無理矢理集めて後ろで束ね、持ち上げた毛先は帽子に突っ込んでいる。図書院に居たフラースの被っていた帽子とよく似ているが、入っているラインは黒だ。

 机をはさみ、パールフェリカの正面に立つヘギンス先生が姿勢を正した。

「よろしい」

 パールフェリカはヘギンス先生を見ているが、瞳の奥にあるのは“記憶の中の血塗れたミラノ”。目を逸らすまいと、心に決める証。

 ──頑張る。考えても何も浮かばないし、前と変わらない態度しか取れない。だから、精一杯、頑張る。

 2度ゆっくり瞬いて、物思いを払拭する。キリリと表情を引き締め、準備が出来ている事を示した。

「忘れてはならないのは、私達人間の扱うこの召喚術は、神に与えられている“力”であるという事。自分達の“力”ではないという事。それは、いいですね?」

 ヘギンス先生の言葉は理解を深めさせようと声も抑揚も大きく、丁寧だ。

「はい」

「よろしい。真面目に私の授業を受けて下さって、本当に嬉しいですよ? 姫様」

 へへっとパールフェリカは笑った。

「神とはすなわち“アルティノルド”の事です。今もクーニッドの大岩にいらっしゃいます。この世界は“神の力”に満ちています。“召喚士の力”とは、“精神力”。神への祈りによって世界に満ちた“神の力”を引き出す事です。つまり、私達が召喚術を行使して消耗する“召喚士の力”というのは“精神力”であると、言えます」

「ふむふむ……つまり、根性ね!」

 ヘギンス先生は「そうですね」と言って微笑んだ。

「結局は、神様の力で召喚術を使ってるという事になるのね。神様の力で……」

 理解しようと繰り返し呟くパールフェリカに、ヘギンス先生は大きく頷いた。

「“精神力”。人間の“祈り”であったり“願い”を、神は単純に召喚術という形で叶えて下さいます」

「強く願えば、神様が叶えてくれるという事?」

「そうなりますね。ただし、召喚術を介して」

「リヴァイアサンは、神の召喚獣だと聞いたけど──結局何なの?」

「神の召喚獣であるという事しかわかっていません。リヴァイアサンを人が召喚出来るかどうかは、前例が無いので出来ないだろうとしか、答えられません。神の力は絶対です。言い換えれば、神はこの世界で何でも出来ます。ただ──アルティノルドにも制限があるのではないかと、最近の研究では言われ始めています」

「制限?」

 ヘギンス先生は曖昧に微笑んだ。

「ちょっと難しい話なので、いずれ、お話させて頂きますね。それよりも姫様、リヴァイアサンの召喚は本当にあったのですか?」

「うん。私も見たわ」

「──……本当に、リヴァイアサンが召喚されて、私達は何故、無事なのでしょうか……リヴァイアサンの標的は私達人間ではなかったという事なのでしょうか……」

 リヴァイアサンは過去、ドラゴン種を滅ぼしている。何故今回召喚されたのだろうか。誰に聞くでもなく、ヘギンス先生は呟いている。

「なんだかね、変な声が聞こえたわ。最初の内はみんなに聞こえていたらしいんだけど、最後は私にしか聞こえてなかったみたいで……」

 扉の傍からエステリオが前に歩み出た。

「──その際、パール様はトランス状態でした」

「トランス!?」

 ヘギンス先生の声が裏返った。

「よくわからないけど、そうだったみたい?」

 きょとんと告げるパールフェリカを凝視した後、ヘギンス先生は深呼吸を繰り返した。3周ほど机をクルクル回った後、自分の胸をトントンと叩き、パールフェリカの正面に立った。

「姫様、召喚獣にしろ、召喚霊にしろ、私達の世界に召喚されるまで彼らは、“霊界”に居ます」

「うん……?」

「召喚術の本来の流れは、私達召喚士が“願い”、その“精神力”で“神の力”を取り込み、呪文によって“魔法陣”を展開します。その“魔法陣”で“霊界”への扉を開き、“魔法陣”の種類に従って霊を召喚します。この後は召喚獣か召喚霊かで変わってきますが、基本の霊の召喚までは同じです」

「……う……うん……?」

「いいですか、私達は“霊界”には行きません。生きていては行けません。“霊界”は強い磁力を持っていて、魂を引き寄せ、引き付け、縛る世界です。それを一時的に開放出来るのが“神の力”による“召喚術”か、次の生命への召喚である“転生”です」

「えーっと……?」

 パールフェリカはヘギンス先生の話からついに置いて行かれてしまった。理解出来ない。

 だがパールフェリカがトランスしたと聞いて衝撃を受け、またやっとのまともな授業にヘギンス先生はすっかり熱がこもってしまっている。

「私達、今、生きている者が“霊界”に片足を突っ込んでしまう事を、“トランス”と言います。これは、非常に危険な状態です。“霊界”にそのまま魂を引き抜かれては、死んでしまうからです。いいですか? パールフェリカ姫。今後、2度と、トランスなんてしてはいけません」

「う……うんー……でも、私わざとやったつもり無いんだけど……」

 パールフェリカの言い訳じみた声を、ヘギンス先生は聞いていない。

「確かにトランスをすれば、あるいは“召喚術”という枠に捕らわれない召喚もある程度可能でしょう。そうですね、ワイバーン襲撃の際に目撃されたような、あの“丸太”だの“鉄板”だの、正体不明の“召喚術”のようなマネも。でもこの“世界の理”に従うなら、そんな事が出来る存在は居るはずがありません。それは既に、この理の外の存在です。“霊界”に身を置く、既に“死んだもの”の仕業としか、私には考えられません」

「せ……先生……」

 鼻息の合間にパールフェリカはそろーっと挙手した。

「ちょっと、難しいです……」

 もうさっぱり付いて行けないと、パールフェリカは両眉尻を下げきり、ついにぱたりと机につっぷしてしまった。

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