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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
62/180

(062)パールフェリカ姫のやる気(1)

(1)

 幾重にも連なる山林を、ペリュトンが駆ける。

 牡鹿でありながらその頭には大きな角が2本、首の下辺りまで伸びている。脚も鹿のものだが、今は背に生えている鳥のような翼を大きく羽ばたき、木々の上を飛んでいる。翼と首の間に、黒い人影が跨っている。フードは跳ね上げられており、長く黒い外套とともに緩く波打つ黒髪が風に揺れる。

 騎乗しているのは、昨日“飛槍”のガミカ拠点からこのペリュトンでユニコーン輸送に先立ち飛び去った男だ。──“飛槍”の男達がレイムラース様、と呼んでいた。

 飛び進む程に、じわじわ木々の葉の色が濃くなる。深い緑は、山陰に入っているわけでもないのに黒く見えるものすらある。クーニッドが近い証だ。

 召喚術が一切使えなくなる“神の御す所”。クーニッドの大岩のある山が、もう間近だという証拠。

 クーニッドへの山道が見える辺りでレイムラースは地上へと降り、ペリュトンを還した。

 昨夜“あの方々”への報告を済ませ、早朝にその拠点を出てクーニッドへとやって来た。レイムラースが“あの方々”とコンタクトを取る理由が、クーニッドにある。

 レイムラースは神殿まで黙々と歩き、辿り着くと長老マルーディッチェと二言三言話し、神殿の奥へと1人で入った。こちらへ来るのは初めてではない。

 壁の大きく切り出された石はぴっちりと積み上げられている。それがほんのりと光を放って周囲を照らす。天井までそれは変わらない。

 最奥で足を止めた。青く透ける巨大な水晶が眼前にある。これがクーニッドの大岩であり、神の突端と言われている。

 そっと血色の悪い青白い手で触れる。しばらく目を閉じて触れていたがその手をひくりと揺らした。

 目を開き顔を上げると、煌く光を返す水晶を見た。

「……しかしそれでは……アザゼルが?」

 呟きのような問い。返事らしい声は無いがレイムラースは戸惑いを隠さず、“誰か”に答える。

「いや、私は何も」

 2、3度瞬きを交えながらレイムラースは瞳を揺らした。

 手を降ろし、内側に光を抱くような巨大なクリスタルの前で立ち尽くす。

「アザゼル……今の話は本当か?」

 しばらくしてレイムラースの声がはっきりと天井の高い部屋に通った。やや間を開けて、『不躾な……』と誰も居ない室内に声が反響する。

 先に4枚の白に輝く光の翼と尾羽が現れ、次いで導かれるように冷たい印象すら与える男がその根元に姿を現す。全身から光が溢れている。

 七大天使の長、アザゼルである。

「君がここに居る事はわかっていた。だから呼びかけたまで」

 明らかに“人”よりも大きな“天使”、アザゼルは腕を組んだ。半眼でレイムラースを見下ろす。

『残念だが私は何も言わない。アルティノルドにも何も言っていない』

「なぜ?」

 アザゼルは静かな面持ちのまま揺るがない声で問いに問いで返す。

『……長い時が流れ、忘れたか?』

「今更……我々は──」

『くだらん』

 断じてアザゼルは腕を下ろす。

『七大天使の総意は変わらん。アルティノルドがどうかしている。レイムも追従するなら、好きにすればいいだろう。──それとも、お前がそそのかしたか?』

「…………」

 沈黙するレイムラースを待つこと無く、アザゼルは空気に溶けるように姿を消した。

 残されたレイムラースは息を吐き、大岩を見上げた。




 足をピコピコクッションに改造されてから、ミラノはソファーでじっとしている。絵本を見ているが、目は滑っている。

 パールフェリカ、シュナヴィッツ、ネフィリムの3人と、護衛騎士のエステリオは謁見の間へ行っている。部屋には侍女が二人居るだけで、とても静かだ。集中しやすい環境ではあるのだが。

 ──自分は死んでいるのか?

 一人で悶々とした所で答えなど出ないと分かっている。

 その問いに、結局絵本を開いても頭に入っていない。脚を組み、その上に大きく本を開いている。右手側にある肘置きに折り曲げた肘を置き、頬杖をついて離れた窓の外の空を眺め、微動だにしていなかった。

「なんだ、“うさぎ”のままなのか?」

 頭上から声が降って来た。

 声の主はわかる。第一声がそれかとミラノは“確信”をしつつも、嘆息を堪えた。“人”である事を期待されている。そうなる前になんとか手を打ちたかったのに。

 返事をする気にもなれず、聞こえないフリを決め込んでいると「ミラノ?」と名を呼ばれる。

 しぶしぶ“うさぎのぬいぐるみ”は声の方へ顔を向けた。

 亜麻色のまっすぐの髪がさらりと揺れた。第二位王位継承者、シュナヴィッツだ。

「何ですか?」

 ミラノの淡々とした声は、突き放すというより、棒読みのようであった。

「動いていないから、また召喚が解けてしまったのかと思った」

「……そういう事ではありませんが……」

 “うさぎのぬいぐるみ”の頭はソファの背もたれを越えない。そのソファの背もたれに両肘をついてシュナヴィッツは後ろからミラノの見ている絵本を覗き込んでくる。

 相変わらずの王子ルックに、甘い香りが広がる。 

 見た目は麗しいが、数日話してお洒落だとかに興味を示す様子が無い事がわかっている。

 戦いになれば好んで前線へ飛び出すというシュナヴィッツだ。貴族の娘らからの猛攻に辟易しているこの彼に、女が好みやすい甘い香水を選んでいる侍女は一体何を狙っているのやら。美しい主には誰よりも美しくあって欲しい、といった所なのだろうか。ミラノには、心底どうでもいい事ではあったが。

「動かないのであれば問題ありませんから、これで良いです」

「ああ、“うさぎ”で居る理由か」

 ミラノは“人”でいる方が面倒が増えると学習した。この世界に在る限り、もうずっと“ぬいぐるみ”でいいと思い始めている。楽だ。

「パールとネフィリムさんはどうしたんですか?」

「兄上はそのまま父上と話をしている。パールは何を思いついたか、エステリオとサリヤを伴ってどこかへ走って行ったな。元気一杯で」

 以前までのシュナヴィッツであれば、パールフェリカの部屋へは貴族連中から逃げる為に来ていた。が、今の目的は──。

 その辺りを何となく察しつつ、ミラノは姿勢を元に戻し、絵本に目をやった。後ろから、ぽつりぽつりとシュナヴィッツの声がする。

「はじめまして……ありがとう……おめでとう……」

「……そう書いてあるのですか?」

「わからないで眺めていたのか?」

「……ええ──これが、はじめまして?」

 と、記号の羅列をミラノは指差す。

「いや、それはありがとうだ。もう1つ前の」

 シュナヴィッツは手を伸ばして示す。

「ではこれが、おめでとう?」

「ああ」

 言葉の数と記号の数が違う。自分は日本語を話していないのかもしれない。頭痛の種など、いくつあるのか考えたくもない。

 シュナヴィッツは手を引っ込め、肘をソファから離して背筋を伸ばして立つ。

「覚えるまで時間がかかりそうだな」

「……そうですね」

 やはり、誰かに調べてもらうのが良いのかもしれない。図書院に行きたいところだがこのうるさい足では目立つ。ただでさえ動く“うさぎのぬいぐるみ”というだけで見る者を驚かせるというのに。

 右手の人形の人差し指で、ミラノはそっと文字をなぞりながら今後どうすべきか考えていた。が、それは荒々しく開かれる扉の音で遮られてしまう。

「ミラノ!! 居る!?」

 シュナヴィッツの言葉通り元気一杯の様子でパールフェリカはこちらへ駆けてきた。

 エネルギーを発散させまくっているパールフェリカが帰って来ては、絵本を眺めるどころではない。ミラノはぱたりと絵本を閉じ、肘置きの横、仁王立ちのパールフェリカを見上げた。

「何です?」

 淡々とした声の返事は、ブツブツと声をひそめた呪文。白い魔法陣が広がるや、唐突に“うさぎのぬいぐるみ”を“人”にしてしまった。

「…………何です?」

 タイトなグレーのスカートから伸びる足は組まれている。その横にころりと“うさぎのぬいぐるみ”が転がる。

 きりっとしたスーツ姿でミラノは同じ言葉を、しかしやや低い声で発し、伊達眼鏡を外した。

 突然の事で微かに不機嫌な声音のミラノだが、お構いなしでパールフェリカは笑顔を輝かせた。

「──やっぱり修行よ!」

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