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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【2nd】 ─ RANBU of blood ─
55/180

(055)召喚霊七大天使(3)

(3)

 ざらりとパンプスの踵が地面の砂を擦る。

「………………」

 パールフェリカを見て「大丈夫?」と声をかけたつもりだったが、口が動いただけで音は出なかった。彼女は盾の裏で尻をつき、膝を胸に寄せ頭を抱えていた。そっと手を触れ開放してやると、パールフェリカは伺うように盾の周りを見、そしてミラノの視線に気付いた。瞬く彼女に、ミラノはただ首を傾げてみせる。長く前へ垂らしていた一房の髪がさらりと揺れる。

「……」

 パールフェリカはぐっと頷いた。それを確認して、ミラノはシュナヴィッツを見る。衣や皮膚のあちこちにうっすらと血が浮いている。元々の怪我もあったろう。髪が汗で首に張り付いている。彼は膝立てて盾から敵を覗き見ていた。こちらもミラノの視線に気付くと、一つ頷いた。ミラノは頷く代わりに一度瞼を落とす。

 そして、盾は黒の魔法陣に吸い込まれ、同時に魔法陣ごと空気に溶けて消えた。

「な!? なんだ!? 召喚術!?」

「ばかを言うな! セイレーンで封じたぞ!?

 呪文を唱えられるものか!」

「──お前! 何者だ!」

 静かに立って、ミラノは伊達眼鏡を外しつつ鋭く指差す男を見る。眼鏡はスーツのポケットにしまう。毎回しまっているのに、召喚される度戻っている。髪型も、元に戻っている。

「──……」

 口を開いて言葉を少しだけ発するがすぐに止めた。声は封じられている。“うさぎのぬいぐるみ”の時には何とも無かったのに、“人”の形では封じられてしまったようだ。相も変わらずわけがわからない。その点についてはただ目線を動かして、呆れたポーズを取るしかない。

 盾と魔法陣が消えると、シュナヴィッツは立ち上がり、長刀を構えなおす。パールフェリカも立ち上がろうとしたが、すぐに尻餅をついた。ミラノが“人”の姿をとって魔法陣を広げると、パールフェリカに負担が押し寄せるらしい。ふとパールフェリカとミラノの目があう。パールフェリカは実に“少年”らしく、眉間に皺を寄せ、眉尻を上げ、そして白い歯を見せてニカッと笑った。大丈夫だと、言いたいらしい。ミラノの口元にささやかな笑みが浮かび、その目が細められた。それを見たパールフェリカは力強く頷いた。



 男達が再び召喚術を展開し始める。

 初召喚の儀式で繋がる召喚獣・霊を除いて、もっとも簡単に使えるようになるのが“エレメント召喚術”による7属性の召喚霊の内4属性の召喚だ。その4属性の内でも初心者向けとされるのが火のサラマンダー、地のピグミー、風のシルフだ。彼らは力さえ渡せば、大体言う事を聞いてくれるのだ。水のウンディーネは水がある所にしか来てくれない。また残りの3属性である光、闇、無の召喚霊達は上級者でもなかなか召喚契約を成功させられない。

 初召喚の儀式で繋がる召喚獣や召喚霊はとても、特殊な存在だ。

 この世界の人々の、召喚士の魂がこの世界の獣の魂、あるいは異世界の魂と結びつけられるのが初召喚の儀式。この儀式によって、召喚士は自分にとって唯一の獣の魂、あるいは唯一の異世界の魂を召喚する事が出来るようになる。獣の方は、召喚士が形を与え、霊には語りかけその力を形にさせる。

 一方で、初召喚の儀式で結びつきのある召喚獣、霊を召喚するのでは“ない”、エレメント召喚術などが存在する。

 これらはこの世界に存在する“七大天使”を仲介として、異世界の霊を召喚する術である。故に、異世界の霊たるサラマンダーやピグミーなどを召喚するには、“七大天使”との契約が必須である。“七大天使”は召喚契約の儀式の時のみその姿を人に見せる。

 “七大天使”は、神アルティノルドによって創られ、死後召喚獣となったリヴァイアサンと同等の存在であり、はじめから“霊”であったという。

 召喚契約の儀式に姿を見せるという点では、リヴァイアサンなどより遥かに人にとって身近な存在である。“七大天使”は、世の理である初召喚の儀式で召喚士と魂が繋がれる以外での、召喚術全般を支援する為に創られた、と言っても過言ではない存在だ。神が、召喚士にその能力を与えた、つまり“七大天使”を授けたのだ。しかしながら、“七大天使”は契約の折に現れるのみで、また召喚士の能力が不足していたならば決して仲立ちしないという。

 そういった一切を説明された事の無いミラノが、知る由も無いのは、当然ではあったのだが──。



 男達は長剣を構え、さらに再びサラマンダー、シルフ、ピグミーを次々と召喚する。

 声を封じられたシュナヴィッツが左前方3歩の距離、5歩後方にパールフェリカが膝をついてなんとか立ち上がろうとしている。

 ──出来る事……。

 ミラノの口が小さく、言葉の形を辿った。

 20名の男達はシュナヴィッツの10歩先に居て、その前にサラマンダー3匹、シルフ4匹、ピグミー2匹が現れる。

 敵は召喚術があって、なおかつ人数で勝る。こちらの戦闘要員はシュナヴィッツのみ、しかも召喚術は封じられた。その上足手まといとなるパールフェリカと、自分も居る。

 ミラノはそっと腕を組んで、片足に重心を移した。

 ──出来るかしら……“そういう”理屈が、通るかしら……。

 ゆっくりと瞬く。

 考えながらも、事態が差し迫っている事はちゃんと把握している。

 ミラノは右前方にイメージを形作る。

 そして生まれた黒い魔法陣に、男達は慌て、そこへ真っ先にサラマンダーを走らせた。

「……!」

 シュナヴィッツの音なき声とサラマンダーの吐き出す火炎が吹き荒れるのは同時だった。伸ばしたシュナヴィッツの手の先をミラノに迫る炎が掠める。

 が、その火炎は全て、直径1メートルの黒い魔法陣に、吸い取られるように、飲み込まれた。

「──!?」

 男達のみならず、サラマンダー達も顔を見合わせた。

 そして、飲み込んだ火炎を、魔法陣は天井を焦がす勢いで吐き戻す。通路に煌々と炎の灯りが大きくともる。これでは昼間の外と変わらぬ明るさだ。

「──なんだ!?」

 男達がどよめく前で、さらに驚くべき事態が起きる。

 ミラノに迫り、魔法陣の真正面まで来ていた3匹のサラマンダーが、その火柱に膝をつき、頭を地面に擦る程垂れたのだ。

 誰もがただ息を飲んで、サラマンダーに拝まれる炎の柱を見る。

『……ず…………しい……』

 炎の中心から、声。よく通る男の声ではあるが、業火に飲まれている。次の瞬間、ばさりと大きな音を立てて炎が左右に広がった、否──火柱を割って、真紅の翼が飛び出した。

 ばさりと、4枚の真紅の翼。上方左右、下方左右に広がった。

 ミラノはそれを背後から見上げる。

 炎は翼の中心に飲まれ、そこに人らしき形が生まれる。

『我が名はイスラフィル。サラマンダー、還りなさい』

 3匹のサラマンダーは益々恐縮し、そして透明度をぐっと下げ、そのまま消えてしまった。

 広げていた4枚の真紅の翼をその背に折りたたんだ男は、ゆるりとミラノを振り返り、見下ろした。

 男の身長は2メートルを超えるだろう。手にはその背より長い錫杖がある。これもまた赤い色をしており、先端にはラッパのようなものが4,5個、鈴なりのようにぶら下がっている。

 赤銅色の肌をしていて、白銀の髪を肩の辺りで結わえている。その瞳は、燃えるように赤い。

 イスラフィルと名乗った彼は、サラマンダー達のように半透明という事はなく、実体を持ってそこに立っているように見えた。

 ミラノはその瞳を見上げた。ほんの数瞬の後、イスラフィルの口が動く。

『──……しかし、それは私一人では無理だ』

 何に答えているのか、まず問いなど無かった。誰もがきょとんと、そのイスラフィルを見上げるばかりである。シュナヴィッツも男達も、同様だ。言葉は喉に張り付いて、出てこない。

 ──そもそも彼は“イスラフィル”と名乗ったのだ!

 信じられないと首を左右に振る者あれど、ほかの挙動を出来る者などいない。

 ミラノは目線を伏せる。どうしたものかと、また考えている。

『孔雀王を……』

 イスラフィルは緩やかな口調で言い、ミラノはそれに対して首を傾げた。が、すぐにイスラフィルの横の地面に、漆黒の魔法陣が広がる。そのギュルギュルと回転する闇色の魔法陣を割って、一筋の光が天井まで貫く。その光の柱が大きく広がり、4枚の翼と孔雀のような尾羽がそこから伸びた。それは、光すら放つ白色であった。光の鱗粉が、イスラフィルの存在でオレンジに明るくなった通路をさらに白く染め上げ、辺りは眩いばかりの光に包まれる。

 誰もがただ、その輝きを浴びて見上げる事しか出来ない。

 光の柱が収束すると、やはりそこにも男が現れた。男はミラノを振り返る。

『──……ならば、全員よばれるのがよろしかろう』

 真っ直ぐの白銀の髪は長く尾羽にかかるほどだ。肌は透けるように白い。威圧感さえある声はミラノに対して投げかけられた。

『セイレーンの悪戯も、アズライルが。そこのシルフにピグミーはダルダイルにミカル……ついでにジブリールやシェムナイルもよばれるとよいでしょう』

 ミラノは首を傾げ、目線を斜めに落とした。

 自分がやろうとした事はただ、召喚術というものの呪文に“だれだれの契約に基づき”とある為、その“だれだれ”を喚び出してみただけなのだ。敵の召喚術の根本であろう契約とやらを解除して欲しいと思ったからだ。

 本音では、出来たらいいな程度でサラマンダーの召喚呪文に含まれていた“イスラフィル”というものを召喚したいと願って魔法陣を広げただけである。

 本来、召喚契約以外では姿を見せないイスラフィルを召喚し、さらに、イスラフィルに促されるまま“孔雀王”というものを望んでみただけである。やってみた、のである。

 そしてこの“孔雀王”とやらはまだけしかける。

 ミラノは首をひねりながらも、場所が無いので自分の周囲、左右と斜め右後ろ、斜め左後ろ、真後ろに黒の魔法陣を広げる。

 そして、その内からやはり輝く柱が立ち上り、ばさりと4枚の翼を持つ男が4人、女が1人、それぞれ現れた。皆、銀色の髪とゆったりした白い布の服を体に巻くように着ている。誰もが2メートル級の長身で、大きな翼持つ人である。

 ──そして“孔雀王”が手をゆるく男達に差し向ける。他の6人の翼持つ人もそれに倣う。

 男達全員の足元それぞれに7つの魔法陣が生まれ、一度回転して消えた。その瞬間、ふいと、残っていたピグミーやシルフが風に飲まれるように消え去った。

 ──誰もがぎょっとする。

 これで、完全に一致してしまった。

 今、目の前に居る7人の翼ある人は、紛れも無いと。

 皆見たことがあるのだ、召喚霊と契約する際、仲立ちする役目のある七大天使が現れるのを。七大天使の内、光、闇、無を司る孔雀王アザゼル、シェムナイル、ジブリールを見た者は少ないが、全て、神が創り、人に授けた、召喚の仲介者“七大天使”──。

「……七大天使?」

 ミラノは記憶の端にある、彼らの名前から導かれる単語を呟いてみた。もし、自分の世界と同じであるならば、彼らの名前は、あちらの世界の七曜のルーツとなったとされる“七大天使”と、同じである。ミラノはふと手を胸元に寄せた。

「──声が……」

『セイレーンが悪さをしたようで、申し訳ございません』

 ミラノの左後方に居た、4枚の翼持つ銀髪の人がそう言って頭を下げた。

『もう、あのセイレーンは2度とこちらには参りません。ご容赦ください』

 その言葉に、男達の一人がぶつぶつと呪文を唱えはじめ──しかし、何も起こらなかった。そして狼狽した声を上げる。

「……うそだろうッ!?」

『あなたとの契約は……いいえ、あなた方と我々“七大天使”との間の契約は、全て解除しました』

 白き孔雀王アザゼルが男達を見た。アズライルの言葉を継ぐ。

『我々がお前達と契約を結ぶことは、二度とない』

 そして、ミラノを見る。

『これで、よろしいか?』

 誰もが口をあんぐりと開けて、言葉を紡ぐことも出来ないでいる中、まるでセイレーンに声を奪われたかのようにある中、ミラノは7人の翼持つ者を見渡した。

「ありがとう」

 その言葉を合図に、7人は消えた。

 急激に薄暗い通路に戻った。

 神々しい輝きに包まれていたミラノを、シュナヴィッツはただ見ていた。薄暗くなってやっと視線を外した。

 ミラノは、召喚術の内、エレメント召喚術など“七大天使”が仲立ちする召喚術を、男達から完全に奪った。声を封じるなどという生易しいレベルではない。“七大天使”は契約の際にしか来ない、それを、喚び出し、あまつさえ“使った”などと──。

 契約は、解除も含め本人が“七大天使”に請うて成り立つ。それを無理矢理、解除した。シュナヴィッツは自分の召喚獣ティアマトをミラノが勝手に還した事を思い出していた。それだけではない、ミラノは神の召喚獣リヴァイアサンさえ強引に帰還させた。召喚獣マニアの兄にどう報告したものか、自分の目で見た事にも関わらず、自分自身にさえ納得できるような説明が思い浮かばない。

「……どうしたら一体、こういう事に……」

 シュナヴィッツがようやっと呻くように呟いた。

 それに対して、ミラノが顔を向けて来る。気付いてシュナヴィッツは微苦笑を浮かべ、彼女が口を開くのをさっと手を上げて制した。

「“やれば出来た”──だろう?」

 後半には笑いの混じった声で言うシュナヴィッツに、口角を上げて、ミラノは肩をすくめたのだった。

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