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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【2nd】 ─ RANBU of blood ─
54/180

(054)召喚霊七大天使(2)

(2)

「もう随分と先に行ってしまわれたろうなぁ」

「そうでもないだろう。レイムラース様は移動が遅いらしい。仕事は早くて有名だが、早く着きすぎては相手に失礼だとかで移動が遅いんだとさ。ご本人はのんびり旅が出来て良いとおしゃっていたが」

「だがなぁ、いざ急ごうと思えば、あの方の召喚獣はペリュトンだ。

 山だろうが谷だろうが、空だろうが、どこでも駆けて行ける」

「確かにな。地面這って追いかける俺らの身にもなって頂きたいもんだ」

 ぼやいてはいるが、言葉の端々には敬意がある。有能な上司に仕えているという自負らしきものもあるようだ。

 ライトアーマーを着込み、腰に長剣を穿いた5人の男と、その後ろをトロルが5体どっしどっしと歩いている。

 “人”と“モンスター”が、行動を共にしている。

 話しているのはもちろん“人”の方だ。トロルらは大きな腹を揺らしてついて来ている。その大きなシルエットで、背後への注意が疎かになっていた。何せ背後には味方しか居ないと、当然思っていたから。


──きたれ、

──聖なる山を移り棲む者、“2番目”に跪く者よ。

──汝、遥けき空に雲を呼ぶ者、非情なる果断なす者よ。

──天地万物に寄り添い、大いなる慈しみを抱く者よ。

──涼やかな風ととも、神の言葉を携えたるダルダイルの契約に基づき、

──出でよ、シルフ。

──切り裂け。


 離れた所から呟かれた声は、男達に聞こえなかった。

 きっかけは、トロル達の「アーーー……!!」という悲鳴だ。

 振り向いて目に飛びむのは、衝撃に揺れるトロルのデカイ腹と、その背後を飛び散る青緑色の液体──彼らの血だ。

 トロルはその一つ目に苛烈な怒りの色を燃やし、手にした棍棒を振り上げ後ろを振り返る。青緑のドロリとした血液が散らばり、壁や男達に降りかかる。大量に出血している。深さ数センチになろうかという縦横に切り裂かれた傷がトロルの巨大な背中に数十と刻まれている。その様が男達の目前に飛び込んだ。深い傷からドッドッドッと青緑色の血が噴出している。

 トロルが巨体なので後方、通路の向こうを見る事がなかなか出来ない。

 だが、ほんのりと光を放っていたシルフの姿が消えてゆくのが見えた。エレメント召喚術によって呼び出される人型の召喚霊だ。他の召喚霊よりもぐっと薄い色、透明度の高い、女の姿。その背には昆虫のような、虹色の翅が生えている。が、遠くから見ればただの光、ただの風に見えてしまう事もある。

 トロルの1体が太い足を上げ、駆け出す。足跡には血が混じる。

 振り上げた棍棒は、振り下ろす前に停止した。

 そのまま、横へドスンとトロルの巨体は倒れる。押しやった者がある。薄暗くて見えない。松明は男達しか持っていないので、トロルの駆けた先は、トロル自体の影も落ちて余計暗いのだ。

 他の4体のトロルらも一斉に棍棒を手に駆け出した。

 “襲撃者”に両手を振り上げたトロル達は、一斉にドスンと後ろ、こちら側へ倒れてきた。地面に、青緑色の体液の海が広がる。“襲撃者”は念入りで、巨体に足をかけ、トロル5体のその首を一体ずつ掻っ切っていった。

 男達の内、松明を手に持つ者は2人。持たない者も持つ者も、腰の長剣をスラリと引き抜いた。

 足音をほとんどさせず、松明に照らしだされ、トロルを踏み越えて男が一人姿を見せる。これが、トロル5体をあっという間に打ち倒した“襲撃者”。

 松明の炎の色が、真っ直ぐの亜麻色の髪の上をゆらゆらと揺れる。髪そのものの色合いと火の色合いが交じり合って、それは神秘的ですらある。

 刀身は下げているが、すり足気味の歩みに澱みは無く、隙が感じられない。いつでもその足は、持ち主の意図するままに動くだろう。

 濃紫の上衣には刺繍が華美で無い程度に施され、白色の刺繍程、松明の光を照り返して色を変化させて煌く。

 下げられた刀身から、ひたりと濃い色が地面に落ちた。トロルの血液だ。

 “襲撃者”の着衣には返り血が見当たらない。素早い身のこなしが予想された。

 十足の距離、“襲撃者”の1歩で、男達もまた1歩下がった。

 並々ならぬ、威圧感。

 こちらから誰何すべきか男達がちらちらと視線を交わしている時、あちらから声がかかる。

「ユニコーンがこの先に居ると聞いた。知っているか?」

 “襲撃者”の声は明朗で、若さが見える。男達は顔を見合わせる。

 ──先行している仲間がガラガラと台車を引いてユニコーンを運んで行った。それはほんの数分前の事だ。

 男達の一人が動き、煙玉を地面へ投げ付けた。

 かっという音と共に小さな火花を散らして割れた玉から、灰色の煙が“襲撃者”と男達の間にもうもうと立ち込めた。逃走用の目隠し道具だ。男達は目印になってしまう松明2本を投げ捨て、本来の進行方向へ駆け出した。



 ぜーはー喉を鳴らしながら5人の男達は、ユニコーンを捕らえ運んでいた仲間の背後に追いついた。

 彼らは大八車をぐるっと囲うように15人居る。格好は似たり寄ったりの、“飛槍”の“人”の仲間である。

 大八車には“襲撃者”の目当てのユニコーンが未だ気を失ったまま横たわっている。

 追いついた男達は荒れる息をなんとか押さえ込み、告げる。

「おい! それを取り返しに来たヤツがいる! トロルは全滅した!」

「なに?」

「全滅ってどういう事だ!」

「相手は!? 相手は何人だ!」

 逃げて来た男の1人が両膝についていた手を離し、直立した。

「ひ……ひとり……」

「は!?」

「1人ってどういうことだ!?」

 ユニコーンの周囲をかためていた15名と逃げてきた5名、あわせて20名の“飛槍”の男達が騒然とする。と、元からユニコーンと居た男の一人の松明が、通路の向こうを照らす。人影が1つ、こちらへ駆けて来ている。

 追いつかれたのだ。

「そこに居たか。それは僕の妹のものなんだ。返してくれるか」

「──馬鹿を言うな!」

 男達は20対1ならどんな相手にも負けるわけがないと、長剣を手に手に駆け出す。松明を持った男達はぶつぶつと呪文を唱え始めている。

 “襲撃者”はあっという間にこちらの手勢に囲まれている。

 その頭上に、次々とサラマンダー、ピグミー、シルフが召喚される。

 サラマンダーの吐き出す炎を“襲撃者”は間一髪で避け、退りながら近くに居た男に斬撃を繰り出す。が、これはピグミーの力、岩石の盾が現れ阻む。盾が真っ二つに割れて終わる。割れた岩石の盾は地面に落ち、そのまま吸い込まれるように消える。

 体の沈んだ“襲撃者”にシルフの息吹が吹きかかる。が、“襲撃者”の足元には金色の魔法陣がぎゅるっと回転、瞬時に既に居るシルフと見た目そっくりなシルフが召喚される。2人のシルフの息吹はぶつかり、そこに小さな竜巻を作って消えた。

 サラマンダー、ピグミー、シルフらは仕事を終えるとすぅっと空気に溶けるように消えていく。

 退く“襲撃者”を追い、男達の長剣が時間差で降り注ぐ。それを地に手を付きつつ“襲撃者”はかいくぐる。斬る事が出来たのはその衣の端だけだ。

 戦闘は、たった一人が相手にすぎないにも関わらず、乱戦の様相を呈す。“襲撃者”は1本の長刀を巧みに操り、その軽い身のこなしで降り注ぐ長剣をことごとく、まるで最初からそこに斬撃が振り下ろされる事を予め知っていたかのように、かわしていく。逃げる先をこちらの召喚術が狙い打ちにするが、“襲撃者”の方も金色の魔法陣を展開しては召喚術を打ち出し押し返したり、相殺してしまう。

 “襲撃者”が相当の手練れで、かつ召喚術にも長けている事がわかるも、数が数である。こちらの数を削られる事も無く、じわじわと押しやっている。だが有利に見えて“襲撃者”にはかすり傷さえ負わせられていないのも事実だ。

 ──“一撃を!”

 両陣営の脳裏に浮かぶのはこの一言に尽きる。

 そして。

「に……にいさま…………!」

 小さな声だったが、その声は乱戦の中に届いた。

 ハラハラと見守る少女の姿を、松明の火が照らし出す。男達はそれが“襲撃者”の仲間とすぐに察し、一人が叫ぶ。

「あれを取れ!」

 人質にしろという意味だ。“うさぎのぬいぐるみ”を抱えた少女は驚き、一歩下がった。

「──!」

 “襲撃者”は眉をぎゅっと寄せる。

 存在があらわになった少女は、慌てながらも真剣な眼差しでぶつぶつと呪文を唱え始める。ふわっと彼女の足元に、この薄暗い中、真っ白に輝く魔法陣が広がる。

「召喚術か!」

 男達が足を止めた。

「ミ、ミラノォ、なんとかしてぇ!」

 少女の鈴のような声が響く。

 ほぼ同時、魔法陣の上に人影が現れる。

 ──黒い瞳がゆらりと揺れると、きしりと空気が止まったように思われた。

 白い輝きの中、漆黒の髪を束ね、シャープな眼鏡をかけた知的な女が、一人。

 体の線がはっきり出るグレーの上衣と、膝上のスカートからはスラリと細い足が見えている。

 消え行く魔法陣の中心で、キリリと立ち、しかし淡々と穏やかな声を発す。

「………………戦う術なんて、無いのですが」

「な!? 女??」

「しゃべったぞ!? 召喚霊か!?」

「見たことないぞ!」

 どよめく男達を前に、女は静かな面持ちでこちらを見ている。辺りに粛然とした緊張感が振りまかれる。

 整った顔立ちに影を落とす眼鏡の輪郭。色白の肌に落ちるその影は繊細な印象を形作る。その奥、暗いせいで大きくなった瞳孔が、こちらを順番に見る。松明の揺らぐ煌きを浴びて、薄暗い中でしっとりとした黒い瞳は炎の様相を映し込む。潤む唇から、ほうと息が吐き出される。女の身にまとう空気に、男達は完全に飲まれた。

 男達はただ、口をあんぐりと開けて見る事しか出来なかった。

 ──妖艶。

 男達の数人が、はっきりと息を飲んだ。

 女がふと手を持ち上げる、それだけで男の一人が身じろぎする。女はただ、頬に手を当てただけだった。

 何か考えているだけらしい。

「──は、はったりだ!」

 男の一人がそう叫び、“襲撃者”への攻撃を再開する。

「アレを呼べ!」

 浮き足立っていた男達が冷静さを取り戻す。“襲撃者”は再び取り囲まれ、長剣が空を切り、靴が大地を打ち始める。

 男達の間からサラマンダーが召喚されると、それをちらりと見た“襲撃者”が呪文を唱え始める。が、男達の召喚術が先である。その頭上に、栗色の長い髪を揺らす女、しかし腰から下と腕から先が鳥のもの。ゆるくバサリと羽ばたいた。

「セイレーン!?」

 少女の声の直後『ィィィイイイイアァーー』とセイレーンの声封じの歌が響いた。

「…………!!」

 少女が呻く。“襲撃者”の呪文も止まった。女は口を開いて少しだけ動かした後、首を傾げた。男達が“襲撃者”3者から一斉に離れる。

「焼き払え! サラマンダー!」

 火トカゲが大きく喉を仰け反らせ、口に火炎を含み、3者の居る通路いっぱいに吐き出した。

 辺りがオレンジの輝きに満ちる。炎の舌が通路を撫で上げ、光が踊る。

 召喚術を封じた相手にこれは即死攻撃と言っても過言ではない。

 ──しかし。

 サラマンダーの姿とともに火炎が通路から消え去った時。

 3者の前には、大人の身長と変わらない大きさの黒い魔法陣がゆるゆると回転をしていた。

 その魔法陣の前に、男達に見覚えのある、武器庫に置いてあったはずの、中でも大きな盾がそれぞれ1枚ずつ、ぷすぷすと煙を上げながら、浮かんでいたのだった。

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