(051)ホルトスさんの召喚術(2)
(2)
トロル達は刀を抜いたシュナヴィッツを小さな脳みそで敵と判断した。また、足元にショッキングピンクの魔法陣が展開したホルトスも、敵と判断したようだ。
だが、まとめ役もいなければ指示するものが居ない。それで、トロル達は「……ア……ア……アア……ア……」と音を発して彼らのコミュニケーション手段で相談をしている。
その間に、ホルトスの召喚の術が完成する。
ショッキングピンクの魔法陣は、キュルルルルッと回転すると、その中心からシュポンッと光の珠を放つ。光の珠は魔法陣と同じショッキングピンクだ。魔法陣が消える。
珠は、ぱちんと弾けて、そこに人型の霊が姿を現した。
背後に居たホルトスを横目で見ていたシュナヴィッツが、光速で前方のトロルへと視線を移した。というのも──。
『にゃっはー! やぁっとよんでくれたぁ!!』
ピンク色のオーラを薄暗い洞窟にビカッと放つ。飛び出た人型の霊は、両手両足を宙空でぱっと広げて浮かんでいた。
彼女は満面の笑みを浮かべている。猫っぽい顔つきで愛嬌がありながら色っぽさもある、つまり可愛らしい“男受け”のする相貌である。舌をぺろっと動かして下唇を舐めた。口角は上がりっぱなしである。
ふわふわで毛量も多く、くるぶしまでありそうな現実離れしたピンク色の髪。首の裏、髪の内側に両手をまわした。
『もうっサイッコー!!』
パッサーと髪を広げ、背伸びをしながら叫んだ。ピンク色のキラキラした輝きと甘ったるい花の香りが辺りに散らばった。
「うわ! でか!」
パールフェリカが思わず、仁王立ちで口をガッパと開いて、通常より大きな音量で呟いていた。もはや呟きではないのだが。
出てきた女の格好は、要所要所をピンク色の小さな布っきれで隠した程度で、ほとんど全裸である。
重さと関係が無いのか、宙にふわりと浮いて、くるんと縦に一回転してからホルトスの首に両腕を巻きつけた。体はぴったりくっつけている。が、半透明なので女を見るとホルトスが透けてみえるのである。女はすべすべの肌でホルトスにするすると頬ずりする。
やや幼さのある声とは裏腹に、乳は規格外サイズ、ウエストはきゅっと締まりつつ、お尻はいかにもふわふわしていそうに白い。そこから伸びるさらさらの太ももがあらわになっている。
スタイルがはっきりわかる服装というレベルではない、大事な所以外丸見えである。
『っもう! ホルトスゥ! なにやってたのよぉ? 霊界ってばね、真っ暗でさぁ、もうさぁ、前にも言ったけどぉ? 毎日よんでってばぁ!』
「……え……いえ……そんな……体力もたない」
『にゃ!? じゃ・あ! 体力つけなさいってば! あたしのために!』
そう言ってうふっと笑った後、女は視線をやっとホルトスから動かした。
『ん?』
女は呟いて、シュナヴィッツを指差した。
『会ったことある?』
「あ、多分、彼のお兄さんに、ほら髪型違うでしょ? 雰囲気も違うけど」
『に? ……あーそういえばーふんふん、なんかそんな気してきた』
などと言っているが既に興味は無さそうである。
『ま、いっか、そんな事! てゆぅかさぁ! なんでこんな暗いトコによぶわけ!? おまけにジメジメしてるじゃん! この奥とかひどそう! あたし暗いトコ大嫌いってあれほど言ったでしょ!?』
ホルトスを『めっ!』と睨みつけつつもぎゅっと抱きついている。
「ホルトスさん……この召喚霊、ですか。……一体、あのモンスター相手に何が出来るんですか……」
「ちがうわよミラノ! 今はあのでかい乳にツッコむ時でしょ!」
トロル達はと言えば、女のキャンキャンした声から、体ごと背けて「……ア……アア……」とまた何か相談をしている。
「違うのはあなたでしょう、パール……」
「え? ちがうの? えーっと……これか! ──ホルトス! イチャイチャするだけなら帰ってからやんなさいよね!」
ふんっと言ってパールフェリカはこっそり自分の無い胸と半透明の女の胸とを見比べているのである。
「……パール……」
ミラノは心の内だけで呟く──年相応の大きさなのに、やっぱり気になるのね。
パールフェリカは自分の胸に手を当てているので、両腕で支えられていた“うさぎのぬいぐるみ”は、結果半身がだらりと地面に落ちた状態になっている。
パールフェリカの言葉に、ホルトスが顔を上げた。
「え? ……いえ、何か誤解です!」
『うそ! あたしはホルトスとイチャイチャしたいのに!』
女はそう言ってホルトスの耳の下、首辺りに唇を当ててふんふん匂いを嗅いでいる。
が、その顔色がさっと無表情に変わる。
『……ちょっとホルトス……妙な匂いが混ざってるわ。 これ……セイレーン? あの女に会ったの!?』
ぱっと顔を離してホルトスをギロリと睨んだ。嫉妬むき出しの顔である。
「い、いや私は会ってないよ? ほら、声あるでしょ?」
『何言ってるのよ! あたしがいればあの女の力如きぶっちぎれるわよ! そうよ! 居る・だ・け・で!』
ホルトスの腕に自分の片腕を絡めたまま、その巨乳をむんと前へ突き出して自慢気である。
『あの女、むかつくのよね! 力自体は弱いクセに! 音を、奪うのよ!? 声を、固めるのよ!? 信っじらんない!! 鈴鳴る神の与えたもうた形無き宝石──声を奪うなんて、言語道断だわ!』
めいっぱい力説している。
どうやらこの女の召喚霊はセイレーンを嫌っているらしい。
「声を……奪う……あれ!? 待って! 私しゃべってる!? あれ! あれ!? え!?」
パールフェリカが叫ぶように言った。彼女の言葉にシュナヴィッツも呟く。
「……あ……え? ……なんだ? なんで声が戻っている?」
ミラノでさえ失念していた事に気付かされた。普通にパールフェリカとしゃべっていた。シュナヴィッツとパールフェリカは声を封じられていたはずなのに。
『だぁかぁらっ! 言ってるでしょう? あたしって存在が居る・だ・け・で・あの女程度の力なんてぶっちぎってズタぼろに切り裂いてぐっちゃぐちゃにして爪の垢以下よ!』
言っている意味は相当不明ではあるが、雰囲気でごり押している。
つまり、彼女は召喚されるだけで、セイレーンの力を消し去る事が出来るらしい。
「──あなたは? ……私は、ミラノです」
パールフェリカの腕の中からミラノが問う。妙な返事、つまり先に名乗れなどと言われぬようちゃんと自分の名前も言っておく。
『あたし? あたしは、リャナンシーのフランよ!』
ホルトスから手を離して、きらりんと一周横回転してポーズを決めた。3秒程笑顔で停止した後、元のポジション、ホルトスの腕に戻った。
シュナヴィッツは相変わらずトロルを警戒したまま──単にこちらを向けないだけのようでもあるが──問う。
「霊にしては長く居られるのだな」
『あたしはほら、召喚主からの力のもらい方が普通とは違うから!』
そう言って『ふふっ』と艶っぽく笑った。
「もらい方が──」
「パール! それは城に帰ってから兄上に聞け!」
半ばヤケクソの声でシュナヴィッツは言った。
リャナンシーについては、一昨日クーニッドに向かってネフィリムの話に花を咲かせていた時、パールフェリカが話題に出した召喚霊だ。リャナンシーは女の召喚霊だが、召喚主には必ず男を選び、パールフェリカのようなユニコーンに愛される“純潔の乙女”が経験したことのない、口にしてはいけないような方法で力をもらう。
パールフェリカはその言葉に「あ!」と声を漏らした。シュナヴィッツは一瞬ぎくりとする。
「そっか、ネフィにいさまが召した“リャナンシー”を召喚出来る者ってホルトス?」
「え? あ、はい、そうですよ。ネフィリム殿下にお呼ばれしたのです。 城でお見せした後、たんまり報酬を頂いたんですが、スリにあって全部無くしまして、帰りの旅費も無くなってふらふらしていた所をヤヴァンさん達に拾ってもらったばかりだったんです」
「えー! それって大変ねぇ。
ねぇにいさま! なんとかしてあげられない!?」
「……僕は、現状をまず何とかしたいんだがな」
長刀を構え、シュナヴィッツは14体のトロルと対峙したまま言ったのだった。