(050)ホルトスさんの召喚術(1)
(1)
シュナヴィッツは腰の、刀以外のジャラジャラした装飾を捨てた。
──地下7階。
扉らしい扉もなく、階段からまっすぐ廊下が伸びて、あの牢屋があったようだ。
──地下6階。
穴だけの階だ、階段から廊下は無く、だだっぴろく部屋が広がっているのだ。この階は廊下と比べてやや暗い。使う際に灯りを用意するのだろう。ひんやりとした空気が広がっていて、よくわからない箱やらズタ袋やらが山と積んであり、人の気配は無い。
──地下5階。
廊下がやはり延々続いているが、7階と違ってドアの数がやたら多い。一部屋一部屋はかなり狭そうだ。廊下には樽やらズタ袋、よく分からない棒などが壁にかかっていたりする。“飛槍”構成員などの居住空間かもしれない。人が居るのかどうかははっきりわからないが、やはり静かだ。シュナヴィッツを先頭に、パールフェリカが続き、ホルトスが足音を潜めて階段を上る。
──地下4階。
再び穴だけの階だ、延々と広がっている部屋は間仕切りで区切られていて、槍やら剣やらが立てかけられている。鎧や盾も有る。武器庫のようだ。ここも地下6階同様、薄暗く、人の気配も無く静かだ。
──地下3階。
また穴だけの階。間仕切りで半分に大きく区切られている。片方は大きなズタ袋が山と積んであり、樽も大量に積まれている。もう片方はテーブルと椅子がずらりと並んでいる。食料庫兼食堂のようだ。食堂の奥の間仕切りの裏には複数の人の気配がある。もしかしたら調理をする者が働いているのかもしれない。3人は一層足音を忍ばせた。
──地下2階。
地下2階へ上がる前、踊り場部分でシュナヴィッツが足を止め、刀に手をかけた。パールフェリカとホルトスを制止し、ここで待てと示す。
シュナヴィッツは腰を落として階段をゆっくり上がる。
パールフェリカらから、シュナヴィッツの踵が見なくなってすぐ。
どごっどすっどさっと、重い音がいくつか重なった。“うさぎのぬいぐるみ”がパールフェリカの腕からひょいと飛び降り、階段をぺとぺと駆け上がる。
シュナヴィッツが立っており、彼の足元に5人の男が転がっていた。皆、気絶している。刀は使っていないようだ。
相手の不意を突いたのだろうが、それにしても声もさせずにあっさり倒して、シュナヴィッツは息も乱していない。ネフィリムが言っていたように“戦いになるとすぐ前線に行って体を動かす”戦闘型のようだ。体格は肩幅も広く、しっかりと成人した男性のそれではあるものの、面はやや幼さの残る女顔で、柔らかいラインに尖った顎、目も大きく黙っていれば穏やかで荒事を好まない人に見えなくもないので、ちょっと一致しない。
後ろから“うさぎのぬいぐるみ”が来た事に気付くとシュナヴィッツが眉間に皺を寄せた。が、ミラノは気にする事無くシュナヴィッツの腰にあった短刀をすらっとその右手で抜いた。
そのまま一番手前に転がっていた華奢な男の頬をその短刀の腹でペチペチと打った。起こしている。
シュナヴィッツが止めようとする前に、男が呻いた。
「……うっ……くそ……一体何が…………?」
「ユニコーンはどこ?」
うさぎは赤い刺繍の目を男の顔の真上に持っていって、淡々とした声で言った。
「うおっ!? なんだ!?」
男の眼前へ“うさぎのぬいぐるみ”は抜き身の短刀の刃、先端を見せた。
「ユニコーンはどこ?」
「何がだ!」
そう声を荒げ立ち上がろうとする男の腹に、シュナヴィッツの踵が重く落ちた。
「……ぐっ」
男は短く呻いて体を曲げる。シュナヴィッツのブーツの踵には力が入ったままで、押し込み続けている。
「ユニコーンは、どこ?」
男は顔を歪める。
「ユニコーンなら……この上の地下1階の抜け道から……外に搬送してる…………──くそが!」
言うや否や、シュナヴィッツの踵に両手をあてがい持ち上げようとする。が、シュナヴィッツはそちらの足に体重を乗せ、もう一方の足で男の顎を蹴り上げた。男の喉が大きく反り、水気の混ざったうめき声が漏れ、動かなくなった。ミラノは男を覗き込んで様子を伺う。息はあるらしい。
シュナヴィッツは何事も無かったように男から降りると、“うさぎのぬいぐるみ”に手を差し出す。ミラノは短刀の刃の方を下へ向け、柄の方をシュナヴィッツに渡した。その時目があった。シュナヴィッツは声の出ないまま、口だけを動かした。
──無茶をするな。
それに対して、“うさぎのぬいぐるみ”は小さく肩をすくめ、すいませんと小さな声で謝ったのだった。
階段に戻ると、不安そうにこちらを見上げているパールフェリカとホルトスが居た。彼らを手招きで呼び、さらに階段を上がる。
──地下1階。
ここも延々廊下が続いている、それを進んだ。
ユニコーンがどこかへ搬送されている。すぐにでも追えば、取り戻せるかもしれない。パールフェリカが居る事を考えたが、シュナヴィッツは先程の連中程度の者しか居ないなら、なんとかなると考えている。廊下は3,4人の男が並んで歩ける程度。長刀を振るえる広さではないが、それは敵も同じ。敵は数が居たとしても、狭路であれば一列に並び、分散するだろう。
等間隔に扉のある地下1階の廊下には人の気配が無い。そのまま入り口とは逆の奥へ進むと、唐突に、広い地下洞窟に繋がる。
その視線の先に居たのは、モンスターの群れ。鉢合わせた。
──勢いは落ちているとはいえ、ガミカ国は召喚古王国として常にモンスターと最前線で戦ってきた国だ。その中心、王都近くに、モンスターが入り込んでいた。シュナヴィッツは顎を引き、敵の様子をと確認する。
大きさは人間の男の1.5倍、出っ張った腹が目立つ。手にはでこぼこした棍棒が握られている。頭は人の2倍程ありそうだ、その耳に至っては、人の手の平はありそうだ。顔の中心に、大きな目が一つ。下には黄色い歯の並ぶ口が、半開きである。
巨人トロル。
モンスターの大地モルラシアに棲む獣だ。人語はわからない。それが10、11、12……14体居る。
彼らの巨体がゆらりと揺れて、こちらを向く。パールフェリカが半歩下がった。
彼らの硬い皮膚には、短刀程度では傷を付けられない。シュナヴィッツは長刀の方を抜いた。通路より広い洞窟の方に出て戦わなければならないようだ。護衛対象がある状態で1対14は、厳しい。ティアマトも居なければ、召喚術も使えない。
片足を摺り足で前に出した時、背後でごくりと唾を飲む音がする。
「……い、今まですいません。こいつらなら、わ、私でも役に立てそうです」
両の拳を胸の前で摺り寄せながら、しかしホルトスはしっかりとトロルを睨んで言った。