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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【2nd】 ─ RANBU of blood ─
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(047)はんずおぶぐろーりー(1)

(1)

 今日は晴天で、本当に心地良い天気なのだ。

 その空の下──。

「さっさと歩け!」

 パールフェリカとシュナヴィッツ、そしてなりゆきでそのまま捕らわれた冒険者ホルトスは、黄色い頭巾を被り、ライトアーマーを着込んだ傭兵崩れのようないかつい男3人にそれぞれ背中をつつかれ、土足で蹴られていた。“うさぎのぬいぐるみ”は、パールフェリカの手につかまれ、ズルズル地面を引きずられている。どんな拷問かという扱いだ。パールフェリカなりに気を遣ってはいるのか、こすれているのは足の裏だけだが、このままでは足の裏の綿も左腕同様大解放は間近である。だが、ミラノはきっと文句を言わない。

 捕らわれた3人は、念の為にと荒縄で猿ぐつわをかまされ、両手は後ろ手にこれまた荒縄で親指を絡め固定しつつ両手首で縛られている。ついでに頭には、丈が肩までのズタ袋を被らされ、簡単には取れぬようその肩辺りで縄を巻かれ、縛られている。ズタ袋には目出しの穴は開いていない。3人は前が見えていない。ミラノだけに周囲が見えている。ただ、この場所がどうだとか、異世界の人間では判断がつかないのが悲しい事実だ。

 階段を下りる。

 3人にとって、ズタ袋の向こうが明るいのだけは分かる。晴天の日の真昼間なのだから。だが、見えない。足元が見えないまま階段を下りる。どうしたって遅くなるのにどんどん突かれる。

 一度や二度、ホルトスは滑りかけてよろめいている。せいぜい毅然に振舞うシュナヴィッツとパールフェリカは、その気合の成せる技か、なんとかちゃんと足を進めていた。

 次第に、でこぼこと整備されていない、敷石の道ですらなくなり、土の地面を歩き始める。前の見えないシュナヴィッツにもブーツ越しの足裏から伝わりわかる。

 既に30分余り歩かされている。人通りの少なく、いかにも柄の悪そうな連中ばかりの居る場所を通る。酒と妙に甘い刺激臭が、“うさぎのぬいぐるみ”の嗅覚に届く。ズタ袋を被った3人には、わからない。

 ならず者どもが自然と行き来する、薄暗く汚い裏通りのさらに奥まった、道とも言えぬ道。離れて、あちこち男達、あるいは女達が肩を寄せている。手には煙管があり、煙をまいている。皆、こちらを見て見ぬフリだ。

 人身売買というものは、どこの世界でも根絶がなかなか難しい。

 ミラノは知らぬ事だが、このガミカでも当然、ある。ならず者どもはただ「またか」と。「あいつらの懐には金が入る、それを狙え」、そういった発想が過ぎっている事だろう。

 “飛槍”からすれば、既にその特徴からシュナヴィッツやパールフェリカの素性は『多分間違いない』程度には知れてしまっている。“奴隷制度”のある国家へ売るだけでなく、別の用途がある。惜しむらくは国を継ぐ第一位王位継承者では無いという点。そこはやや弱いが、この国の王家は結束も固いというから“人質”としては最高だろう。

 やがて、山道へ分け入る。王都からじわりじわりと離れていく。

 獣道をさらに15分歩くと、湿った土の地面にポッカリと開いた、縦には低く、横に広い洞窟が見えた。岩肌がむき出しで、苔が生えており、場所によっては水滴が落ちる。男の一人が洞窟横の草を払う。そこに隠されていた樽を開け、松明を手に取り、同じく樽に入っていたマッチで火を灯す。樽を再び隠し、体を屈めて、中へ入る。シュナヴィッツらも頭を押さえつけられ、中へ押し込められる。うさぎは、湿って重くなる足が、憂鬱でたまらない。現実逃避モードに移行したいところだが、今観察を怠るわけにはいかない。

 暗闇で、1本の松明の火だけが頼りだった。

 中へ入ってしばらくは湿った岩肌で、前の見えない3人はでこぼこの、滑りやすい場所を無理矢理歩かされた。だがそれは短く、20歩も進んだ辺り、ミラノは暗いのだから動いても大丈夫だろうと少し顔を上げる。そこに、人工物がある。

 唐突に、木製の扉が現れる。松明を持った一人が鍵をガチャガチャと鳴らし、扉を開いた。その奥は、王城と同じように、壁がほんのりと光る、明るい通路だった。壁と天井に、明りを放つ石が埋め込んであるのだろう。3人をそこへ押し込み、男達も中へ入る。当然、パールフェリカに延々引きずられているうさぎも奥へ。後ろで男が松明の火を消し、中に入ってすぐ置いてある樽に火の消えた松明を放り込んだ。ジュッと音がする。樽には水が張ってあるのだろう。

 ──そう。ここが“飛槍”とやらの、アジト?

 ミラノは、口に出さずそっと周囲を、見える範囲だけ見回した。

 長い通路はやはり王城と同じく、明るすぎない程度の灯りがずっと続いている。しばらくまっすぐ歩いて、階段を下りる。ミラノは、こっそりと頭の中だけでマッピングを続け、地下1、地下2と数えている。

 時々扉や穴だけの階がある。鎧や武器が放り込まれた穴の階もあれば、食料の置かれた穴のある階もある。蟻の巣のような印象だ。どんどん地下へ降りている。

 ミラノが地下7と数えた時、そこが階段の終わりだった。一番下の階の一番奥、鉄の壁と鉄の扉が見えた。

 扉は廊下にあるフックにかかった鉄の鍵で開けられ、3人は背中を蹴押される。

 鉄の扉の向こう。全体の広さは奥行き7~8m、幅4mといった所。手前から3m程の所に、鉄格子がある。

 鉄の扉入ってすぐ、やはりフックがあり、2本の鍵がぶら下がっていた。男はそれを手に取り、1本で鉄格子の、背の低い扉の鍵を開ける。

 ズタ袋を被らされた3人はそこへ放られる。蹴られる度、ホルトスの『うっ』と呻く声が聞こえる。シュナヴィッツやパールフェリカは、やはり声を出さない。だがここでついにパールフェリカは“うさぎのぬいぐるみ”を落としてしまう。ぬいぐるみのフリを続けるミラノは、動かない。

 後を男がついていき、3方の壁に一人一人押しやる。

 一人ずつ、両手を上げさせ、縄のままの腕を壁上方から伸びる鎖の先の手錠に繋ぐ。荒縄と手錠。2重の枷が付いた。鉄の扉横にあった2本の鍵の内の1本の鍵で手錠をかける。壁の穴から伸びる鎖の長さが足りず、背の低いパールフェリカの足はやや浮いている。男二人はちゃんと足を床について立ち、腕が余り肘が曲がる程度だ。

 3方の壁にそれぞれ吊るされ、そこでズタ袋の縄が解かれ、外された。

 シュナヴィッツがズタ袋を外した相手を睨みつけると、男は嬉しそうににやりと笑って小さな声で囁く。

「──超希少種のユニコーンに王子様と王女様……今夜の酒は最っ高にうまそうだ」

 鉄格子の鍵と手錠の鍵は、扉の横のフックに吊るされた。牢屋から3m以上離れているのでもし手錠が解けたとしても手は届かない。

「おっと、お姫様が泣きはらしちゃ台無しだな」

 今にも泣き出しそうに口をへの字に曲げるパールフェリカに、黄色い頭巾の男の一人はそう言って、廊下近くに落ちていた“うさぎのぬいぐるみ”をパールフェリカの足元にぽーんと放り投げた。

 笑い出したいのを堪えている。目をゆがめて男達は出て行った。

 鉄の扉は閉められ、がっちゃんと重い鍵の音がした。次の瞬間、男達の笑い声が弾け、遠のいていく。そして、鉄の扉の上の方、手の平程の小さな覗き窓があちらからスライドでしゅっと開き、鋭い男の目の覗き、またしゅっと閉まった。

 ──あれが見張り。

 転がったまま、ミラノは確認した。

 足音のいくつかが去った後、一人分の足音が小さく聞こえ、消える。動きを止めた。床にでも座ったか。すぐそこか、近くに居るはずだ。

 しばらくして、外が静かになってから。

「…………………………」

「…………………………」

「……ふごふ…………」

 シュナヴィッツとパールフェリカは目を合わせる。ホルトスは、セイレーンが現れた時しっかりと耳を閉じていたせいか、声が出るようだ。

「…………」

 “うさぎのぬいぐるみ”はパッと起き上がると音も無くダッシュして、ホルトスに近寄り、その体を猫のように登って、彼の口に指のある手で触った。彼の耳元に“うさぎのぬいぐるみ”の顔を近付け、囁く。

「──声を出さないで」

「!!!???」

 目を白黒させうさぎを見るホルトスの口が大きく開きかけた。

「声を出さないで」

 2度目を言う。

「……ふ……ふ……うぅ…………」

 ホルトスは驚きに荒い息で声を抑えている。

「声を、出さない。

 わかったら頷いて」

 うさぎが赤い目でホルトスを見てそう言う。

「ふ……う……うう」

 頷いた。何度も頷く。

 シュナヴィッツとパールフェリカがじっと“うさぎのぬいぐるみ”を見ていた。

「声を出したら──命が無いと思いなさい」

 念押しの、低く、とんでもなく静かな、冷たい声。

 見た目は“うさぎのぬいぐるみ”だが、ファンシーな見かけとのギャップからか効果は絶大で、ホルトスはぶんぶん首を縦に振った。ミラノはホルトスを落ち着きの無い男と判断して、しつこく言ったのだ。

 向こうの壁でシュナヴィッツが顔をやや引きつらせている。よっぽど迫力のある声だったらしい。“うさぎのぬいぐるみ”はシュナヴィッツの方を向いた時、その顔に出くわしたので、小さく首を捻った。

 パールフェリカには聞こえなかったらしく「どうしたの?」とこちらも首を傾げているのだった。

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