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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【2nd】 ─ RANBU of blood ─
46/180

(046)“エレメント召喚術”(3)

(3)

 シュナヴィッツはパールフェリカの髪に揺れる木の枝を取り払い、ぽいと捨てた。

「僕は爆発音を聞いてここへ来た。パール。ユニコーンはどうした?」

「えっと……その……」

 迷い迷い、パールフェリカは“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろした。応えて“うさぎのぬいぐるみ”は顎を上げ、赤い目でパールフェリカの深い蒼い目を見る。

「パール、あなたの力ではどうにもならないわ」

 それを認めろとミラノは言うのだ。

「でも……ミラノとなら」

「パール。あなたにも、私にも、出来る事はとても少ないという事実を自覚しましょう?」

 淡々とした声がデフォルトのミラノにしては、優しい声で諭す。

 街中で、本当の意味で深窓のお姫様であるパールフェリカと、この世界に来てほんの数日のミラノでは、何も出来ない。ミラノはそれをはっきりと告げたのだ。

 パールフェリカは一度口を尖らせた後、シュナヴィッツを見上げた。

 知られて怒られる、嫌に思われる──そんな事、よりも。手を打たずズルズル悪い事態だけが進行し、にも関わらず解決に向けて行動すべき時に行動しない。その方が賢くない。ここで一時の恥を恐れる事によって評価が下がる方が問題だと、ミラノは考える。

 ミラノの行動理念の一つでもある。人に嫌われようが気にしない、価値ある人であれば、誰も目を背ける事など出来ない。だが同時に“価値”という単語に振り回されず、自分自身である事も重要なのだ。実際それが、こんな一言でどれほどパールフェリカに伝わったかわからないし、ミラノもこんな時に伝えるつもりもない。が、パールフェリカは閉じた唇を何度か動かした後、口を開く。

「えっと。ミラノには話したんだけど、部屋から飛び出して、山を降りてて、木に激突して、ユニコーンが気絶して、木に刺さった角を抜こうとしてたら助けてくれた人達がいて」

 パールフェリカが、無意識だが“うさぎのぬいぐるみ”の首を絞めるような形で抱き寄せ、指折り説明する。

「それから、その……その人達にユニコーン盗まれちゃって」

 と、そこでパールフェリカは一度シュナヴィッツを上目遣いで見た。が、シュナヴィッツの方は顔色を一切変えず「それで?」と言うだけ。怒られると思っていたパールフェリカは密かにホッと息を吐く。

「それで、困ってた所を、さっきにいさまが追っ払った人達の中の、んと、冒険者の人達が話しかけてくれて、助けて……くれて……──」

 口ごもり、下を向いてついには止まってしまった。“うさぎのぬいぐるみ”はシュナヴィッツを見上げる。

「ユニコーンを盗んだ連中の、仲間が素知らぬ顔でパールに近寄って、さらった。一度引き離し、まずユニコーンを移送しようとしたのね、パールは冒険者ギルドに居たわ。その後どこかへ連れて行くつもりだったんでしょうね。そこに私が偶々辿り着いて合流して、ここへ来た。さらにユニコーンが別の“飛槍”という連中に奪われたと聞いたわ」

「“飛槍”?」

「──知っているのですか?」

「ああ。──ミラノが、兄上の援護をしたろう。ワイバーンの襲撃があった時。赤と黒の鎧を着た敵将」

 モンスターがこの巨城エストルクを襲った際、その指揮を執っていたとみられる、鎧を着たワイバーンがいた。ミラノは何だかよくわからないロケット丸太と盾鉄板でルートを作り、ネフィリムのフェニックスがそいつを焼き殺した。それで敵は全撤退ムードになり、この王都は壊滅を免れた。

「居ましたね」

「そいつらの名称を僕らはまだ掴んでいないが、“飛槍”は裏でそいつらと繋がりがある。“飛槍”から人のそういった鎧や技術が流されているんだ。“飛槍”は、人でありながらモンスターに与する連中だ。兄上も僕も必死で追っているところだったが、まさかこんなところで尻尾に出くわすとは……」

「──パールを狙った連中ですが」

 ヤヴァンやカーラ、さらに冒険者ギルドに一人残してきた浅黒い男バリイーラの事だ。

「その“飛槍”の尻尾と、つい先ほど手を組んだふしがあるのですが」

「手を組んだ?」

 そこへ、ぶわっと風が大きく吹いた。

 騎乗タイプの召喚獣──ティアマト──が訪れたものだから、広場にはとっくに人が居ない。何せ、騎乗召喚獣を操る者はほとんどが高貴な身分にあって、“取り締まる”側にある。闇市にあっては迷惑でしかない。

 召喚獣が騎乗タイプであれば、生まれが高貴でなくとも、重用されてこんな底辺の溜まり場には来ない。皆、家の位を上げて、単純に金持ちになる。また国の威光を守る立派な騎士に、なる。闇市の人間にとっては、敵でしかない。

 さらにバサッバサッと、風と羽音が響いた。

 枯れた噴水の辺り、上半身が鷲、下半身が馬の召喚獣ヒポグリフが羽ばたいて現れた。その背に青い鎧の女騎士が騎乗している。エステリオだ。

 わずかに残っていた人々が、小豆色のヒポグリフとエステリオを遠巻きに見ている。

 彼女はゆっくり広場へヒポグリフを降ろす。地上に降り立つとシュナヴィッツ、パールフェリカの傍へ駆け寄った。ヒポグリフはそのままで、首を大きく左右に振っている。伸びでもしているのだろう。

「お二方とも、ご無事でしたか」

 菱形のマスクの奥から背筋を伸ばした女性の声。シュナヴィッツやパールフェリカの名を無用心に呼んだりはしない。

「エステル!」

 こちらまでやって来たエステリオの傍にパールフェリカは駆け寄る。するとエステリオは「失礼します」と言って乱れた髪を解いてさっさと結いなおしてくれた。この辺り、同じ護衛騎士だが男のリディクディには、気遣いは出来ても実行不可能の部分だ。

「エステル、ユニコーンを盗んだ奴らの仲間をティアマトに追わせた。追いつき動きを止めたら目印に火炎を空に打つはずだ。王都警備隊と捕らえてくれ。パールには僕がついておく」

「はい」

 パールフェリカの髪をさっさと結い留めて、エステリオは再び駆けてレッドヒポグリフに騎乗し、飛び去った。

「──ところで、ミラノは大丈夫なのか?」

 ふとシュナヴィッツがパールフェリカの手元を見た。“うさぎのぬいぐるみ”から返事は無い。

「わっ!? みーちゃん! ごめん、首絞めてた!?」

 指折り数えた後、エステリオに髪を結いなおしてもらう間、ぐんぐん頭皮をひっぱられていて、その間に“うさぎのぬいぐるみ”の首をみっちりと絞めていたようだ。パールフェリカは慌てて“うさぎのぬいぐるみ”抱きなおす。

「……少々痛かった程度で、何ともありません」

 いつも通りの、淡々とした声が出てきた。

 ミラノは目線を下げた。声もどこから出ているのかわからない、自分は呼吸というものをしているのかどうか、それさえわからなくなってしまった。“うさぎのぬいぐるみ”の時のメカニズムなど、考えない方がいいのだろう。“うさぎのぬいぐるみ”になっているから、“うさぎのぬいぐるみ”なのだ、それで十分だ。結論など自分だけで出せそうにない。

 ふと、うさぎの耳がひくっと動いた。

 ──きたれ

  暗き海の岩礁に佇む者、“5番目”に跪く者よ──

「今、呪文が──」

 とても小さな声、いや離れた所から聞こえてきている。

「何? どこだ」

 慌てて左右を見渡すシュナヴィッツ。

「ひぃぃ! き、聞きたくないです!」

 いつの間にか空気から復活したホルトスがギューッと耳に指を突っ込んで、さらに手の平でその周辺を覆い隠す。そのまま勢いよく頭を地面につけて丸まってしまった。

「──禁忌の領域、神に隠されたるアズライルの契約に基づき、

 出でよ、セイレーン!

 ──奴らの声を奪え!」

 同時に『ィィィイイイイアァーー』と高く低く、女の悲鳴のような音が、鳴り響く。

「しまった!」

 シュナヴィッツとパールフェリカが慌てて耳を塞ぐ。

 そこへ、投網が投げかけられる。投網は縄の直径が指3本分はあって、のしかかって来ると結構重い。また端には黒い重りもある。

 パールフェリカは片手で“うさぎのぬいぐるみ”を抱えつつ半ば四つん這いで両膝をついているし、シュナヴィッツすら片膝を落とした。頭を抱え込んで耳を押さえているホルトスは、目も瞑っているので気付いていそうにない……。

 投げかけたのは、路地を挟んでいた建物の屋上からだ。3人の男が立っていてこちらを見下ろしている。先ほどヤヴァンらと追いかけっこをした4人では無いようだが、全員黄色い頭巾を被っている──“飛槍”だ。

 彼らの傍らに居た“それ”もやはり半透明だった──召喚霊だ。

 上半身が栗色の髪の美しい人間の女性で、下半身が鳥のそれである。腕は翼で、ゆるく羽ばたくと、ふいっと空気に紛れ、姿を消した。

「────!!」

「──!?」

 “飛槍”に投げたシュナヴィッツの言葉と、パールフェリカの悲鳴は、音にならなかった。二人は喉に手を当て、必死で声を出そうとするが、スカスカと空気が漏れるだけ。

 シュナヴィッツが腰の刀を抜くもそれを振るう前に、パールフェリカが捕らえられる。現れた黄色い頭巾の男に羽交い絞めにされ、喉にナイフを突きつけられてしまった。

 シュナヴィッツは苦々しく刀を捨てるしか無かった。

 そうして、3人と“ぬいぐるみ”1体はモンスターとも繋がりのあるという“飛槍”に捕らえられてしまったのだった。

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