(042)パール姫の冒険II(2)
(2)
額当てと胸当てがやけにごつい、兜やいくつかのパーツは外しているのだろう、形がフルアーマータイプの革の鎧を装備をしている男。大柄な戦士系冒険者だが、焦げ茶の髪と同色の瞳で、犬を思わせる雰囲気だ。
「俺はヤヴァン。今んとこリーダーだ」
声はやや枯れている。顔だけで判断するならば20代半ばといった所。
「カーラよ。よろしく」
女は首を傾げて、紅を差したやや厚い唇を少し開いて、微笑む。
明るい茶色の髪は全体的にゆるいウェーブがかかっている。肩から下は梳いているのか少ない印象で、冒険者ながらおしゃれへの意識があるようだ。とはいえ、露出のある格好ではなく、要所要所を守るライトアーマーを着込んでいる。20代前半だろう。紅一点である。
「……バリイーラ」
短髪でカーラ同様ライトアーマーで軽装だが、腰に佩いた長剣はやや大きく、ごつい。鼻の上までフォローする兜を布で大きく巻いている。口元もリディクディらとよく似たマスクをしていて顔つきはわからない。ただ、マスクからはみ出ている古そうな傷跡なら見える。肌は浅黒い。声だけでは年齢の判断は出来そうにない。
「え、えっと……わ、私はホルトスと申します。えっと……その……新参者でして……戦いの方もあまり得意ではありませんが、その……よろしくです」
最後の男はにへにへ笑って挨拶をする。色も白く、顔立ちで言えば、女のカーラよりも綺麗だ。そのせいなのか、様にならないホルトスはカーラにギッチリと睨まれている。線も細めなので、戦いには不向きに見える。
──冒険者とは、旅そのものを生業とする人々だ。
旅をする理由が様々であるように、冒険者達の能力も様々だ。兵隊崩れから傭兵や特殊な召喚が出来る者がその力を売る為に、また駆け出しの鍛冶師や各種職人がその素材を求めて、などなど。
何かの目的があって冒険者である者は、その目的に近付くため武器を取る。その生計を立てる為に、街に寄っては“旅する者”であるからこそ可能となるような労力を売る。曰く、どこそこへ行って、あれを持って来い、取って来い、調べて来い、潰して来い、倒して来い。依頼者も様々で、当然報酬も色々ある。現物や権利から、現金。
このように、曖昧かつ胡散臭い旅人を、職業に仕立て上げたのが冒険者という名の旅人と依頼者を仲介する“冒険者ギルド”の存在だ。
冒険者ギルドは国境を越えて根を張る事で、“根無し草”の冒険者間も繋ぐ。これに登録所属している者だけを“冒険者”と呼ぶのだ。
所属する為には、各冒険者ギルドの用意する試験をクリアする事と、月の会費の支払いが必要になる。支払いが1日でも滞れば登録抹消の上、情状酌量もあるものの、10日から5年は再登録不可だ。というのも、冒険者ギルドが何よりも重要視するものが“情報”。登録料だけでは賄えない部分を彼らから集めた“情報”を売っている。冒険者ギルドが厳しい登録制なのも彼らの現在地や生存確認などの“情報”に繋がる為だ。厳しい登録条件とはいえ、融通がきかないという程ではない。理由の提出は必須だが、まとめての前払いも可能で、冒険者ギルドの無いような土地へ行く前などに利用される。また例外的に定住している冒険者も手間を省く為などで、前払いをしたりする。クライスラーはこれだ。また、クライスラーは人形師ギルドにも入っている。ギルドというものは各職種それぞれに持っている場合が多い。
冒険者ギルドに所属しておく利点は多数ある。一番は冒険者ギルド所属の者だけの、情報交換の場がどのような国、街にもあり、利用できる点だ。また、根無し草で顔なじみの店が作りにくい冒険者達に代わってギルドが繋がりの深い店を持ってくれているので、格安で次の旅支度が出来る。今回のパールフェリカのように事情がある者や、後腐れも少ない都合の良い何でも屋としての仕事を冒険者ギルドが常に集めておいてくれる点だ。
立ち寄った冒険者がすぐに請け負い、現金収入を得て、また次の旅に出る。そういったサイクルを、冒険者ギルドはサポートしている。冒険者ギルドのサポート無しでの旅は、よほどの金持ちの道楽でしかない。
注意しなければならないのは、冒険者ギルドが冒険者から受け取る情報に対しては、真偽を確かめていない点だ。能力しだい、力があるか、月の会費がちゃんと払えるか、そこしか確認しない。つまり、身元はどうしたってはっきりしない。
「クライスラー、あんたが居たってこのお嬢さんの望みは叶えられねぇから、帰っていいぜ」
リーダーのヤヴァンが、ハスキーとは言えない掠れた声で言った。これはしゃべりすぎて枯れたような声だ。
「…………え…………でも……」
肩を内へ向けたままクライスラーがもごもご言い、パールフェリカの腕の中の“うさぎのぬいぐるみ”を見た。
ぬいぐるみは、やや下を向いたまま動かない。
「これは俺達の仕事なんだ、さっさと帰ってくれ、ジャ・マ・な・ん・だ」
ヤヴァンは目を細めて顎を上げ、クライスラーの鼻先に指を突きつけながら言った。クライスラーは眩しいものでも突きつけられたかのように横に顔を逸らしながら、言葉の度にビクビクと瞬いた。
「えっと、じゃ、じゃあ……その……か、かえります…………」
「え!?」
それにはパールフェリカが振り返って声を上げた。見知った存在の有る無しは、重要なのだ。
腕を組んで見下ろすヤヴァン、無言で立っているだけのバリイーラ、ニヤニヤと微笑うカーラ、……新参のホルトスは余所見をしている──クライスラーに同情しているのかもしれない。
「す、すいません。俺も、その、の、の、納期のある仕事……が……その……す、すす、す、すいませ~ん!」
完全にヤヴァンに怯えてしまい、パールフェリカの見上げる瞳から顔を逸らしながら後ろへじりじり下がり、しまいには逃げ出した。
「……そんなぁ……」
ガッカリ200倍のパールフェリカの耳に、とても微かな声で──十分よ──と聞こえてくる。パールフェリカは腕に抱いた“うさぎのぬいぐるみ”を見た。
「ほんとかなぁ……」
パールフェリカは不安を打ち消すように、“うさぎのぬいぐるみ”をぎゅっと抱きしめたのだった。
「それで、ユニコーンだっけ、お嬢ちゃん」
「はい。そういえば、報酬の話をしていませんでしたね?」
パールフェリカは先ほどの声とは打って変わって、はっきりと言った。
「そう、その話」
紅一点のカーラが顔全部を動かして、にっこりと笑った。
「──2万ラカ。それ以上は無いわ」
真っ直ぐ発声するパールフェリカの声には、13歳の少女ながら拒否を許さない色があった。
「4人で5000か、悪くはないな」
カーラは少しむっとしている。
「思ってたより金銭感覚あるのね」
「では、一緒に探してもらえますか? 特徴は何度か言いましたが、薄い桃色の、ユニコーンです」
「まてまて。俺達の仲間を待ってるっつったろう?」
上から見下ろしてくる。
また、パールフェリカの耳に微かに声が届く──待つ必要はないわ、パール、貴女が動けばいいの──と。
一瞬だけ口をきゅっと閉じて、パールフェリカは心の内だけで微笑んだ。
そして、くるっと彼らに背を向け、歩き始める。
「え、ちょ、おい! お嬢ちゃん!?」
ヤヴァンが慌て、荷物を集める音が聞こえる。
「待ちなさい!」
カーラが駆けて来る。“うさぎのぬいぐるみ”を両腕で抱えるパールフェリカの右肩を強引に引っ張った。
「何を考えてるの!? 探したくないの!?」
「早く見つけたいですよ? だから、探すのです。 見つけたら、私の所に連れてきてくださいね? そうしたら、報酬をお支払いしますから」
パールフェリカはふふっと笑った。
確かに心細いところで声をかけてくれた、手当てもしてもらえなかったのに助けてくれたような気がしていた。何も連中の下手に出る必要は無かったんだ。それにこちらは依頼主になったのだ。ミラノはこうしろと、きっと言ったんだ。
浅黒の無口なバリイーラを残し、ヤヴァン、カーラ、ホルトスがパールフェリカの後にくっついて来たのだった。
──ギルドを離れたら、少しずつ、目ぼしい場所を聞きなさい。言い難いなら遠まわしでもいいわ──
「ねぇ、ユニコーンはどこに連れて行かれたと思いますか?」
──彼らは、依頼主の貴女に口を閉ざす事は出来ないから──
「あ~、俺らもなぁ、仲間が来て情報をだなぁ、出し合って探そうと思ってたんだよ」
ヤヴァンの歯切れは悪い。
──この声の枯れ方……“おしゃべり”が知っている事を言わないのは大抵、隠しているからよ。パール、名前を聞かれていないのでしょう? お嬢ちゃん……って。でも、バレれてるわね。前金も要求せず、大人しいのだし、ただの善人集団か、タイミングを考えるとターゲットを“両方”に据えたか……。この“おしゃべり”に話しかけ続けなさい。ヒントが出るまで、人通りの多い場所を歩いて、パール──
“うさぎのぬいぐるみ”を気持ち持ち上げて、パールフェリカは大通りへと足を向けた。
より近く、ミラノの声が聞こえる。
──何も、心配いらないわ──