(041)パール姫の冒険II(1)
(1)
クライスラーが彼らに近寄り、5歩の距離になった時。
「パール!」
“うさぎのぬいぐるみ”が声を発し、パールフェリカと、冒険者ら4人が一斉にこちらを振り返った。
「え? 女の声?」
冒険者の内、男が言った。
クライスラーが、実にぎこちない動きで“うさぎのぬいぐるみ”を左腕に抱え、口をパクパクさせ、震える高い声で「パ、パール……」と言った。
「……………………」
誤魔化そうとしてくれたらしいが、結果、全員の時間が少しだけ停止した。先ほどの女の声と、どう考えても違いすぎる。
ミラノは、声の主さえ居なければ人は案外“聞き間違い”と思い込んだりするので、冒険者らのリアクションはスルーするつもりだった。クライスラーの機転らしきものは想定外だったが。
「なんだ……あんた知ってるぞ。人形師のクライスラーだな。それは腹話術か? うさぎで?? 口ねーだろう?」
「やめなさいよ。クライスラーは払いの良いクライアントなんだから。いつも収集クエストをギルドに提供してくれてありがとう。貴重な現金収入なのよね」
女冒険者にそう言われて、クライスラーは顔を逸らし、口をもごもごさせ「……え……いえ……その…………はぁ…………まぁ……」とごく小さな声で言うのだった。
それらの空気を割って、パールフェリカが歩み出た。そっと“うさぎのぬいぐるみ”に手を伸ばし、クライスラーから受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。
「“みーちゃん”」
声はほんの少し、湿っていた。その吐息を受け止めてから、ミラノはごく小さな声で言う。
「少し、二人で話しましょう?」
パールフェリカは“うさぎのぬいぐるみ”の顔をまじまじと見つめた後、冒険者らにクライスラーは知り合いなので少し話をしてくると言って離れた。必然的にクライスラーも巻き込まれているが、ミラノは特に気にしていない。もちろん、クライスラーが気にしているかどうかさえも。
「クライスラーさん、水と救急キットのようなもの、ありませんか?」
「ん? ギルドの中で水もらえる。救急道具売ってる。ちょっと待ってて」
「入れるのですか? ギルドの建物なのでしょう?」
ミラノの想像する“ギルド”というものは、閉鎖的だ。会員制という括りを設けている場合が多い。会員以外はお断り、会員になるには試練がありますよ、そういったイメージがある。
「え? だって俺も一応冒険者だから。元、だけど。でもメンドー臭くてギルドまだ抜けてないし。会費安いし……」
そう言って背を丸めたままクライスラーは奥の建物に歩いて行った。
「え? 冒険者だったんだ、クライスラー」
パールフェリカも驚いている。クライスラーはどうやらただの変態人形師というだけでなく、まだ謎を持っていそうだ──ミラノには、どうでも良い話だったが。クライスラーの背を目で追うパールフェリカに抱きかかえられているミラノは、ぬいぐるみのフリを続行しているので、声だけ彼女に向ける。
「パール、あなたのわかる範囲でいいから、何があったか教えて頂戴」
「ええっと……ね。ユニコーンが部屋から飛び出して、あわあわ言ってる間にドンドン下に降りて行って……。勢い付きすぎたのか、木にドスーンってユニコーン、角ぶっさして激突して……」
「…………………………」
俄かには信じがたい、伝説の幻獣のドジ話である。
「それで、私後ろに吹っ飛んで落ちて……。ユニコーンの角を抜こうと頑張ってたら、よくわからない人達が助けてくれて? それで……その…………」
「どうしたの?」
「…………私…………騙されちゃった…………」
「話が見えないわ」
「ユニコーンは気を失ってたんだけど、引っ張り抜いてくれた人達に、その……連れて行かれちゃって…………私、折角とうさまから頂いたユニコーンを、盗られちゃって…………」
しばらく黙っていたが、意を決したように口を開く。
「それで! 街中で困ったら、冒険者ギルドだ! って思って」
「警察……街の警邏隊とかはないの?」
「そういうの、あるけど……とうさまに伝わってしまうから……」
「そう……」
そこまで話したところでクライスラーが木製のバケツに水を溜めて持ってきた。ミラノが手を出して受け取ろうとするとクライスラーは制した。代りに左の柵の方を指差した。
ミラノはパールフェリカをそちらへ促す。
「パール、右手」
柵の辺りで突き出されたパールフェリカの右手に、そろそろとバケツから水がかけられる。パールフェリカは少し顔をしかめたが、何も言わなかった。
ポケットから出した手のひらサイズの小箱を開いて、病的にも見える細いクライスラーの手はちゃっちゃとパールフェリカの手当てを進め、ガーゼと包帯で留めてしまった。
先ほどクライスラーが“うさぎのぬいぐるみ”を制したのは、ぬいぐるみのフリをしている、また濡れてしまったら大変だという意味があったのかもしれない。
「慣れてるのね」
ミラノがそう言うとクライスラーは珍しく、ハハッと小さな声ではあったが笑った。
「昔、よくやってマシタから」
「助かるわ」
礼代わりに、しかし淡々と言ったのだが、彼の青白い顔が朱を注いだように染まる。──ミラノは思わずぎょっとしてしまった。
そういう点を忘れていた事を、今更思い出してしまった。
可能性はあった“人”の時に。どうやら女性と話すのが苦手と見える彼の、慣れ親しんだ“ぬいぐるみ”の姿を自分はしていて、そのせいで口の利きやすい女性である、という事──。
ミラノは、あまり口を開かないでおこうと心に決めた。何故こうなるのか全く以って理解し難いが、早め早めの対処が肝心だ。
結論、ミラノは話を逸らす──戻す事に決めた。
「パール。それで、彼らに依頼を?」
ミラノが問うと、パールフェリカは小さく首を左右に振った。
「ここに、ギルドに着く前にあの人たちとはたまたま会って、事情を聞いてくれて、助けてくれるって」
「……そう…………それで? ここに着いたのはいつ頃?」
「え? 30分位前? なんかあの人たちの仲間? を待ってるところ」
「仲間? そう……わかったわ」
ミラノは連中を信用しない事に決めた。
「パール。もしかしたら、“人”にして欲しくなる時が来るかもしれないから、いつでも用意しておいて?」
こっそりと、パールフェリカが傍に居る状態の“うさぎのぬいぐるみ”で魔法陣を出そうと試したが、出なかった。“人”であれば出せない時は無かったが、今から“人”では警戒もされるだろう。だから“その時”が来てからでいい。
「え? え?? うん」
困惑しながらも頷くパールフェリカ。かんざし状態の葉っぱの付いた木の枝が揺れた。ぬいぐるみのフリをやめる時には、その髪を整えてあげたいとミラノは思った。
そして、3人の男と女が1人の冒険者達を赤い目で見た。
──何もかもタイミングが良すぎるのって、考えものね。
それにしても、とミラノはしみじみと思う事がある。
驚く程あっさりと、簡単にパールフェリカと出会えた。
空から落下し、子供らに拉致られ、変態人形師の助力を得て──そこですぐに出会えるとは思っていなかったので、さすがに、シュナヴィッツが言っていた“召喚士と召喚獣の絆”とやらを頭に思い浮かべずにはいられなかった。