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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【2nd】 ─ RANBU of blood ─
40/180

(040)うさんぽ(3)

(3)

 両サイドの建物を見上げる。古いレンガ造りのようだ。元は漆喰が塗ってあったのだろうが、かなり剥げていて7割はレンガがむき出しだ。壁には小窓が等間隔にあって、ところどころ木製の両開きの扉が開かれており、その奥は鉄格子のようなものがはまっている。パールフェリカの部屋や王城ではガラスを見かけたが、もしかしたらそれは高価なのかもしれない。

 この路地裏の地面は土がむき出しで“うさぎのぬいぐるみ”の白い足の裏を汚す。だが、向こうに見える通りは石が敷き詰めてあるようだ。大通りから離れては居ても、整備された首都である事には違いないらしい。

 土とレンガと、昼食だろうか、ミルクベースのシチューか何か、温かい香りがする。“うさぎのぬいぐるみ”の時は気候がわからない。が、匂いはわかるらしい。さらにこの大きな耳は音をちゃんと拾ってくれる。聴覚がある。人々の囁きあう声や足音、そして子供らのはしゃぐ声が聞こえる。

 ここら辺は城下町の中でも居住区域なのかもしれない。

 ふと思いついて、ミラノはイメージする。

 ワイバーン襲撃後、“人”から“うさぎのぬいぐるみ”に自力で戻った時の事を思い出して、逆に“うさぎのぬいぐるみ”から“人”になってみようとしたのだ。

 図書院のフラースや人形師クライスラー、パールフェリカの教師ミイゼンテイム学院長スーリヤは、“うさぎのぬいぐるみ”が動きしゃべる事にとても驚いていた。この状態のまま通りに出るのは面倒を招きかねない、そう考えての事だった。

 が、魔法陣は発生しなかった。

 確実にした事のある“丸太の召喚”も試してみたが、何も起きなかった。

 パールフェリカがどこかわからない遠くに居るせいなのか、“うさぎのぬいぐるみ”であるせいなのか、あるいはその両方が原因なのか、全く別の理由があるのか。ともかく、魔法陣を使って何かするという事は出来ないらしい。

 “うさぎのぬいぐるみ”は一度だけ、首を斜め下へ振った後、正面を向いた。

 現状出来ない事は忘れるに限る。今ある状況、あるもので、何が出来るか、考えるべきはそこだけだ。

 こんな暗く周囲からも発見されにくい場所に留まっていても、事態は変化をみない。“うさぎのぬいぐるみ”は足を踏み出した。

 ひょいと、通りに出る。空に居た時程、木々で翳っている印象は無く、日差しがちゃんと届いており、明るい。

 左右をクリックリッと見渡す。

 まっすぐ伸びるその通りは1車線分程度の道だ。この道に面して3~5階建てのレンガの建物が立ち並んでいる。人々は王城で思った通り、欧州から中東に向けて、どちらかと言えば欧州寄りの外見の者が多い。白い肌に茶色や焦げ茶色や栗色、時々金色の髪。ミラノのような純粋に真っ黒という髪は居そうにない。ラフで仕立ての単純な格好でいる者が多い。観察を進める“うさぎのぬいぐるみ”の視界に、一人の子供が正面から飛び込んできた。

 茶色の髪を高い位置2箇所左右で束ねている。ツインテールの10歳程度の女の子だ。ミラノの目で見て──であるので、実際は10歳未満かもしれない。

 女の子は、人差し指を口元に当て、首を25度程曲げて“うさぎのぬいぐるみ”の赤い目を覗き込んで来ていた。その好奇心一杯の緑の目はあまりにもキラキラとしていて、ミラノは耐え切れずフイと顔を逸らした。

「あーーーーッ!!!」

 女の子は叫ぶやいなや、“うさぎのぬいぐるみ”に背を向け両手を上げた。

「みんなー! すごいよ! 動くよーーー!!」

 そして、通りから、家や別の裏路地から少女と歳の変わらない子供らが続々と姿を現した。あっという間に“うさぎのぬいぐるみ”は子供達に囲まれる。

 最終的に7,8人の子供が集まって来た。皆10歳未満といったところだ。

 男の子も女の子も、薄茶色の幅広のズボンを、ブーツでキュっと絞っている。上着はだぼっとしたロングTシャツのような、どこかペラペラした印象の生地で仕立てられている。その長めの丈は、幅広で日本の着物の帯のような布のベルトで纏めている。刺繍のある子ない子は居るものの服の形はそう違わない。刺繍は蝶々や昆虫、動物などだ。袖も長すぎるのか肘より少し上、腕輪やリボン、硬めの紐などで絞ってあり、肘上から肩にかけて布が余っている。広めに開いた襟ぐりの首には、これまた硬めの紐のネックレスを一重や二、三重に巻いている。ミラノは知らないながらも新しい情報として、その雰囲気から子供の庶民服はこれと、脳にインプットした。

 その最中も、ミラノは精一杯スルーを決め込んでいるが「スゲー! 立ってる! 歩けんの!?」「ちょっと! 動きなさいよ!」「え? ぬいぐるみ? 誰の??」「手、変じゃね? 何でかたっぽだけ人形の手なんだよ、マジキモイ!」と、全員がマシンガンのように次々と思ったことを大音量で叫んでくる。子供に遠慮という概念が無いのはどこの世界も共通のようだ。

 そして、この騒ぎで大人が顔を見せる。

 手にタオルを持って汗を拭き拭き男一人、淵にレースのある腰エプロンを付けた女が二人。いずれも30代だろうか、この子供らの親かもしれない。服の形は子供達のものと大きく違わない。もしかすると、服のサイズの種類が少ないのかもしれない。パールフェリカや侍女達もそうだったが、この国の女性はあまりスカートを履かないようだ、女二人ともがズボンだ。

 “うさぎのぬいぐるみ”は彼らを見上げる為、足を少しずらし、顔を持ち上げた。

「なんだ歩くのか? このぬいぐるみ。カラクリ工房からはぐれて来たのか? あいつら召喚獣より優れたものを作るとか意気込んでるし」

 男がタオルを首にぱしんと巻きつけ、その両端を両手でそれぞれ握りつつ言った。

「えぇ? ここまでちゃんと歩くの作れてないよ、変な研究ばっかりしてるって噂だし。それにしても随分ボロボロのよれよれだねぇ?」

 女は濡れた手をエプロンで拭きながら言っている。炊事でもしていたのかもしれない。

「せっかく白いのに汚れちゃうよ」

 “うさぎのぬいぐるみ”の視界の外。取り巻いていた女の子の一人が“うさぎのぬいぐるみ”をひょいと持ち上げた。うさぎが軽すぎたのか、耳が重すぎたのか、体が回転して頭が下になってしまう。

「あーあ……足の裏ドロだらけ!」

 女の子は目の前に飛び込んできたであろう“うさぎのぬいぐるみ”の足の裏のドロをはたいてくれる。が、それは見事に“うさぎのぬいぐるみ”の顔にかかっている。ついでに耳が地面に擦れている。

「………………………………」

 しゃべる方が面倒だと思い、ミラノは現実逃避でも始めようかと考えていた。

 すると、女の子が呟くように──。

「くら……くらす……クライスラーって刺繍あるよ? 足の裏。あの根暗イスラーが作ったんじゃない? このうさぎちゃん」

「えぇ? あいつは人形専門だろう?まぁよれよれだし、おまえら暇なら根暗ん家連れて行ってやれ」

「はぁーい!!」

 女の子は“うさぎのぬいぐるみ”をくるっと回して立たせてくれる。

「うさちゃん、こっちー!!」

「おいうさぎ、ちゃんと歩けるのかぁ?」

「いこ! しろちゃん」

 子供達は言いたい放題であるが“クライスラー”の名が出て、そこに連れて行ってくれるというのなら、大人しく従っている方が良いだろう。ミラノはそう判断し、ひょこっと足を動かし始める。そこであがる歓声はスルーである。

 彼らが言っているのは、昨日午前中、ネフィリムが会わせてくれて、“ぬいぐるみの手”を“人形の手”に付け替えてくれた人形師クライスラーの事だろう──根暗というのもコミュニケーションを絶っていそうなので納得出来る。彼はこの“動くうさぎ”に、パールフェリカの召喚獣ミラノが入っている事を知っている。状況の変わる兆し、これを逃すわけにはいかない。



 “うさぎのぬいぐるみ”は3歳児サイズで、10歳程度の子供らよりも足が遅い。それで、最初に“うさぎのぬいぐるみ”を発見した女の子が、よたよたしながらも抱えて歩いている。

 この“ぬいぐるみ”の姿というのは“人”である時と比較してはいけないと、ミラノには言い聞かせる良いキッカケになった。10歳の子供らに保護されるとは……それをせいぜい頭の中から消し去る。

 通りを何本か過ぎて、富裕層の居住地となっている背の高い木を大きくを回り込み、20分余り歩いた。建物の数が減っていく。

 そして、やや薄暗い一本道が草木の間に延びている。子供らは歌を歌いながら、どこで拾ったのか棒っきれを振り回しながら、揚々とその道へ踏み込んだ。

 5分も歩いた辺り、黒ずんだロートアイアンの門が見えた。その続きに鉄柵がどんよりと左右に伸びている。柵には気持ちの悪い蔦が這い伸びている。

 鍵のかかっていない門を、ガシャーンと無遠慮に開け放つ子供達。門の奥の邸、レンガ造りでちゃんと漆喰は塗られているが、建物にも気色悪い蔦が這い回っている。両開きの、濃い朱色の扉の前に子供らは並び、一人が片腕を精一杯伸ばしてドアノックを叩いた。ミラノが見慣れているのはライオンドアノックだが、これは人の顔をしている。どうにも気味が悪い。

 しばらく待つと、ドアが片方、指3本分余り開いた。

 どんよりとした影をしょったようなクライスラーが顔を少し覗かせた。王城で見た時よりも汚れた服を着ている。酷い猫背だ。邸にぴったりの雰囲気を醸している。

 子供らが事情を説明すると、ドアは指5本分程まで開いた。

 じっと“うさぎのぬいぐるみ”を見る。

「……ああ、このうさぎ、俺つくった……」

 暗い声で呟いた。のったりした声に反して素早い動きで“うさぎのぬいぐるみ”を奪い取るように受け取ると、クライスラーはバタンと扉を閉める。愛想も糞もない。

「えーー!? なんかちょーだいー!!」と扉の向こうで子供達の抗議の声。子供達はお駄賃でももらえると思っていたのかもしれない。

 クライスラーはそれを無視して、“うさぎのぬいぐるみ”を下に降ろした。

 家の中は、正体不明の布やら、マネキンの腕やら脚っぽいものが散乱しているのがかろうじて見えた。明りがほとんど無く薄暗い。

「なんでここにいるんデスカ?」

 相変わらず舌ったらずの声だ。“うさぎのぬいぐるみ”は首を持ち上げ、クライスラーを見上げた。血色の悪い白い顔には紫の血管が浮いてさえいそうだ。

 ミラノは簡潔に、淡々とした声で言う。

「迷いました」

「“人”にはならないのデスカ??」

「パールが居ないと“人”になれません」

 多分、という言葉は飲み込んだ。わかりやすいを通り越して、迷惑な位、クライスラーは残念そうに肩を落とす。この頃には、外の子供らの声は聞こえなくなっていた。

「……パールフェリカは街のどこかに居るはずなのだけど」

「ああ、迷ったんでしたね? そっか。じゃぁ、冒険者ギルドでも行って軽く情報集めまショウか。人と話すのヤですけど。──その前に、それ、縫う?」

 クライスラーは神経質そうな細い指を“うさぎのぬいぐるみ”の左耳と左腕に向けた。それに対し、“うさぎのぬいぐるみ”は右手を持ち上げ指をモキモキッと動かして見せる。

「急いでいるので不要です。右が健在ですし。落ち着いてから、お願いしてもよろしいですか?」

「お……? ほんと!? わかった、任せて! 城に呼んでくださいね、“人”の時に!」

 クライスラーは次の約束が出来た事に満足し、“うさぎのぬいぐるみ”はほんの少し、顔を逸らしたのだった。



 次はクライスラーの脇に抱えられ、“うさぎのぬいぐるみ”は街を通り抜ける。

 クライスラーはさっきの格好に、よれよれのボロ頭巾をかぶってのお出かけである。性格を知らずとも、外見だけで“根暗イスラー”と言われても仕方ないかもしれない。国内有数の人形師として有名な分、余計に目立つのだろう。

 途中まで子供らに連れられた同じ道を通ったが、途中から空から見た大通りを少し歩いた。

 ぎゅうぎゅうに人が多い。先ほど見た時よりも酷くなっているらしい。ふと見上げれば、クライスラーは汗をかいて、口をへの字に曲げて、ふぅふぅはぁはぁ言いながら突き進んでいる。恐ろしい程一生懸命に。次第に、その気味の悪さに人が道を開けていくのだから、世の中わからない。

 小脇に抱かれているので進行方向など確認が出来ず、しばらくはぬいぐるみのフリを決め込んでいた。

 しばらくして、「ここデス」というクライスラーの声で“うさぎのぬいぐるみ”は首を上げる。クライスラーは周囲が見えるよう、“うさぎのぬいぐるみ”を正面に抱きなおした。

 やはり、地上の施設のようだ。

 幼稚園の運動場程の広さはあるだろうか、板張りのテラスだった。左手側に柵がある。斜面に土を盛って建てたのだろう、その左側は地面から高さがある。

 傘のついたテーブルが20以上並んでおり、それに平均して4,5人が座って、顔を付き合わせて話している。ひそひそしているテーブルもあれば、大声で怒鳴りあっているのもある。ごく普通に談笑しているテーブルもある。

 座っている連中は、鎧やマントに身を包み、その腰や背には剣や杖、盾を持っているのだ。いかにも、冒険者といった風情か。胡散臭い者が多い。そして、汗臭い、食べ物臭い、酒臭い。

 テラスの奥には平屋のレンガ造りの建物がある。看板があって文字もあるようだがミラノには読めなかった。が、あれが彼らに食事を提供しているのは間違い無さそうだ。

 見回すと、左側。木製の柵の近く、その斜め後ろの姿が、見えた。

「……いた」

 ミラノは呟いて、左手で示した。

「え?」

 ──結い上げていた亜麻色の髪は乱れている。

 茶色の細くて短い枝が髪の間にはさまっていて、先っちょには葉っぱがゆらゆらしている。さながらかんざしのようだ。

 白い服はあちこち擦れて汚れていて、お尻辺りに乾いたドロがついている。はたきはしたようだが擦りついている感じだ。後ろへ転んで、右手で体を支えようとしたのだろう。右手の小指側が全体的に擦れて赤くささくれだっているように見える。皮膚が細かく裂け薄く血が滲んでいる、そこに少し砂が混じっているのだ。早く水で洗わせないと──。

 冒険者風の三人の男と一人の女に囲まれていた。

 彼らを見上げ、何かを話している。

 ユニコーンの姿が、無い。

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