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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【2nd】 ─ RANBU of blood ─
39/180

(039)うさんぽ(2)

(2)

 巨城エストルクの城前広場から斜面を滑り降りるように飛ぶと、城下町に出る。

 町は多重構造になっている。

 ミラノの感覚で、ビル10階建ての高さになる木に、地面からてっぺんに向けて螺旋状の通路が設けられ、一番上には平らに一周する床が作られている。そこが一つの区画になる程だ。ミラノの知らぬ事ではあるが、木の上に住んでいるのは貴族層と商人らの中でも富裕層にあたる。

 大きさはいずれにしても、基本的に飛翔する召喚獣を召喚する召喚士を雇用し、移動が容易に行えるような立場の者が住んでいる。大きさが小さくとも、制御できる飛翔するものなら数を用意すれば、巨大な籠に人なり荷物なりをまとめ、上下移動が可能なのだ。要はエレベーターである。

 元々、他の動物やモンスターから身を護る為に木の上に住んでいたのだが、都となった頃から大きな範囲で警備も付き、人は地面にも暮らせるようになった。ただ、貴族、富裕層がいつまでも木の上にこだわるのは、権威の象徴であったり、あとはちょっとの日差しの問題だ。

 地面の上には、3階建てから5階建ての建物が多い。

 巨大な木々の幹を避けるように建てられ、城に真っ直ぐ続く通り以外は、あまり整理されていない。

 人の住む巨大な木々の間をティアマトは音も無く飛ぶ。

「すいません、耳も抱えてもらっていいですか? 首が疲れます」

 “うさぎのぬいぐるみ”の両耳は、風で互い違いにあちこちとあおられている。シュナヴィッツは横に抱えていた“うさぎのぬいぐるみ”を体の前に持って行きながら両耳を引き寄せた。

「……左、随分と平らだな」

「手を直してもらった時に修理してもらうべきでしたね。綿がつぶれているようです」

「痛みは無いのか?」

「耳は平気ですね。

 ──ユニコーンについて、気になっている事があるのですが」

 シュナヴィッツは木々の上から地上の建物の間へ目線を動かしながら、ユニコーンとその背に乗っているはずのパールフェリカを探した。

「なんだ?」

「ネフィリムさんともいくつかの召喚獣などについて話をさせて頂いて、多少の相違点はあるものの私の知っている範囲とこちらの幻獣の類は近い存在のようなのです。それで、私の世界の伝承にあるユニコーンは飛べないものなのですが……あのユニコーンは空を飛べるのですか?」

 7階のパールフェリカの部屋から飛び降りたので、こちらのユニコーンは飛翔できるかもしれないとミラノは疑っている。

「飛べる。ユニコーンはその角の魔力で、翼が無くても飛べるんだ。乙女が居る限りは、寄り添って離れる事は無いのだが」

 シュナヴィッツは何やら“乙女”を言い難そうに発音した。

「ユニコーンの手綱を持っていた女の子は、パールを連れ去ったユニコーンに対し“浮気”だと言っていましたが」

「は? ちょっと意味がわからないな」

「……召喚獣としてのユニコーンというものは居るのですか?」

「居る。唯一という事は無いが、数はとても少ない。──そうだな、兄上が居たらもう少し色々わかったのかもしれないが」

 ネフィリムは昨日からサルア・ウェティスに詰めたままだ。

 ユニコーンは飛ぶ、となれば7階から降りた事での怪我の心配は無用のようだ。

 木々と人の住む辺りは建物が密集している。勢いは大国とは言えないが、歴史ある偉大な国である事に違いはない。現在、祭りの最中のワイバーン襲撃からの復旧作業が行われている。とはいえ、祭りの余韻か、人の数はそれほど減っていない。むしろ神の“使い”召喚獣リヴァイアサンに関する情報を求めて、学者から冒険者などが各地からじわじわと集まって来ている。

 昼から夕刻にかけて、通りを行き交うの人の数はピークを迎えるのだが、城から1本伸びている大通り──通路だけで6車線道路並みに広い──には、人がみっちりと溢れている。復旧の為の資材を乗せた大八車やそれを引く馬やら、荷物をダイレクトに背に乗せた召喚獣などが、まともには動けないでいる。

 ティアマトは祭りの空中演舞やワイバーン襲撃の際にその姿を見せていた事もあって目立っているようで、時折こちらを見上げて手を振る子供などがある。

「エステルさんも追いましたが、これでは見つけるのは至難の業のようですね」

「だから、ミラノにパールの位置を、大体でいい、見つけて欲しい」

「……見つけて欲しい……て──」

 シュナヴィッツは召喚士と召喚獣の間には絆があるとも言っていた。が、驚くほどいつも通りの気分で、全く見当が付かない。絆とやらが頭に何か閃くとか、某ニュータイプ的な効果音で感応する何かだとか、教えてくれれば注意も払うのだが。

「残念だけど、わからないわ」

「……わからないはずはないんだが」

 そう呟いた後、シュナヴィッツは声を改めた。

「ミラノ、パールがどこに行きそうとかわからないか? 同じ女性なのだし」

「“どこ”? 私はこちらの事を全く知りません」

「僕も街にはあまり下りないし……パールの興味も実際知らないしな。仕立て屋とか、ケーキ屋とか……。いや、ユニコーンに連れられたのなら、そうか……無理だな……」

 シュナヴィッツは考え込んでいるようだが思い当たらないらしい、再び“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろした。

「同じ“人”型なのだし世界は違っても興味は近いんじゃないのか。

 パールがユニコーンをある程度動かせているかもしれない。方角でもいい。ミラノはパールと歳がそんなに大きくは離れていないだろう? 十代前半の女の子はどういった場所に出入りするか想像つかないか?」

 パールフェリカの事が心配なのはよくわかったと、ミラノは納得しつつ、もし“人”であったなら半眼で彼を見た事だろう。

「……想像つきませんね。抵抗が無いので言いますが、私はパールの倍以上生きています。ジェネレーションギャップを感じる程度には歳が離れているのです」

「──そうか」

 一度頷いた後、“うさぎのぬいぐるみ”の背後が大きく揺れた。

「え……!? えっ!!……倍? ……え? 倍? 以上??」

 ずるっと、シュナヴィッツの腕から“うさぎのぬいぐるみ”はこぼれた。

 ──風の中に、落ちる。

「……ちょ」

 ふわりと大気に乗ったミラノの声も届かない程、シュナヴィッツはショックを受け、完全に混乱した様子だった。

 ──軽さも手伝って、時折風に煽られ、やがて“うさぎのぬいぐるみ”は街中へ紛れて消えた。



 アジア人は他の地域の民族と比較して“劣化”が遅い。

 特に東の端にある日本人女性は、他民族に比べ体格等の外見的な“大人”化が遅いと言われている。30代のグラビアアイドルが未成年に間違えられている。一般人でも20代半ばで中学生呼ばわりをされたりする。よっぽどで無い限り、民族違いのフィルターで幼く見せるようだ。ナチュラルメイクのミラノは、どうやらシュナヴィッツの目には20歳の彼より年下……10代に映っていたらしい。あの言葉とリアクションではきっとそうだ。日本ではスーツでキメたミラノを、10代で見る者は絶対に居ないのだが──。

 喜んでいいのかわからず、ミラノは頭が下になった状態の“うさぎのぬいぐるみ”の姿で首をかしげた──いずれにしろ、これできっぱり諦めてくれたら万々歳だ、いらぬ手間も省けるし……きっと彼の傷も浅くて済む。

 そして、“うさぎのぬいぐるみ”はムクリと体を起こした。

 路地裏らしき場所の、樽に頭を突っ込んで落下が終わった。両手を樽のへりに置いて、ぐいと頭を持ち上げる。樽のそのへりに両足を置いて、仁王立ちになると、両手を腰に当てた。

 ──やれやれ……。

「“人”だったら死んでいたわね」

 心を鎮める意味も込めて、ミラノは小さく呟いた。

 薄暗い路地裏だが、少し歩けば通りのようだ。明かりがまっすぐこちらに向かってきている。上からの明かりは、左右の建物が3階分ほどあるのでか細い。人々の足音や喧騒もあまり無い。

 せいぜい4、5人が常に通っている程度の道に接している路地裏らしい。大通りからは離れてしまったようだ。あちらは人が多すぎるので、運は良い方だったとミラノは思った。

 煙突やら壁やらに少しは激突したらしい。

 左耳は擦れている。左の“うさぎのぬいぐるみ”の手は、先から肘辺りまで破れて綿が出ている。その左手で左耳を引き寄せて両方を眺め、すぐに離した。

 上を見上げたが、ティアマトの姿はわからない。

 銀色の、鏡のような姿なので見失いやすいし、あちらは飛んでいて速度もある──完全にはぐれてしまったようだ。

 “うさぎのぬいぐるみ”はひょいと両足で樽から飛び降りた後、しばらく耐えるように動きを止め、しっかりと立ち上がり、顔を上げて歩き始めた。

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