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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【2nd】 ─ RANBU of blood ─
31/180

(031)2nd episode プロローグ~シュナヴィッツ~

プロローグ

 正直、7歳の頃に亡くなった母上の面影は今の僕の記憶にあまりない。

 肖像画で微笑む母上が、僕の母上だ……パールが赤ん坊の頃に描かれた絵なのに、今のパールでも十分にそっくりで、時々驚く……。きっと、父上がパールに甘いのは、そのせいだ。

 ──産後の肥立ちというものが悪かったそうで、パールを生んで間もなく亡くなった。僕は──もう記憶に無いのだが──母上にはべったりと張り付いた、甘えん坊だったそうだ。

 そして、気味の悪い大人が7歳だった僕の傍にやって来始めた。

 薄気味悪く笑う男達の顔を思い出す時、必ず一緒に思い出す……僕のではない亜麻色の髪がさらりと視界の端をかすめる。いつの間にか僕の斜め前に立つ、兄上。

「そうかい、じゃあその続きは私が聞こう、なんだい?」

 兄上がそう言うと、連中は決まって冷や汗を流しながら去っていく。後ろから見上げると兄上はどこか黒い笑みを浮かべていて──僕に気付くとあっさり消して、にっこりと微笑う。

 当時の僕は知らない事だったが、12歳の兄上を甘くみた連中は、手痛いしっぺ返しを食っては城から遠ざけられていたらしい──今、僕でも、普通に12歳というのは“たったの12歳”と甘く見てしまいそうなのだが、兄上はどういった12歳だったのだろうか。聞いても誰も教えてくれないから、わからないままだ。

 そういった“護られていた事”に気付かなかった当時の僕は、兄上の邪魔になるのが嫌で何度も離れようとした。7歳の子供だった僕は、一人に、なろうとしていた。

 ──そうしてもすぐ、兄上は僕の近くに現れた。

「シュナ、どこに行ってたんだ? ちょっと面白い召喚獣の話を聞いたんだ、一緒に調べよう!」

 僕は召喚獣にそれほど興味はなかった。でもそう言って兄上に手を引かれていく事は、嫌じゃなかった。

「ほら、これで護衛が4人になるだろう、すごいな!」

 僕らにはそれぞれ常に1人から2人の護衛が必ず傍に居た。父上の近衛騎士らからの選り抜きがあてがわれていた。

 一緒に居るとそれだけで安全だと言う。幼くてして母上を亡くしたばかりの僕は、護衛なんてほとんど見えていなくて、兄上が居れば安心していた。

 いつも、手を繋いでいたり、頭を抱きこんでくれていたり、温もりがあった。母上にべったりだった僕が、こっそりと人から離れて行くのに、兄上はそれまで特にくっついたりなんてしなかったのに、その頃から僕を決して離さなかった。

 それは、パールに対しても同じで、毎日乳母の元へ行っては僕も巻き添えにして、3人で体を寄せ合っていた。

 僕の手を繋ぎ、もう一方の腕でパールを抱く。母上を恋しがって泣くパールをよしよしと抱える。

「声がでかいというのは、それだけで、才能なんだ。パールは将来大物だな!」

 火がついたように大きな声で泣くパールを、兄上は笑ってあやしていた。

 今のパールが13歳という事を考えると、あの頃の兄上は、何を思い、何を決意していたのか、気になる。

 そして、今も。

 それぞれ大人になって忙しくなっても、兄上はひょっこり現れて僕や、パールを気遣う。そして、笑う。

 大人ばかりの中で、一番近く、ずっと傍に居た兄上を、僕やパールが慕わないわけがない。

 僕が、母上を奪ったのはパールだなんて、愚かしく恨んでいた時も、ずっと離れないで、抱き込んで頭を撫でてくれた。

 僕が、どうしようもなく沢山の事を憎んでいた時もだ。どれだけ張り飛ばしたって、兄上は僕を離さなかった。思えば、見苦しいところは全部、見せてしまっていた気がする。

 召喚獣のコントロールに失敗したり、苦戦していても何だかんだ言って傍で見ていてくれて、危なければ軽々と助けてくれたり、巻き添えで怪我をしても、その調子だ、なんて笑っていた。

 18の頃。

 僕は城で、第二位王位継承者という事から、兄上と僕を将来争わせようと画策する連中に心底うんざりしていた。

 僕は、父上を、そしていつか王となる兄上を最大限に補佐できる存在になりたい。──今は父上と付き合いも長く絆も強いクロードが大将軍を務めている。兄上が王となる時には、僕がそこにありたい。

 なのに、僕と兄上を争わせようとする、僕の後ろ盾になり権力を得ようとする馬鹿が、その馬鹿の周りの脳みその足りていない姫が、近寄ってくる。

 やっぱり僕は自然と城を離れがちになって、あちこち遠征をしたり修業に明け暮れていた。そんな僕に兄上は「シュナ、お前サルア・ウェティス行くか?」と、常勤を勧めてくれた──あんまり遠くに行くな、と。

 サルア・ウェティスなら、飛翔召喚獣、特に僕のティアマトや兄上のフェニックスならそう遠くない。実際兄上は、フェニックスで毎日通って、非常時だけ砦に詰めていた経緯がある。兄上は、許婚候補を毎日押し付けられてサルア・ウェティスに逃げていたのだ──僕にサルア・ウェティスを譲って、プロフェイブ国のアンジェリカ姫に捕まってしまった……兄上は飄々とまだ逃げ回っていて気にしている風ではないが……僕は……──

 僕も兄上も、父上が元気な内は、家族4人で過ごしたいと思っているんだ。王族としては、少し間違っているとは思うが。

 ──父上が一人で頭を抱えている時もあった。母上が亡くなってしばらくした頃。そういう時、母上が生きていたらそれを助けたのだろう。王の人生の伴侶となるガミカ国の王妃には、“仕事”でも王のパートナーとして国を治める役目がある。その場所に、兄上が居た。暗い謁見の間。僕は影から見ていた、玉座で頭を抱える父上の肘置き横に、少年の兄上が居たのを。僕には、途方に暮れている父上が“怖くて”近づく事も出来なかったのに。

 あの人は何者なんだ──そう思う事がよくある。

 結論は、第一位王位継承者で、世界でも召喚士として1,2位を争う、自慢の兄上。

 ──僕が、最大の尊敬を預ける人。



 いつかの。春。

 背丈が子供の僕の膝より少し高い程度の草。

 一面の草原。

 兄上の後姿に追いすがる僕。

 いつか追いつき、その横で、あの人を護る。

 大人になっても、変わらない。

 それが使命。絶対だ。

 女などにうつつを抜かしてられるか。そこを弱味にされて、僕ら4人の家族が揺らぐなんてあってはならない。兄上が、母上が居なくなってから必死で護ってきたんだ、僕が崩すような事は絶対にならない。


 青い草が揺れる。暖かな日差し。

 僕は追いつき、その背に手を伸ばす──。

 振り返る……女……?

 黒い髪と、濡れたような黒い瞳。

 ──兄上が、ミラノに変わる。


 ──がばりと飛び起きた。上掛けが足元までふっ飛んだ。

 薄暗い寝室の、天蓋のあるベッドの中、上半身だけを起こし、片膝を胸に寄せた。

「……なんだ、今の夢は……」

 あそこで、兄上が、振り返るはずなんだ。なのに──。


 やめてくれ、そんな事あって欲しくない。

 確かに、ミラノなら、誰の益にも関係がない……。

 いや、そうじゃない──。

 あれは、“女”じゃない。

 “召喚獣”だ。やめてくれ──。


『…………耳がちぎれそうです』

 脳裏に蘇る、数少ない彼女の声、言葉。

『髪、噛んでるわ』

 頬に触れたその指の感触。

 腕にかかるその存在の重さ。

 押し付けられる柔らかな、華奢な体。

『ムリをしないで……?』

 ──あれは、パールの“召喚獣”だ──

『やれば出来るものね』

 なんで、あんな風に笑うんだ。

『パール』

 あの微笑は、パールの為にある。ティアマトが僕にしかその心を許さないように。


 ほんのりと濡れた唇が、口角が持ち上がり、緩く弓形に引き絞られる。後ろへ下がり気味の首、前へ流れる柔かそうな真っ黒の前髪。細められて潤む黒い瞳は光を集めて宝石のようにすら感じられた。冷たく突き放す視線と瞳の奥に宿る隠された、温かさ。

 鮮やかな、笑顔が、蘇っては、僕の胸を、騒がせる。

 ──目が、離せなくなる。探してしまう。



 溜息を吐き出してベッドから起き上がる。全身の細かい傷につい呻いてしまう。そんな事じゃ駄目だ。気合を入れなおす。

 ──昨日の戦いを思い出す。反省するべき点が多い。次に必ず活かす、僕はまだまだ上を目指すんだ。

 起きたら、父上の元へ行かねばならない。昨日の報告が不十分だ。パールの所に寄ったら、また兄上に注意をされてしまうから、必ず直接行こう。

 そして、支度を済ませて謁見の間へ。


『……しつこい! 乗れないんだから、降ろして……!』


 ──嗚呼、なんで僕はこんなに動揺をしているんだ。


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