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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
29/180

(029)1st episode エピローグ

エピローグ

 巨城エストルクのパールフェリカ部屋、彼女の天蓋付きベッド。

 その晩の内に、主であるパールフェリカと彼女の所有物である“うさぎのぬいぐるみ”は横たえられていた。

 まどろみをほんの少し堪能して、パールフェリカは上半身を起こした。“うさぎのぬいぐるみ”を脇に抱え、耳を引きずりながら寝室を出ると、朝陽が差し込んでいるのが見えた。意識する事なく、ふっと笑みが浮かんだ。すっかり元気を取り戻したパールフェリカは、“うさぎのぬいぐるみ”に召喚獣ミラノをあっさり召喚する。

「おはよ! ミラノ」

「おはよう、パール」

 そして、朝が始まった。


 侍女らの持ってくる朝食をパールフェリカは食べ、お腹の空かないミラノはソファで放置されていた。ふと見れば、リディクディのマスクの下、左頬から首までガーゼが張ってあり、首に包帯が巻いてあった。見えている左手も包帯で包まれている。昨日、モンスターとの戦闘で負ったのだろうか。

 あと、41日。結局かえる手がかり得られていない。というよりも、わからない事だらけだ。それでも、忙しかったから、今後色々調べればいいわ、とミラノは考えている。急いては事を仕損じるのだ。それはただの諺としてではなく、27年生きていればもう、骨身に染みている。焦る事は無い。

 パールフェリカはラナマルカ王の謁見の間へとやって来ていた。

 元気な顔を見せるように、との事だそうで、“うさぎのぬいぐるみ”のミラノはパールフェリカの両腕に抱えられて連れて行かれていた。

 謁見の間に着くと、右頬に小さなガーゼを貼ったシュナヴィッツと無傷のネフィリムが居た。シュナヴィッツはそれ以外にも左手全体、右手は部分的に包帯を巻いている。前線では、本当に激しい戦いだったのだ。

 ラナマルカ王からの労いの言葉があるのだが、途中からは家族団らんの時間に突入している。階段を降りて来た王の周りにネフィリムとシュナヴィッツ。パールフェリカはラナマルカ王の胴に抱きついている。ミラノは、少し離れてそれを見ていた。

 ふと、ラナマルカ王はちょこんと立っている“うさぎのぬいぐるみ”を見る。

「ミラノも、ご苦労だった。貴女がパールの召喚獣で無ければ、この危機は乗り越えられなかっただろう」

「……ありがとうございます」

 何と返事したら良いのやらわからず──このような場で謙遜や相手の言の否定は相応しくないだろうと──ミラノは無表情のままの“うさぎのぬいぐるみ”の腰を少し曲げて、礼を言った。

 それにラナマルカ王は深く頷き、三兄弟は顔を見合わせ笑みを交わした。

「──そうだ、パール。生誕式典からごたごたしていたが、プレゼントがある」

 そう言って王は近衛兵に合図をした。すると、兵は控え室の方へと走っていき、しばらくすると戻ってきた。

 二人と一頭を伴って。

 二人は遊牧民の一族の者で、王都よりは北にあるもっと高い山に暮らす者達だ。二人ともほっぺたがふっくりしていて高山遊牧の民の特徴がそのままである。一人は中年男性で商人風、もう一人はごく普通の少女だ。その少女が、手綱を引いている。

 手綱の先には──。

 薄桃色の馬……立派な体躯に優しげな目と、その眉間には大きな角が1本生えていた。

 角は大人の男の腕一本程の大きさ、長さで、クリーム色をしており、根元から先端が捻れながら伸び、真っ直ぐの角になったような形をしている。

 超希少種、この世界ですら幻獣とされる、ユニコーンである。

「──近くへ」

 ラナマルカ王の声に二人と一頭は近付き、パールフェリカのすぐ前までやって来た。ユニコーンは大人しく、時折手綱を引く少女に鼻先を摺り寄せている。

 パールフェリカは満面の笑みを浮かべ、ほんのり桃色のユニコーンの真横まで近寄る。「ふゎー~……ふぁ~……!」と感心して眺め、たてがみをほんのり触っていたが、我慢の限界が来たのか、商人をぱっと見上げた。

「乗っていい?」

 美少女オーラ全開のパールフェリカの笑顔に、商人も、ユニコーンを引いていた少女もにこりと微笑んだ。

「どうぞ」

 パールフェリカは鞍の付いていない裸馬にひょいと乗ろうとして、しかしジャンプが届かなかった。すぐにシュナヴィッツが後ろに回って脇の下に手を入れて持ち上げてやった。乗せてもらうと、パールフェリカは合言葉のように「にいさま、ありがとう!」とシュナッヴィッツに笑顔を向けた。パールフェリカは高い馬上からたてがみを撫でたり、頬をすりすりして、そして、その角をじいっと見ていた。終始笑顔である。

 ひとしきり満足したのか、輪の一番外に居た“うさぎのぬいぐるみ”をぱっと見た。

「ミラノも!」

 と、手を伸ばす

「──え?」

「届くか? 乗せてやる」

 届くかと問うたものの、明らかに無理である。シュナヴィッツ“うさぎのぬいぐるみ”に手を伸ばす。“うさぎのぬいぐるみ”は一歩下がった。

「……ユニコーンに?」

 ミラノの問いにシュナヴィッツとパールフェリカは、この流れで何を当たり前な、といったきょとんとした表情である。

 ──この兄妹は……!

 ミラノは怒りと呆れとが同時にやって来たが、それを押し込んだ。そう感じるには相手が悪いらしい。

「……いいえ? 私は結構です」

 若干の戸惑いと絶対の拒絶を示したのだが、それにはネフィリムが反応をした。へぇ? と目を細めた後、くくっと喉を鳴らして笑い始める。“うさぎのぬいぐるみ”はそちらを見る。

「…………」

「…………」

 “うさぎのぬいぐるみ”の赤目とネフィリムの蒼い目があうが、彼はついと顔を逸らし、そして笑いを堪えている。助ける気は無いらしい。

「遠慮するな、希少なんだぞ?」

「……だから、いいです。やめてください」

 “うさぎのぬいぐるみ”はととっと後ろに逃げようとするが、あっさり捕まり、持ち上げられ、両手を広げて待っているパールフェリカの膝前へ連れていかれそうなる。乗せられそうになる、寸前。

 “うさぎのぬいぐるみ”はシュナヴィッツの頬をぱふんと丸い手で殴った。

「……しつこい! 乗れないんだから、降ろして……!」

 そう、ミラノには乗れない。

 ──ユニコーンは“純潔の乙女”にのみ心を許し、その背に乗せる、そういう生き物だ。

 パールフェリカは知らないようだったが、シュナヴィッツは──。

「……え……いや…………え?」

 “うさぎのぬいぐるみ”のミラノを持ち上げたまま硬直し、冷や汗を流している。

 この瞬間、ネフィリムが無遠慮な笑い声を上げた。

「降ろして」

 ミラノの冷めた声に、シュナヴィッツの顔がさぁっと青ざめた。リヴァイアサンを前にしても怯える事なく戦った男の顔が、である。

「まじ……え……うそ…………え??」

 “うさぎのぬいぐるみ”をとんと降ろした後も、ショックを隠し切れず呆然と立ち尽くすシュナヴィッツ。

 その様子を冷めた目で見た──と言っても無表情だが──後、シュナヴィッツの足元からその狭い歩幅で三歩離れ、ミラノは立ち止まった。彼らに背を向けたまま。

 ──シュナヴィッツは、当然乗れると、思っていたのだろうか。

「──ふふっ」

 声を出して笑った。

 ──なんだか、可笑しい。

 それでももちろん、“うさぎのぬいぐるみ”なので無表情なのだが。

 一息後。ぎゅおおっと空気を吸い込む音の直後。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 雄たけびのような絶叫が響いた。気も狂わんばかりの声である。

 声の主はパールフェリカで、ユニコーンの上で頭を抱え、天を仰いでいる。ネフィリムの笑いもピタリと止んだ。

 パールフェリカは全員の眼差しを受け、動きを止めた。そして、ばっとユニコーンから飛び降りると“うさぎのぬいぐるみ”の元へばひゅんと猛ダッシュ。

 “うさぎのぬいぐるみ”の前で膝を付き、その肩に両手を乗せ、両方の眉尻をがっつり下げ、口をカクンと開いた。

 “うさぎのぬいぐるみ”の顔を凝視したまま──。

「うあああああああああああ!!!!」

 絶叫である。

「な、なに?」

 あまりの事に“うさぎのぬいぐるみ”もそう言うので精一杯である。

 パールフェリカは“うさぎのぬいぐるみ”から手を離し、体の角度を変えて、両腕と頭を床についた。そして、右腕を床の絨毯にぽてんぽてん打ち付けている。

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁーー“人”にしとけばよかったあああぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁーー“人”にしとけばよかったあああぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁーー“人”にしとけばよかったあああぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁーー“人”にしとけばよかったあああぁぁぁーーーー!!!」

 目に涙を一杯の溜めて悔しがっている。

「パ、パール?」

「パール、みっともないから、やめなさい」

 ネフィリムの笑いを堪えながらの、呆れ返った注意が飛んだ。しかし彼はその後すぐ息を詰めて笑いを抑えている。

「パールの残念モードだ、あまり気にしなくていい」

 と、腕を組んだシュナヴィッツ。この光景は割りとあるらしい。

 パールフェリカは動きを止め、“うさぎのぬいぐるみ”にしがみつく。

「ミ、ミラノ……お願い、もう一回、今、“人”にするから、お願い……」

「何を?」

「ミラノが……声を……だして……笑……ウッ──」

 そう言ってだーっと涙を流す、口元には笑みが浮かんでいる。泣くのか笑うのかはっきりして欲しいとミラノは引き気味に思った。その首根っこを掴むようにパールフェリカは詰め寄る。

「レア!!! ミラノの声付き笑顔は絶対レアよ!! それを、こんな!! こんっな! 無表情のうさぎの時に……なんて……なんてもったない!!!!!!! すぐ“人”にするから!! えーっと、商人さん! あなたが部屋に入ってくるところから!」

 パールフェリカは背筋を伸ばし膝立てて半ばそう叫び、左手の平を広げて右手を垂直に下ろし、カチンコアクションをする。

「いざ! リテイク!!」

 ──ぽこん。

 “うさぎのぬいぐるみ”の丸い手がパールフェリカの額の真ん中に落ちた。

 さながらチョップである。

「落ち着きなさい」

 パールフェリカは膝をついたままゆっくりと“うさぎのぬいぐるみ”を見た。

「うっ……だって……だぁぁってえぇぇ……。嗚呼……ミラノ、一体何が可笑しかったの? それさえわかればもう一度……」

 そこでパールフェリカはばっとシュナヴィッツを振り返った。

「ねぇシュナにいさま! ミラノはなんで笑ったの!?」

「………………………なんで真っ先に僕に聞くんだ、パール」

 ずっと肩を揺らしていたネフィリムがぶはっと息を吐き出して、ついに爆笑した。



>>> To Be Continued ...

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