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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
28/180

(028)Dream of seeing @ center of restart(3)

(3)

 ミラノの頭の中にはあるキーワードが浮かんでいる。

 ──出来るかしら……やってみれるかしら。

 そういう事が出来るのかどうか、やら、そうする為のポイントのマーキングやら、よくわからないなりに脳内で想像の翼を広げる。結局、意識によってコントロールされるならば、一番重要なのはそこなのだろうと、ミラノはあまり深く考えていない。

 が、ミラノの足元の魔法陣がグルグルと左回りに、あるいは右回りに回る。加速したり緩めたり。ミラノの視点によって広げられるイメージの展開具合によって変化する。文様が浮き上がり、加わり、複雑になっていく。

 ミラノは景色を脳の中に100%スキャニングし、そこにやろうとする事を200%以上の描画で、仕上がりを描く。その細部まで丁寧に、そして最後までの映像をシミュレートする。少しの曇りや曖昧さも許さず、広げる。そうしないと、出来る気がしなかったのだ。それで出来るかは、やってみなければわかりはしないのだが。その想像を一瞬であの海へ写しこむのは並々の精神力では出来ないような気がした。そう思いながら、何はともあれやってみたらいいだろうと、ミラノは適度に肩の力を抜いている。

 ──それでも、今のままだとちょっと面倒ね。

 ミラノはネフィリムを見た。

「ネフィリムさん、海上と砂浜、全員退避させてもらっていいですか? 巻き添えとか、全然予測つきませんから」

「──え?」

「フェニックスから、各召喚獣に伝えさせるとか、出来ないですか?」

「……やった事ないな。私も行けばできるんじゃないかな、試した事もないが」

「ではお願いします」

 ミラノの言葉に、ネフィリムは腰に当てていた左手をついと空に掲げる。すぐにフェニックスが戻ってくる。ネフィリムの、ミラノとは反対側に大型トラック級の大きさで着地する。小さくなりながら降りてきたのだ。ネフィリムは、フェニックスの腹の前、その炎の中へ入る前に、ミラノを振り返った。

「どうするつもりかな?」

 ミラノは、リヴァイアサンをただ見つめたまま答える。

「──迷惑な来訪者には、お帰りいただきます」

 平然と、玄関先にでも立っているかのような、態度で言った。



 視界全てに対して意識を飛ばす。

 リヴァイアサンを含め、上空に巨大な漆黒の魔法陣が生まれる。

 ミラノは知らぬところだが、それこそ“人知を超えた”大きさである。一山あるリヴァアサンの頭上、その大きさをすっぽり飲み込める程の大きさである。──人が作れる魔法陣の大きさは、せいぜい直径で3メートル程度だ。

 雲間から微かに届いていた紅い夕日すら、その黒の魔法陣で遮られ、辺りは闇に包まれる。

 フェニックスの咆哮、伝達が走る。ティアマト以外の召喚獣は各々の召喚主の命令を2番目以降におしやって、既に大きく退避している。

 フェニックスは追いすがるモンスターに熱光線を吹きかけつつ、ティアマトに近付き、ネフィリムが直接シュナヴィッツに声をかける。ガミカの兵が全て大きく退いた時。

 海上のリヴァイアサンは魔法陣から逃れようとする。が、既に高速で回転する魔法陣から伸びる闇の触手のようなものに、巨躯を絡め取られている。

 だが、それは暗黒に包まれた焦土では誰の目にもはっきり見えなかった。

 ただ一人、ミラノだけは、リヴァイアサンの濃紺の瞳をとらえている。

 この暗さで何でちゃんと見えるのかしら──そういう疑問を、とりあえず横に置いておく事はミラノにとって可能だ。

 砦の屋上。

 足元の魔法陣と、リヴァイアサンの頭上の魔法陣の動きがリンクしている。

 ミラノは高速で回転する魔法陣の風で揺れるスカートを、気に留める余裕が無い。左手を胸に抱き寄せ、その手の甲に右手の肘を置き、右手は口元。その親指を緩く噛んで、下から睨み上げるようにリヴァイアサンの瞳を見つめる。

 闇の触手は、その巨大な体をも次第に繭のように包み込んでいく。全てを包み込む前に、低い低い、リヴァイアサンの長い咆哮が海面を、大地を揺らして響き渡る。

 ミラノが目を細め、それを眺める。口元だけで小さく呟く。優しい声音で。

 ──還りなさい──

 全員がはっと気付いた瞬間、リヴァイアサンの頭上の巨大な魔法陣が回転を止めた。どすんとリヴァイアサンを飲み込んで、海面に落ちた。

 魔法陣が落ち込んだ跡は、何もない。

 海水も、地面も、砂ごと、魔法陣が通り抜けたその軌跡は、ごっそり無になる──巨大なリヴァイアサンの姿も、無い。

 ばしゃんと、しかし量が量なので、轟音となって辺りを包み込み、海水が天上にせりあがる。闇の天井となっていた魔法陣が海中に落ちた事で、横から夕日が差し込む。もう地平線ギリギリの、レーザー光線のような、ささやかな夕日。

 無となった、消え去った海水の所へ別の場所から海水が流れ込む。誰もが、ガミカ兵も、モンスターすらも見守る中、海面がおさまるまで動く事は無かった。その間に、リヴァイアサンが召喚された頃から発生した雷雲すら、いずこかへと消え去っていた。

 黄昏の時間に。

 空は晴れて、焦土には静けさが戻ってきた。



 人々を再び動かし始めたのはフェニックスで、モンスターへ攻撃を開始した。それにティアマトも続く。呆気に取られたままのモンスター達は、完全に士気を失っており、一斉に撤退をしていく。

 既に、夕日は完全に落ちた。

 ミラノが、くらりとして倒れそうになるのを、パールフェリカが支えた。

「パール、平気なの?」

「うん、今は……なんでミラノがふらふらなの?」

 召喚獣の能力は全て、“召喚士の力”を代償とする、それが常識である。

「え……ミラノ、何したの?…………私の力、使った?」

「使ったと思うけれど。正直あまりわからないわ。あなたにあまり負担がかかっていなかったのなら、それに越した事はないけれど」

 ただし、召喚獣が“実体化された体の内側に込められた召喚士の力”を使い尽くそうとした時、疲労という形で現れる。リヴァイアサンが巨大なブレスを吐き出した後、息が上がっていた時のように。その後、召喚士から力の補充があれば、元に戻る。

 腰で体を屈めるミラノを、パールフェリカが横から支えていた。

 砦には、松明が掲げられており、モンスターの撤退にあわせてその数が増えている。

 砦上空に、鳥と竜の影が見えた。

 その影が地上へ付く前。

「パール、うさぎに戻して?」

「え? なんで? せっかくミラノ格好良いのに。自慢させてよー!」

 これがどうやらパールフェリカの本音のようだ。

「………………いい大人が支えてもらっている所を、あまり人に見られたくないわ。ぬいぐるみなら、パールに抱っこしてもらえるでしょう?」

 抱っこしてもらえるというキーワードに、頼られていると感じたのかパールフェリカは表情を輝かせ、「うん!」と返事をした。

 だが、そう言ってミラノを“うさぎのぬいぐるみ”にした瞬間、パールフェリカの顔色がぐわっと紫になった。

「あ……ミラノ……きた……いまきた…………」

 その変わり様に“うさぎのぬいぐるみ”でもぎょっとした、つい後ろに下がってしまった。パールフェリカは一人でぱたりと地に伏した。

「パ、パール。平気よ、私がちゃんと連れて帰ってあげるから。安心して、休みなさい」

 “うさぎのぬいぐるみ”になった途端、ミラノは元気になっていた。ぬいぐるみの膝と腰を曲げて、地面に顔を付けるパールフェリカにミラノは言った。

「う……うん」

 パールフェリカはそう言ってニヘっと笑って、ふいーっと気を失った。“うさぎのぬいぐるみ”は立ち上がり、パールフェリカを抱え、両手に掲げた。




 暗雲晴れ、鮮やかな濃紺の、夜空と星星が、きらきらと輝く。

 その下で、赤い瞳の真っ白な“うさぎのぬいぐるみ”が、パールフェリカを掲げていた。




 エステリオが手をかしたものかどうか悩んでいる間に、ティアマトとフェニックスが体を小さくしながら砦の屋上に近付き、そこから鎧をがしゃがしゃと鳴らしてシュナヴィッツとネフィリムが降りてきた。

 “うさぎのぬいぐるみ”は降りてきた二人に近付き、両手を万歳の形で伸ばしたまま、その上に乗っけたパールフェリカをぐいと押しやった。

「パール、気絶してしまいました」

「そ、そのようだね、物凄い顔色だ………」

 あちらからも近寄って来てくれて、パールフェリカの顔色を見るなり二人とも大いに顔をしかめた。シュナヴィッツは絶句している。

「──エステリオ、急いで城へパールを連れて帰ってくれ。トエド医師を呼べ…………召喚術の、疲労だろうが」

 その後、戦線に散らばっていたのであろうアルフォリスやブレゼノ、他にもミラノが見たこと無いガミカ兵が集まり、ネフィリムとシュナヴィッツはあれよあれよと言う間に囲まれてしまう。その中央から二人の指示を飛ばす声が漏れ聞こえた。

「ミラノ様」

 エステリオの声に振り向けば、彼女はレッドヒポグリフの準備を終えていた。ミラノはエステリオにパールフェリカを委ねた。また、足の綿が縮んでしまったので、軽く飛び上がった。

「おねがいします」

「はい」

 こんなに暗くて城まで飛んで帰れるものなのだろうかと疑問に思いながらも、預けた。飛ぶのはただの獣ではなく、召喚獣なので、理屈がわからない。口を挟む事ではないのだろう。いずれ図書院で本を読ませてもらうなり誰かに聞いて調べよう、ミラノはそう考えた。

 夜空には丸い月が浮かび上がっていて、黄色の柔らかな灯りを地上に注いでいた。

 指示を受けたガミカ兵があらかた散った後、頭の後ろから松明の明りをちらちらと受けながら、する事も無く黒い海を見ていたミラノに、シュナヴィッツが近付いて来た。ネフィリムはまだ兵らに囲まれている。

「それで、あれは何をしたんだ?」

 海を見ていると言っても、潮騒に耳を傾けている程度だ。見えやしない。うさぎは海へ顔を向けたまま答える。

「前にあなたのティアマトを還したように、還ってもらっただけ。なんだか……」

 一応それなりにできなかったらどうしようなどの葛藤はありはしたのだ、面には出さないが。

 巨大な“召喚士の術である返還術”でリヴァイアサンをどこかに還してしまったのだ。

 “神”の召喚獣を、無理矢理、返還した。

 意味がわからないと首を左右に振るシュナヴィッツをよそに、“うさぎのぬいぐるみ”は彼を振り仰いだ。もちろん、無表情で。


「やれば、出来るものね」


 シュナヴィッツと“うさぎのぬいぐるみ”の声に実は耳を傾けていた砦屋上に残っていた全員が、動きを止め、ただただポカーンとする。

 結果が良ければそれでいい、ミラノはそう思うのだった。

 なんとか撃退出来た事については皆ほっとしているようだし、あちこちでは肩を叩きあい、喜んでいる姿も見かけた。

 それらを思い出している“うさぎのぬいぐるみ”の顔は無表情だ。

 ──やってみなければ、ならなかったのだから。

 月明かりが影を落とす。

 “うさぎのぬいぐるみ”は満月を見上げる。

「────かえらなければ、ならないのだから……」

 小さく、小さく呟いた声は涼やかな風に流れて消える。

 そして、ぽてりと、“うさぎのぬいぐるみ”は地に伏し、動かなくなった。

 隣に居たシュナヴィッツが気付いた。

「ミラノ……?」

 動く気配の無いそれを、回収した。

 その頃になって、プロフェイブからの援軍が到着したのだった。


 ──山下未来希の通帳の残高が無くなるまで、あと82日──

 生活維持の為に戻らなくてはならない日まで、あと42日──

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