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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
27/180

(027)Dream of seeing @ center of restart(2)

(2)

 抱きついているパールフェリカをそのままにして、“うさぎのぬいぐるみ”の赤い目はずっと高いところにあるネフィリムの顔を見上げる。

「あれに関する情報はありますか?」

 ネフィリムは相変わらず、赤やら白やらの光を撒き散らす戦線を見つめたまま、答える。

「──召喚獣リヴァイアサン。一々誰も確認しないが、“神”が海の上に召喚した巨竜ならば、それしかいない。創世の時代、海の生物を最初に支配したのはあれだ。死後、神の召喚獣となった。過去一度だけ、召喚されている。それが、私達の勝てる見込みが無いという理由なんだが」

「勝てる見込みが無い、ですか?」

「地上の生物全てをドラゴン種が食い散らかそうとしていた。パワーバランスが違いすぎた。強すぎたんだね、竜種は。そのドラゴン種を地上から消す為、天罰を下す為、“神”はリヴァイアサンを召喚、見事地上全てのドラゴンは死滅した、と。その時殺されたドラゴンにはもちろん、あのティアマトも含まれていた──勝てそうにないだろう?」

 ミラノは自分の居た世界での“リヴァイアサン”というものを思い出している。超が付くほど有名な幻獣だ。海で起こる天変地異はすべてこれのせいとさえ言われた巨大な竜、その一泳ぎで海が割れ渦を巻いたとか。冷酷で獰猛、硬質な鱗でよろわれ、武器や砲撃は効かず、遭遇したら逃げるしかないもの、という伝説だ。

「なるほど、そうですか」

 ワイバーン来襲の時よりも事態は酷いのだなと、ミラノは感じた。

 ネフィリムは相変わらずクールなミラノのリアクションに、現状は破滅的だがつい、笑う。無表情の声がなんともシュールなのだ。

「私の“炎帝”は、見てわかる通りあそこで、最大サイズで頑張っているが、特性上、大味な技ばかりでね。あそこまで硬い鱗でよろわれていると手の打ちようがなくなる。一定以下のレベルのモンスター、あるいは召喚獣・霊駆除には向いているが、被害も拡散してしまうんだ。その点ティアマトは、様々な状況に対応が可能でね、今もあれの攻撃だけが頼みだ」

 それこそ、樹を含めた巨城エストルクと同等の、都庁サイズの巨大な火の鳥が、海を焦がさんばかりに舞っている。口や羽から熱光線や熱風、火炎を吐き出して、空を埋め尽くさんばかりの罠と弾幕を張り巡らす。全て、ティアマトの援護である。

 反対側の空。フェニックスの1/4程の大きさではあるが──十分巨大怪獣ばりの──全身が鏡のように白銀に輝くティアマトが舞っている。ティアマトの吐き出すブレスは巨大で、本体の5倍以上に拡がる、種類も吹雪、氷、雷、火、爆炎、毒針と実に多彩。それらの力の源となるのは、召喚士だ。乗っているであろうシュナヴィッツの姿など米粒ほども見えないが。汗水流して戦っているのだろう。

 現状、召喚獣でまともに空を飛び、“使い”リヴァイアサンの攻撃をかわしながら戦えているのは、この2者のみ。あとは地上に降りたモンスターを相手にしている。

「ネフィリムさんは、“炎帝”に乗らないのですか?」

「あんまり乗らないな、危ないから」

 そう言って左右の体重を入れ替えて、今度は右手を下に、左手を腰に当てた。

「細かい戦い方が必要なら、この間の、エストルク上空で森や城を焼かないように上下以外に移動しないで戦う、とか条件が細かいようなら、乗って直接“炎帝”に伝えるんだが。基本的に大体お任せだね」

 フェニックスに乗らなかったからこそ、先ほどの“使い”の特大火炎ブレスも、その身を盾とさせ、自滅させながら防ぐ事も出来たのだ。

「そういうものなのですか。他の召喚獣もですか?」

「人それぞれというところだね。シュナはただ、自分の体を動かすのも好きだから乗るみたいだが」

「なるほど」

 会話をしていると、恨みがましい目でパールフェリカがこちらを見上げていた。一応気付いてはいたが、スルーをしていた。いい加減ミラノはそちらを見やる。

「パール」

 名を呼ばれると、スイッチを押されたようにパールフェリカはがしっと“うさぎのぬいぐるみ”にしがみ付いて動き始める。

「ミラノォ、お願いよぅ、なんとかしてー」

 泣く。泣くのだが──。

 泣きながらぶつぶつと呪文を唱え、“うさぎのぬいぐるみ”の足元に白い魔法陣が浮かび上がり──。

「…………だから、“人”にしてもらっても、あんな大怪獣相手に一体…………」

 その姿がはっきりと現れるまでの間に、ミラノはぼそりと呟いたのだった。

 ──そこには、腕を組み、右手の指はこめかみに当てたミラノが、ぴしっとグレーのスーツを着こなしてスラリと立っていた。足元には“うさぎのぬいぐるみ”が転がる。何故か、飛んで無くなってしまったはずの髪留めが復活している。

 パールフェリカはえぐえぐと涙をこぼしている。けが人は続々と運ばれており、大地の焦土っぷりは激しさを増している。遠くから見ていて、いずれここも戦場になるのではないかと危惧させる。それはわかるのだが。

「……それに、なんとか……て──」

 この沈黙にはネフェリムもシュールだと言って笑う事はなかった。確かに抵抗はしているが、リヴァイアサンに直接何か出来る事などない。結果としてプロフェイブからの援軍を待っているような状況だが、間に合わないだろうし、着いたとしても彼らは地上のモンスター位しか相手に出来ないだろう。そんな結果が見えているのだから、わざわざ力を借りたくなどない。

 ネフィリムは1時間もしない内に、総撤退命令を、下すつもりだ。

「──ネフェリムさん」

 腰にしがみつくパールフェリカをそのままに、そこから上をネフィリムにミラノは向けた。

「なんだい?」

 ネフィリムは返事はするが、戦線から目を外すことはない。“炎帝”との繋がり、命令を行う為だ。ネフィリムはこちらを見ないがそのままミラノは問う。疑問形だが、声は淡々としている。

「なぜ、そんなに余裕に構えているのですか?」

「え? そう見えるのかい?」

「見えます」

「まぁ、撤退だろうなとは思っているし、国土を捨てさえすればきっと逃げられる。プロフェイブやらもっと大きな国々が連合組んで立ち向かえば、何十年何百年もかければこれもなんとか出来るだろう。出来なくても、大国が動かなくてはならない状況で、ガミカとしては最悪さっさと国として滅んでしまえば特に気にする所ではなくなるだろう──と、そう、考えている。現状私達は逃げるしか出来ない、私は撤退命令を出すのを見計らっている。もしかしたらそれで、余裕に構えているように見えるのかな?」

「そういう事ですか」

 ミラノは実に冷徹な目をする。それは、ネフィリムの言の為だ。ネフィリムは“滅ぶ”事も視野に入れている、それを受け入れるからこその目である。パールフェリカがちゃんと話を聞いていたなら悲鳴ものだ。

「方針は固まっている、不安はない、だから余裕だと」

 ミラノの言葉にネフィリムは嬉しそうににっこりと微笑んだ。

「そうだね」

「パールは、何とかしたくて、でもどうしたらいいかわからないから、不安で泣くのね」

 ミラノはそう言ってしがみついている亜麻色の髪を撫でた。名を呼ばれて、顔を上げるパールフェリカ。

「だって……みんなが……ネフィにいさまは逃げることをずっと考えていたの??」

 どうやら部分的には聞こえていたらしい。

「そうなる。避け得ない」

 純粋に涙し、一人一人を思うパールフェリカの心は大切なものだと思いながらも、将来国が存続したならば王となるべき人物はそう断じた。

「で、ミラノはどうしてそんなに余裕に構えているんだい?」

 “うさぎのぬいぐるみ”の時とも変わらず、淡々として、きりっと立つミラノに笑みの混じる声でネフィリムは問う。

「余裕に構えているように、見えますか?」

 ミラノがそう問い返すとネフィリムはぷっと笑った。

「そのようにしか見えない」

「そうですか」

 ミラノはそれだけ言った。

 そして、パールフェリカを体から離した。

 シャキンとモデル立ちのミラノは首まで流してある前髪を揺らして焦土、海、“使い”を、見渡す。

 ミラノの足元に黒い魔法陣がぶわっと拡がる。

 大きさは直径3歩分。

 その瞬間、パールフェリカがガクリと膝をついた。ミラノがその召喚能力を使うという事は、パールフェリカの召喚士の力を引き抜いているという事なのだ。後ろで見ていたエステリオが慌ててパールフェリカを抱えた。

 戦線から視線を一瞬逸らし、そちらを見たネフェリムは逃げると決めているので、その上でミラノが何をするのかと、不謹慎だと感じながらもちょっとウキウキとしている。召喚獣マニアの彼としては、召喚獣ミラノが召喚能力でどのような事をするのか、興味津々なのだ。

 そして、ミラノは顎を上げる──やれるかしら。

 ──出来なかったら出来なかった時ね。

 眼鏡を外し胸ポケットへ。目を細め空を、リヴァイアサンを睨んだ。そのまま口を開く。

「私の世界では、逃げるしか道がありませんでした。リヴァイアサンの相手は。現状、私達は逃げても仕方が無い、相手があれではどこに逃げても待つのは死のみ。そういう状況認識で間違いありませんか?」

「間違いないね」

「──わかりました」

 淡々として言うミラノ。

 ふと、ネフィリムが笑った。

「なんですか?」

「あー、いや……今更だな、と」

「……?」

「──私の最大の敗因は、シュナよりも気付くのが遅かったという点だろうな、と思って」

 そう言ってネフィリムは体ごと向きを変え、穏やかな笑みを浮かべてミラノの瞳を見つめた。気付いてミラノも顔をそちらへ向けた。

 その視線を受け止めた後、ミラノは一度瞬いてすぐ、ぎゅうっと眉根に皺を寄せた。そして、視線を逸らすように再びリヴァイアサンを見た。

「──……ちゃんと“敗北”して下さいね? あなたの弟だけでも……これから大変なのだから……言葉通じるかしら……」

 言いながらいい加減疲れて──発言内容は明らかに“振る予定”である──溜息をこぼしたミラノは珍しく愚痴る。

「…………私には何もないのに」

 ネフィリムは一度目を細めて微笑って、再び視線を戦線へ戻した。

「それを決めるのは、君じゃない。もし、生き延びれたら──」

「必ず、生き延びます。だから、何も聞く必要はありません。以上です。よろしいですか?」

 ネフィリムをチラリと見るミラノのそれは絶壁の上から見下ろすような冷たい視線なのだが、ネフィリムは一層嬉しそうに、くくっと微笑った。

「ああ。わかった。そういう事にしておく」

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