(026)Dream of seeing @ center of restart(1)
(1)
ゆらゆらとゆらぐ、やみのなか。
あわのよう。
ああ、はっきりしないわ。
しゃぼんだまのようにしーんがうかびあがる。
「あなた、また別れたの?」
「……そうみたいね」
「そうみたいって……またふられたのね」
「理由はいつもと同じよ」
「言い寄られて、仕方なくつきあってちゃそりゃそうでしょう。これで何人目だっけ、えーっと、6?」
ああ──。
これは…………二十歳の頃だわ…………多分。
「今回のが7人目ね──もう数えないわ。それなりに愛着もって接していたつもりなのだけれど。えっと──。“俺と一緒に居てそんなに楽しくない? もうムリしないでくれ。ごめんな、俺のわがままに付き合ってもらって。だけどもう、いいから。別れよう。一緒に楽しもうって思えない二人なら、付き合ってても仕方ないよ”──だったかしら」
昨日?──時間の感覚が無いわ──6年も“頑張った”8人目と終わったわ。
正直、彼が悪いとは欠片も思っていない。私に問題があるのは、今までの理由からわかる、私は何も変わっていなかった。彼は実に忍耐強かったとさえ、思う。馬鹿みたいに無理をする私、それに気付きながら無理をする彼。長い時間、彼は傷つき、私も多分傷ついた。どちらがどれだけ傷ついたか、なんて馬鹿馬鹿しい。そう考えたら、彼の理由もあながちデタラメじゃなかったのではないかと思えた──一緒に居てもお互いの為にならない──そうね、きっとそうね。別れを切り出させて、ごめんなさい。──嫌な女。陰口を叩かれて当然ね。
──……なんで私、こんな夢を見ているのかしら。昔の事、思い出したってしようの無い。もう恋──始まっても、いなかった──は終わっていて、反省して取り戻しに行くなんていう状況じゃない。そんな気力も想いも、無いわ。
「まぁ、未来希がそう言われちゃうのもわかるけどね。女同士なら諦めつくというか付き合い方があるけど、男にはキッツイのかもねー。だってあなたの笑顔は? 基本的に高いし?」
「高いってどういう意味かしら。楽しんではいるのよ? 私だって。多分」
その友人は笑った。
「だって、多分じゃねー。未来希ってモテるくせにソレだからね、嫌味な娘ねー」
「あなたははっきり言ってくれるからいいわ。影でこそこそする連中は鬱陶しくて……。それに、モテるって言われても困るわ。こんなのただの地獄よ。告白されるまでの一方的な恋、告白せずに諦められるまでの一方的な恋。そこから始まる誤解と泥沼。こんなのに一体どれだけつき合わされたらいいの。“お付き合い”をしてみたら“お前の人間性がわからない”だなんて一体どこを好きになったと──。ああ、ごめんなさい? 愚痴なんてくだらない──」
相手の片想いがいつも始まり。間断なく。
私は何も望んじゃいないのに、なのに、同性の非難の目はやまない。
同性から言われる『憧れていました!』──そう、過去形、そして続く『でも』。
知らないわよ、貴女達の思い人の視線を、気持ちを私が奪おうが。私はいつも、何もしていない。こんなにも冷たくしているじゃない。蹴飛ばしても駄目ってなに。
誰も知りもしない私を想うなんてやめて、本当に迷惑だわ──。
誰にも、心を預けられない自分、愛をモテナイ自分。鉄の女、あながち比喩じゃないかもしれない。ひんやりと冷たく、硬くて形を変える事も出来ない。きっと端は尖っていて、刃のようなんだわ。男だろうが女だろうが、どんな風にでも近付く人を傷つけて、不幸にするだけなんだわ。
だから、もう、いいわ。もう身に染みた、充分よ。
もう、恋に付き合ったりしない──。
もう、馴れ合いもいらないわ。
友人は言う。
「泣いていいんだから、泣いちゃいなさいよ」
「泣かないわよ」
なんで私が。
──誰の為に泣くのよ……涙が、勿体無いわ──
その時々、楽しいとは、思っているのよ。多分。
振り返ると、楽しかったという事を封印してしまう、取り立てるような事じゃなかったと記憶する。
だって、声が聞こえるわ。
──自分から楽しんではいけない──
きっちりとブレーキを落とし込んでくるわ。
──嗜み好む事など不要だ、楽しもうとしてはいけない──
とても重たい、楔のように。
──また、気分次第で大罪を犯すつもりなのか──
目をそむける事なんて出来ないかのように。全身を縛る。
──お前が楽しもうだなんて、思うなっ!!──
誰の声かわからない。
多分、自分のもののような気がする。
こんな根暗な性格は、自分が一番、好きになれそうにない──なんて、お笑いね。
生きていくのに大した問題ではないわ。そんな事に気付かない程、甘くもないし、馬鹿でもないわ。笑えるわ。自分を好きになれない、だなんて。あんまりにも子供じみているわ。本当に笑えてくる。大丈夫よ、自分の好きな部分も沢山あるもの。
──些細な事を日々忘れておくのなんて、難しい事ではないわ。
──だから──
『……置いて、いかないで……』
──ひとりでいける──
『ミラノ……こっちよ……』
──ひとりで──
『ミラノ!』
────
『私と、ともに!』
確かな白い輝き。
黒色を切り裂く。
闇の中でまどろむ意識。
引き寄せられる。
捕らえられる。
大きく、包み込まれる。
開かれる視界、白い世界の中心。
覗き込んでくるのはキラキラした深い蒼の瞳。
涙を浮かべ、大輪が開くような笑顔──パールフェリカ。
目を覚ます、と言っても、持ち上げた手は頑丈な生地で出来たぬいぐるみの丸い手だった。
ならば耳もあるのか、そう思ってちょっと意識すると、右耳がペシンペシンと軽く床を叩く。左耳は動かない。左手で引き寄せると、綿がペッタンコになっていた。
いつの間に……。
ただネジネジになっていただけのはずが、もはやペタンコで少しでも風が強い所に行けばピラピラと流されてしまいそうな程だ。
“うさぎのぬいぐるみ”は、上半身を腰で折り曲げて自分の力で起こしている、そんな状態だ。それを真正面から両膝立てて見下ろすパールフェリカ。その後ろにエステリオが居るのだが、彼女は目を見開いて瞬かせている。どうやら現状に驚きつつ、把握しきれていない様子。
うさぎの体でミラノがよいしょと立ち上がると、パールフェリカが膝立ちのままギュワッと抱きついてきた。
「ミラノォ!!」
それこそ、綿の体にとっては死活問題だ、左耳のようにペラペラになると動けないなら。
「パール、離してくれる? 体まで綿が固まってしまいそうだわ」
「あ……うん……ごめんね?」
パールフェリカはにへにへと笑いながら離れた。そしてその深く蒼い目で“うさぎのぬいぐるみ”の赤い目を見る。
「……パール? ……元気になったようですね?」
「えっと……? うん! 平気だよ!」
よくわかっていないながらパールフェリカは元気よく頷いた。先ほどまでのトランス状態の時の、またその前までのミラノを見失って落ち込みきったパールフェリカはもう、どこにもいない。
「ところで、ここはどこです?」
「サルア・ウェティス」
パールフェリカの返事にタイミングを合わせたかのように、焦土の向こう、海上で“使い”とフェニックスのブレスが激突、爆裂し激しい光をばら撒いた。その光は、“うさぎのぬいぐるみ”の横っ面にも流れてきた。顔の半分に濃く影が落ちる。
「…………」
“うさぎのぬいぐるみ”が、無表情のまま押し黙る。
「あれ? 聞こえた? サルア・ウェティスだよ? ……あ、そっか! 王都の北の方にある砦だよ?」
パールフェリカはどうやらミラノが聞き取れなかった、あるいはサルア・ウェティスが何なのかわからないのかと思って、説明をしてくれている。親切なパールフェリカから“うさぎのぬいぐるみ”は顔をそむけ、海上に向けた。そして、視界に居たネフィリムの隣までひょこひょこ歩み寄った。
「……今、お忙しいですか?」
「忙しいが、君が再召喚された事にも私は興味が尽きない」
左手は真っ直ぐ下に、右手は腰に当てて支え、ネフィリムはフェニックスとティアマト、“使い”を見据えている。
「──私の最後に見たものは、貴方がまだこことは異なる、城で、空に“炎帝”と共にあって、ワイバーンを追い払っていた所です。
あれから、どれほど時間がたっています?」
「それから翌々日だね」
“うさぎのぬいぐるみ”は首を傾げた。
「…………そうですか」
「……ミラノ……!」
後方からのパールフェリカのやや鼻声がかった声に、“うさぎのぬいぐるみ”は顔を向ける事は無かった。ただ、ドドーン、ドーンと視線の先の光線を、その無表情に受けて立っている。
「…………」
返事をしない“うさぎのぬいぐるみ”に、パールフェリカはネフィリムと反対側の隣に回りこんだ。
「…………ミラノォ……どうしよう?? みんなが…………みんなが…………!!」
パールフェリカとしては、ミラノを無事再召喚出来た事で周囲の事への意識が復活し、砦下で戦うガミカ兵、そして眼前で戦うティアマトに騎乗するシュナヴィッツ。そして、ここでフェニックスを操り、既に力の多くを失ってしまっているネフィリムの事が心配でたまらなく、胸が締め付けられる思いだったのだ。それは、パールフェリカの声を聞けば、すべて読み取れる。
「……………………」
「ミラノォ、お願いよぅ、なんとかしてぇー!!」
いつの間に製造されたのか、大量の涙を撒き散らしてパールフェリカは“うさぎのぬいぐるみ”に抱きついた。
“うさぎのぬいぐるみ”のミラノは慌ててぬいぐるみの手で受け止めてやる。パールフェリカはうさぎの胸に顔を埋めてえぐえぐと泣く。ミラノはただ、胸元の生地がびっしょりと濡れていく様子を見る。例の如く現実から逃げ出そうとするミラノの脳裏には、某青色の猫型ロボットと冴えない眼鏡の少年の日常風景がいつもの音楽と共に再生されていた。
それでも、やれやれと妄想をシャットアウトし、首だけをぎぎっとネフィリムに向ける。
「……………………人知を超えてるんですが? あれ」
もちろん、一山ありそうな巨大な海竜を指している。
“うさぎのぬいぐるみ”の無表情っぷりと淡々としたその声に、ネフィリムは言う。
「………………だねぇ。何せ、神様の召喚獣だから」
絶望的な、もう打つ手など無いに等しい状況で、追い詰められていた。にも関わらず、ネフィリムの声は不思議と笑みを含んでいたのだった。