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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
24/180

(024)召喚獣リヴァイアサン(2)

(2)

 急回転しながら、その魔法陣が拡大した。その回転する魔法陣に煽られ、波が大きくなる。渦を巻く。

 先ほどまでネフィリムが見ていたものの倍以上の直径に膨れ上がった頃、それはギュと停止した。

 海上10メートル、直径で200メートル以上。

 白色と紺色に荒れ狂う波の上、白い魔法陣が煌々と光を放つ。その光が大きくなり──魔法陣の中央に、黒い影が浮かび上がり始める。

 ごんごんと、ごんごんと、天地大気を揺るがす何かが響いている。

 急激に悪化していく天候、どす黒い雲が続々とどこからともなく現れる。その、雲の中を幾筋もの雷光が駆け巡る。

 パールフェリカは、空を見上げ、息苦しさを覚えた。ぎゅっとネフィリムにしがみつく力を強める。鼓動すら聞こえそうな程近く、抱きつく。その頭に、ネフィリムの手がぽんと乗った。

「にいさま……」

 か細い声で見上げると、ネフィリムはこちらを見ていて、困ったような微笑を浮かべた後、再び魔法陣を見た。パールフェリカもそれに倣った。

 パールフェリカは肩で息をした。あの魔法陣を見ていると、どうしようもなく、ドキドキする。


 暗雲が太陽を覆い隠し、夕闇ような黄昏の焦土が広がる。

 時折、稲光が走り辺りを照らす。その度に体の芯を揺るがす轟音が大地を叩く。

 辺りが暗くなるほど、白く光る魔法陣がより際立つ。その中心から、黒光りする、紺色の鱗がせりあがってくる。

 巨大な何かが、魔法陣の上に姿をおどろおどろと見せはじめる。

 魔法陣と海の間は10メートルは開いているというのに、その空白を無視するように、魔法陣からもドゴドゴと海水が溢れ出ている。

 白い水しぶきと白い光に囲まれ、その全容が、顕になる。

 ──海竜である。

 体長は長い、だがそれを引き寄せ3重程とぐろを巻いているような形で宙に浮き上がってくる。その状態で、巨城エストルクの数倍、一山はありそうだ。

 顔面は優美なティアマトと比較して、あからさまに獰猛さがにじみ出ている。三角に釣りあがった目は長く、粘着質ささえ感じられる。白目は無く、瞳は全身と同じ、深い紺。──慈悲の欠片も見えない冷酷な瞳。鼻先から額まで、鱗が長く変質し、先へ行く程尖っている。額の中央には一際大きな鱗が、巨大な槍のように尖り、刃となっている。

 常に海水を浴びる全身は、ぎっちりとした太さがあり、そこを埋める鱗がぬらぬらと魔法陣の光りを反射する。背と呼ぶべきか、こちらも棘だらけの翼がある。尾に近い方にも翼があり、こちらも棘まみれだ。

 あまりに巨大。それだけで人は畏怖に支配され、身動きが取れなくなる。

 “神”の召喚する獣? 聖なる獣? そのような印象など無い。

 凶悪かつ、狂暴ささえあるのではないかと戸惑う。“神”の意思がそこにあるのか──と。


 魔法陣が未だ消えぬので、“神”の召喚術はまだ終わっていないのだろうが、その姿がほとんど現れた時。

「──にいさま、あれ!」

 皆がその神の“使い”に気取られている時、パールフェリカが焦土の端を指差した。

 薄暗い海岸沿いをドロドロと何か動いている。

「アルフ!」

 ネフィリムはアルフォリスを呼ぶ。彼は双眼鏡持って来て、ネフィリムに渡した。数瞬それを見たネフィリムは、その双眼鏡をシュナヴィッツに放った。シュナヴィッツもまた、パールフェリカが指差した辺りを覗き見る。

「面倒な話だ。──本当に頭が悪いなあいつらは」

 ネフィリムの声は平静さを装ってはいるが、言葉には苛立ちがはっきりと現れている。“使い”に便乗してモンスターどもが上陸してきている。それも数千、数万規模だ。ざっと見る限り、空を飛べない地上を這うタイプばかり。人型が多く、彼らなりの知恵が“便乗”という形をとらせたか、虎視眈々と狙っていたタイミングを今だと決めたらしい。多くが、黒い体に赤い目の食人鬼オーガ、大きな耳と一つしかない目の巨人トロル、陽がかげったせいか太陽を厭う半猪半人のオークなどの二足歩行である程度武装する連中だ。

「にいさま」

 パールフェリカはネフィリムを見上げるが、ネフィリムは聞いていない。シュナヴィッツの方を見ている。

「──数に任せているように見える。こちらが惜しむ事を知っている」

 ネフィリムのその言葉にシュナヴィッツは頷きながら双眼鏡を下ろした。

「兄上、パールをお願いします。僕は準備をします、ここには予備の装備がありますから」

「ああ。頼む」

 その横からエステリオが一歩前に出た。

「ネフィリム殿下、今からでも私のヒポグリフで姫様を──」

「もう遅い」

 ネフィリムは一言で断じ、張り付いているパールフェリカの肩に両手を置いて剥がした。

「だが、エステリオはパールに張り付いていつでも逃げられるようにしておけ。パール、悪いがリディクディは借りるぞ。リディクディはスティラードの下に付け。ブレゼノ、スティラードを連れて来い。私は“炎帝”を出すからここで指揮を執る」

 そして、ネフィリムはやっとアルフォリスから鎧など防具類を受け取ったのだった。


 “神”の召喚術が終わった時。

 “使い”は長い束縛から抜け出したと待ちかねたとばかりに、その巻いていたとぐろを大きく開放した。その尾で、腹で海を殴り、蹴り飛ばす。水しぶきは巨大な津波となって海岸沿いを襲う。

 進軍の遅れているトロルなどが巻き込まれ、そこに撃ち下ろされ、振り回される尾に薙ぎ倒される、吹き飛ばされる。海の色は一瞬彼らの体液の青緑色に染まるが、すぐに元の色にまぎれてしまった。

 そして──“使い”は体を引き絞って、その顎を天上へ向け、咆哮を上げた。

 天地が揺れた。



 エステリオに押し付けられていたパールフェリカは、彼女の胴にしがみ付いていたが、その咆哮に震えた。

 エステリオとパールフェリカは、ネフィリムらと同じ屋上に居るままである。その方が護りやすい分、安全だという事だ。

 下唇を噛んで震えるパールフェリカには、全てが膜を一枚張った向こうの出来事のようにぼんやりとし始めている。

 兄らの声も、全て遠い。

「海からは全員退避させていい! 地上でモンスターを払え。──シュナ、いけるか」

 いつ戻ったのか、重そうな様子もなく、全身を濃紫のシャープなラインの鎧で覆われている。がしゃっと音を立てて、シュナヴィッツが前を通り過ぎていく。彼はそのままぶつぶつと呪文を唱える──召喚術。唱え終わると、彼は兜を下ろし、ゴーグルの位置を調整した。外から見たら鎧ででしかシュナヴィッツであると判別出来ない。

「──いけます」

 背筋を伸ばしてそう言うシュナヴィッツの足元には金色の魔法陣が輝く。

「私はここから指揮を執りながら“炎帝”を出す、存分に使え」

 ネフィリムも召喚術を唱える、足元に緋色の魔法陣が広がりギュルッと回転する。

「──はい」

 シュナヴィッツは現れたティアマトに、鞍は付けない。空中演舞の時ほどのサイズだ。それに乗り、そのまま砦上空へ駆け上る。パールフェリカの見る前で、それはぐんぐん巨大化する。

 ティアマトの魂が記憶する、最大サイズでの召喚。10階建てのビルに相当する大きさで、砦の上空に舞う、白銀のドラゴン。もう、シュナヴィッツがどの辺りに乗っているのかわからない。

 そして、ネフィリムの足元で小鳥サイズの火の鳥が生まれる。それは一度、掲げられた典雅なネフィリムの指に止まる。彼はそれを自分の顔の前に近付け、何か告げた。そして、放る。

 放たれた火の鳥もまた、上空へ駆け上がりながら巨大化していく。

 見る間に巨城エストルクと同等の大きさにまでなった。翼を大きく広げたならば、あの神の“使い”とやらとほぼ同じ大きさになる。

 同時に、ティアマトとフェニックスが天高らかに咆哮を上げる。

 砦の下から、地を轟かせるガミカ兵の鬨の声が湧き上がった。



 全てが遠い。

 カチカチと歯を鳴らして震えるパールフェリカ。

「姫様、お寒いですか?」

 エステリオはそう言って自身の外套もパールフェリカにかけた。エステリオの真横には既に赤いヒポグリフが控えている。彼女もまた武装が済んでいる。

 じっとエステリオの鎧を見ているパールフェリカだが、視界にしょっちゅうブレスや熱光線の明りが差し込んでくる。その度、震えた。


 パールフェリカの目は、半開きでやや虚ろだ。

「──うぅ………………………──……──ミラノ──」

 急激な寒気に、震える。

 ミラノ、温かな、私の召喚獣。私だけの──……


 ──ウウ………………………──……──レ……──


「え──」

 今、声が、聞こえた。

 パールフェリカの呟きの後に、あの何百人も合わせたような声が響いたのだ。パールフェリカはエステリオに体を摺り寄せながら、周囲を見渡す。エステリオがこちらを見ている。

「…………エステル…………また……あの声、聞こえる」

「え? 声? 何も聞こえませんが……?」

 あんな大きな声、なんで聞こえないの──パールフェリカは不思議でたまらない。こんなにも大きく聞こえるのに。

 ふと、意識がふわりと飛びかけて、パールフェリカはあわあてて首を左右に振った。今、気まで失っては足手まとい度はぐっとアップしてしまう。だが、すぐに激しい眩暈が襲ってくる。ぐらりとゆれながら、口が勝手に呟く。

「──どこに…………──………………──いるの──」

 ──ド………………──……オ………──……ル──


 ──ミラノ、助けて……。

 パールフェリカは心の内で何度も呟く、助けてと。

 一度繋がった絆が途絶えた。その苦痛を、パールフェリカはどう表現したらいいかわからない。

 幼い、赤子だった頃の、記憶。……いや、ただの、柔らかな感触。その思い出。目に涙が浮かぶ。

「…………かあさま…………」

 パールフェリカの瞳孔がぐらぐらと揺らぐ。

 体まで揺れて、足元に置いてある“うさぎのぬいぐるみ”の左耳を少し踏んずけた。それでも、口が何かを呟く。

「────………おいて、いかないで………────」

 ────………オイテ、イカナイデ………────

 先ほど酷い寒気がしたかと思えば、今度は激しい熱が体の中心から湧き上がる。

 パールフェリカの息が次第に荒くなる。さすがにエステリオも気付き、パールフェリカの正面に中腰で立ち、肩を掴んだ。

「パール姫様!?」

 パールフェリカの様子を見て、エステリオが首を小さく左右に振った。

「──これではまるで……“霊”の召喚……降霊術ではないか。……いや……ちがう…………トランス状態に入っておられる──のか!? こちらから飛び越えて、召喚獣・霊達の世界に──!?」

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