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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
21/180

(021)パール姫の冒険(2)

(2)

 謁見の間を退ったシュナヴィッツは兄の言っていた“何もかもが初めてでは不安だろう”という言葉を思い出して、パールフェリカの部屋へ向かった。

 ワイバーンから受けた傷。どのタイミングだったか記憶していないが、ワイバーンと空で大きくすれ違った瞬間があった事を思い出す。背負っていた盾にワイバーンの尾が当たった。6つの留め具がバチバチンと一斉に全て弾け、盾が落下し、引っ張られないように踏ん張った。可能性があるなら、その時だろう。体にも尾が当たっていたのだ、盾の方に気が行ってしまって気付かなかったのだ。麻酔が効くまでに一瞬でも間があるのだろうから、チクリとはしたはずなのだが、気付かなかった。傷口は大きくは無いのだが、人の指で言って第一関節分位の深さで尾が差し込まれていたらしく、今それなりの痛みがある。気にしないでいようと思えば思っていられるのでシュナヴィッツは部屋を出てきているのだ。

 パールフェリカの部屋に通されて、トエド医師と正面から遭遇した。パールフェリカの診察に来ていたのだろう。ぐぐっとトエド医師の眉が釣り上がり、顔色が変わった。彼は一歩どすんと前へ出て、慌てて回れ右しようとしたシュナヴィッツを見上げる。

「シュナヴィッツ様! 安静になさっていて下さいと、あれほど申し上げたではありませんか!?」

 相当怒っている。こめかみに血管まで浮いている。トエド医師は王室医師団の長で、王家の健康管理を一手に任されているという自負から大変仕事熱心だ。身長はパールフェリカより少し大きい位の、小柄な初老の男だが“王家の皆様に健康とは何なのか手本をお見せする”と日頃から言っていて、大変顔つやの良い、元気なおっさんだ。

「い、いや。父上に……」

「そんなことは後でも良いんです!」

 ネフィリムが第一にしなければならないとシュナヴィッツに何度も釘刺す事を、トエド医師は“そんなこと”で片付けた。

「ワイバーンの毒は、刺された者の9割以上が亡くなるほど恐ろしいものなのですよ? あなたは、命拾いをしたのです。ミラノ様がいらっしゃらなかったら、確実! 絶対! 間違いなく! 昨日中に亡くなってしまっていたんですよ!? 今頃葬儀のど真ん中で殿下は棺おけの中にいらっしゃったんですよ!? ご理解ください! お願いしますから!!」

 やたらと熱く語る。お願いというよりも命令のような口調と視線だ。怪我をするといつもこれなので、慣れてはいるつもりだったが、今日は一際激しい。

「ああ、わかった、よく理解した、胸に刻んだ」

 シュナヴィッツは素直にこくこくと頷いた。適当に言ったらさらに熱血に火が付くのでシュナヴィッツも半ばやけくそで頷いている。

「──それで、パールの具合は」

 シュナヴィッツは話を逸らす。

「え? パール様ですか? パール様はお元気でいらっしゃいますよ。どうやらパール様の召喚獣というのは、一時的に力を引き抜くような所があるようですが、パール様は大変お若いですし、回復もとてもお早いようです。もう安静の必要はありません」

 トエド医師の目が細められ、少し遠くなった。“パール様はちゃんと安静になさっていたので、殿下と違ってね”そんな言葉が見えた気がした。シュナヴィッツは苦笑いをしただけで何も言い返さなかった。

 トエド医師は、何度もシュナヴィッツに“さっさと部屋に帰って大人しくしていろ”という内容の事を丁寧な言葉に変えながら数回言って、パールフェリカの部屋を退室していった。

 ふうと一息つくと、ソファに腰を下ろして“うさぎのぬいぐるみ”を抱いて、ニコニコしているパールフェリカと目があった。

「にいさまもトエドには形無しね。きっと王国最強なのはあの人よ」

 と言った。あながち間違いじゃないだろうと思ってシュナヴィッツはふっと微笑った。

「そうだな。勝てそうにない」

 シュナヴィッツは奥側のソファに腰掛けるパールフェリカの正面のソファに座った。また、ここに居座るつもりである。パールフェリカの部屋に居ると、わずらわしいご機嫌伺いの貴族連中も、第二位王太子妃狙いの貴族の姫達も来ないので楽なのだ。もちろん、基本的に能天気なパールフェリカと居て話していると、とても和むというのが最大の理由ではあるのだが。その能天気が不安に駆られそうというのなら、助けてやりたい。

「──それでね、にいさま」

 首を少し傾げ、パールフェリカは困ったような表情を見せた。

「なんだ」

「私、今日、クーニッドに行こうと思うの」

「今日はやめておけ」

 シュナヴィッツは一息も開けずに言った。

「えー!」

 両方の眉を寄せてパールフェリカは肩を後ろへ引いた。

 クーニッドとは、クーニッドの森の事で、召喚士が召喚について行き詰ったら行く所である。

「行くなとは言っていない、今日はやめておけ」

「だってぇ~……」

 頬をぷうと膨らませ、口を尖らた。“うさぎのぬいぐるみ”の左耳を弄っている。まだ少しネジネジした痕が残っているようだ。

「今日はまだ、僕は安静にしていないといけないらしいからな」

「──え……え? もしかして、にいさまも一緒に行ってくれるの?」

「ああ。サルア・ウェティスの事も心配だったが、兄上が行ってくれるらしくて逆に暇になった。兄上が行ってくれたなら、昨日の残り300のワイバーンが居たってどうって事は無いだろう。あの荒野でフェニックスに勝る害獣なんていない。500や1000居ようが一括りだろうしな。……復旧に関しては僕が居ようが兄上が居ようがそう違いは無いし──」

 言っている最中で、パールフェリカが肩の辺りに突撃してきた。そのまま抱きついてくる。

 白いおでこをシュナヴィッツの肩にぐりぐりと押し当てて、ぱっと顔を上げた。おでこが少し赤くなっている。見上げる深い蒼色の瞳がキラキラと輝く。

「にいさま! ありがとう!! 本当はね、エステルもリディも反対するからこっそり城を抜け出そうと思ってたの!」

「………………………………」

 一人で行くつもりだったらしい。パールフェリカは危険に対する認識が薄いのでわからなくもないが、それを大きな声で言う辺り、本当に能天気だ。ここで先に宣言していたら、抜け出せるわけがない事に頭は回らなかったのだろうか。リディクディは居ないようだが、室内扉の横にはエステリオが控えており、眉の辺りがひくついている。

「にいさまが一緒ならきっと誰も反対なんてしないわ!」

 イェスッ! と右手でぐうを作ってウエストの辺りでぎゅっと引き絞ってガッツポーズ。左手は“うさぎのぬいぐるみ”の左耳を掴んでいて、その体はテーブルの上でねじれて転がっている。

「明日だぞ。勝手な行動は逆に迷惑をかける」

「うん、そうだね。よく考えたらそうだった──」

 そう言ってパールフェリカは右手で後ろ頭をかいた。少しは反省しているようだ。だがすぐにその右手をおろしてしゅんとした。

「でも……どうしてもミラノをよびたくて──」

 唐突に出てきた名前に一瞬驚いて──何故ドキリとしてしまったのかわからないまま──シュナヴィッツはパールフェリカを見た。

「私、ミラノとはほとんど会えてないから……話出来てないから……」

「召喚獣と話が出来た召喚士なんていないぞ。話せる霊でもすぐ還るのだから」

「そうだけど…………にいさま達、結構話したのでしょう? ミラノと。召喚主は私なのに! 私、物凄く! く、や、し、い……!!」

 一文字ずつ力を込めて言っている。涙滲ませんばかりの勢いだ。

 ミラノが居なくて寂しいとパールフェリカは言う。初召喚でやってくる召喚獣は、この世にたった一人で生を受けて生きる人間に、そっと“あなただけに”と火を与えられるようなもので、一度でも触れたなら、その温もりは忘れられない──決して裏切らず離れず寄り添う、それが確約された──永遠の友人。

「パールが思っている程、ミラノは皆と接していないぞ? 忙しかったしな」

「あ~……う~ん……そっかー……」

 シュナヴィッツの言う事はわかるのか、パールフェリカは自分の中で感情を整理している。口にも表情にもそれを出す辺りが、笑いを誘って和ませてくれる。

「僕は父上の所に寄ってこれを話してくる。パールは、クーニッドで召喚の儀式をする事になるかもしれないのだから、ちゃんと休んでるんだぞ?」

 召喚術で召喚する事と召喚の儀式は少し異なる。力の足りない召喚士が格上の召喚獣に挑む際に、様々な力を自然の中から借り受けつつ行うのが召喚の儀式。こちらの方が体力の消耗が激しいのでシュナヴィッツは釘を刺したのだ。

「了解しました! にいさま!」

 そう言って、家臣のする右手を胸元に当てる敬礼をする。力が抜ける、そう苦笑してシュナヴィッツは立ち上がり、パールフェリカの頭を撫でて部屋を出て行った。思っていたより不安がっている様子も無く元気そうだったので安心した。



 翌、早朝。

 ティアマトには二人乗りの鞍が付けられ、前に“うさぎのぬいぐるみ”を抱えたパールフェリカ、後ろにシュナヴィッツが座っていた。ティアマトの後方左右にはエステリオのレッドヒポグリフ、リディクディのセントペガサスが従っている。

 快晴の空を割るように、三騎は山々を越える。

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