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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
19/180

(019)“みーちゃん”の行方(3)

(3)

 唐突に、ふうっと意識が戻ってきた。

 ほんの少しの気だるさが体を引っ張っていて、起きようという気を奪う。

 見慣れた、白地に赤と金と濃紺の糸を主に使った刺繍のある天蓋、その天井が見えた。蝶だか鳥だか、不思議な形で数珠繋ぎに描かれている。それの数をぼんやりと数えた。何個あるかなんて、もうとっくに知っているのに。

 ごろりと横向きになると、いつものように“うさぎのぬいぐるみ”が真上を向いて転がっていた。3ヶ月ほど前、シュナヴィッツが連れてきた人形師に作ってもらったのだ。パールフェリカのリクエストは、「シンプル」で「頑丈長持ち」で、「絶対になくならない」事。

 パールフェリカは腕を伸ばし、引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

「……………………」

 しばらくそのままだったが、次第に頭がはっきりしてきた。今何時なのかだとか、ワイバーンの襲撃はどうなったのかだとか、色々と考えられるようになってきた。そして。

「……あれ?……」

 言ってから、“うさぎのぬいぐるみ”の顔を覗き込んだ。

「“みーちゃん”……?」

 上半身を起こして“うさぎのぬいぐるみ”の両脇に手を入れ持ち上げて上下にゆすった。

「…………あれ?…………え?…………」

 そして、きょろきょろと周囲を見渡し、“うさぎのぬいぐるみ”をベッドに投げ捨てて飛び降り、部屋の中を走り回る。

「……え……」

 寝室から飛び出た。

 奥、楽器やらを置いている辺りには大きな窓がある、そこから光が差し込んでいる。鳥のぴちゅぴちゅという声が聞こえる。早朝らしい事はわかった。が、パールフェリカは誰も居ない自分の部屋をドタドタと走り回った。

「うそ…………なんで…………?…………どこ!?」

 無駄にソファの上の掛け布を放り投げ、椅子を蹴飛ばした、そんな所は探すべき場所じゃない。

「……やだ…………どこ…………?……ミラノ!」

 涙声になっていた。



 侍女らが来て着替えた後、パールフェリカはしょぼしょぼと朝食をとった。それからすぐ、シュナヴィッツが部屋にやって来た。

 パールフェリカはソファに一人腰掛けている。部屋の内側の入り口にはエステリオが立っていた。

「パール、大丈夫か?」

「シュナにいさま、おはようございます!」

 パールフェリカはすたっと立ち上がると、入り口から入ってきた兄の下へ駆け寄った。昨日の昼に来た時と似た、紫の衣服を身に纏っている。が、腰のジャラジャラとした装飾具がいつもより少なく、刀は腰に佩かず、手に持っていた。

「にいさま! にいさま!」

「なんだ?」

「ミラノを見てない? いないの」

「……? お前の召喚獣なのだから、召喚していたらどこにいるかわかるだろう?」

 召喚士と召喚された獣あるいは霊の間には、目に見えぬ強い糸で繋がれていて、召喚士側からは、召喚されたものがどこに居るか容易く掴めるという。召喚獣、召喚霊との間のこの絆は、召喚士としては常識中の常識。しかし位置把握も何も、召喚士と召喚獣が別行動をするのは、本来稀だが。

「んー……」

「召喚は解いたのか?」

「んーん……返還術、成功しなかったし」

「そういえばそんな事を言っていたな」

「失礼致します」

 エステリオが歩み出た。

「ミラノ様は昨日ご自身で“みーちゃん”に戻っておいででしたが、パール様、“みーちゃん”はどうされたのですか?」

「は? ……いや、あり得ない……とは、言えないか……」

 シュナヴィッツの呟きをよそに、パールフェリカは兄からぱっと離れて寝室へ走った。パールフェリカが寝室の扉から飛び出して来た時には、シュナヴィッツはソファに深く腰を下ろしていた。召喚獣は召喚士に返還術を施されて始めて元の場所に還る、それが常識中の常識である。

 寝室の扉の前で、パールフェリカが“うさぎのぬいぐるみ”を両手で前に突き出した。

「いないの」

 “うさぎのぬいぐるみ”の手足は反動でぷらんぷらんと三度程、耳は一度たるんと揺らしただけだった。首は頭が重いので若干斜めになった状態で下を向いている。

「ミラノは自分で還ったんじゃないか、もう一度召喚してみたらどうだ?」

 他人の召喚獣を還すなどという荒唐無稽の事をやってのけたのだ、自分で勝手に還る召喚獣かもしれないじゃないかと、シュナヴィッツはやや投げやりに思ったのだ。

「うん……やってみる」

 そう言ってパールフェリカはシュナヴィッツの腰掛ける向かい側のソファに“うさぎのぬいぐるみ”を寝かせてから、すぐ横に移動して、両足を少し開いて構えた。初召喚とそれ以降の召喚や、召喚士自身の能力や流派で術式ややり方が多少異なる。パールフェリカは脇を広げ、胸の前で両手を合わせた。ぴったりと合わせたのではなく、指の先だけを合わせ、手首の辺りは拳一つ分開いている。両手の平の間には卵1個がすっぽり収まりそうな形だ。そして「んー」と口を尖らせ目を瞑った。

 しばらくして、真剣な面持ちでゆっくり目を半分開き、ぶつぶつと呪文を唱える。

 ふわりと、絨毯の上、パールフェリカの足元に白い魔法陣が浮かび上がる。



 30分程して、ネフィリムも姿を見せた。

「シュナ……なんでここにいるんだ……お前は」

 呆れつつも少し笑っている。ネフィリムはその笑いを無理矢理殺して厳しい顔をした。

「起きれるようになったんなら、いや、いずれにしても、父上への報告が何よりも先だと、何度言わせるんだ? 昨日もウェティスから到着して、先にこっちに来ていただろう?」

 ネフィリムはめっと言わんばかりだ。ウェティスとは北の要所サルア・ウェティスの事で、シュナヴィッツが配属されている砦だ。

 シュナヴィッツは昨日からパールフェリカの生誕式典ドラゴン編隊の空中演舞の為と一時的に戻っていただけにすぎない。

「それは……気をつけます」

 シュナヴィッツはついと視線を逸らして言った。

 パールフェリカは相変わらずソファの横に立っていたが、ネフィリムの視界に飛び込み、すがるように見上げた。

「──ネフィにいさま、ミラノが居ないの」

 パールフェリカがそう言うと、ネフィリムは「ん?」と近寄り、その頭を撫でた。

「具合はどうだい? お姫様」

「にいさま……!」

 語調を強めたパールフェリカに、ネフィリムがふっと微笑んだ。

「ミラノは、これだろう?」

 そう言ってソファから“うさぎのぬいぐるみ”の耳を掴んで取り上げた。だがすぐに、あまりの抵抗の無さに瞬いた。

「ただの、ぬいぐるみなの。“みーちゃん”は」

 “うさぎのぬいぐるみ”からパールフェリカに視線を移してネフィリムは問う。

「召喚術は?」

「何度も試したんだけど、声が届かないみたいで……」

「…………やってる事が……持っている能力がデタラメで、獣なのか霊なのか、存在もむちゃくちゃだったからな。よっぽど高位の“神”か“獣”か。とにかく今までよばれた事のない何かなのだろうね」

「それは、パールの力が足りなくて、初召喚以外の召喚に反応してもらえていないという事ですか?」

 シュナヴィッツがソファに腰かけたまま問う。

「それ以外考えにくい」

 ネフィリムはけろりとした態で言った。間違い無く、この妹は自分達と同じ、“唯一”の存在を召喚している。

「……パール、もう一度やってみろ」

「でも……」

「“やれば出来る”かもしれない」

 シュナヴィッツは、“うさぎのぬいぐるみ”の赤い瞳を見てそう言った。根拠はゼロだが。

「?」

 パールフェリカはきょとんとしながらも頷いた。

「兄上、僕らも手伝う事はできますか?」

「……そんな術、聞いた事もないが」

「僕らもミラノを召喚する術を使ってみるんです。結局は、初召喚で絆のあるパールにしか呼べない存在ですが……」

 シュナヴィッツは至って真面目に“うさぎのぬいぐるみ”を見てそう言った。それを見てネフィリムはにや~と笑ってしまった。シュナヴィッツとパールフェリカには気付かれないようにこっそりと。

 パールフェリカは胸に手を当ててシュナヴィッツを見つめている。

「シュナにいさま、私とミラノの為に…………ありがとう!」

 そう言ってシュナヴィッツに駆け寄りしがみついた。「いたっ……」「あれ? にいさま怪我してるの?」「……大した怪我じゃない」──その、微笑ましいばかりのやり取りにネフィリムはさらにくくくと笑って「いや、本当に兄弟と居るのは楽しいなぁ」と言ったのだった。

 ワイバーンの毒はそんな優しいものじゃなかろうに、朝も早よからやって来て、“彼女”がいないならなんとかしてやれないかと言うし、その真意に一切気付かない妹もまた何とも可愛らしい。

 ぷぷぷっと笑いのおさまらないネフィリムをさすがにシュナヴィッツがいぶかしむ。

「どういう意味です、兄上?」

 シュナヴィッツの肩にネフィリムは笑いを堪えながら手をぽんと乗せた。

「試してみようか」

 そう言ってネフィリムは持ち上げていた“うさぎのぬいぐるみ”を元のソファに転がした。“うさぎのぬいぐるみ”を中心にして、パールフェリカはそのままソファの横、シュナヴィッツもそのまま、ネフィリムは“うさぎのぬいぐるみ”と同じソファの奥隣に腰掛けた。

 パールフェリカはまだ座って召喚術を行える程器用ではない。

 立ったままの姿勢を正したパールフェリカがぶつぶつ唱えだすと、兄二人もそれに追従した。

 白色と金色と緋色の魔法陣がうさぎの下に浮かび上がりギュルっと回る。

 3人が見守る中、魔法陣はしばらくぎゅるぎゅると回っていたのだが──。

「…………」

「…………」

「…………」

 召喚術の呼び出し時間が切れて、魔法陣はふいと空気に溶けるように消えた。失敗だ。

「“やれば出来る”というのは、簡単には当てはまらんか。

 期待をさせて悪かった、パール」

 提案者のシュナヴィッツが謝ると、パールフェリカは目を細めて2度首を横に振って、微笑んだ。

「シュナにいさま、ありがとう」

 ネフィリムはひょいと立ち上がり、シュナヴィッツの肩に手を乗せた。

「試すのは悪い事じゃない。さあシュナ、気も済んだろう? 父上の所に行こう」

 二人が部屋を出て行った後、パールフェリカはエステリオと二人きりになった。

 それからすぐ、パールフェリカはきりっと顔をしかめて召喚術を試す。

 部屋に入り口に居たエステリオが気付いて駆けて寄り、パールフェリカの合わせていた手を両手で包むように掴んだ。

「姫様……ほどほどになさいませ。昨日は2度も、召喚術による疲労で倒れられたのですよ?」

「…………でも……! 今、やめたくないの……!」

 エステリオをすがるように見上げた。

「………………」

「……ねぇ、エステルにはわかる? 自分の召喚獣に、自分の声が届かない、気持ち……」

「……姫様……」

「……にいさまたちなら、わかってくれるかなぁ、また話きいてほしいなぁ」

 ネフィリムがフェニックスを安定した召喚状態を維持出来るようになったのは9年前、彼が16歳の時で初召喚から3年かかっている。シュナヴィッツに至っては2年前、実に5年がかりだ。召喚術を行っても力が足りず、呼び出せず…………身を清め、何日も力を溜めて挑んで、少しずつ召喚士として成長して、ようやっとまともに呼べるようになるのだ。二人とも、“唯一”の召喚獣が相手であったせいで、会得するまで時間がかかった。

 エステリオは、最初から何も考えずに、ごく小さなサイズだが彼女の召喚獣ヒポグリフを呼べていたので、わかってやれないのだ。

「…………姫様……」

 エステリオの声を聴きながら、パールフェリカは長い睫を下げ、深く蒼い瞳を隠した。

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