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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
18/180

(018)“みーちゃん”の行方(2)

(2)

 トエドと呼ばれた小柄の男は、ミラノとその奥に居るシュナヴィッツに体を向けた。

「召喚術による消耗が激しいようです。一日か二日も休まれたら元に戻られるかと」

 トエド──エステリオが何度か口にしていた“トエド医師”という名前をミラノは思い出していた。城へ帰ってすぐ彼女はトエド医師にパールフェリカを診せようとしていた。

 ミラノはゆるりと首を回して、トエドを見た。

「あなたが、医師?」

「はい、トエドと申します」

「そう。パールは大丈夫なのね。──では……」

 ミラノはそう言って横に居たシュナヴィッツの腰辺り、鎧との間の上着のをばさっと無遠慮に持ち上げた。

「これを、急いで診て欲しいの」

「おい!」

 シュナヴィッツは慌ててその厚手のシャツを下げる。が、トエドがそれに飛びついて引き上げる。ミラノはトエドとシュナヴィッツに挟まれて身じろぎした。

「これは……水を!」

 ミラノを挟み込んでる事に気付く事もなく、トエドは近くに居た彼と似たり寄ったりの格好をした青年に半ば叫ぶように言った。ミラノの事はもうトエドの目には入っていないらしい、さらにドンと押されてシュナヴィッツに激突してしまう。頭をその肩あたりに押し付けられる形になって「ごめんなさい」とミラノはシュナヴィッツにさらりとした小さな声で言った後、身を後ろへ下げた。トエドとシュナヴィッツの間から抜け、床に手を付いて立ち上がり、ティアマトの居る広間に近い扉の方へ1歩さがった。

 トエドは廊下の壁側に立てかけていた大きな黒い鞄をがばっ開き、小瓶やら注射器やらを取り出している。

 シュナヴィッツが眉間にしわを寄せた。

「トエド……?」

「シュナヴィッツ殿下、このような場所で大変失礼ではございますが、うつぶせて横になってください」

 かろうじて、タオルらしき布を廊下に敷いた。

「なんで僕が──」

 言いかけるシュナヴィッツをミラノが睨んだ。既に例のモデル立ちである。

「怪我をしているわ、細く、深く。──ワイバーンの尾に、触れていない?」

 ミラノがそう言った瞬間、シュナヴィッツの顔から表情が消えた。

「大人しくしている事ね」

 そう言ってミラノは、ティアマトを見上げた後、パールフェリカを抱えるエステリオを見た。

「召喚士は、召喚している間も消耗をするの?」

「はい。召喚をする際、召喚している間、返還する時、それぞれ消耗を強いられます」

 ミラノはティアマトの金色の瞳と目を合わせる。ティアマトは小さく頭を前に倒した。そして、そこに闇色の魔法陣が生まれ、瞬時にティアマトが飲まれ、姿を消した。

「何をした!?」

 横になりかけていたシュナヴィッツが腕立ての姿勢のままで叫んだ。

「還しただけよ、戻すのにも力がいるのでしょう?」

 その場に居た全員が、閉口した。

「人の召喚を、還すだなんて……初耳です……前代未聞すぎます」

 エステリオが呟くように言った。

「ミラノ……お前本当に、何者なんだ……なんでそんな事が」

 驚愕した様子でシュナヴィッツがミラノを見る。片眉を下げている。ミラノの正体がわからない。“獣”でない、“霊”でもない、“人”ですら無いような気が、してきたのだ。それに対してミラノは、黒の瞳を一瞬泳がせた。溜息は、吐き出されはしなかった。

「本当に、私が一番わけがわからなくて困っているんだけど……なんだか色々と……」

 ミラノはそこで言葉を区切って、疲れたと言う風に視線を床に流した後、首を緩く捻って目を細めて──ぷっと吹き出すように微笑った。何か自分自身に呆れているような、しかしどこか突き抜けていて、ほのかに爽やかな表情をして、言う。

「やれば出来るものね」

 男ならドキリとするような、鮮やかな印象を残す笑みだった。

 シュナヴィッツの脳裏には、ミラノが“うさぎのぬいぐるみ”の状態の時、その柔らかい足で顎を蹴り上げてきた事がよぎった。あの時は無表情の“うさぎのぬいぐるみ”でわからなかった。けれど、こういう風に笑って言っていたのかもしれないと思い直して、ミラノを見つめていた。が、その瞳はゆっくりと閉じられていき、腕立ての姿勢だった体ががくりと床に落ちた。

「──何をしたの?」

 ミラノは再び無表情に戻りトエドに問う。

「戦闘の直後ですし……横になる前、鎮静剤を飲んで頂きました」

「傷はやはり……?」

 トエドは絨毯が水浸しになるのも構わずシュナヴィッツの傷口をピンセットにガーゼを何度も取り直して洗っている。水であらかた洗い流すと、つんとした臭いのする薬瓶から色の付いたガーゼを取り出し、また何度も傷口に当てている。

「ワイバーンの毒です、ミラノ様と、おっしゃいますか、よくぞ気付いて下さいました。ワイバーンの尾の毒は、傷を付けながら麻酔効果も植えていきます。この攻撃を受けた者は、気付くことなく、戦闘中、突然息耐えてしまうのです。間に合って良かった……本当に良かった」

 基本的な処置は済んだのか、ほうと体から力を抜くように、シュナヴィッツの横にトエドはしゃがみ込んだ。

「処置は?」

「敵がワイバーンという事は伺っておりましたので、特効薬は用意してございました。それも処方させて頂きました」

「そう、ならば後は様子を見ながら安静にさせておけばいい、といったところかしら?」

「はい」

 言いながら、ミラノはなんだか随分と偉そうな自分がある事に気付いた。これは良くない、自重しようと思いつつ、なんだか今更低姿勢になるのも変だな──何せ自分はただの召喚獣だ──と思ってとりあえずそのまま変に偉そうなミラノ像で行くことにした。

「……パールの具合は──まだ、もつかしら?」

 ミラノは、自分が“人”の姿である事がパールフェリカの負担になっていないかと問うている。

「1時間程度でしたら、今とそう変わりはありませんよ」

 これにはトエドではなくエステリオが答えた。召喚士として、召喚術による消耗の疲労度は心得ているといった様子だ。

「そう、ならばパールを部屋へ連れていきましょう、廊下というのも衛生的ではないわ。シュナヴィッツさんはトエド先生達にお任せしてもよろしいかしら?」

「かしこまりました。シュナヴィッツ殿下は私どもが責任持ってお部屋までお連れし、処置を続けます」

「お願いしますね。エステルさん、私はパールの部屋がわからないの、一緒に付いていっても?」

「はい、一緒に来て頂けると助かります」

 エステリオはパールフェリカをお姫様だっこで抱え、先を歩いた。

 ミラノは“うさぎのぬいぐるみ”を片手にその後ろをかつかつと歩いたが、一瞬眩暈を感じて、廊下の壁に手をついた。緩く頭を振るとすぐ持ち直したので、エステリオの後を追った。疑問には思ったが、ただの疲れか、空腹と感じないでも食事を摂った方が良い合図か、いずれにしろ日頃通りの眩暈だろうと無視をする事にした。女として生きていれば、軽い眩暈などちょいちょい経験する事だ、大きな問題ではない。

 部屋へ戻ると、侍女らが一斉に集まってきた。本日2度目だ、パールフェリカは倒れた状態で寝室へ運び込まれた。エステリオは後を侍女らに任せ、ソファの側に居るミラノに言った。

「ミラノ様、そのお姿なのですが──」

「ちょっと待って」

 ミラノはエステリオを止めると、ティアマトを戻した時のように、自分も“うさぎにもどれ”と念じる。すると黒い魔法陣が現れ、ミラノの姿を一気に飲み込み、消えた。ぱさりと床に落ちた“うさぎのぬいぐるみ”の耳が、ひくっと動いた。エステリオがびくっと1歩後ろにさがる。

「お待たせしました。パールの体調のことですよね、これで大丈夫だと思うのですが」

 “うさぎのぬいぐるみ”は立ち上がりながら言ったのだった。人型“ヤマシタミラノ”を召喚しっぱなしという負荷から、これでパールフェリカも開放されるはずだ。“うさぎのぬいぐるみ”でここに居る事も負担ではあろうが、かえり方も消え方もわからない。人型よりずっとマシだろう。

 エステリオは無理矢理唾を飲み込もうと苦戦している。ようようゴクリと飲み込むと戸惑いを隠せないまま、口を開く。

「え……ええ…………。ミ、ミラノ様は一体……先ほどティアマトを還したのも、あれは召喚士の術なのに……他人の獣を返す術なんて聞いた事もありませんし……。なぜ、召喚獣であるミラノ様が使えてしまうのですか……??」

「そう言われても……だから……」

 困惑したように呟いた後、ミラノはやや辟易としてきた。だから私が聞きたいと、言いたいところなのだ。ミラノは淡々と言う。

「やれば出来た、それだけよ?」

 そして、ふいと窓の方を向いた。これ以上の詮索には答えない、そういう意思表示である。

 窓から外を見ると、空に大きなオレンジの翼が見えた。かなり上空だ。

 オレンジから赤に燃え上がるその火の鳥は、ごく普通の鳥と比較すると、とんでもなく巨大だ。あの大きさなら、街の人々にもよく見えている事だろう。

 それが、容易くワイバーンを焼き殺していく。

 慌てて逃げるワイバーンをあらかた追い払うと、フェニックスは屋上へと降りてくるようだ。

 この巨城エストルク屋上の聖火台上空からは離れられない、あれは上下には動き回ってはいるが、本来台座にあるはずの聖火そのものなのだから。

 窓に張り付いて見上げていた“うさぎのぬいぐるみ”のミラノは、屋上を、この角度から見えなくなるまでフェニックスが降りてくる様子を見守った。

 ──……もう、大丈夫そうね。

 ほっとした瞬間、窓にもたれかかったまま“うさぎのぬいぐるみ”はずるりと、床にすべり落ちたのだった。

 パールフェリカにとっては侍女の中でも姉のような存在であるサリアが通りかかり、“うさぎのぬいぐるみ”に気付いて拾い上げた。

 “うさぎのぬいぐるみ”は眠っているような様子もなく、以前までのただの“ぬいぐるみ”だった頃と全く同じ物のようにサリアには思われた。軽くゆするが一切の抵抗が無く、耳がゆらゆらと揺れた。

 一度首を捻りはしたものの、サリアは“うさぎのぬいぐるみ”を寝室へ持って行き、パールフェリカの横に並べたのだった。

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