(179)6th episode エピローグ
エピローグ
ゆっくりと目を覚まし、シーツの普段と違う感触に上半身を起こした。
「…………」
少し、頭が重い。
ミラノはこめかみに指を押し当て、薄ぼんやりと記憶を辿る。
「……………………」
ネフィリムと酒を飲みつつ色々話したような気がする。
色々、子供の頃の話や家族の話、最近よく考える事、神の召喚獣騒動後にこっそりとこの国を訪れていた時の事……。
他にも何かいろいろ……酔いが回って聞かれるままに答えてしまったような気もする……。
だが、どれだけ思い出そうとしても、ベッドに横になった記憶がない……。
靴は脱いでいるが着衣に乱れはない。だが──……。
ミラノは口元に揃えた指先を当てた。
──……覚えてない……飲み過ぎたんだわ……。
こんな醜態は初めてだ。
気楽にとか言われ続けて気が緩んだのか……いや、人のせいにするところではない。
揺れながら記憶のページを一枚一枚めくると、悪意のない素直そうな子供二人の顔が浮んだ。
──ロレイズ……ディクト……あの子たちはもう、いない。
その事実に何度も酒をあおったのは事実だ。
くだらない話をしても、ふと会話が途切れた瞬間に押し寄せる哀しみは止められなかった。その度、杯を空にした。
考えたくない現実だが、ミラノは顔を背けるのはもっと嫌だった。
忘れないでいるのはつらいから、もういいじゃないかと思う気持ちと、自分自身を律せよと威儀を正そうとする自分がいて、その葛藤を押し込むように杯はあおったような気がする。
どうにかこうにか子供達の事を飲み込めても、今度は自分は元の世界にかえれるのか、キョウをかえしてやれるのかと不安が頭をもたげた。
この世界は、アルティノルドは、霊界は……。
次々と頭の痛くなる事が浮かんで……覚えたての頃のようにゴクゴクと際限なく酒を飲みつくしてしまった。次々と注がれ、与えられ、無料の恐ろしさも実感してしまう。
ミラノも人間で、誘惑には確固たる意思で臨んでも負ける時がある。
居酒屋の飲み放題の酒は悪酔いしそうでほとんど飲まないし、男性に誘われても隙を見せたくなくて1、2杯でやめる。
ネフィリムが出してくれたお酒は口当たりの良い美味しいものばかりで、酒の肴も香りの良いお菓子みたいなのが多かった。おそらく、ネフィリムが女性の好みそうな味として出してくれたのだろうが……。
飲食の必要がなかったぬいぐるみの時は良かった。が、生身だとこういう失敗もしてしまうんだなとミラノは自分のおでこを強く押しなでる。
ふと、横でごそごそと布が動く音がした。
顔だけそちらへむけるとネフィリムがむっくりと上半身を起こした。
「…………」
なぜか、このベッドには自分しか居ないと思い込んでいた……。誰のベッドかと言えばネフィリムのベッドである可能性が一番高かったというのに。
考えが回りきっていなかった事を反省しつつ、しかしミラノには言うべき言葉が見当たらなかった。
「ああ、ミラノ」
彼はにこりと笑って「おはよう」と言った。
「……おはようございます」
「何時だ。寝過ぎた気がする」
わかりませんと首をふるミラノ。
嵌め殺しの窓にはカーテンがかかっているが遮光性が良いらしくおおまかな時間もわからない。
ネフィリムは上体を伸ばし、ミラノのいる側にあるサイドテーブルの上の懐中時計を手に取った。そのままの姿勢で懐中時計をぱかりとあけ、ネフィリムは片眉をひそめた。
「確かに寝坊だな」
言うや、するりとベッドを抜けると立ち上がり、扉を開けて出て行った。
聞きそびれてしまった。
自ら記憶が途切れてしまうような飲み方をしてしまったと暴露する事になるので、足早に去る後ろ姿にはミラノも言い出せなかった。
ひょいと扉の向こうからネフィリムが顔を出した。
「ミラノはゆっくりでかまわないよ。飲みすぎたろう? 侍女に話しておくから支度をしてからパールのところへ戻るといい。きっと心配している」
見透かされているような気がしたが、何か返事をする前にネフィリムは姿を消した。
あちらの部屋からネフィリムと侍女らの声が微かに聞こえているのを、ミラノは所在なげに聞いていた。
聞き耳をたて、ネフィリムが部屋を出た頃を見計らってミラノは寝室を出る。
中年の侍女二人が迎えてくれたが、その満面の笑みはあまりに眩しかった。彼女達はにこやかに「お支度の準備は整っておりますのでご安心くださいませ」とミラノを誘うのだ。
「大丈夫ですよ、ミラノ様。私達はとても口が堅いのです。昨夜、ネフィリム様と一緒に過ごされたことは誰にも申しません」
頼んでいない。きっと誤解がある。そう口を挟む隙を侍女達は与えてくれない。
黙って聞き流すしかないと諦めるミラノへ「ただ、未来のお妃様はミラノ様かもしれませんわねぇ──とは口にしてしまうやもしれませんわね。なにせ、ねぇ?」といってホホホホホと笑って神経を逆なでてくるのだった。
──ああ、ひどい。ひどい大失態だ。
以前は、ぬいぐるみだったり召喚獣だったりで、飲み食いしたいと思わなくて酒に逃げることもなかった。
今回はもう……言い訳のしようもない。アッサリ口当たりの良いお酒に逃げ、言いたいことやこらえがたいことを一緒に飲みこんだら止まらなかった。……記憶のあやふやなところを思えば、飲み込めたかどうか怪しくもなる。
瞑目してため息を我慢するしかない。
「湯浴みの準備も整っておりますよ」
言葉通りだとありがたいが、正直ひいてしまう。何してたと思っているのかしらと思いいつつ、既に彼女たちのなかでは確定しているのかもしれない。
なんとか邪念を振り払い、──いいや、酒の臭いだ、きっとそれで勧めてくれているのだなどと思ってみても、──いや、自分でも覚えてないくせにと自分自身をつついてしまう。
なんとも、自分のことなのに心許ない。
「ありがとうございます。お借りします」
表面上変化の無い対応をしたが、ミラノは心の内側でぶつくさ呟き続けたのだった。
さっさと現実逃避に切り替えられず、こういう動揺をこんなにも続けるのは初めてだと思い至った時、ついに堪えきれなくなった。
「はぁ……」
ミラノには珍しく、ついにはっきりと溜め息を吐き出したのだった。
湯だけ借り、替えが無いので服はそのままでミラノはパールフェリカの部屋へ戻った。
「ミラノー! おかえりー! 待ったわよ! ……あら? 服にたきしめていたのと違う香りが混ざってるわね? どこ行ってたの?」
「てか、ミー姉、飲んでたの?」
扉の前には護衛騎士エステリオが立っており、中へ入れてもらうとパールフェリカが突進してきた。後ろについてきたのはキョウ。部屋の片隅に護衛騎士リディクディが立っているのが見えた。
「パール、ソウェイラ──“うさぎのぬいぐるみ”は?」
「いるわよ! いるんだけど、聞いて? ミラノ! ミラノが戻るまで暇だからってカードのゲームがあるんだけど、キョウとソウェイラとリディとでやってて、もう、全然勝てないの! なんで!? ソウェイラは初めてやるって言うのに、全然勝てないの!」
「強運なのよ~、私」
部屋の向こう、ソファから黒い“うさぎのぬいぐるみ”の耳がぴょこっと出てきた。
「ミラノ、少しはすっきりした?」
「……かわります」
「あら、いいの?」
「お昼ご飯までもうしばらくだろうけど、いいの? 私が食べちゃうわよ?」
「構いません」
大失態の原因は飲み食い出来るこの体が原因だ。離れられるんだから離れてしまいたい。
「あらそう──じゃぁさくっと」
黒い“うさぎのぬいぐるみ”はソファを飛び降りるとその場で黒色の魔法陣を展開した。
「ソウェイラ! 勝ち逃げする気!?」
そこへ再び扉が開き、廊下からエステリオが声をかけてきた。
「トエド医師がおこしです」
「え? トエド? 呼んでないわよ」
黒い“うさぎのぬいぐるみ”に駆け寄ろうとしていたパールフェリカはエステリオを振り返る。
扉の向こうから初老の小柄な男が姿を見せた。薄青い色を基調としたシンプルな衣服を着て、ベレー帽に似た頭巾を被っている。ミラノも見覚えのあるトエドが現れた。
「ミラノ様はこちらですかな?」
「私に用ですか?」
落ち着いた声はミラノのものだ。黒い“うさぎのぬいぐるみ”がソファの方からひょこひょこ歩いて来る。
「あー! もう替わっちゃったのね!?」
「いえいえ、お話は伺っておりますよ。お体の方です」
「あら、はいはい、私ね、何の用? もう行くつもりだったんだけど」
再び“ミラノの体”を乗っ取ったソウェイラが歩みでる。
「腹部を診て塗り薬か、パール様にユニコーンの治癒を施していただくかせよと指示を受けております」
「お腹? え? 怪我してるの??」
パールフェリカは自分も治せるものだから、遠慮も何も忘れて“ミラノの体”の上着を胸下までばっとまくった。
「うわっ! ミラノなんでいわなかったの?」
真ん中が白く抜け落ち、周りは赤紫の点々を打ったような痣がへそ近くに大きく広がっていた。
横から覗き込んでいたキョウが「あー、痛そう……ミー姉我慢強いなぁ……」と目を細めている。
「これがあるから着替えの時に追い出したのね?」
「…………」
パールフェリカに隠したのはこれ以上の迷惑と無用な心配を避けたかったからだ。
「パールお姫様、わかってあげて? ミラノも大人だから怪我なんて言いにくいし、迷惑かけたくないし、色々あるのよ、ね?」
「え~? わからないわよ……ミラノは痛くないの?」
大事に思う相手を巻き込みたくない気持ちならソウェイラにもわかる事だった。
ソウェイラだって、ミラノを巻き込みたくなかった。
「水くさいわよ~……隠すことないじゃ──」
パールフェリカの全てが固まった。次の瞬間、真顔に戻ってトエドを見た。
「でも、トエド、なんであなたがミラノの怪我を知ってるの? 指示って、誰から?」
「ネフィリム様からですが?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「…………ちょっと、なんでミラノまで『え?』なんて言ってるの? ねぇ?」
「………………………………」
長い沈黙の後、黒い“うさぎのぬいぐるみ”はついに現実逃避に走り、ソファへぽふっと座って本格的にぬいぐるみのふりをしたのだった。
「あー、えっと、ごめんね! お姫様。私、これでも忙しいから、じゃあね」
「ちょ、ちょっと! 怪我は!?」
ぴらぴらっと手を振って“ミラノの体”は扉を開ける。
「今度よ! 次よ! 次は負けないんだから!」
「──次があればね」
ソウェイラは曖昧に笑って逃げて廊下へ出て行った。
「くぅー! 悔しい! 私、にいさま達としてても負けた事なかったのに! ねぇ、ミラノ! ソウェイラ、次はいつ来るの!?」
「……さぁ?」
「次は絶対、勝ってやる!」
ミラノは慣れた“うさぎのぬいぐるみ”の体でひょいとソファの上で足を組んだ。テーブルの上には何度か見た図案の多い本が数冊あった。ミラノの為に用意してくれたのかもしれない。そっと手に取りながら、ミラノはソウェイラに思いを馳せる。
──あの様子……次は本当に無いのね……。
「まったくぅ……」
パールフェリカはぶつくさ言いながらミラノの横に座り、カードの裏表を見ていかさまチェックをし、“うさぎのぬいぐるみ”にカードゲームのルールやいかにして勝てなかったかを説明し始めた。
横で、完全に放置されているキョウとリディクディが退屈しのぎに話を始めていた。
「ミラノさまとキョウ君は本当によく似ているよね」
「あ、俺とミー姉だけが似てるんじゃないよ?」
「どういう意味?」
「あのね、そもそも俺と母さんが激似なのね、んで、母さんには双子の姉貴が居て、どっちかってーとミー姉はこっちに似てんの。他人から見たら4人まとめてそっくりさんなわけだけど」
「叔母さん?」
「叔母さん。ミソラ叔母さんは結構前、俺が生まれた頃に……んー、まぁ、亡くなってるけど」
ミラノは後ろの弟達の会話に耳だけを傾けていた。
そう、ソウェイラがアルティノルドに呼ばれた名前も“ミソラ”だった。関連はあるのだろうか……。
「でも母君はやはりお年を召してらっしゃるんだろう?」
「あー、なんか……今だに湯上がりたまご肌。例の化粧品使ってるわけでも無さそうなのにね……だから、ミー姉と一緒に出かけるとまだセットでナンパされてるよ。うわー君達姉妹? そっくり! ねぇねぇ俺らとどっか行かない~? って。てか俺とミー姉の話ばっかじゃん? リディさんもアルフさんも、どうなの??」
開いたままだった扉の向こうにアルフォリスが見えて、キョウはすぐに巻き込んだ。
「なんだ急に、いきなり話をふるな」
「うわ、アルフさん?」
扉の外からエステリオがリディクディを睨む。
「私語禁止。にいさんもよ。パール様、ネフィリム様とシュナヴィッツ様がお起こしです」
「え? うん……これ、この並びでなんで負けたのかしら……」
カードをぽいとソファに投げ、パールフェリカは扉の近くまで兄二人を出迎えた。
「ネフィにいさま、どうしたの?」
「伝えておきたいことがあってね」
「なあに?」
「今日、客人があるが、会っちゃいけないよ?」
「あ~……キリトアーノ王子?」
ネフィリムが曖昧に笑う。
パールフェリカは肩をすくめた。
「前にネフィにいさまがアンジェ姫様につきまとわれてた時の気持ち、すこしだけわかったわ」
「そうかい?」
「でもにいさまはまだいいわよ。アンジェ様は一途に想ってくださってたでしょう? キリトアーノ王子って遊び人でしょ? そんなのに嫌々付きまとわれてるなんて、こっちも心底嫌だわ」
「だから毎回会わなくていいと言ってるだろう?」
パールフェリカが、ネフィリムの状況を案外わかっていた事に感心しつつもネフィリムは苦笑する。
ネフィリムはぽんとパールフェリカの頭に手を置き、シュナヴィッツとその護衛ブレゼノを伴って部屋を去った。
去り際、ネフィリムはちらりと“うさぎのぬいぐるみ”を見ていた。ちゃんとパールフェリカの元へ戻っているのかを確認したようだ。
パールフェリカは鼻で息を吐き出すとソファに戻った。
「気のない人に付きまとわれるって嫌ね」
「パールは大変ね」
「あーんもうっ、ミラノ! わかってくれる? わかってくれる? 私も嫌、あっちも嫌、最悪じゃない??」
結局カードをばらばらに放り出してパールフェリカは黒い“うさぎのぬいぐるみ”に抱きついた。
その後ろでまた私語が再開されている。元凶はもちろんキョウだが。キョウがいると誰かしらが口を開いてしまうようだ。
「あれ? アルフさんはいいの?」
「俺はミラノ様の護衛を仰せつかったよ。レザードが空くまでだが」
「そだ、さっきの話! アルフさんの妹さんでしょ、あの扉の向こう居るの、サリアちゃんに聞いたよ」
「ああ、エステリオだが。おまえらは何の話をしてたんだよ」
「え? ミー姉はナンパされまくってたって話じゃなかったっけ? あれ? 違った?」
「少し違うと思うけど」
苦笑するリディクディ。
「エステルは男にモテないぞ? 理由は並の男じゃ太刀打ち出来ないくらいに強すぎる上に男勝りなせいだな。本人もパール様命で男に興味がないらしいし」
「え!? ……そうか……そっちか……」
「そっち?」
「あ、いやっ! あはは……は──えーと……へ、へぇ~、妹さん、目しか見えないんだけど、あ、これはリディさんもか」
リディクディがマスクをちょいちょい引っ張りつつ言った。
「昔、物凄く昔だけど、ガミカでは貴人の前で顔を晒すのは無礼にあたるっていうんでこういう布を巻く習慣があったんだ。今はほとんど無いけどね。俺とエステルが着けてるのは、陛下が……陛下はパール様の事となると、パール様はあまりご存知ないみたいだけど、端から端まで心配されるんだ。だからキョウ君が今近くに居るのも結構、ピリピリしてるかもよ?」
「え!? マジで!? お、俺首チョンパはヤだよ!?」
「ないない、陛下がそんな事するか。姫様に手を出したらわからないが」
「出さないよ、俺ロリコンじゃないもん。色気ムンムンのお姉さんが好き」
「女の子なら誰でも良さそうに見えるけど?」
聞き耳を立てていたらしいパールフェリカが私語全開だった男三人の前で仁王立ちになっていた。
「うぉおおお!? パ、パールちゃん、いつの間に!?」
アルフォリスとリディクディは慌てて横並びで敬礼した。
「キョウったら本当、誰かれ構わず仲良くなっちゃうのね」
「いやぁ~、俺基本的に人が好きだからさぁ」
パールフェリカは腰に手を当てたまま、アルフォリスとリディクディを見上げる。
「あなた達二人がそんなにおしゃべりだなんて、知らなかったわよ」
ついーっと護衛騎士二人はパールフェリカ姫から視線を逸らした。
何故か「護衛騎士がそれでいいの?」と説教を始めたパールフェリカの横を、キョウはこっそりと抜け出す事に成功した。
ソファの背もたれから身を乗り出して“うさぎのぬいぐるみ”に耳打ちした。
「──ねぇ、ミー姉さぁ、さっきからずっと気になってんだけど」
「……何」
「酒の臭いに混じってネフィリム王子の香水の臭いがしたんだよ。結構強めに」
飲んで、湯浴みはしたがそのままネフィリムの寝台を使った服を着ているのだ。香りが移っていたとしても仕方ない。
「……」
思わず一瞬だけページをめくる手を止めてしまったミラノ。
黒い“うさぎのぬいぐるみ”の姿は無表情で考えを読まれる心配が無い。“うさぎのぬいぐるみ”の姿も良いと思った。
「昨夜、いなかったんだって? どこいってたの?」
「……」
この弟、絶対に気付いている。
「ネフィリム王子すっげぇイケメンだし、何せ王子様だし? ミー姉には彼氏も居ないし、いや、全然良いと思うよ、俺!」
からかおうとしているのがみえみえだ。溜め息を我慢し、ミラノも気になっていた事を口にしてやる。
「……キョウ、パールはダメよ」
さっき聞こえた話は恐ろしいものだ。
何より、パールフェリカのキョウに対する態度が一番気に掛かる……。
キョウは高校の時にフラれて以降、女性関係がだらしない。
異世界の少女に手を出すんじゃないかと心配になった。まして、その少女はミラノが世話になっているパールフェリカ姫。キョウへの禁忌だと言い放ってやりたいくらいだ。
「は?」
「パールはまだ子供、ダメよ」
「え? は? なに?」
「パールはダメと言っているの。パールに懐かれても、だめよ」
パールフェリカの行動がミラノには気に掛かるのだ。キョウが関わるとすっ飛んでいっているように見えて仕方がない。
「え? ちょ、ちょっと! ね! ミー姉! ミー姉の目には俺がその、そういう風に見えてるってこと!? ちょっと! 俺、そっち行っちゃいそうなの!? え? パールちゃんって俺が流されちゃいそうな子なの?? ね!? ちょ、ミー姉が言うと洒落になんないんだってば! ちょっと!!」
「何よ、キョウ、私がなんだっていうの?」
戻ってきたのは確かにパールフェリカだった。ただ、既にキョウに絡む時はやや怒りモードになっているパールフェリカ。
周囲からすれば一体何が気に入らないのやらと首を傾げるところだが、ミラノには妬いているようにも見えて恐ろしい。
「もう、なんにも無いってば、無いよー!」
キョウはするりとパールフェリカの横を抜け、部屋を出て行った。
廊下に出ると途端に静かでキョウはほっと息を吐き出した。
エステリオに外を見られる場所を聞いてキョウは言われた通りに向かう。途中、ぽつりと呟いた。
「気になるって言えば……ちょっとな……顔は全然似てないんだけどな──ネフィリム王子……ほんのちょっとだけど似てんだよな」
キョウはぽりぽりと頬をかいた。
「……ナツ兄と」
共通点“兄貴だから”ってだけかな、とキョウは一人首ををひねったのだった。
それぞれに、それぞれが、細かい気がかりはあった。
滅びの危機が迫っているとは思えないほどの平和な時間は過ぎて、去って行く──。




