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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【6th】the second love - | ||taboo|| |
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(1)

 街外れから移動していなかったパールフェリカとネフィリムの元に、シュナヴィッツが白銀のドラゴン・ティアマトに乗ってやって来た。崩れかけた屋根の上、滞空するティアマトに騎乗したまま声を投げてくる。

「兄上、こちらにおられましたか──パ、パール?」

 ネフィリムは一つ頷くとパールフェリカに「エステリオと城に戻りなさい」と告げ、フェニックスに飛び乗る。シュナヴィッツがパールフェリカも居ると気付いた事は横に置いている。

 フェニックスをティアマトの隣まで上昇させ、ネフィリムは問う。

「状況が知りたい」

「情報らしい情報はまだ……空から見たところ、思ったほど被害はひどくなさそうです」

 そのままティアマトとフェニックスはさら空高く飛び上がっていった。

 パールフェリカはただ見送る。

 国のことは、まだ何も出来ない。



 ソウェイラがガミカ王都に戻ると、朱色の景色にトンカンと木槌を打ち鳴らす音が聞こえた。

 常々モンスターと向き合っていたガミカの民は強い。

 軽傷者は居ても重傷者、死者が居なかったのも幸いだった。

 破壊された家々の修復費はすべて国が負担すると今日の内に約束された。

 寝泊まりに困る者は城の兵士詰め所へ避難せよとの通達も行き届き、ほとんどの民に深刻な影響は無く終わった。

 ガミカは一月もせぬ内に復旧するだろう。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”を小脇に抱え、静かに風の中に立つ“ミラノの体”──ソウェイラ。彼女はふうと一息吐いて呟いた。

「人の営みって、素敵よね……」

「……はい?」

「困難に立ち上がる姿は美しいわ」

「……あなたとパビルサグが破壊したんですが?」

「あはっ! そうだっけ~? ごっめ~ん!」

「…………」

 ソウェイラは王都の端からこっそりと地上に降りた。

 しばらくは消耗著しいであろうパビルサグも介入してくる事はないはずなので、ゆったりとしたものだ。はじめからこうしたかったのだが。

 人通りの無い路地をふらふらと歩いていると銀色のドラゴン・ティアマトと火の鳥“炎帝”ことフェニックスがすぐさまやって来た。

「見つけるの早いわね~。どうやって見分けてんのかしら」

「……」

「ミラノ、どうすんのよ、二人も虜にしちゃって」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はふいと顔を逸らしてしたっと地面に降りた。

「モテるのも考えものよねぇ~。ミラノって私より乳もでかいし、大変ね」

「…………」

 乳の関連性について疑義を抱いたが、答えづらい事ばかり言うソウェイラは無視につきる。ミラノは召喚獣から降りて駆けてくるシュナヴィッツとネフィリムをちらりと見る。

 ……一人は“ミラノの体”を見ており、もう一人は黒い“うさぎのぬいぐるみ”を見ていた。



 ミラノの実体を乗っ取ったソウェイラは王子二人に送られて城に戻った。

 パールフェリカと再会した後、ソウェイラは「ミラノの為に着替えたい、服を貸して!」と言い、全力で答えるはパールフェリカの「当然! 任せて!」という元気な声。

 パールフェリカの寝室に集められた衣服は以前の神の召喚獣騒動の時と同じような型だが、形や柄はパールフェリカの着ているもののそっくり色違い。

「……パール、これ……」

「作らせてたの!」

 パールフェリカは満面の笑みで「ミラノに着てもらえる日がくるなんて!」と感動していた。

 白基調のパールフェリカに対し、薄いエメラルドグリーンのジャケットとハーレムパンツ。パールフェリカの装飾具はすべて金だがミラノには白銀。赤いシャツはミラノには艶はないがさらさらの黒いものだった。黒髪との色あわせかもしれない。

「これはいらないわ」

 用意されたティアラをミラノは“うさぎのぬいぐるみ”の手にとってパールフェリカに返した。

 あまりに「お姫様お姫様」しすぎていて、自分の体が身につけるには抵抗が大きすぎる。

「あら、可愛いのに──」

 ミラノは赤い瞳で睨んでソウェイラの言葉を遮ったが、被せるようにパールフェリカも「うそ! 可愛いのに!」と叫んでいた。

「……」

 ちゃんと監視しておかないと結託されてどんな格好をさせられるかわからない。

 一式揃うとミラノは「着方は覚えている」と言ってパールフェリカや侍女らを追い出した。

 パールフェリカは残念がってしぶって扉にしがみついて抵抗したが、ミラノの「おねがい」という一言で退散した。

 寝室でソウェイラと二人きりになって、ミラノは目の前の自分の体の上着を“うさぎのぬいぐるみ”の手でたくし上げた。

「…………ひどいですね……」

 腹には手のひらより大きな痣があった。パビルサグに踏まれた場所だ。

「うーん。──った……痛っ。そうね、押すか力を入れると痛いわね」

「……」

「すぐ治るんじゃない? 何よ、足は治ってるでしょ?」

「足がそのままだったら私はもっと怒っています。体もすぐにかえしてもらっています」

「ごめんごめんて。なんとか全部、うまい方向にもっていけるように頑張るから!」

 ばたばたと着替えた後は黒い“うさぎのぬいぐるみ”を除いて夕食をとった。

 今日だけだからとパールフェリカは自分の部屋に食事を運ばせた。

 父王や兄らと食事を取る部屋もあるが、3人とも忙しくて一緒に食べられないと聞いて気楽な部屋で落ち着いて食べたかったのだ。

 今回の食事の為に運び込まれたテーブルでパールフェリカとキョウ、ソウェイラが一緒に食べた。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”は一人背を向けてソファに座っている。

「やっぱ昼も食ったけど、肉、めっちゃ柔らかいよね。味付けシンプルだけど」

 相変わらず肉の正体を知らないまま勢いよくがっついているキョウを余所に、食卓にミラノがいないのがつまらないのかパールフェリカは肉の端をフォークでツンツンしている。

 ソウェイラはパールフェリカに声をかける。

「あいさつがまだよね? はじめまして、お姫様」

 パールフェリカはぱちくりと目を瞬いた。そう言われればそうで、失念していた。咄嗟にはじめましてと言いかけて口をもごもごさせた。

「ミラノの姿にまた初対面の挨拶なんてしたくないわ。あなたも、早くミラノに体を返してあげて?」

 ソウェイラは肩をすくめてふふふと笑う。

 パールフェリカはフォークを置いてしぶしぶソウェイラの方を見た。

「パールフェリカよ。パールでいいわ。ミラノの姿で様付けは嫌」

「ねぇ、ミラノのこと、好き?」

「へ?」

 パールフェリカは一瞬目を丸くした。

 ミラノ本人から言われているように錯覚したのだ。言うはずはないのだが。

 本人は部屋の片隅のソファの上だが、会話は聞こえているだろう。

 ソファをちらりと見ると背もたれからはみ出た耳がぴくりと動いていた。

「好きよ」

 即答出来る問いなのでパールフェリカも余裕に笑う。

 キョウはといえば取り皿に肉を追加してもごもご口いっぱい頬張っていた。

「あなたがミラノをこの世界に召喚したのね?」

「ええ、そうよ」

 ソウェイラは大満足とばかりに大きく息を吸い込んで笑みを浮かべた。

「“秩序”を打ち破った存在なんて初めて見たわ。すごい! パールフェリカ姫、誇んなさいよ、並々ならない事よ!」

「ぇえ? 言ってる意味がわからないわ」

 ソウェイラは隣に座るパールフェリカの頬にそっとふれた。目をぱちくりさせるパールフェリカの頬から手を戻し、ソウェイラは微笑む。

「クーニッド産ならなんでもいいわ、クリスタルある?」

「クリスタル? うん、ちょっと待って」

 つい、中身は違うとわかっていてもミラノの顔に笑みが浮ぶと舞い上がって言うとおりにしてしまうパールフェリカ。

 即座に寝室へ駆け込み、“神の召喚獣”騒動の折にミラノが身につけていたクリスタルのネックレスを持ってきた。これはミラノとは二度と会えないと思って形見のように大事にしまっていたのだ。

 ソファの背もたれの上に“うさぎのぬいぐるみ”の顔が見えていた。赤い瞳はソウェイラを見ている。

「……どういうつもり?」

「ミラノは口を挟まなくていいの」

 両者の間をぱたぱたと駆け、パールフェリカはソウェイラにクリスタルを差し出した。

 ソウェイラはネックレスを受け取ると瞳を閉じ、ゆったりとした動作で青く光るクリスタルにそっと口付けた。

「──あなたにも祝福を」

 顔を上げてパールフェリカを見るとソウェイラは微笑んだ。

「ずっと身につけていなさい」

 パールフェリカの首にネックレスをさげてやる間、ソウェイラは笑みを絶やさなかった。

「……」

 上目遣いで“ミラノの笑顔”とクリスタルを見比べるパールフェリカ。

 ソウェイラは自分の手元とクリスタルを眺めたまま告げる。

「世界を曲げて、あなたはミラノを選んだ。意志を通した。そんなあなたなら、きっと何度でも“秩序”を越えられる」

「どういう意味なの? さっきから」

「このクリスタルには“私”の力が込めてあるわ」

 ソウェイラは顔をあげてパールフェリカの蒼い瞳を見据える。

「あなたなら使いこなす。使い方も、あなた次第よ」

 ソファ越しにミラノはクリスタルをじっと見つめる。

 ソウェイラの力──“はじめの人”の、創世の神の力──……。

 パールフェリカが指先でクリスタルを弄っているのを見てから、ミラノは再びソファに深く腰を下ろした。

「──で」

 ソウェイラは椅子に座ると正面に居るキョウを見た。

「悠希とミラノによく似たあんた──誰?」

「え? 俺? てかユキ? 母さん?」

 ソファの向こうで黒い耳がテーブルの方を向いた。

「いやー、ミー姉の格好で誰? って言われるのも結構こたえるなぁ」

「身内?」

「そうだよ。弟」

「…………もしかして、二十歳か二十一歳?」

「すげぇ! わかる? 俺割と童顔って言われるんだけど」

「“霊界”に嫌われる?」

「はぁ? 意味わかんない」

 ソウェイラは目を細めて小さく息を吐いた。

「オーケイ、よくわかったわ……なるほどね……」

「何がなるほどなの。あんた失礼だな。そっちこそミー姉の体乗っ取ってさ、誰なんだよ?」

 ソウェイラはうふっと笑った。

「知りたい? 知りたい?? すっごく腰抜かすわよ?」

「え、聞きたい、聞きたい!」

 そわそわと突き出した耳に手を当てるキョウへ、ソウェイラは歩み寄ると大きな声で「わぁっ!」と叫んだ。

「ふふ…………可愛い」

「い、痛ぇ! 何すんの!? あーもぅ、むしろ耳痛ぇって! 」

 ソウェイラが──ミラノの姿をした人物が出た行動に呆然とするパールフェリカ。

 ソファの向こうではミラノが当然ながら顔を逸らして呆れていた。

 食事が終わると皆、パールフェリカの部屋でくつろいだ。

 ミラノは相変わらず黒い“うさぎのぬいぐるみ”のままではしゃぐパールフェリカに振り回されているし、キョウは片付けをする侍女らに話しかけて邪魔をしている。

 ただ、ソウェイラの姿は無かった。



 外見は“ミラノの体”という事もあってパールフェリカの客として城内を自由にまわって良いという許可を得ており、ソウェイラは感覚を頼りに動き出していた。

 が、ソウェイラは足止めをくらう。

「いかなミラノ様でもこちらのお品はネフィリム様の大切なもの。お通しするわけにはまいりません」

 目的は“光盾”が掘り当てたお宝──不純物を含む大クリスタル。

 運び込まれているという地下搬入口に特設された小屋の入り口で衛兵に阻まれた。

「あの王子様の許可がいるっていうのね」

 腕を組み、ソウェイラは考え考え城の中を歩いた。

「……無理に押し入るのは簡単なんだけど……」

 ミラノは嫌がるだろうし、無用な騒ぎで動きにくくなるのは困る。

 他にも用事はあるのだし、あの王子──ネフィリムにも一度は掛け合ってみようとソウェイラは決めた。



 パールフェリカがここ4ヶ月間にあった事を嬉々として話してくる間、しかしミラノは昼過ぎの事を思い出していた。

 ソウェイラがアルティノルドを封印し、森や山を消滅させつつパビルサグを“霊界”へ放り込んだ後の事だ。

 彼女は黒い“うさぎのぬいぐるみ”のミラノを抱えたまま、王都へと空を飛んだ。

 その最中、ソウェイラがミラノに告げた言葉がいくつかある。

 記憶を反芻するだけで一人でわいわいと賑やかに話すパールフェリカの声すら届かなくなる。

 飛びながらだったので風の音は大きかったが、不思議とソウェイラの声ははっきりと聞こえた。

「わかりきってる事だけど、気付いてないだろうから言っておくわね」

 ソウェイラはそう前置きした。

「“秩序”は、ミラノ、あなたのアセンションを狙ってるのよ──私の後継者として」

「あせん……?」

 聞き慣れない言葉に問い返すと、ソウェイラは曖昧に笑った。

「そうねぇ、なんだろ……? どういうのかしら……うーんと、高次存在への昇華? ってとこかしら?」

「──かみ砕いてもらったみたいだけど……わからないわね」

 ソウェイラはただニマっと、しかし寂しげに笑う。

「私がうまくやれなかったから……本当にごめんなさいね。だからこそせめて、この“危機”は私が回避するわ。その為にももう少し、この体は貸しておいてね」

「“危機”? 天使達が滅びると言っている状況?」

「天使? あの子達にわかるのかしら? それより“秩序”の方が厄介だし……」

「“秩序”……?」

「世界の辿るべき正しい道筋」

 ソウェイラはきっぱりと言った。

「……それは神さまとかではなくて?」

「アルティノルドもそうだけど、世界の力の源であり管理者にすぎないのよ。その世界に住む者には都合も良いし、わかりやすいからそう呼ばせるのよ。“秩序”こそが世界を越えた全てを支配しているの」

 ミラノはすいと目を逸らした。理解しがたい。

「そうねぇ~。例えば、物語においては作者の意図であり読者の要望……みたいな力ね。実際はそんな優しいものではないけど」

「……もっとわかりにくいわ」

「ミラノは読書好きでしょ? あわせてあげたのに」

 苦笑するソウェイラ──いや、アルティノルドの呼んだ名は“ミソラ”だった。

 ──……もし、彼女がミラノの考えるミソラと同じ人物だとしたら──だから、読書が好きという事まで知っているのか。だが、そうだとしても、何十億年も前にこの世界を生み出せた理由がわからない。

「いい? これだけは守って。あなたへ“秩序”を向かわせない為よ。召喚術を使ってはだめ。召喚術があなたの禁忌よ」

「禁忌って……」

 大げさだとミラノは思ったが、ソウェイラは至って真剣な声音で続けた。

「簡単に言うとミラノ。あなたが死ぬ事を“秩序”は望み、そのきっかけを待っている──召喚術を使う事は“秩序”にきっかけを与えてしまう」

「…………」

「“秩序”は生半可な根性で太刀打ち出来ないわよ。私もさっき負けたばかり……あなたが無事、望む未来を切り拓ける事を祈ってるわ」

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