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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【6th】the second love - | ||taboo|| |
173/180

(173)彼女の本気(1)

(1)

「私は、この世界を……」

 ばらばらに砕けた“炎帝”の炎の欠片が散り散りに消えていく真ん中で、“ミラノの体”を乗っ取っているソウェイラは小さく呟いた。

「護りたいのよ」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はソウェイラの片腕に抱えられていて、そこからこっそりと見上げていた。

 ソウェイラは苦しそうに笑っているのだ。きっと、隠しきれない何かに捕まっているのだ。

 つかみにくい“うさぎのぬいぐるみ”の視線だが、気付くと彼女はこちらを見た。

「わかる? わかっちゃうのね? 未来希。言葉にする必要がない感情の、魂に溢れる様が」

 何故、それをつらそうに言うのか。何故、笑みの形に顔を歪めるのか。

 赤い刺繍の目で彼女をしげしげと見上げるが、鏡で見慣れた自分の顔だというのに、心根が読めなかった。自分はこんなに感情の読みにくい面をしていたのかとミラノは思った。

 この世界を護りたいと思う気持ちは同じはずなのに重さが違う……その覚悟の違いが垣間見えた気がしたのだ。

 自分には無い感情をソウェイラは持っていて、だから、見慣れた顔に見た事の無い表情を乗せるのだ。

 声が届く距離にパビルサグの半人半馬の姿が見えた。様子を見に来たらしい。

『こんだけ派手にやりゃもうソウェイラ、“秩序”が黙ってねぇぞ』

「派手にしたのはお前よ。パビルサグ」

 空の上、そう言うとソウェイラは一気に1歩の距離まで半人半馬に詰め寄った。

『うお!?』

 パビルサグは声を上げて飛び退るが、ソウェイラはミラノを抱えたまま追う。

 後ろへ下がって行くパビルサグをソウェイラはしつこく1歩の距離のまま追い続けた。むしろそれは気色が悪い。

「馬鹿ね。この体を今、私は──私が“きせきの人”を乗っ取ってんのよ、その上この世界で──」

 馬の足をばたつかせて退がるパビルサグに、昏い目のままソウェイラは続ける。

「この世界で“はじめの人”たる私に出来ない事なんてないのよ?」

 ミラノは目を見張る。

 ずいずいと追い詰めているだけなのに、低く何かが吸着するような音とともに、パビルサグの肩、腕、馬の体、足が握り拳分ずつ、何かにすくい取られてでもいるかのように消え失せる。絵なら、空色のスタンプを押してでもいるかのように体が溶け消え、失くなった箇所が空に混じっていくかのようだ。

 体の部位が消えていく度、パビルサグは息を飲んで速度を上げて退くが、やはり奇妙な様子でソウェイラは1歩の距離を維持したまま追い続ける。

 パビルサグの顔色がいよいよ青ざめる。

『くそ! 俺の気持ちも少しは察しろというんだ! “柱”のお前が払う代償は俺が“門番”への降格で済んだのとはわけが違うんだぞ!』

 すうっと“ミラノの体”の目が細くなり、艶のある唇がゆっくりと動く。

「──だから?」

 すでに、パビルサグは体の3割が抉られ、失せている。この奇妙な攻撃をされると血はでないらしい。断面はただ黒い。

 ソウェイラを強く睨み、パビルサグは背を向けて一気に飛び去り距離を空けた。彼の呟きが風に紛れて届く。

『──起こすしかねぇな……!』

 パビルサグの飛んだ方角にあるのはクーニッドの森だ。

 アルティノルドの眠る大クリスタルのある場所だ。ソウェイラは表情を険しくする。

「馬鹿……! そんな事させるわけないでしょう!?」

 咄嗟の事でソウェイラは失念している。

 アルティノルドに会わせたくないと思っていた黒い“うさぎのぬいぐるみ”のミラノを小脇に抱えたままパビルサグを追っていた。

「………………」

 声もかけずなりゆきを見守り、あっさり空気化してしまうミラノもミラノなのだが。



 パビルサグと“ミラノの体”を乗っ取るソウェイラが王都上空からいなくなった頃から、召喚獣や召喚霊──召喚術の制御が人の手に戻り始めた。

 遅れたように一気に回転して、ネフィリムの足元の魔法陣からフェニックスが姿を見せた。

 人が騎乗出来る大きさで、路地の壁と壁の間を器用にゆらゆらと飛んでいる。

 城に近い空にもティアマトを中心とした飛翔召喚獣の編隊が姿を見せ始めていた。

 ソウェイラとパビルサグが激突する空の異変に気付いても、王城でも召喚術が発動出来ずに今頃の出撃になったのだろう。

 エステリオの赤ヒポグリフも落ち着きを取り戻してケロリとしている。

 リディクディの聖ペガサスも、今更ながら姿を見せて悠然と上空へ飛び上がっていく。

 パールフェリカは薄桃色のユニコーンの首にしがみついていたが、ふと顔をあげた。

 大人しくなったユニコーンの瞳を覗き込む。穏やかな黒い瞳がパールフェリカを静かに見下ろしてきていた。

 先程まで暴れていた気色は微塵も思わせない。こうなるとパールフェリカの方が困惑してしまう。

「えっと……その──おねがい」

 ぽつりと言ってしがみついていた首から離れた。

 ユニコーンは小さく首を揺らして角をほんのり光らせ、ネフィリムの方を向いた。

 ネフィリムは“ミラノの体”とパビルサグのいなくなってしまった空を見上げていたが、温かな癒しの光に気付いてユニコーンを――パールフェリカを見た。

「パール、ありがとう」

 ネフィリムの礼にパールフェリカは言葉を詰まらせた。

「私に出来る事って、みんなが大変になって、辛くなってからでないとないの。全然、助けにならないわ……」

 しょんぼりと下を向いたパールフェリカにネフィリムは笑みを投げかけて「そう言うものじゃない、ユニコーンがしょげてしまうよ? パール」と言った。が、妹はどうも、深刻に悩んでいるらしい。聞こえているのかいないのか、反応がない。

 ネフィリムは小さく嘆息してから真面目な顔をした。

「助けになっていないわけがない、パール。逆だ。つらく、大変な時の助けほどありがたいものはない、もっと自信をもっていい」

 引き結ばれていたパールフェリカの口が少しだけ開いた。ゆっくりとネフィリムを見上げる。ハの字の眉と、ヘの字の口をしていて「自信……?」と呟く声は今にも泣き出しそうだ。

 ネフィリムは呆れを心の内側に隠し、口元に笑みを、真剣な眼差しを妹に傾けて一つ頷いて見せた。

「ユニコーンの力は創造神アルティノルドの再生の力を分け与えられたもの。それを使役出来る召喚士はパールだけだ。確かに私やシュナの“炎帝”やティアマトのような破壊力はユニコーンにない。ただ、種類が違うんだ。癒しの力は比較のしようもない大きなものだ」

 これだけ言ってやっても納得しないパールフェリカに、ネフィリムは一つ思い当たる事があって本心から笑ってしまった。

「さすが、ミラノの元召喚主とでもいうか──性格は違うというのに」

 パールフェリカが顔を上げた。

「魂の色が近いのかな、似るんだろうね、ミラノとは。ちっとも自分の価値を理解しない」

 ネフィリムは痛みの消えた腕を伸ばし、パールフェリカの頬を撫でた。

 ふと、脳裏をよぎったのは妹と同じ13歳のロレイズだった。

 ディクトと想いを通わせながら、腹には望まぬ子が宿っていた。

 ロレイズの父である宰相キサスとは毎日のように顔を合わせているが、彼の心情を思えば胸が痛む。我が事と置き換えたなら、正気でいられる気がしない。

 ネフィリムは数秒目を閉じてから、深い蒼色のパールフェリカの瞳を見下ろした。

「パール」

 妹の前では珍しく深刻な色を宿す瞳を、パールフェリカは茶化す事無く「──はい」と応えて見上げた。

「私という存在にとって、パール、君は私の命を懸ける価値のある存在だ。それは別にユニコーンを召喚するからというわけではないよ?」

 意図を理解しきれず、ただ言葉通りに聞いてパールフェリカは片頬を膨らませた。

「何言ってるのよ、にいさま。将来ガミカの王様になるにいさまの命なんて懸けちゃだめよ。グーで殴るわよ」

 言葉は違うがミラノと似たような返事にネフィリムは口元を綻ばせた。

 パールフェリカにしてみれば、その死を目撃した事のある兄に庇われた事がひどくこたえているのだが。

「──伝えるのが難しいね。言葉に出来ないこういう気持ちをいつか、パールも誰かに教えてもらうといい」

 ネフィリムは微笑を浮かべながら「私では教えてあげられないからね」と付け加えた。そうして、ネフィリムは自分が教えてあげたい人を心に思い描いた。初恋の思い出に心が捕らわれているなんて──彼女もきっとまだ、知らないのだ。

「……にいさま?」

「人には自分の命よりも……自分の存在よりも大切なものがあるという事だよ」

「……自分より……も?」

 兄が微笑むのをパールフェリカはじっと見ていた。

 最近、考え込んでいた事と逆の事を兄は言っている気がする。

 パールフェリカはずっと自分とは、自信とは何かを考え尽くしていた。

「家族でも恋人でもいい。心から愛し、自分も差し出せた時、びっくりするぐらいささいな悩み事は減るよ、パール」

 ミラノにはたしなめられてしまったが、ネフィリムは今もやはり父王やシュナヴィッツ、パールフェリカの為なら命を投げ出せる。もちろんミラノに対しても……──。

「……それは、価値?」

 パールフェリカの問いは幼さばかりが目立つ声音だった。

 人という生き物は、己の為や自己中心的な考えを持った時、知らぬ間に悩み、苦しむ。悩みや惑いは行動をくもらせ、平気で人を傷つける事が出来るようにもする。

 だが、自己をちょっと横に置き、誰かの為に動く時、迷いの大半は消えている。自分本位ではなくなった時、誰かの為に傍若無人な振る舞いは出来なくなる。

 違えてならないのは、誰かの為の自分ではないと知っていること。自分だから誰かの為になにかできると悟ること。

 自分の為ではなく誰かの為だから無茶な欲もなくなる。同時に、卑下する事なく自分の大切さも知る事が出来る。

 とても純粋に、まっすぐに生きられる。

 ネフィリムは未来の王でも一人の男でもない――兄として多くの言葉を飲み込み、曖昧な笑みで応えただけだった。

 兄弟だからこそ、立ち入れない距離というものがある。

 誰かの為の幸せを祈る事が好きを現す片思いの形だとするならば、ネフィリムが今言った事は愛おしいという感情を行動化させた時に得られるものだ。誰かを愛おしいと思った時、人は自分も許せるようになる。

 ネフィリムは当たり前のように己の在処を心得ている。

 パールフェリカはパールフェリカで見つけなければならない。それは兄だからと言ってどうこう口出し出来るところではない。

 せめて歪まぬように見守ってやる事しか出来ない。ネフィリムが直接幸せにしてやれないのと同じだ。

 いつか、パールフェリカにも気付いて欲しいとネフィリムは思う。

 言葉に出来る価値だけが人を推し量るのではないのだと――。

 人が人を慈しみ愛おしむ時、もう価値などでは計っていないのだという事を――。

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