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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【6th】the second love - | ||taboo|| |
172/180

(172)滅びの気配(3)

(3)

 薄く白い雲の隙間を縫って夏の光彩が木々に降り注ぐ。

 森を抜け、ソウェイラは王都の上空に飛び出た。

 屋根よりやや高い高度では、軍用にはならない飛翔召喚獣がゆっくりと飛んでいる。速度も遅く、人も運べない召喚獣は、小型の荷物や手紙などを配達する仕事が与えられる。

 街中まで降りれば雑踏の賑わいがあるだろう。

 今、人々の営みより高いところにソウェイラはいる──。

 王城から城下町まで勾配のあるガミカ王都において、ソウェイラは王城最上階に匹敵する高さに浮いていた。

 風にスカートがバサバサと揺れる。

 王都の端の空で、ソウェイラは追撃されない為にと巨大な魔法陣を一気に展開した。目くらましだ。

 きらきらと七色の光を発する魔法陣は夏の日差しに紛れて街の人には気づかれない。だが、同じ高さで突っ込んで来たパビルサグは突然の光に目を灼かれた。魔法陣という光の蜘蛛の巣に絡め取られた格好だ。

 パビルサグが足を止め、細目を開けようとした時に聞こえたソウェイラの声は判別出来なかった。声の抑揚が嘲りであったという事だけはわかり、カチンとくる。

 辺りの光が消え失せて目も慣れた頃、パビルサグはソウェイラの姿を完全に見失っていた。

「…………」

 苛立ちに奥歯をぐっと噛んだが、気にするところではないと気持ちを切り替えた。

 隠れた相手はおびき出せば良い。

 パビルサグにとって重要なのは“霊界”との境界だ。

 ぷかぷかと“霊界”の中に浮いているだけの世界の事など、ましてやその中の小国の事など知るものか。

 眼下を見下ろし、両手を街並みに向けた。

 ぐんぐんと光という形で力が集まる。同時に高度を下げ、城下町に近付く。雑踏の声がはっきりとしないながら聞こえるあたりまで降りると、パビルサグは目を細めた。

『この世界に干渉するには、こんくらいか……』

 野蛮で獣じみた──体の半分は確かに獣だが──外見の割りにパビルサグは神経質だ。

 細かく調整した力を一気に解き放つ。

 手の平に生まれた白い球体から、数十数百の火線が飛び出して雨のように街へ降り注ぐ。

 白い火線は軌跡の尾を引いてまっすぐ落下したり、あるいは弧を描いて遠方へと飛んで行く。

 パビルサグは何百という勢いの反動を全身に感じながら、そのまま移動して再び火線を放つ。

 城下町のあちこちから爆音と火炎、大量の煙が空へとのぼりはじめる。同時に、人々の悲鳴も多く聞こえてきた。

 言う事をきかないソウェイラに腹を立てながらも、パビルサグの狙いは正確に人のいない場所、被害を最小限に留められる範囲に限られていた。

 爆音や火炎も、人が逃げた後の屋台や無人の路地から溢れている。もちろん悲鳴は火線から離れたところから。

 止まずに放たれる数千の火線は何もない壁や地面に落ちていく。

 大地にどすどすと降り注ぐ閃光は全て、人々が無事逃げおおせて誰もいなくなった場所に落とされていたのだ。

 ただの腹立ちまぎれの無差別攻撃ではなく、ソウェイラをあぶり出す為なので理性的に打ち込まれていた。

『──俺って優しい……!』

 眉をぎゅっと寄せてつぶやき、次の攻撃を準備しているパビルサグの横っ面に、重い蹴りが沈み込んだ。

 口を縦に割って、唾を垂らしながら『ぐえっ』と情けない声を上げるパビルサグ。

 もちろん蹴ったのは“ミラノの体”を操るソウェイラだ。

「何考えてんのバカ! 死ね! さっさと死ねっ!」

 ミラノを知る人物が聞いたら顔を背けたくなる暴言をソウェイラは言い放つ。

 顔を歪めながらもパビルサグは“ミラノの体”の足を掴んだ。

 さっき空で展開した流れと同じだ。

 ソウェイラの手にはまた光が集められ、パビルサグに向けてどすんと閃光が飛び出す。

 想定内──パビルサグは首を前へ倒して避けるとソウェイラの足を一気に引っ張った。

 ソウェイラの「ぃやだ! ちょっと!」という色気も何もない悲鳴が響く。手はスカートを押さえている。

 次の瞬間、背後から二人を白い光が染め上げる。

 パビルサグの避けたソウェイラの攻撃が、後ろの小高い丘に激突、轟音を上げて爆発したのだ。

 土煙とともに巻き上げられた軽い草が、根に絡んだ土をこぼしながらはらはらと風に舞い上げられ、次第に落下していく。

 直撃した場所にはぽっかりと大穴が空いており、土が焦げていた。

『………………』

「……ちょっとぉ! なんで避けたのよ! あんたのせいよ!」

『お前が撃ったんだろうが!』

「……この破壊魔! 足を離しなさい!」

 ソウェイラは掴まれた方の足を前後左右に振り回して抜けだそうとするが、パビルサグの手はびくともしない。

『どっちがだ! お前が原住民の集落に逃げるのが悪いんだろう!』

 足を止め、整った顔を歪めてソウェイラはパビルサグをきつく睨んだ。

「──あんたって本当面倒ね!」

『どういう意味だ!?』

 ソウェイラは答えず、“ミラノの体”の足を掴むパビルサグの手首を輪切りにする形で虹色の魔法陣一つを生み出した。

 パビルサグがぎょっとして魔法陣を見た瞬間──、手を除く手首から全身が光に飲まれた。

 息もつかせぬ短い時間でパビルサグは“霊界”へ強制返還された。

 ソウェイラは薄く笑い、足を振った。

 絡みついて残っていたパビルサグの手を振り落としたのだ。

 満足したのも数瞬──ドグッ……と──借り物の体だが、全身の血が沸き立った。

 ざわっと肌も粟立つ。

 ソウェイラの表情が固まった。息を飲んで王城を振り返る。

「──…………」

 間違いない。捜し物の気配だ。



 ソウェイラとパビルサグの派手な交流も反対側の街の外れ──廃墟化している区域にまでは届いていなかった。

 ネフィリムは黒い“うさぎのぬいぐるみ”を小脇に抱えたまま、パールフェリカと話をする為に再び人気のない方へと移動してきていた。

 パールフェリカは口を尖らせてはいるが、黙ってネフィリムの後ろを歩いている。その後をエステリオとリディクディが、もっと離れたところに王都警備隊の面々がついて来ている。

 どこまで行くのか聞こうと顔を上げた瞬間、兄の背中にぶつかった。

「にいさま、急に──」

 パールフェリカは鼻をさすりつつ言いかけたが、手を口元に移して絶句した。

 足を止めたネフィリムの正面に闇の塊があり、その中からにょっきと人間の3倍はある男の頭が出てきていたからだ。

『あの女! 信じられん!』

 全身を闇の球体からひっぱりだしたのはパビルサグだ。

 ソウェイラに“霊界”へ押し戻されたものの、ここを選んで出てきたのだ。

 半人半馬の姿が全て顕になると、闇はするりと大気に溶けるように消えた。

 崩れかけた建物に挟まれた路地は狭いという程ではないが、パビルサグは窮屈そうに大きな体を捻る。

 くるくるの髪をかき上げようとして、手首から先の無い腕を所在無げに降ろした。

 パビルサグはネフィリムの小脇に抱えられた黒い“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろす。

『おい。あいつを止めてくれ。早くかえさないとマズイのに、あの馬鹿、話を聞く気がないんだ』

「誰がどうマズイんです? あなたには話す気がありますか?」

 間髪入れずに出てきた淡々とした声音に、パビルサグはぐっと眉間に皺を寄せた。

『──……ねぇよ!』

「でしょうね」

 昨日、“霊界”の穴の前で姿を見せたこの半人半馬の化け物は、思わせぶりなことを言うだけ言って消えた。

 ミラノにわかっていることは、この化け物がパビルサグという名前で“霊界の門番”とかいうものらしいという話だけ。

 あとはアルティノルドをよくわからない方法で押し戻し、暴走を止めた事くらいだ。

『くそー……! なんで、なんで俺だけがこんな焦ってんだよ。こんな世界どうでもいいってのに……根はいいヤツで有名なんだぞ、俺は。くそっ!』

 今度はちゃんと指まである方の手でくるくるの髪をがしがしと引っ掻き回した。

「──話す気はないのですか?」

『多次元への関与は基本タブー。話しちゃならんから話す気はねぇよ』

「そうですか」

 ふっとパビルサグに影が落ちた。

「──誰がまたこっちに来ていいって言ったのよ!?」

 声に振り仰いだパビルサグはひらひらしたスカートを風に揺らす“ミラノの体”ソウェイラを見つける。

『──っげ!』

 その頭の上、ソウェイラの掲げる左手にはピリピリと雷鳴伴なう光の弾が生まれていたのだ。

 パビルサグは頭をかいていた手を伸ばし、ネフィリムの腕の中から黒い“うさぎのぬいぐるみ”を奪い取る。

 誰もが息を飲む間も無かった。パビルサグはそのまま馬の足で大気を蹴って飛び去る。

「……逃げ足だけは馬鹿みたいに早いわね」

 残されたソウェイラは頭の上にあった光の球体を消し去るとネフィリムを見下ろした。

 ミラノのものとは思えぬほど冷え切った黒い瞳に、パールフェリカは固まってしまった。“ミラノの体”が戻ったと単純に喜んで笑みの形に開きかけていた口はただそのままに……。

「──お城に大きなクリスタルを持ち込んだわね?」

 ややつり上がった眦には怒りの色がある。ミラノの顔でこういう表情は見たことがない。

 パールフェリカは思わずネフィリムのローブの裾を掴む。

「私が運ばせたが?」

 ネフィリムは普段と変わらない様子で答えている。その声でパールフェリカはほんの少し現実に戻ってこれた。

「あれは……私がもらうわ、いいわね?」

 淡々とした声を聞き慣れてはいるが、それは単に感情が見えない声だったのだとわかった。

 今、ミラノの口から押し出されている声の冷たさは、それだけで魂さえ凍りついてしまいそうなほどだ。

 澄んだ黒い瞳は底冷えのする虚ろなものを内包している。

 パールフェリカはゆっくりと口を閉じ、唾を飲み込んだ。

 畏れが湧き上がって声は言葉にならず、胸の内だけで呟く。「──あれはだれ?」と。

「何か知っているのか?」

「人間は触れないで。あれは──“滅びの源”よ」

 ソウェイラは簡潔に言って飛び去った。



 パビルサグの目的はソウェイラを“霊界”にかえす事なので、ただ逃げるというのは意味がない。

 広さに事欠かない空で待っていると、こちらの姿を確認済みの“ミラノの体”がゆっくりと上昇してくる。

 声が届く程度に距離を空けた。

「あんたはかえんなさいよ。ジャマなの。この世界に関わんないで」

 その手にはさっき打ち出されなかった力の弾が浮かび上がっており、パビルサグが言葉を返す前に火線が放つ。

『く!』

 避ける暇の無かったパビルサグは顔の真正面に闇色の“門”を開いて攻撃を“霊界”に飲み込ませた。

 ソウェイラに関しては元々頭のネジが1、2本飛んでいるんだろうなとは思っていたが、今はさらに2、3本どっかに落としてきているように感じられた。

 パビルサグは奥歯を噛み締めてから声を投げる。

『いい加減にしろ! ソウェイラ! お前こそかえれ! 全部、お前の為に言ってやってんだぞ!』

「知らないわよ。私はこの世界が大事なの。禁忌に触れて“門番”なんてやってるあんたになんかわかりっこないわ」

『うるせぇ! わかるか!』

 噛み合わない会話は平行線を辿り続ける。

 パビルサグは片腕に抱えた“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろした。

『おい、俺の言葉を聞く気が無いんだ、あの馬鹿。あんたから言ってやってくれ、さっさと“霊界”にかえれって』

「……言うのは構いませんが、あの体は私のものなのです。持って行かれると困ります」

『──面倒くせぇな』

「未来希に妙なこと吹きこまないでくれる!?」

 割り込んできた声に、ちゃんと聞こえていない癖にとパビルサグは顔を上げる。

『何も言ってねぇよ!』

 言い返した時にはソウェイラを見失っていた。先程までいた場所に居なかったのだ。

 背後に気配を感じた次の瞬間、パビルサグの腕から“うさぎのぬいぐるみ”がすっぽ抜けていた。

『あ、こら、返せ!』

「ばーか! ばーか! お前バーカ!」

「……子供以下ね」

 飛び去る“ミラノの体”に抱き抱えられた“うさぎのぬいぐるみ”はぽつりと呟いた。

 前々から“うさぎのぬいぐるみ”で居る時の扱いは酷かったが──本当に“ぬいぐるみ”……物のような扱いね。

 呆れて声にする気にもならない。この2人も何がしたいのやら。

 周囲に置いてけぼりにされて事態が進んでいくのは初めてではないし、悲しい事だがむしろ慣れてしまった。それにしたって今回のわけのわからなさは飛び抜けている。

 何者かもわからない連中が、わけのわからない事を言って暴れ回る。迷惑極まりない。ミラノは溜め息をこらえて事態を見守る。

「あなたを人質にしようとするあいつが馬鹿なのよ」

 ソウェイラの冷淡な声に黒い“うさぎのぬいぐるみ”が“ミラノの体”の顔を見上げる。

「──人質」

 さっきのままではいざという時、ソウェイラがパビルサグを消そうとしたらミラノまで巻き込んでしまっていただろう。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”の声を無視してソウェイラは再び火球を手の上に生み出す。先程の倍以上の大きさだ。

「あんまりしつこいと、またしばらく起きらんなくしてやるわよ!」

 さっきは1本だった火線が今度は数十本ある。ドドドと弾き出され、“うさぎのぬいぐるみ”の耳があらぬ方にばっさばさ揺れた。

 パビルサグ目指して真っ直ぐ飛び出した攻撃はギリギリの所で避けられ、空の彼方へ消える。

 ──あれが街に落ちたら、大変な事になる。

 ミラノは、先程から酷く妙な気分だが、貸し出し中の自分の体の顔──ソウェイラを見上げる。

「何を考えているの。どこか他所でやってくれない?」

 苦情を述べたが、ソウェイラはパビルサグの居る辺りを睨むばかりでこちらを見ない。

「私の体を使って何をするつもりです?」

 もう何度聞いたか知れない問いだ。

「言ったでしょう? この世界に祝福を、罪滅しがしたいって」

 この返事も何度も聞いた。

「それじゃあわからないわ。少なくとも今、あなたは災いでしかないわよ」

 ふわりと、炎に包まれた巨鳥が“ミラノの体”の前方、パビルサグを睨む位置に飛び上がってくる。

 体そのものが火で出来た“炎帝”フェニックスだ。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”を心配したのか、彼らの攻撃によって街が破壊されるのを防ぐ為か、ネフィリムによって召喚されたフェニックスはゆらりゆらりと大きく翼を揺らしている。

 忌々しげにソウェイラはフェニックスを睨む。

「あんた、目立つのよ。かえる気がないなら、どっかいきなさい」

 温度で黄や赤に色を変えるフェニックスの瞳をソウェイラの昏い目が射ぬく。

 するとフェニックスは首を曲げて目を閉じ、方向を転換して頭から地上へ落ちた。

 明らかにおかしな動きから、ネフィリムの意思ではない事がわかる。

 ミラノは“はじめの人”という存在について、改めて考える必要がある事を思い知った。

 彼女は、世界を創造する程の存在──。

『ソーウェーイーラー! 俺がどんだけ気ぃ遣ってやってんのか、いい加減わかれよ!』

 怒声と共に火線が飛んでくる。当てる気は相変わらず無いようだが、前程狙いは甘くない。

「あら? キレちゃった?」

 散発して飛んでくる火線を逃げまわるソウェイラだが、流れ弾は街に降り注ぎ、あちこちで爆炎が上がり始める。

「……なんて事……すぐに攻撃をやめさせて」

 この辺りは既に人の住んでいない廃墟だが、それ以上の範囲で街のあちこちにぼこんぼこんと穴が開き、黒煙が立ち上りゆく。

 さすがに顔を歪めるソウェイラ。

 これではミラノの言った通りただの災いだ。しぶしぶ、パビルサグの攻撃先に魔法陣を次々と生み出すと攻撃を“霊界”に移動させた。

 その最中、前方のパビルサグではなく背後から──鋭い殺気が叩きつけられた。

 心臓を細い冷気の矢に貫かれたかのような衝撃。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”もあまりにも冷たい気配にぞくりとした。城の方だ。

「ラミ──!?」

 振り返りながら開きかけた口だが、ソウェイラは唇を噛むことで止めた。よく止められたものだ。声は低い怒声だったのに。

 ──探し物の方もソウェイラに気付いてしまった。

「──何?」

「……未来希、あなたは気にしなくていいわ」

 その時、ソウェイラもミラノも、冷たい気配と街への流れ弾に気が逸れていて、真正面からの攻撃に目が届いていなかった。

『当たってんじゃねぇよ!』

 焦るパビルサグの声が聞こえ──……。

 ──避けられない!

 目の前に真っ白の弾が迫っていた。

 地上からそれを見ていたネフィリムが、空へ大きく手を振り上げる。

「行け!!」

 祈りにも近い。

 いきなり制御を離れて落ちてきたフェニックスを立て直し、“ミラノの体”の正面へ飛ばして盾とした。

 炎の体に打ち込まれる重い火線に、フェニックスは顔を上げる。嘴を縦に大きく開くと苦痛にもがく。

 数秒耐えた後、フェニックスは腹に打ち込まれた光の弾に噛み付く。カッと一際激しい光が空を埋めて爆発した。

 パビルサグの攻撃を打ち消すことは出来ず、フェニックスはかち割って散らしたのだ。その飛沫が城下町に飛んでいく。

 細かくなった火線は街のあちこちで瓦を数枚割ったり、煙突に穴を開けたり、小さな被害をばら蒔いた。

 両手で顔を庇っていた“ミラノの体”の正面で、パビルサグの攻撃が収まった時、フェニックスは跡形なく消えていた。

 フェニックスのほぼ真下にも分散された火線が落ち、近くの建物を壊した。元から崩れかけていた壁は容易く砕ける。

 そこはネフィリムとパールフェリカが居た場所だ。

 瓦と剥がれたレンガが落ちてくるのを、ネフィリムはパールフェリカの上に覆いかぶさってかばった。自分の頭には両腕を回して小手で落下物を弾く。

「にいさま……!」

 落ちてくる物が無くなってから顔を上げたパールフェリカは、ネフィリムの肩や腕に砂埃がかかっていて、ローブに擦れた跡がいくつもある事に気付く。

 のぞき込むとネフィリム背中には数箇所、生地が破れて肌が露出しているのが見えた。うっすらと赤い染みが浮き上がってきている。

「大した事じゃないよ、お姫様」

 ネフィリムは妹に微かな笑みを見せると立ち上がった。

 数歩離れたところに居たエステリオの方へパールフェリカを押しやると、ネフィリムは険しい声で「頼む」と言った。

 魔法陣を出してレッドヒポグリフを召喚したエステリオに抱えられながら、パールフェリカはネフィリムを見上げた。

 ──まただ。また、護ってもらうだけ。

 パールフェリカは口を引き結んで足元に白い魔法陣を生み出す。

 キョウと話した事を思い出したのだ。

 思い知ったのは「その時何をするか」だった。

 白い光を発しながら、額に角を持つ薄桃色のユニコーンが姿を現す。

 召喚術がいつも通りの結果を示した事にほっとしたのは僅かの間だけだった。

 ユニコーンの目が血走っていた。

 頭をぶるぶる振り、あげく路地の壁に角を何度も叩きつけ、空ききらない穴へ前足を上げて駈け出そうとしている。先に進めないとなるとまた角を振り上げて暴れた。

 こんな事は望んでいない。召喚獣が言う事をきかないなんて──。

「……なんで、急に!?」

 声はパールフェリカのものではない。

 振り返って見ればエステリオが、空へ火炎を吐き出しつつ咆哮をあげるレッドヒポグリフにしがみついているところだった。

 エステリオは何度も「もどれ!」と叫んでいた。彼女でさえ召喚獣を制御出来ていない。

 ネフィリムはそれらを確認しつつフェニックスを再召喚しようと緋色の魔法陣を広げるが、何も出てこなかった……反応が無い。

 ──こんな事は初めてだ……。

 召喚術が、発動しない。

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