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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
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(017)“みーちゃん”の行方(1)

(1)

 モンスター達は空高く飛翔し、さらに上空へ逃げた。

「あれだけ高いなら、いけそうだ」

 ネフィリムが会心の笑みを浮かべた。

 どういう意味かと問う前に、ネフィリムはフェニックスに駆け寄り、その体の中へ飛び込んだ。あっと思う間もない。フェニックスの体の中へ透けて入ってしまった。

 しかし、熱そうな様子も無く、火の鳥の腹の辺りに悠々と、悠然と椅子に座るような姿勢をとった。椅子など無いのに。燃え盛る火炎の中、フェニックスの顔が腹の中のネフィリムをじっと見つめる。ネフィリムは微笑みながらそれを見つめ返している。それはほんの数瞬。

 フェニックスがその巨大な翼を一度大きくばさりと広げた。火の粉が舞い散るが、それは熱くなかった。何度か羽ばたいて真上へと飛び上がる。

 フェニックスはワイバーンらを熱光線を飛ばしてなぎ払い、木々よりさらに上空、大空には火花が散るのだった。



 “人”のミラノが加わってからの戦闘は1時間余りだったが、今はもう巨城エストルク上空に翼を広げるフェニックスを見上げるのみ。

 その威容は凄いの一言に尽きる。

 敵ワイバーンは最早撤退ムードで、逃げ遅れているものは片っ端からフェニックスの熱光線でぴーっと焼かれて炭と消えている。それでもフェニックスはこの真上からは動けない──聖火維持という名目だろう、動かない──ので、射程内の敵を上に捕らえて、自身はやや下に位置を取り、空へ向けるように熱光線を撃っている。

 華やかでしなやかな羽ばたきは、展開すると100メートルを超えるのではないだろうか、炎をばらまくような羽ばたきなので、シルエットが固定せずしっかりとは計れない。ばらまかれる炎は決して木々に引火するような事は無かった。

 まだ歩兵隊が瀕死の状態で地上をうごめくワイバーンのトドメを刺してまわっているとはいえ、大空で神秘的に羽ばたくフェニックスの様子に、城下町から広場、城内の人々にはには完全に勝利ムードを感じ始めていた。

 実際、ミラノの背後、聖火を護る男らもやんややんやとハイタッチなどしながら安堵と喜びに満ちている。

 ミラノもそれを眺めて、ほっと一息ついた。柵の傍に転がっている“うさぎのぬいぐるみ”を拾い上げてパンパンと埃を払った。

 “人”にされた時は心底どうしようかと戸惑ったが、何とかなってしまうと自然顔も綻んだ。

 そこへ、ふぁさりふぁさりと柔らかな風の音がした。

 あれだけの戦闘をしながら、汚れもせず白銀に輝く鱗を煌かせる、ティアマトが前方上空から近づいてくる。

 ドラゴンと言えば爬虫類の親玉のようなイメージを少なからず持っていたミラノは、それを間近に見て、考えを改めさせられた。

 呼吸をしているのかゆったりと上下する体、それによって角度が変わる鏡のように光を照り返す鱗。見下ろしてくる大きな目は静かで、知性すらはっきりと感じられる。その金色の瞳はあまりに温かい。ものをしゃべりそうなものなのに。獣だというのなら、人語を解さない、のだろう。穏やかで高潔、清浄な姿。

 ミラノは柵の傍から聖火台──聖火自体は真上で燃えているフェニックスである──まで、後ろ歩きで下がった。羽ばたきに風が舞い上がるので、片手でスカートを、片手で肩甲骨の下辺りまで降りてしまった黒髪をゆるくまとめて首の横あたりで手で絡めて押しとめた。

 やがてティアマトが屋上に着地、羽ばたきをゆっくりと収めた。風も止み、ミラノはスカートを押さえていた手を髪へ移し、軽く手櫛を通した。

 ティアマトの首の裏、翼の根本より少し上、肩の辺りだろうか、鞍からシュナヴィッツが屋上にひょいと飛び降りてきた。着地の時には鎧ががちゃりと鳴った。

 シュナヴィッツは、ゴーグルを外し、兜を取ってそれら脇に抱えながらミラノの前にツカツカと歩み寄ってきた。疲れている足取りではないようだ。

 相変わらずしゃきっと立つミラノの正面1.5歩の距離でシュナヴィッツは足を止めた。なんとも微妙な距離だ。

「……ミラノ」

 汗でまっすぐの亜麻色の髪が額や頬に張り付いているようだ。唇に髪を噛んでいる。ミラノは一歩前に出て手を伸ばし、自分より高い位置にあるその口元へ寄せた。

「髪、噛んでるわ」

 そう言ってそっと人差し指で亜麻色の髪を避けてやる。シュナヴィッツはひんやりとした指先に頬を小さくびくりとさせた。

 持ち主の元へ戻るその手を、厚手のグローブに覆われたシュナヴィッツの手は捕らえ、ぎゅっと掴んだ。ミラノの手はすぼまって親指の先が薬指の第一関節辺りに押し当てられた。シュナヴィッツの手はグローブ越しにもかなり温い。

「…………」

 濁りの無い澄んだ淡い蒼色の瞳がミラノを見下ろす。この熱量──たった今まで戦っていた、というだけではない熱気──を、ネフィリムが居たらくくっと笑うのだろう。

「……なに?」

 真っ直ぐ漆黒の瞳で見返して、ミラノは言った。

「いや……」

 シュナヴィッツはそう言って手を離し、目を逸らした。

 つい髪を避けてやった事を、ミラノは少し後悔した。わかりやすすぎてこちらの方が困る。

 ──わかっている。こういう場合、こういう男はまだ、自分で気付いていない。だからどうしたってバレバレなのだ。やれやれと、ミラノは思う。自分は45日以内に帰らなければならない、愛着を持たれても困る。吐き出したい溜息は我慢した。

 惑うように視線を下げた時、どこかに落としたのか、捨てたのか、シュナヴィッツの背にあった盾がなくなっている事にふと気付いた。

「──……」

 シュナヴィッツの腰周りには昼前に見たようなジャラジャラとした装飾はほとんど無く、刀や短刀が挿してある。微妙にその太さが異なる太めの皮のベルト3本がそれらを留めている。その少し上、右腰やや後ろ。鎧の隙間3cmほど、生地の硬そう布地が裂けている。血痕を、見つけた。

 細い傷。

 小さく、ミラノは息を飲んだ。日本、というよりこちらの人々が“異界”と呼ぶ自分の世界でのワイバーンの伝承を思い起こしていた。細い尻尾のギザギザには猛毒があった事を。傷の周辺はすぐに麻痺させられ、その毒を受けた者は気付かないという──。

 ミラノはシュナヴィッツを見上げる。

「そのドラゴン、乗せてもらえますか?」

「ティアマトか? 今は汚れているから」

 これで汚れているのかとミラノは思った。充分きらきらと輝くほどに美しいのに。ふと、シュナヴィッツの口の端に照れ笑いのようなものが見えた。

 ──この人、勘違いを。

「空の散歩だとか、したいわけじゃないわ。3階バルコニーへ連れてって。急いでいるの」

 ミラノはいつも以上に淡々と言った。

「……ああ」

 シュナヴィッツは頬をひくりと引きつらせ、ティアマトの背に乗ると手を伸ばしてミラノを引き上げた。

 ミラノは鞍の前に横抱きに引き寄せられる。鞍には掴めるように棒がある。太いベルトも何本か垂れている。これで体を固定していたのだろう。が、それはそのままにシュナヴィッツはミラノの眼前、腕を伸ばしてティアマトの首を軽く撫ぜた。それだけでティアマトはゆっくり羽ばたく。大きく隆起する背の、慣れない揺れにバランスを崩しそうになって、ミラノは抱えてくれているシュナヴィッツの腕に体重を乗せるしかなかった。

 重そうなティアマトだが、ふわりと風に乗り、軽やかに柵を超えて空に舞った。

 3階のバルコニーは広い事もあって、ティアマトごと降りられた。ティアマトは一度動きを止めた後、頭をぐっと下げてくれた。これなら飛び降りれるとミラノが思っていると、シュナヴィッツが先に飛び降りた。彼は下からティアマトの体に足をかけ、ミラノに手を伸ばしてくれた。

「降りれるか?」

「大丈夫です」

 そう言いつつも、これを無視するのも失礼だと思い、シュナヴィッツの手に自分の手を預け、ミラノはそっと飛び降りた。パンプスのつま先がほんの少し痛かった。支えなく降りたなら、もっと痛かったのかもしれない。

 椅子やスピーチ台がここに置かれて式典が催されたのはほんの数時間前の話だ。奥に入ると広間で、そこはテレビで放送されるような広々としたパーティ会場、結婚式場サイズのようだった。家具の類は無く、豪奢な絨毯が敷いてある。天井は高く、大小のシャンデリアがいくつも垂れ下がっていた。

──人が居ない。

 広い部屋をまっすぐ駆け抜けて廊下に出ると、パールフェリカを抱えたエステリオがいた。その横に初めて見る、小柄で初老の男が座っていた。青白い割烹着に似た服を着ていて、生地の薄いベレー帽のような帽子を被っている。廊下に出たミラノをシュナヴィッツがおしのけた。

「パール! トエド、パールはどうしたんだ!?」

 シュナヴィッツが駆け寄り、しゃがみ込んだ。

 広間からの扉は開けたままで、ティアマトが乗り込んで来ていて、こちらを覗いている。どこか愛らしい仕草のように思われた、巨大だが。

 エステリオが抱えるパールフェリカ、その隣にトエドという男が居り、正面にシュナヴィッツが両膝をついてパールフェリカを見ている。ミラノはその後ろで中腰になってパールフェリカを見下ろした。黒い髪がさらりとこぼれて、シュナヴィッツの亜麻色の髪と混ざる。

「──パール」

 ミラノの声に、エステリオの腕の中、ぎゅっと瞑っていた目をパールフェリカは開いた。

「……ミラノ……」

 か細い声でミラノを呼んだ。真っ青な顔をしている。

「ムリをしないで……?」

 先ほど謁見の間で“人”になった時も言った言葉だった事を、ミラノは思い出していた。



 ミラノはトエドとシュナヴィッツの間に割り込み、額をパールフェリカの顎の辺りに近づけた。息吹がパールフェリカの顔にかかる。

 ミラノのその表情はあまりに優しくて、切ない。

 きっとミラノは気付いていない。召喚主と獣の間には、言葉を必要としない強い絆が生まれる。魂と魂を強く結びつける何か。だから、ミラノがこうしてそっと近寄る事も、彼女にとっては無意識の行動なのだ。きっとその感覚をミラノは、儚げに微笑む年下の少女を、守ってやらなければと思っているはずだ。その程度の自覚だろう。

「みんなは……」

 パールフェリカが問うと、ミラノは顔をあげて微笑んだ。無表情が標準だと思われていたのに。

「もう大丈夫、安心していいわ」

「ミラノ、ありがとう……」

 ミラノはこの衰弱ぶり対して一つの見当をつけている。

「いいえ、貴女がみんなを助けたの、貴女の力よ」

 ミラノの言葉に、パールフェリカは花がそっと開くように微笑んで、そして気を失った。

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