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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【6th】the second love - | ||taboo|| |
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(168)空中追捕(2)

(2)

 フェニックスはふわりと戻ってきてネフィリムの肩に止まるとくちばしを小さく動かした。

 くちばしの先が示す路地の角をネフィリムはちらりと見る。そのまま“うさぎのぬいぐるみ”を小脇に抱えた。

「──人が来る」

「面倒ですね。隠します」

 ミラノの声と同時、遺体の下へ黒い魔法陣が広がった。

 ぎゅるっと回転しながら、魔法陣は遺体のみならず血痕もすべて飲み込んだ。

 すぐに、角から冒険者風の身なりの男2人が話をしながら現れ、壁に寄って立つネフィリムの前を通っていった。

 血の匂いは残っていたはずだが、彼らは特に足を止める事なく立ち去ってくれた。

 しばらくしてレッドヒポグリフを駆るアルフォリスが建物と建物の間の空から姿を見せた。

 アルフォリスが地上に降り立つやネフィリムが言う。

「バルハンムを斬った。キュバス追捕はもういい」

「え!? 斬ってしまわれたんですか?」

「手間を増やして悪いが、根回しを頼む」

「キサス宰相のご息女の件は、やはりキュバスの仕業で?」

「ああ」

 ネフィリムは簡単にディクトとロレイズの関わりも話した。

「なるほど。どの道力技で押し切る事になるんだったら、バルハンムの生死はどうでも良さそうですね」

「子供は無かった事になる。両家には口を噤ませて終わりだ」

「わかりました。キサス宰相には殿下から?」

「イヌールもな。夕方ならいつでも構わない。城に呼べ」

「はい、すぐに使いをやります。それでバルハンムの遺体はどこに?」

 ミラノはネフィリムの腕から抜け出して立つと3者の近くに黒い魔法陣を広げた。

 強い血の臭いとともにじわじわと姿を見せるバルハンムの遺体……。

 ぎょっとしてミラノは顔を逸らし、ネフィリムは眉をひそめた。

 遺体の左右の手はあらぬ方にねじ曲がり、左足に至っては4周ほどねじれている。頭は後頭部が背中にべったりくっつく程折れているし、腰もちぎれかけて見えて欲しくない体の中心線がむきだしだ。ネフィリムが斬った胸からは臓器がはみ出していた。

「こりゃまた──派手にやりましたね……」

「いや、私はここまでやっていない……ミラノ?」

 横を見下ろせば黒い“うさぎのぬいぐるみ”が180度後ろを向いてしゃがみ込んでいる。両手で顔を押さえているようだった。

「――いいえ」

 ミラノは即答する。

 体がぬいぐるみでなかったら胃の中身をぶちまけていた気がしてならないミラノだが、どうにか顔を上げて立ち上がる。

 魔法陣の向こう――“霊界”へ遺体を隠しはしたが、ここまで器用な事は出来ない。

 当然ながら死者をいたぶる性癖もない。考えもしなかった。

「やはり、今の“霊界”は様子がおかしいようです……」

 今回この世界へ渡った時はわけがわからないまま放り出され、体を無くしていた。

 出現地点がズレて少し失敗したのはプロフェイブのキリトアーノ王子の背中に飛び出てしまった時だ。妙だと感じた。

 ただ自分が疲れているのか、調子が狂っているだけなのかと思っていたが……。

もし“霊界”への扉が開いていた事に原因があるとしたら、ミラノとは関係の無い何かが起こっているのかもしれない。

「こうなると、逆召喚は出来ないか?」

 ミラノが行っている逆召喚――移動先に魔法陣を置いて身を召喚させる方法は、結局のところ召喚術と同じだ。“霊界”と呼ばれる謎の空間を移動して出口である魔法陣の上に姿を現す事。

 今ここに居るフェニックスやヒポグリフも本来は“霊”として“霊界”に居て、召喚されればネフィリムやアルフォリスの展開した魔法陣から現れる。その際、この世界で死んだ“霊”であるフェニクスやヒポグリフには、召喚士の力がアルティノルドに捧げられる事で実体が創造される。

 召喚霊に関しては異世界の“霊”が実体を得ることなく“霊”のまま召喚される。

 本来“霊界”は、肉体を持って侵入する世界ではない。

 ミラノはこの世界を瞬間移動するのにも、元の世界へかえるのにもこの逆召喚を使っていた。

 もし“霊界”が今までと違う状態になっているのだとしたら……“霊界”の異変が収まるまでは様子をみるべきだ。

 短時間置いただけのバルハンムの遺体がここまで痛めつけられてしまったのだ。誰に言われるまでもなく逆召喚は控えた方が良さそうだ。

「生身で“霊界”を通りますから……やらない方が良いと思います」

 いきなり“霊界”に飛び込んでバルハンムのように身が壊れてしまってはいけない。

 今後は実験なりが必要だ。

 丸太でも何でも、壊れても問題の無いものを“霊界”に置いて変化を見るべきかもしれない。

「“ミラノの体”は大丈夫なのかい?」

「……大丈夫だと信じるしかありません」

「だが──」

「ネフィリムさんは私の体を乗っ取ったもの、何だと思いますか?」

「声は聞こえていた。創った世界を見てみたいと。思い当たるのは“はじめの人”しかいない」

「私もそう思います。それが何故、私や私の母の名前まで知っているのかはわかりません。目的もよくわかりません。あれだけでは……でも、きっと間違いないのでしょう」

 世界を創造した神アルティノルドの片割れとも言うべき神“はじめの人”は、やらなければならない事があると言った。

「今まであの人、この世界に居なかったという事になりますよね……」

 最後は独白のようになる。

「ご飯時にちゃんと帰って来てくれるといいのですが」

 自分の体に対してそんな心配をしなくてはならない事に、ミラノは少なからずげんなりした。



 夏の日差しは昨日の昼頃と変わらず強い。

 場所はクーニッドの森。

 延々と続く緑の木々を見下ろせている。

右手を帽子のつばのように当てて自然ばかりの周囲を見渡す。

 ところどころ引っこ抜けた木があったり、木の抜けた跡、土がむき出しの場所もある。

 昨夜“霊界”の穴が開き、“霊”が暴れまわった辺りだ。

 雲よりは遥か下、木々よりは少し上辺り、風に逆らってミラノの体を乗っ取った“はじめの人”は居た。

「おっかしいわねぇ……なんでないの……昨日は確かにこの辺に気配があったのに……未来希にあわせて夜休むんじゃなかったわ……でも、そうすると体がもたないわよね……生きてるって不便……」

 どういった理屈か、ミラノの体で空に浮いている。

 顎に手を当て、髪が風で大きくあちらこちらへ揺れるのもそのまま、彼女はぶつぶつと呟いていた。

 その背後、硬貨大の黒い点が生まれるや、一気に広がった。

『──見つけたぞ』

 声と共に闇の穴は大人3人分の大きさに広がった。穴のへりを押し広げる手が闇から伸びてきていた。

 穴をぐいぐい大きくしつつ姿を現したのは半人半馬の格好をした男だ。

 下半身が馬で、上半身は人と似ている。

 全身を空の下に現すと鋭い蠍の尾が揺れた。

 体格は人の3倍はあり、“ミラノの体”を見下ろす。

 威圧する半人半馬。人の部分は濃い赤銅色の肌をしており、裸の上半身と顔には様々な呪的ともとれる図柄が描かれている。

「んげ!」

 空の上で“はじめの人”は慌てて下がり、半人半馬から距離を開けた。

「……――パビルサグ!」

 半人半馬パビルサグは“霊界”の門番だ。

 門を超えようとした時、このパビルサグに邪魔されたが無理矢理押しのけて“はじめの人”は昨夜こちらの世界へ入り込んで来た。

『お前、さっさと“霊界”戻れ!』

 開いた距離のまま、パビルサグは黄色い歯を剥き出しにして叫んだ。

「いやよ! やらなきゃいけないことがあるの」

『“秩序”に見つかる前に戻らないとお前……!』

「わかってるわよ! でもこの世界が亡ぶぐらいならって思うでしょ!?」

『構う方がどうかしてるぞ、馬鹿か!? お前、いくつ抱えてると思ってんだ!』

 パビルサグの強い語調に“はじめの人”はぐっと呻いた。

『こっちにゃまだ影響は少ないが、“霊界”は大嵐だぞ──始まったんだ』

 至極真剣なパビルサグの言葉に“はじめの人”は細い指を折り、拳を握り締める。

 ──この世界を亡ぼしたくないという思いと、このままでは未来希がかえれなくなってしまうという焦りが思考を乱す。

『早く戻らないと、本格的に──』

「今はまだよ! 今はまだかえれないわ!」

 パビルサグの怒鳴り声に同じだけの声を被せた。

 黒い髪を揺らして“はじめの人”はくるりと背を向け、魔法陣も翼も必要なしに宙を飛び去る。

『あ、おい! 待て! ソウェイラ!!』

 パビルサグはその存在の名を初めて口にし、追いかけようと前足を大きく上げた。が、すぐに“はじめの人”がすっ飛んで戻って来た。

 彼女は勢いそのままに、パビルサグの人の3倍の大きさの頬を両足揃えて踏みつけた。その上何度もげしげしと蹴りつける。

「ソウェイラって呼ぶんじゃないわよ! ソウェイラって呼ぶんじゃないわよっ! その名前、大っキライなんだから!! あーもー! 自分でも言っちゃったじゃない! 腐る! 口が腐るうぅぅぅ!」

 言いながら力一杯足踏みしてパビルサグの頬を蹴り続ける。

『人の顔……足蹴にしてんじゃねぇ!』

 パビルサグは大きな手で“ミラノの体”の両足首をまとめて掴み、改めてソウェイラを見上げた。が、瞬時にパビルサグの顔が歪む。ソウェイラの黒い瞳が“人”から醒めていた。

「──その汚い手を」

 半眼でパビルサグを睨み、“はじめの人”ソウェイラは広げた手をかざす。

 瞬きより短い時間の間に手の平には虹色の魔法陣が現れ、ぐるぐると高速で回転する。周囲からぎゅんぎゅんと光の粒子が集まってきた。

「2億年ほど洗って出直すのね!!」

 虹色の魔法陣から放たれた光線はパビルサグの顔に直撃し、顎を残して吹き飛ばした。

 辺りには焦げたパビルサグの髪の毛や赤銅色の皮膚、目玉が飛び散る。

 緩んだ半人半馬の手をソウェイラは蹴りつ振り払った。

 動きを止めたパビルサグにソウェイラは蔑むような流し目をくれ、再び空を舞い飛んで逃げ出した。

 残されたパビルサグの手が、ややの間を置いてばきばきと音を鳴らしながら拳を形作る。甲に血管が浮き上がっている。

『あんにゃろー……』

 声は、顎から口元、口、鼻と一気に修復していく最中に発された。

 目から額、頭頂部、髪まですべて元に戻るとパビルサグは大きく前脚を蹴り上げてソウェイラを追うべく宙を駆けた。

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