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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【6th】the second love - | ||taboo|| |
167/180

(167)空中追捕(1)

(1)

 ミラノが“黒い瞳”に見入っている間、ネフィリムとルトゥは大クリスタルを城に運ぶ手筈や報酬についての話をしている。それが終わる頃、コルレオが降りてきてバルハンムに関する情報を持ってきた。

 だが、彼らの会話はミラノの耳にはまともに入らなかった。思考の海に沈んでいたせいだ。

 人の知っている事には限りがある。

 クリスタルの光はアルティノルドの声?

 どうだろう。アルティノルドは割とおしゃべりだ、しかもこちらの話を全く聞かない。光りっぱなしのクリスタルがあるたろうか。

 クリスタルはアルティノルドの一端?

 アルティノルドはクーニッドの神殿にある大クリスタルに語りかけなければ返事をしない。小さなクリスタルからは声は聞こえない。

 天使達に大クリスタルとは本来何であるのか、聞かなければ……。

 アルティノルドの居る大クリスタル以外のものは一体何なのか──知らなければならない。

 今、この目の前にある、内側に目玉らしきものを持つ大クリスタルはあまりに不気味だ。

 不安をかき立てられて仕方がない。

 だいたい、正体の知れないもの、理由のわからないものは不安を喚起する。それにしたってこの大クリスタルは──内に潜む目玉はどこか物恐ろしい感じがする。

 ひどく感覚的なものだ……日差しも強く、暑くてたまらないのにガタガタと震えがきて寒けが止まない時のような、不整合のもたらす気味の悪さだ。

 ──……正体を知らなければ。

 ミラノが頭の中のToDoリストにこっそりと書き加えていると、“ぬいぐるみ”ボディをぐいと背後から持ち上げられた。

「バルハンムを追い詰める」

 ネフィリムの言葉にミラノは小さく頷いた。


 ネフィリムは“光盾”のガミカ拠点を出ると坂の多い街を足早に駆け抜ける。

 裏道でも相変わらず迷いが無いのは王都内を知り尽くしているから。お忍びの頻度が高い事を物語っている。

 民を知り、世間に従い、衆知を集める心がけのある証拠でもあった。パールフェリカが自慢の兄だと胸を張るのも頷けた。

 ミラノは自分が他者に『弱点は何だろう?』と思われていることはよく知っている。その疑問をネフィリムに対しても抱いた。だが、本人に直接聞くものではない気がして別の事を問う。

「ネフィリムさん、どちらへ向かっているのですか?」

「特に」

「…………」

「すぐにわかる」

 言った直後、頭を後ろから鷲掴みにされたような、血の気が一気にひく感覚が全身を駆け抜けた。同時に強い眠気がやってきて、体から力が抜ける。

 ──きたか。

 ネフィリムはがくんと前のめりに倒れかけ、次の一歩に力を込めて踏みとどまった。

 閉じてしまいそうな目をしばたき、頭を大きく左右に振って夢魔を頭の中から追い出す。

 小脇からこぼれかけた黒い“うさぎのぬいぐるみ”を抱え直した時、ごく小さな声が聞こえた。

 周囲が静かで、ネフィリムの衣ずれの音も無く、至近距離だったから聞こえた。

「──……“ナツキ”さん……」

「…………」

 息を詰めてネフィリムは黒い“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろした。

 シュナヴィッツでも自分でもない──夢魔がミラノに見せている誰かの名……。

 フラれているのだからそうなのだろうと思っても、心に重く落ちてきた。

 ──考えていたよりきついな……。

 ネフィリムは意識的に大きく息を吐き出して気持ちを入れ替え、ミラノの名を呼んで起こしにかかる。彼女にとっても2度目の夢魔、あっさりと目を覚ました。とは言っても、赤い刺繍の目に変化はない。

「──……すいません、2度も」

「いや、言っておけばよかった」

 コルレオの情報によるとバルハンムは粘着質な性格の持ち主で、一度狙った獲物は逃がさないという。

 根城はこの冒険者区域一帯、どこにでも入り込む。家主を召喚霊キュバスの能力で寝かせてしまい、空き巣まがいの行為もざらだとか。

 先程の襲撃は酒場での事の逆恨みだろう。それに加え、あっさり返り討ちにした事も根に持っているはずだ。

 襲撃では召喚霊サキュバスの能力がネフィリムに効いていない事に驚いていたようだから、もう一度と試しに来る可能性があった。

 ネフィリムはあえて人の居ない裏通りを動きまわってバルハンムが襲って来るのを待っていたのだ。

 夢魔なら、追い払える自信がある。

 先程もそうだったように、サキュバスの見せる幻は本物と見分けられる。

 事実、今度は夢魔に飲まれるより前、一瞬目が眩んだ程度で倒れる事なく持ち直した。

「近くに居るはずだ」

 ネフィリムはちらりと空を見る。既にネフィリムの召喚獣であるフェニックスがバルハンムを見つけ出しており、方向を示す動きに気付いて走り出す。

 再び強い睡魔が襲ってくるが、3度目だ、もうかからない。

 路地の先、角の向こうから落ちる影がある。一気に駆け寄り男の姿を見つけると襟首をひっ捕まえて足元へ引きずりだす。

 長身のネフィリムより拳一つ分背が高く、横幅は筋肉で倍近い。

 体格差でネフィリムは不利だったが、逃げようとしたバルハンムの足が浮いた瞬間に力を込めて引っ張ったのだ。

 尻餅をつき、バルハンムはこちらを見上げ、驚きを隠せずにいる。

「な、なんで──どうしてきかねえんだ……!」

 言いながら腰を浮かし、ずりずりと後ろへ下がって距離を取るバルハンム。

「私に何の用だ」

 釣っておきながら言う言葉ではないが、ネフィリムの問いに5歩の距離まで退いたバルハンムは立ち上がり、手の平の砂を払う。

「──女は?」

 バルハンムの低い声にネフィリムの頬がぴくりと動いた。

 バルハンムは続ける。

「酒場に居なかった。どこにやった?」

「質問に答えるなら、教えよう」

 数秒迷ったようだが、バルハンムはまっすぐネフィリムを睨む。

「……──なんだ?」

「宰相の邸の娘を10ヶ月ほど前、襲ったか? 13の娘だ」

 バルハンムは眉を動かして考え、厚い唇ににたりと笑みを浮かべた。

「…………へへっ覚えてねぇよ、その頃はかなり……な」

 ネフィリムの小脇に抱えられた黒い“うさぎのぬいぐるみ”が微かに動いた。

「8枚の花弁、サレイスの花の紋章を掲げた大邸宅だ」

「ああーそれか!」

 目を細めてにたりと笑うバルハンムの様子を赤い刺繍の瞳は静かに、冷たく見つめた。

「それなら覚えてるぜ。ガキが一丁前に逢い引きしてるって聞いてな。なら抜け道もあるだろうって、探してつけたんだ」

「──娘を襲ったか」

 バルハンムは肩をすくめて「へへっ」と笑った。

「まさか! ガキすぎる。俺の好みじゃねぇよ。だが腹もたったんでインキュバスをしかけるだけで帰ったよ」

 へらへらと笑いながら言うバルハンム。

 ネフィリムは“うさぎのぬいぐるみ”が腕から一気に抜けようとしたのを強く押さえ込んだ。

「それよりもういいだろ。あの女だ。どこにいる?」

「──もう一つ、羽振りが良いそうだが、召喚霊を使って儲けているのか?」

「んぁ!? どうでもいいだろンな事ぁ! いい加減──」

 バルハンムが肩をいからせて筋肉たっぷりの腕を振り上げた瞬間、周囲の温度が上がり、橙色の光がちらついた。

「聞かれた事に答えて知りたい情報を持って帰るか、炎に抱かれて死ぬか、どっちだ」

 ふわりとバルハンムの背後に舞い降りたのは“炎帝”──。

 空に待機させていたフェニックスがネフィリムに呼ばれ、静かに降りて来たのだ。

 バルハンムは地面を鳴らしてすり足で半歩下がり、フェニックスを見た。

「火、火の鳥?」

 ネフィリムは目を細める。

 どうやら“炎帝”を知らないらしい。他所から流れてきたというのも本当のようだ。

 王都に居れば、世界で唯一無二のこの鳥がガミカ第一位王位継承者の召喚獣だと知る事が出来る。だが、バルハンムは自分の召喚霊にしか興味が無かったのか把握していなかったようだ。

「言うか、死ぬか、どっちだ」

 ふわりふわりと、羽ばたきから溢れる火の粉がバルハンムの腕や衣服の端にこぼれる。

 目をかっ開いてバルハンムは火の行方を見ていた。服に小さな黒い焦げ跡がいくつも出来ると、ごくりと唾を飲んでから舌なめずりをする。顎をひいて、覗き込むようにネフィリムを睨む。

「……ど、どうせこのやり方は俺にしかできねぇよ。相手も夢の中でお望みの快楽真っ最中だからな。バレずに──皆幸せだろ? ヤりたいってんなら男でも女でも誰でも、キュバスの力を貸してやった」

「──そうか」

「あんたにも夢魔を貸してやるから! な!? ちゃんとタダで貸してやるから!」

「……で?」

「あいつだ、あの女だよ! あんないい女は初めて見た。もろに好みだ! ガキよりああいうのがいいんだ! どこに居る!?」

 ネフィリムの体が一瞬沈み、黒い“うさぎのぬいぐるみ”はその場に放り出された。すとんと着地しながら、ミラノの耳に笑いを含んだ声が聞こえた。

「──教えるわけがないだろう?」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”には、嗅覚がある。

 強い酸味のある鉄の匂いがした。

 ゆっくりとそちらを見れば、血飛沫を拭き上げてバルハンムが倒れるところだった。

 すれ違い様にネフィリムが斬ったらしい。

 軽やかな足どりで血飛沫を避けたネフィリムは倒れたバルハンムの向こうに居た。

 伏したバルハンムの首に刀を入れて止めをさした後、ネフィリムの手には血と脂に濡れた刀が一振り。

「すまないミラノ。君の居ないところで斬るつもりだったが」

 キュバスは眠りを誘ってから襲う。ミラノならば瞬時に魔法陣を張れるとはいえ、逃げられないかもしれない。

 実際、不意を突かれた二度ともミラノは眠りに落ちていた。ネフィリムはこの場で斬ると決めたのだ。

 1年近くガミカに居たという事から余罪はあったかもしれないが、“ミラノの体”はどこにいるのかわからず、手元に置いていられない……護ってやれない。

 罪を明らかにしてそれを問わねばならなかったとわかっていても、ネフィリムは“消す”と即決、即行動に移した。

 王族としての使命よりも己の命よりも譲れないものが今はある。

「……──いえ……ディクトに会わせずに済んで良かったと思います……」

 復讐は何も生まないし、残らない。むしろ失うものの方が多い。

 ミラノにはディクト少年がネフィリムのようにあっさりと片を付けられたのか疑問だった。ディクトが怪我をせずに済んで良かったと思う事にしたのだ。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はそろりと顔を逸らした。

 以前シュナヴィッツが大量に人を斬ったところを見た事があるとはいえ、慣れる事ではない。

 初めて直面するというわけではないので、気を失ってしまうという事は無かったが、目眩はあった。我慢出来ない程ではないが、直視は出来ない。

「……やはりこの区画の警備隊の警ら頻度は上げさせないといけないな」

 ネフィリムは呟いてバルハンムのシャツの端で刃の血を拭った。

 フェニックスを一度手元に呼び、再び飛ばす。バルハンムの処理をさせるべく、アルフォリスを探させた。

 ミラノはバルハンムをちらりと見た。微塵も動く様子はない。

 石畳は血に濡れ、目地を通しつつ広がる。慌てて顔を逸らした。

 脳裏にディクトを、腹の大きなロレイズを思い浮かべた。

「……インキュバスが相手では──」

 ミラノは記憶を手繰り寄せる。

 インキュバスは男の淫魔、サキュバスは女の淫魔。

 サキュバスが男の夢に紛れ込み得た精液を、インキュバスが女の夢に入った時に使う──そういう伝説が、ミラノの居た世界においてある。

 中世末期ヨーロッパで望まれない妊娠の理由に利用された。この世界にはその本物が居た。

「──何故、そういうモノが居るんでしょうね……」

 この世界と自分の居た世界のリンクする部分。

 名前の似通った召喚獣や召喚霊が居るというのは、一体どうしてなのだろう。

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