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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【6th】the second love - | ||taboo|| |
165/180

(165)“光盾”のお宝(2)

(2)

 植木のある路地、木陰に座るディクトの視界の外になる角で、ネフィリムは腕を組んで耳を傾ける。

「ぼ、僕は──」

 ディクトの声が震え、止まる。ミラノは近寄り、ベルベットの柔らかい質感の丸い手でディクトの眦をなぞるように拭った。

「無理をしなくて……いいわ」

 細切れの息をディクトは吐き出し、5歳児サイズの“うさぎのぬいぐるみ”の体に抱きついた。

「誰にも……誰にも言えなくて……! ロレイズのお腹は大きくなるし、不安がって泣くし、僕まで弱気でなんていられなかった!」

「──そう……」

 ミラノは丸い手でクセのあるディクトの髪を撫でてやる。

 周りを頼ることが出来ないまま、時間ばかり過ぎたのだろう。

 しばらくそうやって撫でていると、落ち着いたのかディクトは申し訳なさそうに離れた。

「申し訳、ありません……見苦しい……僕はもっと──」

「抱え続けていられないものは、誰にでもあるわ。大事なのは、自分の限界を知っておくこと。荷物を分け合える相手か、少しでも軽くしてくれる人を、見つけること」

 そう言ってからミラノは静かな声のまま「……落ち着いた?」と問う。

 ディクトは微かな照れ笑いを浮かべた。微かにはにかんだ表情は、年相応の素顔が垣間見えた。

「……本当はロレイズと分け合うべきだったんだろうけど、どうにもならなかった」

 ディクトは上着の袖で涙を拭き取った。溢れ出る分はすべて流し尽くしたようだ。

 ──信頼出来る大人が傍にいれば、良かったのだろうけど。

 ミラノは言いかけてやめた。この世界には身分というものが強くある。ロレイズの傍に居た侍女は察してやれても気付かないフリを続けるしかなかった。そういう世界なのだ。

 ディクトはふうと息を吐いて、黒い“うさぎのぬいぐるみ”の赤い瞳を見た。

「僕とロレイズは、唯一の召喚獣、召喚霊を召喚する者です。お父様達は確かに敵対しているけれど、きっと理解してくれると思っていました。禁忌だけど、僕らには味方になってくれた」

「ただ一人の人しか、愛してはならない……?」

 ディクトは小さく頷く。

「嘘か本当かは、この際もうどうでもいいよ。だけど、名門貴族というからには古いしきたりは守らなければならない。お父様達も良い顔はしなくても、仕方なしにであっても、認めてくれるって。ロレイズが14歳になったら、誰の目をはばかる事無く会えるって、思っていたんだ」

「14歳になるまでは、こっそり会うだけにしていた、ということ?」

「僕は確かに子供だけど、頭が良いという程でも無いけど、バカじゃない」

 ミラノの見る限り、ディクトは聡明そうな瞳をしている。

 言葉の端々も14歳という年齢よりずっと上に感じられるところが多い。賢さを感じさせる少年だ。

 今ばかりではなく未来も、自分ばかりではなく周りも、ちゃんと視界にとらえて見据えられている。

 中学二年生だと考えたならば、非常にしっかりしているとミラノは感じた。

「だから、14歳になるまでは絶対に何もしないって決めていたんだ。何も。手だってまともに握ってないよ、怖がられたくないし。何かあって悲鳴をあげられて事が露見する方が将来を無くしてしまうと思ったから。さっきも言ったけれど、ロレイズが14歳になれば障害は何もかも無くなるって、僕はわかっていたから……」

 そこまで言って沈黙したディクトの代わりに、ミラノが続ける。

「──なのに、ロレイズが妊娠した……」

 ディクトの顔が苦痛に歪む。

「もう、無茶苦茶だ」

 目を強く瞑ってディクトは首を左右に振った。

 声には年相応と言えない苦悩がはっきりと刻まれていた。

 きっと毎日のように考え、悩み、それは前へ後ろへ、心は大きく右へ左へと振れた事だろう。

 自分自身を保つ事も大変なのに、彼はロレイズも支えなければならなかった。

 今まさに人生のどん底を味わっている──ディクトはまた黙ってしまった。

 我慢強く、あるべき姿を心に描いているのだろう、見苦しい姿を極力避けようとしている事がわかる。

 言い訳も愚痴も言わない。女からすれば無口だとか、何を考えているのかわからないとか、もっとあなたの話が聞きたいだの、頼ってくれないだとか不満を言い出しかねないところだ。だが、男には男なりのプライドというものがある。格好悪い事が嫌いな生き物だ。

 ロレイズが妊娠した事で、ディクトの14歳を待つ計画はズタズタになった。その後の長い人生の為、ほんの1、2年を待てないバカじゃない。大人しく潜んでいたのだが──。

「──だから、さっきインキュバスの話をした人を、大蛇で襲いかけた?」

 ミラノの責めるでもない、淡々とした声は相変わらずで、ディクトは促されるまま言葉を落とした。

「無意識だったのは本当だよ。だけど、ロレイズの事は、キュバスの仕業以外、考えられないんだ」

 ロレイズは、インキュバスに妊娠させられた、ディクトはそう言う。

「──それで、キュバス召喚主追捕に加わらせて欲しい、か」

 足音をほとんどさせず現れたネフィリムがディクトを見下ろした。

「で、殿下! き、聞いておられたのですか」

 慌てて立ち上がるディクト。

 未来の王を前にして、当然と言えば当然だが、ディクトは堅く緊張している。

「悪いとは思ったが、私が居ては言い難そうに見えた」

 ネフィリムは立ち去ったフリをして近く潜んで聞いていたのだ。

「そ、それは──」

 ごくりと唾を飲み込み、ディクトは言葉を選んだ。

 ネフィリムはちらりと黒い“うさぎのぬいぐるみ”を見る。

「ミラノになら、話しやすいだろうと思ったんだ。ミラノ、ありがとう」

「……そういうつもりは無かったのですが」

 ネフィリムの代わりに聞いてやるという気持ちは無く、ただミラノ自身がディクトの身の上を思い、話を聞いてやりたかっただけだ。

 ミラノは、パールフェリカにもそうだったように、子供には甘いところがある。自分自身に弟と妹がいるとせいか、年下の子が困っているようなら放っておけなくなる。手を差し伸べてしまう。鉄の女とあだ名されているが、態度や感情を表に出さないだけだ。悲しくつらそうな顔をしている人を見過ごせるほど、感情は薄くない。

 ぽつりと出た黒い“うさぎのぬいぐるみ”の言葉に、ディクトが口元に笑みを浮かべる。

「殿下、この方は何者です? 人なのですか?」

 もういくつか言葉を交わした。“ぬいぐるみ”のくせに温かい事も知っている。ディクトはこの黒い“うさぎのぬいぐるみ”に──長いこと溜め込んだ心の底も打ち明けてしまった──親近感を抱いた。

 あっさりしているのに包みこむような、全てを受け入れる深さを感じたのだ。人柄であり、雰囲気やオーラで、一朝一夕で形だけ真似たって醸し出せるようなものではない。

 ミラノはなぜ自分に聞いてこないのかと無言でディクトを見上げる。

 その様子をネフィリムはちらりと見てにやりと笑った。そのままディクトに言う。

「彼女には未来の妃──」

「えぇっ!?」

「──になってくれると嬉しいのだが」

「勘弁してください」

 ミラノはすかさず、ネフィリムの語尾に被せるように言った。

 ──何度もかえるって言ってるじゃないですか。

 ──わかっているさ。

 そんな会話が勘の良い二人の間で言葉無く交わされた。

「え!? え!? えぇー!?」

 冗談を真に受けて、ディクトが「ぬ、ぬいぐるみですよぉー!?」と慌てている。

「い、いくら殿下が召喚獣マニアだからって、ぇええー!? そんな──!?」

 少年が一時でもつらい現実から開放されるなら、もう何でも良い。

 ディクトの素直な様子に、ミラノは“うさぎのぬいぐるみ”で表情が出ないながら、微笑った。

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