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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【6th】the second love - | ||taboo|| |
163/180

(163)“唯一の召喚獣を召喚する者”(3)

(3)

 アルフォリスが赤ヒポグリフで路地に降りてくると、ネフィリムは近くにひっくり返っていた別の冒険者を捕らえるよう伝えた。

 ひっくり返っていた男の上着には鱗の跡があって、ネフィリムが目覚めるより前に、ディクトの召喚獣ウィルムが押し倒していたであろう事がわかった。ウィルムに転ばされ、頭でもぶつけて気を失ったのだろう。

 逃亡したバルハンムとサラマンダーを召喚した男と、このひっくり返っていた男の3人がバルハンム一味といえるだろう。

 アルフォリスはひっくり返っていた男を後ろ手にして所持していたハンカチで簡易的に縛った。その後は赤ヒポグリフを伝令代わりに王城へ飛ばす。時間をそれほど空けずに王都警備隊が来るだろう。

 待っている間に大蛇ウィルムがのろのろと戻ってきた。

「追いつかなかったか」

 ネフィリムが「やはり」と言ったが、ディクトは小さく首を左右に振った。

「──いえ」

 ディクトは大蛇のすぐ隣に駆け寄り、口を開けさせる。

 大蛇の顎の下辺りをディクトが軽く撫でてやると、大きく開いた口からどろりと男が吐き出された。男は濁った半透明の唾液らしきものに包まれていた。

 これはバルハンムではなくサラマンダーを召喚した男の方だ。

 男は粘着性の強い唾液の中でゲホゲホと咳き込みながら自力でも大蛇の口から這い出してくる。顔についた半透明の唾液を手や腕、服の袖で剥がしている。

「時間はかかりましたが、殿下もおっしゃったでしょう? ウィルムは再生能力がずば抜けています。体力も落ちる前に回復します」

 大蛇ウィルムは息があがるという事を知らないのだ。

 人間は走り続ければ休憩が必要だが、ウィルムには不要だ。全速力のまま突撃をかけられる。逃げる人間を追うのにウィルムが勝る理由だ。

 アルフォリスが一瞬だけ顔をしかめてから笑った。

「生きたまま丸呑みか」

「──アルフ」

 ネフィリムが無言の指示を出すとアルフォリスはさらりと腰の長剣を引きぬきつつ、咳き込む男の顎を蹴り上げた。

 小さな悲鳴と共に男は尻餅をつく。その鳩尾辺りをアルフォリスは踵で強く踏みつけ、剣先を下がった顎に当て、顔を上げさせる。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”は3歩下がり、顔を背けた。

「お前の召喚獣、あるいは霊はなんだ?」

 アルフォリスの声に感情は無い。男は尻より後ろについていた両手の拳を握る。

「抵抗するか?」

 アルフォリスの声と共に、大蛇ウィルムが男の頭の上で巨大な牙を動かし威嚇した。

 丸呑みが容易い大きな口が傘のように開いて男に影を落としている。

 男は大蛇の赤黒い口をちらりと見つつ、肩で息を整える。奥歯を食いしばり、顎の下、首に当てられた刃を一瞥し、アルフォリスを見上げる。

 目があったところでアルフォリスの碧の目が鋭くひかる。

「冒険者一人死んだところで痛くも痒くも無いが?」

 男の首に押し付けるアルフォリスの剣の下、その皮に赤い線が浮かんだ。

 ネフィリムもまた男を冷たく見下ろしている。

 男の方もネフィリムを見上げ睨み、しかしすぐに口を半開きにした。

 ネフィリムの肩にとまる炎の鳥、“炎帝”に気付いたのだ。男は自分の目の前に居る者が何者であるかを悟ったのだ。

「……あ、あぅ……お……ネ……」

 目を見開いて言葉にならぬ声を発する。

「バルハンムを庇う理由が金や威力なら忘れた方がいい。あいつの召喚獣、召喚霊が何であれ、捕まえたら私はあれを未来永劫自由にするつもりは無い」

 ネフィリムがさらりと言った。アルフォリスはネフィリムの横顔を盗み見る。いつもと変わらない表情だが、言葉はいつもより過激に聞こえた。欠片も笑っていないのだ。

「…………」

 黙る男を見下ろしていたが、肩のフェニックスが小さく揺れるとネフィリムは微かに目を細めた。

 左の革の小手、手首辺りから隠しナイフを出す。目線を動かし、同時に小さな動きで薄く細いナイフを投げた。

 乾いた音がして、路地の壁を這っていた茶色の塊が移動をやめた。

 ナイフで壁に縫い付けられた塊――それの8本の足がばたばたと揺れた。

 塊は人の手ほどの大きさのサソリだ。

 胴体と同じくらい大きな尾っぽの先には鋭い毒針がある。

 針に近い形状のナイフはサソリの頭胸部に真っ直ぐ刺さっていた。

 前後にも左右にも動けなくなったサソリへフェニックスがゆらりと飛んで近寄る。

 壁に固定されたサソリと同じ高さに来た時、フェニックスは嘴を開いて火炎を吹きかけて焼いた。サソリは灰になる前に溶けるように消え、壁には焦げ跡が残った。

 目を見開いてそちらを見る男に、アルフォリスが肩をすくめる。

「スコーピオンか、極小だな」 

「小さい方が見つかりにくい。そもそも持っている猛毒はあの大きさでも十分に人を殺せる」

 フェニックスは爪を器用に動かしてナイフを抜き、ネフィリムの肩へ飛び戻った。ネフィリムはナイフを受け取ると元の小手にしまった。

 その横で、剣先を微塵も動かさずアルフォリスが問う。

「今のがお前の召喚獣か」

 男は観念したように頷いた。

 横からネフィリムが重ねて問う。

「バルハンムは召喚霊、だな」

 男の顔はアルフォリスの長剣で持ち上げられている。男はただ目線を横に背けるのが精一杯だ。視線を逸らしたまま、男は口をもごもごと動かした。

「……そうだ。金払いはいいぜ。儲かってんだろ、何せキュバスの主だ」

 ネフィリムが小さく頷いた時、大蛇が一気に動いて男の頭に噛み付こうとした。

 アルフォリスの長剣と咄嗟に引きぬかれたネフィリムの刀が十字に交差して大蛇の口を止める。

 ネフィリムが低い声で怒鳴る。

「ディクト、ウィルムを下げろ! 何を考えている!?」

 男はひいいと悲鳴を上げ、這いつくばって大蛇の下から逃れた。ネフィリムの声にディクトは顔を蒼白にして慄いている。

「……も、申し訳ありません……!」

 ディクトは慌てて魔法陣を広げ、大蛇ウィルムを返還する。

 顔を上げないディクトを目を細めて見るネフィリム。

「……ディクト?」

「せ、制御にまだ、な、慣れていないんです……」

 召喚主の心の大きな揺れを召喚獣が察知して暴走する事もある。だが今のは、明確な殺意がウィルムに、ディクトにあった。だからこそ、ネフィリムも普段は出さないような声で止めた。

 それぞれ武器を鞘に収めながら、ネフィリムとアルフォリスは顔を見合わせた。

 その後、王都警備隊1番隊の副長と3名の隊員が来た。

 1番隊の隊長はネフィリムとも仲の良いカーディリュクスだが、来ていない。

 カーディリュクスは居ないのかと問えば副長は一瞬だけ眉間に皺を寄せた。

「パールフェリカ様がお忍びで街にいらっしゃるとの事で、隊長は姫様の護衛にむかっています。殿下のお許しがあっての事ですよね?」

「……そうか、わかった」

 ネフィリムは肩で息を吐いた。

「カーディに会ったら私が頼むと言っていたと伝えてくれ」

 気絶したままの男と唾液まみれの男は警備隊に捕らえさせ、ネフィリムはアルフォリスを振り返る。

「バルハンムを探せ。淫魔の召喚主だ。夢魔の範囲も広いから注意させろ」

「はい。殿下は?」

「私は“光盾”で話を聞いてみよう。冒険者連中の事は冒険者連中に聞くのが早い。ヒポグリフはいらない。“炎帝”を出しておく」

 アルフォリスが赤ヒポグリフを駆って飛び去り、警備隊が後片付けをはじめた頃、物音を聞きつつも怯えて遠くから覗き見ていた街の人々が徐々にこの裏路地まで顔を出し始めた。

 フードを深く被りなおしたネフィリムはフェニックスを空に放って待機させ、黒い“うさぎのぬいぐるみ”を脇に抱えた。

 ディクトに一言「こっちだ」と言って路地をこそこそと抜けた。

 人の居ない高低差のある路地を植木の傍まで歩いた。風で緑がさわさわと揺れている。

 足を止めてすぐ、ディクトは口を開いた。

「……ネフィリム様、僕も、キュバス召喚主追捕に加わらせてください!」

「まだ君の話を聞いていない」

 ディクトは一度だけ目を泳がせ、ネフィリムを見上げる。

「僕は、ウィルムの召喚主です。それがどういう事か、ネフィリム様にはおわかりでしょう?」

 眉間には皺が寄せられている。ディクトは必死だ。

「“唯一の召喚獣を召喚する者”――私と同じだな」

 召喚獣ウィルムは、同じ時代に1体しか召喚されない。誰か一人の召喚主に召喚されれば、その召喚主が死ぬまで他の者には召喚される事がない。ネフィリムのフェニックスやシュナヴィッツのティアマトと同じだ。

「ロレイズの召喚霊が何か、ご存知ですか?」

 ネフィリムはその一言に重い溜め息を吐き出した。

「──キサスに聞いている……そういう事だったか、忘れていた」

 13歳で妊娠しているという事の方が頭に強く張り付いていた。

 ロレイズの父である宰相キサスは、ネフィリムにも嬉しそうに報告してきたのだ。娘ロレイズの召喚霊は、唯一の召喚霊ケレースだった、と。

 ロレイズもまた“唯一の召喚霊を召喚する者”だった。

「殿下はよくご存知のはずです。僕らは──」

 ディクトの真っ直ぐの瞳を、ネフィリムは静かに受け止める。

「僕ら“唯一の召喚獣、召喚霊を召喚する者”は、生涯ただ一つの存在しか愛する事が許されていません。強い存在と僕ら人間が対等になる契約だと聞きました。この禁忌を犯せば、僕らは召喚したものに魂を食われる」

 たゆんと一度だけ、ネフィリムの小脇に抱えられたままの“うさぎのぬいぐるみ”の耳が小さく揺れた。

「僕にはもう、ロレイズしかいない……」

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