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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【6th】the second love - | ||taboo|| |
162/180

(162)“唯一の召喚獣を召喚する者”(2)

(2)

 ミラノの表情が構造を無視した形で歪んでいく。

 不快に顔をしかめるネフィリムを前に、彼女の顔は醜い豚鼻に変わった。肌はどす黒く変化し、大きく開く口の両端から黄色い牙が長く伸びていく。

 あっという間にミラノは淫魔(サキュバス)の姿に変わった。

 猫背になった分背の縮んだ淫魔は3歩分大きく後退り、ネフィリムから距離をとった。

「──残念だが、夢の中だからといって都合の良いものをあっさり信じたるほど甘くない」

 ──虚しい能力だ……夢魔の“理想の姿を引き出す”というものは。

 本当のミラノがあんな態度をとる事は、はっきりとフラれている現状、全く考えられない。飛躍しすぎていてむしろ滑稽だ。

 辺りの霞が一気に薄らいでいき、淫魔の姿も同じだけ消えていく。

 ネフィリムは口元に笑みを(たた)える。

 夢を打ち破る事に成功し、意識は急速に覚醒する。

 ──どんっという重い音がまず耳に飛び込んできた。

 はっと目を開ける。

 夢はほんの一瞬の出来事だったらしい。

 体は前のめりに倒れていくところだった。

 咄嗟に地面についた両手に力を込め、ネフィリムは頭を上げて左右を確認する。

 音のした方を見ると、先程までネフィリムが追いかけていた少年が壁に押し付けられていた。少年の首をねじり掴むのは、日に焼けた大柄の男だ。

 ネフィリムは勢いよく立ち上がると、日に焼けた大柄の男──酒場でミラノに絡んでいた輩……バルハンムとかいったか──に肩から体当たりをかけた。

 バルハンムは予想していなかったのか、隙をつかれたか、小さく呻いて少年を掴む手を離した。衝撃でよろよろと2歩3歩と後ろへ下がった。

「──く、くそ! なんで効いてねぇんだ!? おい! 頼む!」

 ネフィリムが壁の前で咳き込む少年を抱え起こしていたところへ、炎が走ってくる。

 駆ける炎の正体は火を身にまとう召喚霊サラマンダーだ。

 ネフィリムはすぐに空に待機させていた鳩の大きさの炎帝フェニックスを呼び戻した。

 2人の眼前で大きく翼を広げて火を噴き出す炎帝。そこへ火トカゲのサラマンダーが飛び込んでくる。

 熱を持たないフェニックスの炎が火トカゲの姿ごと火を飲み込んだ。

 直撃は避けたが、視界は光で一時失われた。

 フェニックスの背から火が失せた後に見えたのは、バルハンムが遠く逃げ去っていく様だ。

 バルハンムの背後に居たらしいサラマンダーを召喚した者──中肉中背の男、黒い貫頭衣に革のズボン、腰には2本の短刀が見える──も別の方向へ駆け去ろうとしている。

 ネフィリムはフェニックスに追わせようとした。が、爆ぜたサラマンダーの火は周囲の家に燃え移り、一気に吹き上げ始めている。

 ヒポグリフに追わせようとして周りを探すも見当たらない。アルフォリスが何かしら察知して呼び戻した可能性が大きい。近くに居ない。

 ネフィリムはバルハンム追跡は一旦諦め、フェニックスに命じて周囲の火を全て制御、消火させる。一方その横で、少年が「──追え!」と言葉を発した。

 少年の足下にぎゅるっと魔法陣が生まれた後は早かった。

 魔法陣から成人男性の胴ほどの太さの大蛇が姿を見せ、中肉中背の男を追いかけた。

 蛇の速度は人とあまり変わらず、追いつき追い越して捕らえる事は難しいように見えた。

 蛇は体長の割に胴体が太い。全身を青緑の尖った鱗が全身を覆っている。

 大きく突き出て発達した顎を持ち、不釣合いなほど巨大な牙が伸びていた。頭頂部から飛び出た2本の毒々しい角が特徴的だった。

 ネフィリムは目を細めて召喚された蛇の後ろ姿を見て呟く。

「──召喚獣ウィルムか」

「申し訳ありません、肝心なところでウィルムが負傷させられていて……でも、追いつくと思います」

 ネフィリムが立ち上がりながら「大丈夫か」と問えば、少年ははっきりした声で「はい」と返事をし、こちらも並んで立つ。

「初めて見たが、文献で読んだ事がある。凄まじい再生能力があるとか」

「ええ、一撃でくらったのでなければ、致命傷でも強制返還されるより先に再生します。どんな致命傷も僕への負担はとても小さいんです。ですが……あの大きさが今の僕の限界で、あれでは対人でも負けてしまうんです……本当はもっと強いんでしょうけど」

 ネフィリムの読んだ文献では、最大の大きさはシュナヴィッツのティアマトに相当する。

 飛べないという難点はあるが、最大の体長で召喚された時、堅硬な鱗に傷をつけられるものはほとんど居なくなるという。

 ガミカにとってとても大きな戦力になる召喚獣だと言えるだろう。

 ほんの少し話をしている間に周囲の消火は進んでいた。

 赤から黄に色を変えながら黒い煤を巻き上げていた火は、あっという間に小さくなって消えていた。

 フェニックスはゆったりと翼を動かして飛びあがり、ネフィリムの肩まで来ると静かに止まった。ネフィリムは一度フェニックスと目を合わせてから少年を振り返る。

「──いや、助かった。戻ってくれたのだろう?」

 ネフィリムの言葉に少年は顔を上げた。

「襲撃されている殿下を置いて立ち去る事は出来ません」

 きっぱりとした様子で言い、少年は姿勢を正す。

「申し遅れました。イヌール・ラインの子、ディクトです」

 敬礼するディクトは14歳とは思えぬほど立派で、様になっている。

 褐色の髪はクセが強く、毛先がくるくると揺れていた。

 男性でも髪を伸ばす習慣のあるガミカだが、ディクトはクセの強い髪を目立たないようにする為、とても短く刈っている。

 聡明さの伺える瞳は灰と蒼の間の色。睫毛が長く、しっかり目を開いても伏せがちに見え、それが逆に澄んだ印象を与える。まだはっきりしない少年らしさの残る容貌だが、将来はガミカ指折りの美青年に仲間入りする事だろう。

 そのディクトが、ふと顔をしかめる。

「……焦げ臭くありませんか?」

 火は既にフェニックスが消し止めているが──ネフィリムは慌てて周囲を見回した。

 すぐに黒い塊が目に飛び込んでくる。

 うっかりしていた。ベルベット地の背中には踏んづけられた靴跡がある上、尻尾からはぷすぷすと煙が出ている。

「ミ、ミラノ!」

 慌てて駆け寄ってうつ伏せだった黒い“うさぎのぬいぐるみ”を仰向けに抱き起こす。軽すぎて放り投げそうになった。

 呼び掛けるネフィリムの声が少しだけ半笑いになったのは、可哀想だと思ったせいだ。

 ネフィリム以外の誰からも“ぬいぐるみ”と思われていたはずだから扱いがひどい。

 はっきりと靴跡が残るほど踏まれるとは……運の無い──。

 笑いそうになるのも無事だという確信に近いものがあっての事だ。

 尻尾の火は消えているらしい。軽くはたいて抱え起こしたが、反応が無い。

 まだ、眠っているのだ。

 夢魔に捕らわれているのだと気付いて、ネフィリムの表情は消えた。

「──……ミラノ、“誰”と会っている?」

 召喚主から距離が開けば夢魔から開放されるであろう事はわかっても、胸が騒いだ。

「殿下、これは召喚霊ですか?」

 背後からのディクトの声にネフィリムはぎくりとして我に返った。

「しゃべっていて僕はとても驚いてしまったのですが」

 ディクトがネフィリムの後ろから“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろしている。

 ネフィリムは“うさぎのぬいぐるみ”を抱えたまま立ち上がり、ディクトの方を向いた。

「いや、もっと変わったものだ。説明は難しいが」

「──僕がロレイズと会っていた事はもう……?」

「聞いた」

 ディクトが覚悟を決めて口を開く寸前、黒い“うさぎのぬいぐるみ”の耳がひょこんと動いた。

「うわっ」

 驚いて後退るディクトの目の前で、“うさぎのぬいぐるみ”はネフィリムの腕からすとんと地面に飛び降りた。

「ミラノ」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”は呼びかけに一度だけネフィリムを見上げるも、すぐにくるりと向きを変えた。ディクトを赤い刺繍の目でじっと見つめる。

「ディ、ディクトです」

「……ヤマシタミラノです、初めまして」

「ミラノ、悪い。尻尾が少し焦げてしまったみたいなのだが……痛みはあるかい?」

 焦げた尻尾をネフィリムは見ている。ミラノを護るつもりはあるのだが、どうにも“ぬいぐるみ”の時は気が緩んでしまうらしい。

「……わかりません。なんとも無い気はしますが。元々の私に尻尾が無いからでしょうか……」

 以前に耳も、と淡々とした声で何やらぶつぶつ言いながら丸い手で全身の砂埃を払っている。

 どうやら大したことは無いようだ。

 払いきれない背中の靴跡を指先で弾いて取ってやりながら、ネフィリムはディクトを見る。

「ディクト。話を聞かせてくれるか」

「…………」

 口をぎゅっと引き結び、ディクトが沈黙する。

 ディクトにとっては、ネフィリムの穏やかな声音の問いでも命令であり、絶対だ。それでも唾を飲んでためらっていた時──。

 風を捲き、空から馬ほどの大きさに召喚され直したレッドヒポグリフが召喚主アルフォリスを乗せて降りてきた。

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