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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【6th】the second love - | ||taboo|| |
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(160)パール姫の冒険VI(3)

(3)

「パール様、ミラノ様いらっしゃいましたよ」

 横からアルフォリスが言い、すぐにパールフェリカはそちらを向いた。

「本当!? どこ!?」

 挙動不審のキョウの事も忘れ、大きな動作で室内を見回すパールフェリカ。

「ミラノっ!!」

「あ、パールちゃん、ミー姉はまだ帰ってないよ、見つかったってだけで」

 キョウが『今だ話を逸らせ』とばかりに付け加えると、パールフェリカはがっくりと肩を落とした。

「…………そうよね、キョウが無事なんだもの」

「……そ、そうだよ」

 こっそりと敬礼して姿を消そうとするアルフォリスにキョウは「アルフさん、また」と手を挙げる。アルフォリスも音は出さずに「おうっ」と口だけ動かし、軽く拳を見せて去って行った。

「キョウったらアルフとももう仲良しなの?」

「え、俺、誰とでも仲良いよ」

 キョウは離れた控えの間から姿を見せていた侍女のサリアに「ね!」と声をかけ、すぐに近くのリディクディの隣へ移った。

「リディさんとも結構話すよね」

「キョウ君、君もうちょっと浮気性直した方が良いよ?」

「え? 俺、浮気とかしないし」

 ──そもそも1人って決めて付き合わないし。友達も、恋人も。

 男友達とはわいわい気軽に遊ぶし、女友達に対してもあまり違わない。

 最近では恋愛感情をチラつかせる女の子には極力近寄らない。キョウのその辺の意思を尊重してくれるような女の子としか遊ばない。そんなだから彼女らしきものはいないし、女の子にとっても都合の良い男友達。

 付き合いが長い女友達には、女顔という外見もあって男扱いされていない。知人には目の保養扱いされているが、キョウもそれで良いと思っている。

 ただの人間同士の付き合いの方が良い。男だ女だと言い出すと疲れてたまらない。

「じゃあ、あの、さっきの絵は?」

「あれは、ほら、あっちの、なんていうの、そういう商売の人で、顔見知りとかの写真……絵じゃあないよ?」

「……売ってる絵?」

「そそ」

 インターネット上にあった画像を保存しておいたものばかりで、購入したわけではない。買ったわけではないが、子細を話しても通じる気がしないキョウはその辺ケロリと返事をする。大きく違わず、概ね好意的に受け入れてもらえればそれで良い。細かい事にはこだわらない。

 顎に手をあてて「うーん」と唸るパールフェリカの横でリディクディが爽やかな笑顔をキョウに向ける。

「そうか。誤解、したかな。ごめんよ」

「いやいや、全然! 気にしなくていいから!」

 全開の笑顔でキョウは「それよりさ」と次の話題をリディクディに切りだしている。キョウはおしゃべりのようで話が途切れる事は無いようだ。

 パールフェリカは半裸の女の絵を持ち歩くキョウに対する認識を悪い方に改めつつ腕を組んだ。

 何気無くキョウとリディクディを見ていたが、ふと、横から熱気が漂ってきている事に気付いた。

 嫌な予感を察知しつつも熱源をちらりと見る。

 侍女のサリアが頬を赤らめてキョウを見つめているではないか。

 ──……うわぁー……。

 どぼんと深い溜め息を吐き出したパールフェリカはよろよろとソファの背もたれに手を置いた。

 ──ミラノの所の血ってどうなってるのかしら……。

 脱力してしまって、おでこを背もたれの上部に置いた。自然と視線はふかふかの絨毯で埋まる。

 すぐに手が届きそうな──庶民から貴族に転身した出世頭という意味で侍女人気も高いリディクディだが、実際のところ、サリアはとっくに見慣れている。

 サリアにとってリディクディは手が届きそうというよりも、異性というよりも、同じくパールフェリカに仕える者──職場仲間としての意識が強い。

 さらにイケメンという点においては、ネフィリムやシュナヴィッツという国内……いっそ世界屈指の美男子がパールフェリカを訪ねてやってくるので見慣れている。

 王城にやってくるのは大半が雲の上の人々だ。その上ちょっとやそっとのイケメンでは物足りなく眺めて終わってしまうサリアとしては、一体誰に心を動かされたら良いのか、もしや自分は一生独身でパールフェリカに仕えるのかとさえ考えたほどだ。

 贅沢すぎる環境のせいか、サリアの男を見る目は酷く厳しくなっていた。

 そこへやって来たのがキョウだ。

 やたら馴れ馴れしいものの一定距離以上は踏み込んで来ない。

 清潔感のある爽やかさも持ち合わせ、ミラノとよく似た中性的な外見は顔が整っているという以上に好感度が高い。その上にこにこと笑顔を絶やさない。地位は無いものの、ちょっと気になるいい男としてサリアには認識され始めていたのだ。

 それが、パールフェリカには手に取るようにわかってしまった。現実から文字通り目を逸らすように目を瞑った。黒い視界は妙にぐらぐらと頭が揺れる気がした。

 ──サリアってキョウのどこを見てるのかしら。軽薄な感じ漂いまくってるじゃない。

 信じられないと考える事を切り捨てようとして、パールフェリカはきゅっと唇を引き締めた。薄く目を開けると揺れは止まった。

 幻滅する一方で、脳裏に浮かぶのはキョウの言葉──『大丈夫』。

 キョウは出来なくても大丈夫と言ってくれた。それは見捨てないという意味だ。

 全然軽くない、とても重い言葉だ。

 出来ないでいたら放ったかされて、見向きもされなくなる。それが怖くて必死で頑張って、でも結局いつも絡回りばかりするのだと、パールフェリカは気付いている。それをいつまでたってもどうにも出来ないでいるのだが。

 真っ青な顔になるまで頑張っても、結局はぶっ倒れて周りに迷惑をかけてばかりいる。いつか「またか」と飽きられるんじゃないかという恐怖が湧き始めている。対処法がわからなくて気を落とす事が多かった。

 でも、キョウは大丈夫だと言った。

 きっと、出来るまで待ってくれる。『さっさと頼っちゃえば良いんだよ』とも言った。

 あんなに軽そうで、人と人を渡り歩いて気軽にひょいひょい話をしていて……──でも、自分を受け入れてくれる気は、確かにする。

 聞いて、と言えば、キョウはきっと最後まで話を聞いて、どんな悩みも解決するまで気にかけて傍に居てくれる……不思議とそんな気がする。

 あんなに性格は違うのに、ミラノに感じた優しさを、キョウにも感じるのは何故だろう。

 ぱしんとパールフェリカはソファに両手を置いた。勢い良く顔を上げ、扉付近に控えるエステリオを見た。物思いを振り切るように声を張る。

「エステル! 街に行くわ!」

「ですが、ネフィリム様の許可がありません」

「エステルとリディが付いて来てくれて、警備隊にもちゃんと連絡しておけば問題ないわよ!」

 パールフェリカはエステリオ、リディクディの顔を見る。

「行くのは安全なところだけよ、無茶は絶対に言わないわ。何なら、シュナにいさまの許しをもらってくるわ」

「……」

 誰もが沈黙で返事をするしかない。

 今のシュナヴィッツならまだまだ頭にお花畑が広がっているだろうから、ミラノというキラーワードをちらつかせつつパールフェリカがおねだりすれば、いとも簡単に判断を誤ってくれる事だろう。衆目の中での熱い接吻劇。男性陣からすれば、惚れていなくてもあのキスはしばらく尾を引くと得心できる。

 パールフェリカは「キョウもついてくるかしら」と部屋の中を探せば、いつの間にか姿を見せていたブレゼノと話をしている。

 ブレゼノはシュナヴィッツの護衛騎士。無表情、無口で近寄りがたい男だ。召喚獣もマンティコアといい、生前は人を集落ごと食い荒らしたモンスターだ。凶悪な面構のマンティコアを連れるブレゼを国中の者が恐れ、怖がっている。それが、キョウは「まじで!」なんて言って笑いながらブレゼノの腕をばしばし叩いている。

「じゃあもう大丈夫なんすね」

 ブレゼノの声は小さく聞こえない。

 仕事の声は前に出るが、プライベートでしゃべる彼の声はとても小さいのだ。うんうん、と頷くキョウ。ブレゼノの方はあの強面にほのかな笑みを浮かべている……。

 パールフェリカのみならず、エステリオやリディクディさえ目を丸くして見るしかない。

 誰もがブレゼノのプライベートにまで食い込んで話を出来る人物は、ネフィリムかシュナヴィッツしかいないと思っていたからだ。

 ブレゼノも昨晩リディクディ、アルフォリスが泊まり込んだ近衛騎士の詰所に居た。同じ詰め所で寝泊まりしたリディクディも気付かぬ間に、キョウという男は一体どれだけ話して親しくなったというのか。物怖じするとかいう事は無いのか。

「よかった! じゃああれも──」

「キョウ! どいて」

 パールフェリカは進路を遮っているわけでもないキョウに低い声で怒鳴った。

「え? パールちゃんどっか行くの?」

「行くの!」

 パールフェリカはずんずん足を前に出して部屋を出た。

 ブレゼノとももうあんなに仲が良いなんて信じられない。あの話し方ではキョウがブレゼノの相談か何かにのってあげたみたいじゃないか。

 胸がざわざわする。イライラする。

 自分は、エステリオの、リディクディの悩みなんて一つも知らない。頼ってもらった事なんて一度もない。

 ──私の周りはこんなに壁だらけなのに、キョウだけみんな親しげについて行く。口を開く。まだ会ったばかりじゃない。なんでよ? ずるいわ!

 プリプリするパールフェリカの背中に、「いってらっしゃーい」と気楽なキョウの声が聞こえてきた。一緒に行く気は全く無いらしい。

「パール様! もしや街へ?」

 ブレゼノがキョウに小さく手を挙げて別れを告げた。アルフォリスを探してやって来ていたが入れ違ってしまったのだという。ブレゼノはエステリオとリディクディを連れたパールフェリカの後を追いかけた。

「そうよ!」



 廊下から頭だけ出して遠のいていくパールフェリカの背を見送るキョウ。

「パールちゃん、なんであんなご機嫌斜めなんだ?」

 小首を傾げてぽつりと呟き、キョウは部屋に戻る。扉は外から近衛兵が閉めた。

「サリアちゃん、昼飯っていつ頃食堂行けばいいか知ってる? あ、俺なんか手伝おっか?」

 キョウは次の話し相手を部屋の片付けを始めたサリアに定め、へらへら笑って話しかけていた。

 キョウの得意技は相手の警戒心を減らして話を聞き出す事だろう。

 たまにそのあざとさを感づかれる事もある。パールフェリカの反応がまさにそうだ。

 ミラノが忠告するのはそれで痛い目を見るキョウを見たくない為だ。が、今のところ、人を下げずに自分を下げて笑いをとったり、道化に転じるキョウを見て、ほとんどの人がいつの間にか憎めないと言ってキョウの腹黒さを忘れてしまう。

 末っ子らしい要領の良さという性質がある。全ての人に該当するわけではないが、キョウに関しては遺憾なく発揮されていた。

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