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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
149/180

(149)5th episode エピローグ


エピローグ


「ん……」

 夜空を悠然と飛ぶフェニックスの背の上、あぐらをかくキョウに横抱きに抱えられた状態で目を覚ましたパールフェリカは、瞬きを繰り返して体を起こした。

「あ、平気? パールちゃん」

 パールフェリカの顔色はほんの少し青白いぐらいで、人外のような紫色、素人目には瀕死にしか見えない状態からは回復したようだ。以前は回復に一晩かかったものが、随分と早くなっている。

 キョウはゆっくりとパールフェリカを下ろした。

「あれ?」

 四つん這いでまわりを見回すパールフェリカの視界には、真横のキョウと大人しく両足を投げ出して座る黒い“うさぎのぬいぐるみ”、数歩分離れて立つネフィリムが入った。

 パールフェリカはもそもそと横座りをしてキョウを見る。

「どうなったの?」

「なんか、ミー姉が闇? を閉じて──」

「え」

 目を見開いて“霊界”を見上げるパールフェリカ。

 空に大きく広がっていた穴が、もう目を凝らさなければ見えず、晴れ渡る夜空には星が瞬いている。

 ほっとしたのも束の間、すぐ不審そうに蒼い目を細めた。

「……あれ?……何……」

 呟きつつパールフェリカは拳を作って両の目をがしがし擦った。改めて空を見上げ、完全に閉じてしまう寸前の穴を指さした。

 そこから、するりと降りてくる存在がある。

「……ん? え??……って、あれ──!?」

 キョウも空を見上げ、気付いた。

 探し出しては残っていた“霊”を還していたネフィリムもキョウとパールフェリカの様子に気付いて空を見た。黒い“うさぎのぬいぐるみ”も同様に見上げる。

 暗闇の中、霊界の扉が閉じていくところ、虹色の光がちらちらと揺らめいている。

 フェニックスがゆらりと羽ばたき、光の正体を確かめるべく上昇する。

 既により高いところに居たティアマトも高度を上げ、光を目指しているようだ。

 すべての木々からも“霊”が抜けて元の森に戻り、空の“霊”も消え去っている。

 アルティノルドの大クリスタルよりも高く飛ぶと、青い光に淡く押し上げられているような温かさがあった。

 周囲には8つの天使らの放つ白銀の輝きで、夜であっても見通せた。

 神聖な光に見守られるように、小さいながらキラキラと輝きを発しながら“それ”はゆっくりと降りて来る。“それ”自体も、虹色に光っている。

 “それ”──人型の、女の姿……。

「──あれって……ミー姉?」

 キョウの言葉通り、虹色の光を放ちながら空から舞い降りてきたのは、紛う事なき“ミラノ”。

 現代日本女子のふわふわした夏の装い。下地の服を着ていて透けないが、全体はレースや透ける素材を使ったブラウスとスカート。夜空に虹色の光を発しながらゆらゆらと揺れている。黒髪はゆるく巻いており、伊達眼鏡をかけていた。

 スーツでぱりっと決め、まっすぐの黒髪を結い上げていた召喚獣時代とは赴きが異なってフェミニンな私服だ。

「あれは、ミラノの体なのかい?」

「…………」

「あ、俺今朝見たよ。あの全身ニッセン服は間違いなくミー姉だよ」

 まるでニッセン以外を着ないかのような言い様だ。

 ブラウスやブラジャーはサイズが無いので専用ショップで買っている。スーツにしても、胸合わせでは胴がぶかぶかで丈は短く、スカートやパンツも胴が余って丈が全く足りなくなる。毎日着るスーツはオーダーメイドで高くついているから、私服は多少サイズがあわなくても良心的でお求め安い価格のニッセン頼みなのだとは、守銭奴みたいで見苦しくて言いたくない。この弟なら理解してくれていそうなのに、いや、理解しているからこそ全身ニッセンだと発言出来たと言えた。

 ──とてもコスパがいいのに……。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”がぽつりとこぼす。

「…………なぜかしら、殴りたくなるみたい」

「え? ミー姉、どういうイミ??」

 “ミラノ”らしきものは、ゆっくりと降りくる。

 降下軌道上に合わせて近寄ったティアマトの上、立ち上がったシュナヴィッツの伸ばす手を“ミラノ”はそっと取った。

「…………何故“動く”のかしら」

 中身はここにいるのに──黒い“うさぎのぬいぐるみ”が言い、パールフェリカははっとなってさらに食い入るように“ミラノ”の動きを目で追った。

 すとんとシュナヴィッツの正面に降り立った“ミラノ”。

 虹色の光をこぼしながら、その目は少しずつ開かれ、黒い瞳がシュナヴィッツを見上げる。


 ──あなたの“希望のぞみ”は?


 頭の中に直接響くような声が聞こえてきた。

「ミー姉、なんか言った?」

「何も言っていないわ。でも、声はしたわね」

「え? みんな聞こえてるの!?」

「──なんかミー姉の声に似て……あれの声?」

 キョウはシュナヴィッツの正面に居る“ミラノ”を指差した。 


 ──ああ、言葉は不要よ。わかるわ。あなたの希望のぞみ、叶えてあげる……。


 次の瞬間、パールフェリカが腹の底から悲鳴をあげた。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 フェニックスの距離はもうあと一飛びという距離までティアマトに──シュナヴィッツと“ミラノ”に近寄っていたが、そこでぴたりと止まる。

 空を歩けたならば10歩といらない距離。急停止したのはネフィリムの思考が停止したせいだ。

 その距離で、パールフェリカはがっつりと見てしまった。

 つま先立ちをした“ミラノ”が両手をシュナヴィッツの首に回し、彼の顔を自分に引き寄せてほんの少し首を傾けている様子──唇を重ねている様を。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 肺活量の限り、パールフェリカの悲鳴は続く。

 その隣で黒い“うさぎのぬいぐるみ”の両耳は、天つく勢いでぴょーんと持ち上がっていた。



 風でシュナヴィッツの亜麻色の髪が揺れ、口元があらわになった。

 薄目を空けていた“ミラノ”は閉じながら口を開きつつ、シュナヴィッツの唇の間に割り込んでいく。

 シュナヴィッツはといえば、目を見開いて”ミラノ”の顔をじっと見ている。

 日に焼けていたとはいえ元は色の白い顔だが、それが真っ赤に染まっている。

 理性はあっさりどこかへ飛んだ。

 どくどくと脈打つ全身。両腕をゆっくりと“ミラノ”の腰と背に回して抱きとめ、自ら口を開いて“ミラノ”を受け入れ、ついに瞳を閉じた。

 唇は既にぴったりと隙間なくあわさっている。内側ではゆっくりと二人の舌が絡み、粘液で滑らかに滑り始める。

 シュナヴィッツは“ミラノ”のぐっとくびれたウエストから広げた手を背中へ向け這わせ、手首が腰骨に来た辺りで一旦止めた。左手を腰の中心に、右手で背中を撫ぜながら肩甲骨の間まで持っていき、抱き込んだ。

 そのまま“ミラノ”の時折漏らす吐息を聞いていた。

 すぐにもっと聞きたくなって、背中にあった右手をゆっくりと、体の形を確かめるように首から顎の下へ這わせ、頬に添えた。

お互いの呼気がそれぞれ交わり、広がる。唇で食むように重ねる。

 “ミラノ”の舌はシュナヴィッツの唇の上を這い、さらに上の歯の裏、歯茎を触れるか触れないかという力加減で舐めるように通り過ぎて奥へと突き進む。

 シュナヴィッツは広げた足の間に“ミラノ”の左足が割り込んでくると、右足を少し前へ出してさらに密着した。

 休憩するように顔を少し離し、“ミラノ”はシュナヴィッツの唇を舌で優しく撫ぜるようになぞった。シュナヴィッツはすぐに上からおさえこむように“ミラノ”の口を割って自分の舌を滑り込ませ、彼女の舌を追いかける。が、その瞬間、お互いの歯がかつんとぶつかってしまった。“ミラノ”の尖らした舌がするりと動いてゆるくシュナヴィッツの舌を押し戻し、距離を測らせる、ここまでよ、と。その位置で、舌と舌はそれぞれを撫でた後、ねっとりと絡み、吸い付いた。

 再び“ミラノ”が離れ、口からふっと息を漏らす、それを飲み込むようにシュナヴィッツは追いすがり、再び唇を重ねる。ざらざらした表面、裏側の柔らかい肉質を確かめるように、押し出された舌は絡み合う。シュナヴィッツが無我夢中になると、“ミラノ”は彼の動きにまかせた。



 パールフェリカは大きく開いた両手を顔の前に持っていって、口を開いてへこんだ頬に手の平をぺったり当てた。

 自分でわかる、顔が熱い。

 隠したいのか見たいのか、指と指の間の大きな隙間からしっかりと見てしまった。

 あちらでは濃厚なキスシーンが展開している。

 パールフェリカも含め全員が黒い“うさぎのぬいぐるみ”に注目するも、“本物のミラノ”は何と言葉を発したものかわからず、黙っている。

「………………」

 見事に伸び上がっていた両耳が重力に任せてじわりじわりと下へ垂れていく。

 耳の形が普段通りまで戻ってから、黒い“うさぎのぬいぐるみ”は首を傾げてキョウを見上げた。

「キョウ、私は生まれた時から“うさぎのぬいぐるみ”よね?」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”の言葉にキョウがぷっと吹き出す。

「ちょ、まって。ミー姉! 早いよ現実逃避! かえってきて!」

「どっどっどっどっどっどっどっどっ……」

 心音をそのまま口にしているかのように呟くパールフェリカは、目線を兄シュナヴィッツから引きはがし、体ごとを黒い“うさぎのぬいぐるみ”へ向ける。

「どーして、ミラノが2人もいるの!?」

 慌てて唾を弾け飛ばしながら言うので、“うさぎのぬいぐるみ”の耳がするりと飛沫を避けるように動いた。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”は今なお続くシュナヴィッツと“ミラノ”の口付けから赤い瞳を逸らし、パールフェリカの方を向く。

「2人いるわけないでしょう。私は1人よ。あれは──」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 “あれ”という言葉に誘導され、パールフェリカはあちらを見てまた悲鳴をあげている。

「パール、声が大きい」

 パールフェリカのどでかい声にネフィリムが耳を上から塞いですぐ外し、機嫌の悪い声で言った。

「だってじゃああれ、ミラノの第3のそっくりさんとでもいうの!?」

「第2のそっくりさんのそっくりさんだったら俺のそっくりさんで男だろうし俺自分のそっくりさんのキスシーンなんて見たくないけどミー姉のそっくりさんのキスシーンというのもなかなかいただけないなぜならばミー姉と俺が」

 冷静な声音で呪文のように呟くキョウ。

「キョウ、考えていることが漏れているわ」

「…………え!? まじで!? 俺今なんて言ってた??」

「──そっくりさんじゃないなら、なに?」

 パールフェリカの声が落ち着いた。

 耳の傍に置いていた手を下ろし、ネフィリムが黒い“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろす。

「ミラノ、随分と落ち着いているが……あれは君ではないのか?」

 君、と言っているがミラノがなくしたと言っていた“ミラノの体”なのかどうかを聞いている。問いというよりもネフィリムの希望にも近かった。

「……いえ……どちらかと言うと私……本物の気がします。あの服……今朝、体を見失う前まで着ていたものです」

「ミラノ! 私とても複雑な気分よ!」

 再び両手で顔を覆いながらも目を全然隠せていない状態であちらを凝視していたパールフェリカが、再びこちらを向いて声を上げた。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はふいと顔を逸らす。淡々とした声が出てくる。

「……そうね、私もよ」

「…………」

「…………」

「…………」

 その割に慌てたり動揺しているように見えないが、ミラノならば仕方がないと妙に納得をさせられた。トーンダウンは避けられず、キョウがぽつりと言う。

「……あー……どちらかというと、俺も?」

「私もだな」

「あ、ネフィにいさま。見てたの?」

 衝撃的すぎてすっかり一番上の兄の存在を忘れていた。大きな声をたしなめられた声も、もちろん聞こえていなかった。

「……ああ。出来れば見たくなかったが」

 心底嫌そうに視線を横に投げ捨てて、胃の腑の中身を吐き出すのを堪えるように眉間に皺を寄せた。

 ミラノ自身が動かないのに自分があれを止めに行くのもいかがなものかと考え、ネフィリムはただ溜め息を吐くだけだ。

 男にとって体というファクターは非常に重要だ。

 女は心の浮気を許さず、男は体の浮気を許さないというのは常々言われている。

 誰もが結局どちらの浮気も許せたものではないと言いながら、許す人は許し、許さない人は別離をとるのだが。

 また、ネフィリムは口づけに関してエルトアニティ王子をたしなめた事がある。だが、実際のところ、14歳未満、また未婚の女、王侯貴族の女への貞節には非常に厳しいが、王都から離れれば性は清々しいほど明けっ広げだ。

 この状況は、近くて遠すぎる。

 浮気という程の関係でも無いし、ミラノの体は今、黒い“うさぎのぬいぐるみ”などという状況で、しかもあれはキス。ミラノはこの世界の人間でもない。

 嫉妬をあらわにする方が、男の程度が知れる。またあれが中身ともどもミラノであったとしても、彼女の意思があれば止める事なんて出来やしない。

 幸いと言うべきか、中身はここに居る。ネフィリムの心中は複雑を極めてしまっている。

「自分とそっくりな姉のキスシーンなんて、見るもんじゃないなぁとは思うけど、あれがそうなのかぁって思ったらなんか……罪深いな」

 ミラノの過去の恋人たちの執着した“キス”がアレらしい。

「キョウ、どういう意味?」

 罰の悪そうな笑みを浮かべ「いや……」と言ってからキョウは黙り込んだ。弟の発言を封じてから顔を逸らし、黒い“うさぎのぬいぐるみ”は疲れた声で言う。

「……探し物は見つかった……のよね……きっと」

 歩み出ようとした黒い“うさぎのぬいぐるみ”を、キョウのぽつりと落とした言葉が止める。

「……パンドラの箱」

 キョウはちらりと黒い“うさぎのぬいぐるみ”の赤い目を見た。

「──だっけ?」

 隣に居た姉をキョウは見下ろす。黒い“うさぎのぬいぐるみ”は正面を向いたまま「“霊界”の事?」と言った。

「そ、なんかさ、災難じゃん?」

 キョウは“霊界”から溢れでた“霊”によるこの出来事を、神話にあるパンドラの箱になぞらえている。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はただ淡々とした言葉を返す。

「さぁ……どうかしら」

「でも最後にミー姉の体が出てきたじゃん。あれってどう考えても明るい未来への展望だろ? なんだっけパンドラの箱に最後に残ってたもの。希望?」

 未来希という名前ともひっかけているつもりらしい。

 しかし、パンドラの箱に入っていたのは全て──災難だ。

「──……」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はキョウを見上げて、すぐに正面を向いた。

「解釈次第ね」

 パンドラの箱。

 あらゆる災厄が飛び出して慌てて閉め、箱に残されたたった一つの災厄。

 それは「未来を知ってしまう予知という災厄」だとされている。

 予知が箱に残された為に、人は未来に起こる災難を知らず、希望を持って生きられる。そういう意味で、希望が残ったと言われている。

 だが、今、目の前に最後の災厄たる「希望を失わせる予知」──「未来の希望を絶つもの」は降り立った。

 パンドラの箱をなぞらえるならば、そういう事になる。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”は溜息を吐き出し、フェニックスの頭の方へ歩いていく。

「……本当にやってられないわね……なんでこんな面倒な事になってるのかしら…………私、何かした?……」

 ミラノにしては珍しい、ぶつぶつと何やら呟きながらお熱い2人へと黒い“うさぎのぬいぐるみ”の体で歩いて行った。

 フェニックスの頭の先からティアマトまでの空は、黒い魔法陣を飛び石のように何枚も貼ってひょいひょい登っていく。当人は無意識だろうが、そのような魔法陣の使われ方は前例が無い。魔法陣は透けてすり抜けるものなのだから。

 ひょっこひょっこ左右に体と長い耳を揺らして、延々何か呟いている。それがフェニックスの背に残ったパールフェリカらに時折聞こえてくるのである。

 パールフェリカがぷっと吹き出すように笑う。

「本当、ミラノって自分がどれだけ“カワイイ”のか自覚ないわよねぇ」

「いや、でもあんなに独り言ぶつぶつ言うってめちゃくちゃ珍しいよ? よっぽど面倒臭いんだろうなぁ、この状況。きっと好きにしてって言いたいのを、見た目やらやっぱなんだかんだ言ってアレが自分だから自分が止めるしかないんだろうなぁなんて思って、本気で渋々行ってんだろうなぁ。現実逃避とかしてこっからどっか遊びに行きたいとか思ってんだろうなぁ。脳内じゃもう、先月から無課金ソロじゃ現状アップデート上の最強ボスが倒せないとかって俺にも始めろ始めろ言ってきてるネトゲにログインしてるのかも。勝ち目ないボスと戦ってんのかも。くっ……くくっ……現実も脳内も、可哀想に……ミー姉」

 キョウが肩を揺らして笑いながら言った。

 お熱い光景に渋い顔をしていたネフィリムが、ふっと表情を緩め、やはり妹同様噴き出すようにして笑った。

 片方の眉がひくひくと上下している。

「本当に、可哀想になるな」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”の後ろ姿には哀愁が漂って見えて、笑いを堪えきる事が出来なかった。

 嫉妬しようにも、ミラノの心が動いているという様子が微塵も無いのだから、あまりに馬鹿馬鹿しく、その事も可笑しかったのだ。




 フェニックスの後を追いかけてきていた召喚獣に乗る護衛騎士ブレゼノ、アルフォリス、リディクディ、エステリオ、また“光盾”のルトゥ、ソイ、オルカ、また残った10名程の発掘要員が、ぽかーんとティアマト上の2人を見上げていた。




 そっと唇を離し、“ミラノ”はシュナヴィッツを見つめたまま、口の中で混ざったたっぷりの唾液をごくりと飲み込んだ。

 ほんのり赤く腫れた上唇と下唇を舌で順になぞって、“ミラノ”は目を細め、両方の口角をきゅっとあげ、艶やかに微笑む。

「──ごちそうさま──」

 男性陣全員の心臓をぶち抜く事間違いなしの妖艶な微笑に、アルフォリスの鼻は完全にのびきって、自分も舌なめずりをしている。

 呆然というよりも、ぼーっとして我に帰れないままの男性陣を見回して、キョウは苦笑する。

「これは……みんな相当ダメージでかそうだね」

 厳しい無表情で周囲を威嚇することもあるブレゼノが、護衛対象であるシュナヴィッツからも力いっぱい目を逸らして頬を赤らめていたりする。“光盾”の若い男集団の中には指を口に突っ込んでぽかんと“ミラノ”を見上げており、彼らの鼻の下もまた伸びている。

「とくにシュナにいさまが……」

 ほんのり口を開いたまま、耳まで真っ赤にしてぼうっと“ミラノ”を見つめる兄の様子を見て言う。

「あんな隙だらけのにいさま、初めて見たわ」

「ダメージ? 一体何のご褒美だ?」

 ミラノの様子に笑いはしたものの、再び眉間に皺を寄せたネフィリム。

 シュナヴィッツは相変わらずぼうっとしていて、ネフィリムは呆れるしかない。

「……当分、使いものにならないのは間違いないな」

 風もあるのでネフィリムらの声はティアマトの上まで届いていない。



 黒い“うさぎのぬいぐるみ”がティアマトへ移り、唇こそ離したものの体を密着させたままの二人にとてとてと近寄る。

 ぬいぐるみの丸い手で二人の腕を引き剥がしにかかる。

「いつまで──……いい加減にしなさい……!」

「あら……邪魔しないでくれる?」

 “ミラノ”が黒い“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろし、けろりとした調子で言った。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”は2人をよじ登ると“ミラノ”の襟首に丸い手を当てた。掴むことが出来ない。

「ふざけないで」

「え?……え?……え? “うさぎ”から、ミラノの声?……え? “ミラノ”からミラノの声? え? えええ???」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はくるりと顔をシュナヴィッツの方に向けた。

 赤い瞳で一睨みすると、シュナヴィッツの顔色が一気に青色になった。かと思えば、再び真っ赤に点灯する。

「いや……ミ、ミラノ……これはその……ち……ちがうんだ!!」

「──何が、どう違うのです?」

 冷たい声に、シュナヴィッツは口を噤んだまま、二の句が継げない。

「いいから、その抱き込んだ腕を離してください」

 シュナヴィッツは慌ててこくこく頷き両手を離した。さらに2歩下がって両腕を挙げる。さながら白旗を上げた犯罪者だ。

 2人の腕の凹凸に登っていた黒い“うさぎのぬいぐるみ”は下にすとんと落ちた。

 すぐに“ミラノ”を見上げると厳しい声音で問う。

「──誰?」

「いやん、そんなに怒らないで!」

 声は“ミラノ”の体から出ているので当たり前のようにミラノと似ている。当然声質はそのままだが、口調が違うせいで別人にも聞こえる。

「……誰? と聞いているの」

「…………」

 見つめ合う“うさぎのぬいぐるみ”と“ミラノ”。

「……あなたは誰?」

「……そうねぇ……」

 しばらく間を開けて“ミラノ”が、黒い“うさぎのぬいぐるみ”に微笑みかける。

「“あいつ”の相手をしてくれて、ありがとう」

「……」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”が首を傾げ、“ミラノ”はにこっと笑う。

「もう少し、かしてほしいのよ」

「──それは私の体で間違いないのですね?」

「ふふっ、ありがとう。“希望”って捨てるものではないわね」

「…………何をする気?」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”の問いに“ミラノ”の表情が消える。

「この世界に祝福を──罪滅ぼしがしたいのよ」

 それでシュナヴィッツに希望のぞみを聞いたとでも言うのか。祝福のつもりか。

「…………自分の体でやって欲しいものだわ」

 “ミラノ”の顔に再び表情が戻る。

「ざんねん。私の体はずぅっと昔に朽ち果てちゃってるから無理なのよ。ごめんなさいね、未来希」

 こちらの名前を知っているようだ。

「…………いつまで?」

「それはもちろん、私の気が済むまで」

「……話にならないわ。すぐにかえして」

 この世界の民一人一人に対してシュナヴィッツへしたように問いかけをされ続けたんじゃあ、すぐにミラノの体だって朽ち果ててしまうというもの。

「それはむり。私も、自分の創った世界が今どうなっているのかも見たいもの。だいじょうぶ! 心配しないで。ちゃんと3食ご飯食べるし、お水も睡眠もたっぷりとって美容にも気を付けるわ! 安心してちょうだい、ね? だから──」

 すぅっと“ミラノ”の目は細くなり、声が低く落ちた。

「“きせきの人”……“いしずえの岩”を、よろしくね」

「──……」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”が黙ったのを見ると“ミラノ”はにっこりと笑みを浮かべ、再び明るい声を発する。

「“あいつ”ってば私に気付いたらきっと、世界に大洪水ぶちかますくらい泣いちゃうわ、ふふふ」

 反対に黒い“うさぎのぬいぐるみ”の声はさらに低くなる。

「…………何が祝福? 罪滅ぼし? ただのビッチじゃない、受け入れられないわ。さっさと人の体、かえしなさい」

「やーよ。私にはまだやらなきゃならないことがあるの。パビルサグは……しばらくは動けないでしょうから心配ないけど──あいつにも“秩序”にも見つかる訳にもいかないから、退散させてもらうわね」

 言葉の終わりと同時──“ミラノ”の足元に虹色の魔法陣が広がる。

 小さく手を振って魔法陣に沈んでいく“ミラノ”。

「まちなさい!」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”が“ミラノ”の頭に飛びつく。

「え!? うそ! 何、人の魔法陣入っちゃってるの!? え!? なんで入れるの!? ひ、非常識だわ!」

「非常識はどっちなの? 人の体であんな事……」

「きゃーーっ! せーまーーいーーぃーー!」

「──かえしなさい! それは私の、山下未来希の体よ!」

 虹色の魔法陣の中で押し合いへし合い入り込む。

 全て──“ミラノ”と黒い“うさぎのぬいぐるみ”の二人が奥へと沈み込んで見えなくなると、魔法陣は風に飲まれるように消えた。

 その後、すぐに近寄って来ていたフェニックスからキョウやパールフェリカ、ネフィリムがティアマトの上へと移動してきた。

「あーあ……シュナ王子、ハマっちゃったなこれ」

 シュナヴィッツの横に立ってキョウが言った。

 手をひらひらとシュナヴィッツの前で左右に振っているが、反応が無い。

 シュナヴィッツはぼうっと虹色の魔法陣の消えた辺りを見ている。

「……俺の勘が正しかったなら──ミー姉の事、忘れるつもり満々だったろうにな、あーあ……可哀想に……」

 キョウはぷぷっと笑った。

「キョウ、笑ってて良いの? 一人残されちゃったみたいだけど」

 パールフェリカの言葉にキョウはハッとして虹色の魔法陣のあった辺りを睨んだ。

「ちょ! ミー姉!? 俺ちゃんと元の世界にかえしてよ! うそだろ!? 俺、約束があんだってばっ!!」




>>> To Be Continued ...



蛇足編一本目になります。

既存キャラクターの再登場に尺を割きつつ、8th全体に関わる世界観ギミックを配置させて頂きました。

新キャラのキョウが色々ひっかきまわしてくれること請け合いです(*´︶`*)

各エピソードの仕掛け、8thまで続く伏線など読者の皆様を引っ張っていけるよう頑張って書いて参ります!


読んでくださる方、そして書いている私含め、一緒に楽しんでいけたら幸せだなと思っています!


ありがとうございました!!!



Twitterやってます(*´︶`*)✿

@emr

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