表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
147/180

(147)Take it easy♪(2)

(2)

 報告を終え、深刻そうに話を続けるネフィリムとシュナヴィッツ。それを囲んで聞く護衛騎士アルフォリス、ブレゼノ、リディクディ、エステリオの面々。さらに一歩引いて黒い“うさぎのぬいぐるみ”は彼らを見守っている。

 ミラノは長期戦になるものと考え、最初は出す魔法陣を加減していた。今も、息が上がらない程度に抑えて“霊”の返還を続けている。空高い頭上でまた、巨大な黒い魔法陣がゆらりと揺れて動き始めようとしている。

 一方、キョウにも緊迫した様子は伝わってきているのだが、彼にはそれよりもっと気がかりな事があった。

 ユニコーンに体を預けるパールフェリカの横にキョウは立っている。

 青い顔をして体力の限界まで“霊”の返還や、ユニコーンの“癒し”の力を使っていたパールフェリカの目は細められており、余裕の無い大人達の声に時折びくりと眉を揺らしている。

 チラリと“うさぎのぬいぐるみ”を見る。誰と言葉を交わすでもなく霊の対処を続ける様は何を意味するのかキョウにはわかる。

 キョウは二人の様子から重い溜息を吐き出した。

 ──やっぱ貧乏くじじゃん。俺がやるしかないなんてさ……。

 パールフェリカから顔を背け、苛立ちは一瞬だけ下を向いて歪めた顔に込めた。

 次に口を開く時には、もう道化を演じる。ぽんと地を蹴って軽い調子でおどけてみせる。

「ぃやーもー、なんかさ、みんなもう、がんばりすぎ!」

 無礼極まりない、両手をネフィリムとシュナヴィッツの肩に乗せ、2人の顔に笑顔を向けた。

 一斉に不興の目がキョウに向く。

 アルフォリスがこそこそとキョウの脇腹を肘で打って「黙ってさがってろ」と示してやり、リディクディが腕を引っ張って王子2人から遠ざけようとしている。

 へらへら笑うキョウの腕を、しかしリディクディは動かす事が出来なかった。意外にも力がある。わずかに目を見開いて力を強めたが動かせず、リディクディはキョウの横顔を見た。

 キョウはアルフォリスとリディクディの肩を順番に撫ぜ、にこにこと笑みを浮かべて全員を下からのぞき込むように見た。

 最後に黒い“うさぎのぬいぐるみ”と目があう。

「キョウ……」

 ミラノだけが、咎めた様子ではない。許容している風でもないが、キョウはそれを力にしてさらに続けた。

「いやもう、何その目、皆どうしちゃったの? あー、俺、確かに状況ちゃんとわかってないかもしんないけどさぁ」

 そう言ってふらふらと歩いて肩をすくめて見せた。

 キョウは気付いていないが、誰も口を挟まないのは、あまりの演技臭い様子に全部聞いてやろうという気になったせいだ。

「気楽にやるっきゃないって! それで誰にもどーにもできないなら、しゃーないでしょ」

 うんうんと自分に頷きながら「ね? ほら、肩の力を抜くっていうか?」と、アヒル口を作って言った。

 完全に空気をぶち壊しに掛かっているキョウへ、姉としてミラノがフォローのつもりで「…………無理をしないで。少し黙って」と言ってやる。だがキョウは殊更オーバーリアークションを取り、“うさぎのぬいぐるみ”の傍へ近寄った。

「うっわ!! 待って! ミー姉! なにそれ! すっげショック!! 全然無理してないし? ミー姉いきなり冗談言うのやめてよ、キャラ違くてわかりにくいんだからさぁ!」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はふいとキョウから顔を逸らした。弟が口上をやめるつもりは無いと悟ったから。

「キョウ、気楽というわけにはいかない」

 両手をわきわきさせて小さい姉にすがるキョウに、ネフィリムが横から言った。

 キョウは眉の上、額をひくりと笑顔のまま揺らした。

「……」

 弟がぶちりとキレたという事にミラノは気付いたが、止めに入る隙さえなくキョウは真面目な顔をしてネフィリムの方を見た。

「……俺はね──」

 キョウは、この世界から言うところの“異界”から来ている。

 ここは、ネフィリム達の、召喚士達の世界。

 キョウは違うところだらけだろうと思っているし、今の状況だってどれほどの事なのかもわからない。詳しく教えてもらえていない。

 それでもキョウにも言いたい事がある。

 ネフィリムの蒼い瞳と一歩も引かないキョウの黒い瞳が真正面からぶつかった。

「俺は、確かに状況よくわかってねぇんだと思う。けどさ、だけど……」

 ──わかんね、なんも。真っ白に近い、だから、言える気がする。

 キョウは溜息を吐いてから、反発をあらわにする。ミラノの言う、持たない男の面構つらがまえ

「子ども連れてきて、大人がやべえやべえって言ってたら、まずいでしょ!?」

 眉間に皺を寄せてキョウは力を込めて言う。

「自分に出来る事があるって思ってる子が無茶しすぎちゃうでしょ? なんで見えるとこでそういう事すんの?」

 そこまで言ってキョウは黒い“うさぎのぬいぐるみ”を振り返った。

「そんな事もわかってなくて大人やってるわけ? 姉貴面すんの? 無理すんな? 無理しなよ!? 無理してでも隠しなよ? 切羽詰ってんのかもしんねーけど、周り見る気ねーでしょ」

 ミラノ相手の、姉相手の発言なのでギリギリでの許容範囲と言える。王族に向けた言葉だったなら、簡単に首を跳ねられかねない発言だ。

 空気を読んで世渡りを気にする割に、我慢がならなくなるとキョウは引き下がれないのだ。

 自制出来る程の年月を生きていない。

 空気をぶち破ってでも、譲れないとなると止まれない。

 本人なりに多少の自覚はある。最後の最後で、損な気質なのだ。悪者になるといってもなりきれず、偽善者で居続ける事も出来ない。だから、貧乏くじ……。

 人は誰も、常々“大人”であり続ける事は難しい。

 大人とは年を経たからなれるものではない。経験を経て、己を律した時、大人たりえる。

 なのに現実は大人と言われる年齢が来てしまったら、大人である事が求められる。あるいは父となった時、母となった時、どれだけ若かろうがそれだけのものが求められる。父、あるいは母たりえなかった時、周囲は不幸に見舞われる。

 目を細めてから、キョウはふらついているパールフェリカをちらりと見る。既に“相変わらず”の紫の顔色をしている。

 視線に気付いたパールフェリカは慌てて顔を上げた。

「や、やだ、キョウ。私は全然平気よ! そういう気遣いなら、うん、欲しくないわ!」

 パールフェリカは自らのわがままでついてきた。足手まといに思われてはならないと心に決めているのだ。

 キョウの目にはパールフェリカの様子は健気にしか見えなかった。

 誰も、ここの大人が誰も、気に懸けてやらない事に腹がたった。

 パールフェリカの思いならキョウには透けて見えている。

 ──置いていかないで! 私、ここにいるじゃない!? こっちを見て! 私を見て! お姫さまなんかじゃない私を、パールフェリカを見て!

 そんな叫びが聞こえる気がしてたまらないのだ。だって本人は、置いていかれて、見向きもされていないと思い込んでいるのだから。

「パールちゃん、がむしゃらにむちゃくちゃにやるって事は、頑張ってるって言わないんだぜ。俺、泣いちゃうよ? 自分じゃわかんないかもんないけど、すっげぇ顔色してるよ? 冗談抜きに死にたいの? ね? そんな事してたって、自信って手に入んないよ?」

「…………」

 ──図星だ。

 思わず顔を逸らすパールフェリカ。

 キョウはミラノに向けていた体をパールフェリカの正面に移動させた。

「自信ってのは、自分を信じるって事でもあるけど、信じる自分を知ってるって事なんだよ?」

 パールフェリカの顔がゆっくりとキョウを見上げる。

 あの話の続きだ……──わからないと思っていたキョウの言葉が、今度は染みてくる。

 ──だって私はまだ、自分を捕まえられていないもの。信じるも何も無いわ。だから、自信なんて……。

 眉間にぐっと皺を寄せたキョウは普段よりも早口になる。伝えたい。

「自分を知ってて、出来る事出来ない事分けて──ちゃんと自分をわかってるから心の内っ側だって他人ひとに晒せるんだ。嘘偽りない本当の自分でいられるんだよ。素の自分見せられるんだよ。自信と強がりは違うからね? 自分を信じて、人を信じて、どっちも受け入れて、どっちにも、頼れるって事なんだよ? どんな大変な時でも自分を頼って、人を頼って、なんとか出来るってわかってる──それが自信もってるって事だよ」

 キョウはパールフェリカの蒼い瞳を真っ直ぐ見下ろす。逸らすことを許さないとでも言うかのように。

「順番なんてどーでも良いんだ。先に人を信じたって、頼ったって。どこで頼ったかで、何が出来なかったかでも、自分が見えてくるんだ。出来る事が、全部じゃない。出来ない事は恥じゃない。自分を恥ずかしいなんて思う必要なんか、どこにもない! パールちゃん、まだ……若いし、女の子なんだから、さっさと頼っちゃえば良いんだよ。何、身内に……兄弟にまで気遣ってんの? そんなの、寂しいじゃん!?」

 パールフェリカの唇が揺れた。心の内側に隠している事が、見透かされている。

 ──にいさまたちは凄いわ。私も価値が欲しい……にいさまたちに認められるくらい……出来なくて、出来ない事をおどけて悔しい自分を隠すんじゃなくて、出来るようになって、本当は、何かの助けに……お荷物は嫌、必要とされていたい。

 への字口になるのをこらえ、パールフェリカはキョウを見上げた。が、言葉を発する前に視界が陰った。一気に全身の力が抜けていく。

「──え……嘘…………あれ…………?」

 ユニコーンから体を離した瞬間、パールフェリカは前のめりに倒れてキョウに支えられた。

「ぇぇええ!?」

 慌てたキョウの声も強烈な睡魔を妨げる事は出来ず、パールフェリカの意識はまどろみに落ちた。同時にユニコーンもふいと消えてしまう。

 キョウは力の無くなったパールフェリカを支え、姿勢を正すとネフィリムを見た。

「お、おおおれ!? あれ!? おれ?? ご、ごめんなさいっ!!!」

 ネフィリムは静かに首を横に振った。

「……」

 ネフィリムの表情は皮肉げな笑みを浮かべているが、眼差しは真剣そのもの。キョウは理解を得られていると思い、自分のせいでパールフェリカが気を失ったかもという動揺は引っ込めてゆっくりと告げる。

「気付いてました? ネフィにいさま。あなたの妹のパールちゃんは、かなりの無茶しぃだよ」

 ミラノの弟としか見ていなかったキョウが思った以上にパールフェリカと交流を深めていたこと、リディクディやアルフォリスとも親しげにしていることについてネフィリムは一旦、横に置くことにした。──そう、キョウはミラノの弟だ。あっという間に人の心を掴んでいても不思議は無いのだ。

「……そうだな」

 パールフェリカとキョウの間にあるものは触れず、ネフィリムは低い声でうなずいた。

 よくよく考えれば、パールフェリカが紫色の顔色になることはとんでもないのだ。すぐにトエド医師に診せ、休ませなくてはならない。

「余裕を見せられなくては、ならなかったな」

 パールフェリカが自分から動きまわって倒れるような事は初めてだと思い至ったが、ネフィリムはふと黙した。

 ──いや、ミラノを召喚していた時も自分の事を顧みず、ミラノに力を使わせていたな……。

 弟を妹を護りたいと、幸せであって欲しいと常々思いながら、自分は何をしていたのかとネフィリムは悔い改めた。

 キョウを見れば、先ほどまでの“熱”は消え失せ、肩をすくめている。

「──パールちゃん寝ちゃったし、もういいんじゃない」

 大人のふりはもう要らない、という事らしい。ネフィリムはふっと微笑う。

「キョウも勘が良さそうだ。出会ったその日でパールの性格を見抜くとは」

「えー? すぐわかるじゃん。パールちゃんって。中身、ミー姉と似てるし。キャラは違うけど。本人なんて事ない顔してさ、周りにあわせて? 自分の役目決め込んじゃって? ムリしちゃうってトコとか? “自分”っていう役割、演じきろうとするとことか?」

 ちらっと黒い“うさぎのぬいぐるみ”を見るキョウ。

 役割を演じる、大人として、人として、親として、あるべき姿を目指して、そういうロールプレイは世にも求められて必要な事だ。

 13歳になってそれほど間もない、子供でも大人でも無い年頃に入ったパールフェリカの前ではなおさら、必要な事ではあった。

 だが、打つ手が無くなった時、大人であれ子供であれ変わらない。

 経験を経て防御壁や対抗策を講じていたとしても、本質にあるものは子供の頃から変わらず誰にだって出来る事と出来ない事があるのだ。

 だから、キョウは日頃からミラノに対して思っている。

 一人じゃないんだから、もっと気楽にやれば? ──と。

 全力を尽くしてもどん底に陥ってしまった時、泣きじゃくってもいいはずだ。

 キョウが曲げずに持っている信念みたいなもので、常々、姉に伝えたいと願っていることだ。

 誰だってみっともなく助けを求めたっていいんだ。

 人を頼ればいい。

 何も出来ないとわかって、でも何かしなければと立ち向かうなら、人の力を借りながらでも、体の力を抜いて出来る事をすればいいはずだ。

 その時、結果なんて気にする必要は無い。

 人からのひどい評価がくだろうが、それが今の評価ならば仕方が無い。

 諦めて負けない──それで良い。何も気に病むところではない。

 大変な時なら自分の力にあったやり方で乗り越え、その後また頑張ればいい。取り戻せばいい。

 その繰り返しだ。

 キョウがパールフェリカに話した「毎日を積み上げる」というのは、そういう意味だ。

 常に、次を得る為に今を踏ん張らなければならない。

 キョウとネフィリムの交わす視線には、すでに和やかな色がにじんでいる。

 この程度の事で怒りを顕わにするような主人──王子2人ではないとわかっていても、アルフォリスとリディクディは少なからずヒヤヒヤしていた。

 いくらミラノ様の弟とはいえ、何かしら処罰されるんじゃないかと無駄に気を揉まされ、結局ホッと息を吐いている。

 パールフェリカを抱え直すキョウにミラノが言う。

「…………──偉そうに言ってくれるけどキョウ、“あの人”の受け売りじゃない」

 姉はやっぱりすんなりとは受け入れてはくれない。

 片方の肩と、同じ右の口角を引っ張り上げてキョウはニヤリと笑った。

「否定出来ないくせに。ミー姉が俺に言ったんだぜ。“出来ない方がいい”って。考えたんだけど、つまりさ、ミー姉は、俺に“出来ない”意見を言わせたかったんだろ? 出来るようになると、出来なかった時を忘れるから」

「……あまり深い意味で言ってないわ」

 はっきりと否定しないところを聞いて、キョウはさらににまっと笑った。

「ミー姉が“自分”をさらけ出せる相手を見つけられるまでは、俺が言い続けたげるよ。知ってんの、俺だけだしね。──代わりに、忘れないように」

 目を細めつつ、にまーっと笑って、キョウは場違いに弾んだ声を出して空気をぶち壊す。

「“気楽に行こうぜ”、ミー姉!」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はその小さな肩をひそめて「──バカね」と笑みを含んだ声で言った。だがすぐに声を改める。

「こんな状況で言って良い言葉じゃ、ないわ……」

 語尾が小さくなった。

 キョウの言葉から、思い出される声がミラノにはあったから。

 ミラノの過去の恋人たちを知るキョウの言った言葉は……──“あの人”は昔、泣きじゃくるミラノの手を取り、こちらを覗き込んで言ったのだ。

『だけどミラノ、気楽ってのは、強がって無理矢理がんばることじゃなくて、出来る事でどうにかするって意味だからね。笑ってたって別に頑張ってないってわけじゃないんだよ?』

 出来ない事は出来ないと受け入れる。

 自ずから、出来る事は浮かび上がり、それを信じる時、自信となって本来持っている力を発揮出来る。

 その力をこそ、人は実力と──才能と呼ぶのだ。

 ──出来る事……。

 ミラノのはゆっくりと丸い手を胸に当てる。

 そうして、ぶち壊された空気は新たな空気に生まれ変わる。

 キョウはその意味をよく知っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ