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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
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(141)らんちき(2)

(2)

「うおお! すっげ! なにこの少年! 光っちゃってるよ! 羽がめっちゃあるよ!? いいのこれ!? 2枚じゃなくていいの? ぶつかんない!?」

 真っ先に声を上げたのはキョウだ。

 飛び込んできた光に対して、ミラノとキョウを除いて全員一様に飛び退って距離を空けた。

 シュナヴィッツや護衛騎士らは刀を抜き、ネフィリムはその肩にフェニックスを召喚した。皆、剣呑とした気配を放つ。

 異界からの来訪者であるキョウは平和ぼけしたのんびりした態度で少年天使の姿がはっきりするまでを見守ろうとしていたが、この世界の住人たちの反応に視線を走らせ──瞬時に前へ飛び出したのだ。

 身構えるシュナヴィッツらを押しのけて前に出たキョウを少年天使は睨んだ。

『……お前こそなんだ、ミラノの姿によく似ているけど』

 少年の身長は人間の子供と変わらない程だが、爪先立ちの足先は床から指2、3分本浮いている。

 誰よりも前に出て、少年天使──レイムラースに最も近い場所でキョウは小さく手を挙げた。

「あ、俺キョウっていいます、ヨロシクネ。てか君なんで光ってんの? これ何のコスプレ? 羽って重くない? つか最近ゲームとかミスコンなんかでよく見るけど、俺あんま羽に魅力感じてなかったんだけど、これ、実際見るといいね。かっこいいよ」

 キョウは一気にまくしたて、少年の羽に手を伸ばした。

 羽はキョウを避けるようにゆらりと6枚全て後ろに持ち上げられ、広がった。軌跡に銀の光がこぼれる。

『お前に用はない』

 少年は黒い“うさぎのぬいぐるみ”へ視線を移した。

『ミラノ、アルティノルドが“封印石”から出ていって何かしている。クーニッドの空はもう大嵐だ。誰も止められない。アルティノルドは霊界に対して何かしているとシェムナイルが言っている。霊界はアルティノルドの世界じゃない。止めないともっとおかしな事になる。すぐにアルティノルドのところへ行ってほしい』

 シェムナイルは──七大天使の長である光のアザゼルの対にあたる闇の天使。七大天使の中でも最も霊界と関わりのある天使だ。

「……すぐにと言っても、今の霊界を渡るのは無理よ、レイム。荒れ方は酷くなる一方。とても思った通りの場所に出られるとは思えない。そもそも私がアルティノルドに会う意味、あるの? 既にいくら話しかけても上の空だったのに、私に何か出来るとは思えないわ」

『それでも──だ! アルティノルドを除いたら、この世界そのものに関われるのはあなただけなんだ!』

 言葉にあわせて少年の6枚の翼が部屋を埋めつくさんばかりにぐわっと広がる。同時に銀色の光の欠片がいくつも舞い飛んだ。

 ネフィリムが前へ出ると、レイムラースの視線もそちらへ動いた。

「クーニッドに行ければ良いのだな? レイムラース」

『…………』

 ミラノがレイムと呼んだ少年天使がレイムラースであるとすぐに察する事は出来た。だが、敵であるか味方であるかの見極めは必要だった。

『人間がでしゃばる場面じゃない。巻き込まれても守りきれるか、保証出来ない』

「──レイム」

 特に咎める色があるわけではないミラノの声に、しかしレイムラースは早口で言い立てる。

『人間を嫌ったりしてるわけじゃない、ミラノ。僕だって少しは変われた。2度も死なせるのは忍びないって言ってるんだ。しかもアルティノルドがああじゃ、僕の時みたいに死んだ者を蘇らせることは出来ない。人間はどうしたって脆いんだ』

「私達だって死ぬ気は無い。だが、このままでは世界そのものがどうにかなってしまうのだろう? ならば行かずしてどうする。レザードは父上に伝えてくれ。シュナ、ブレゼノ、アルフ、ついて来い」

 こっそり部屋に入って来て少年天使の姿に目を白黒させていたアルフォリスがネフィリムを見た。

「え? 殿下? これ、何事です??」

 アルフォリスは怪物のような堕天使だった時のレイムラースに四肢を切り刻まれた事がある。この少年天使が何者かを知ればさらに驚く事だろう。





「ルトゥ!」

「──え?」

 ステュムの硬い翼で大雑把にぶった斬った森の“主”──巨大猪を小分けにしていた時の事だ。

 空を見上げていた少女──レーニャが“光盾”長ルトゥを呼んだ。

 クーニッドの村から歩きならば4日分離れた場所、森深く人の来ない場所で、“光盾”の主要面子が冒険者としての最も楽しい一時──猟果を捌く活動をしていた。

 腰に佩いていた長剣を抜いて“主”のはらわたをバラしていたルトゥは顔を上げ、声のした方を向いた。

 人の背丈よりも大きな岩の上にレーニャは立っていて、東の空をまっすぐ指さしている。

「なんだぁ?」

 両手を血まみれにしたオルカやソイも束ねた“主”の毛皮の間から姿を見せる。

 曲げっぱなしだった腰をとんとん叩きながらレーニャを見上げた。

「空、へん……」

 掲げた腕をそのままに、レーニャがこちらを向いて無表情のまま言った。

 空を見上げようにも木々があってよく見えない。

 レーニャと同じ岩の上に、ルトゥやソイらもひょいと軽い足取りで登る。

 そして、東の空を、木々の間を見上げた。

 ──風が渦巻いていた……。

 東の空。

 灰色の雲が、ある1点を中心に大きく円を描いて流れている。その端から端の距離は、ガミカ王都より広いかもしれない。

 灰色の雲と言っても濃度に差があって、もくもくと広がりながら形を変えている。回転は早く、おどろおどろしい様相を呈す。

 横から差し込むオレンジに近づく夕暮れが、得たいの知れない妖気を思わせ、一層恐怖を印象付けた。

 低く垂れ込める雲からは、時折、稲光が走っている。間をおかず、何本もの雷光が雲の間を縫うように駆け巡る。

 ルトゥだけではなく、ソイやオルカ、コルレオも空を見て絶句した。

 何年も根無し草の、旅暮らしの生活をしているが、あんな空は初めて見る。

 黄昏色の嵐は、小さな人間を酷く不安にさせた。

 全員ひっつくようにして、狭い岩に乗っている。しばらく空を見つめていたが、そのままコルレオが言う。

「おい、ルトゥ、あっちはセイル達が居るんじゃないのか?」

 声にはっとしたルトゥは目を細め、空に背を向けて岩から飛び降りた。

 セイルはルトゥの夫で“光盾”の副長をしている。

 発見した“お宝”の引き上げ作業の指揮をしていたが、ネフィリムに頼まれたとパールフェリカ姫の案内にこちらへ飛んできていたところ、空で遭遇した。

 パールフェリカ姫の案内はルトゥが引き受け、セイルには王都でこの“主”を捌くだけの面子を寄越すよう頼んだ。その後、セイルは再び“お宝”発見現場へと、あの東の空の下へと、自慢の召喚獣ガーゴイルで飛んだはずだ。

 あそこでは──“お宝”発見現場では“光盾”の裏方専門要員が今もせっせと周辺の調査をしたり、発掘作業を続けているはずだった。2、30名はいるだろう。

「時間的にセイルはまだ着いていないかもしれない。でも他の連中はみんなあの辺だ」

 ルトゥに続いてコルレオ、ソイ、オルカも岩を降りた。最後にレーニャもスカートの裾をおさえつつ飛び降り、したっと軽く着地する。

 オルカがルトゥの背を追う。

「おいおい……避難するにも飛翔召喚獣が足りないんじゃないか」

 ルトゥは一つ頷くと全員を見渡す。

「ここはコルレオとレーニャに任せる。セイルに伝えてもらった王都からの応援がすぐ来るはずだから、引き続き捌いていってくれ。レーニャ、大変だとは思うが、血に飢えた森の雑魚を蹴散らすのは、一人でやって欲しい」

「うん、大丈夫」

 森の木々の間から、どすんと足音をさせてレーニャの召喚獣である巨大牛のカトブレパスが姿を見せた。

 カトブレパスの頭は、持ち上げれば森の木々の上に出るほど大きい。その頭の上に乗っていたレーニャだったから、木々の天辺を草原のように見下ろせた。東の空の異変に気付くことも出来た。

「ソイ、オルカ、二人とも行くよ」

 ルトゥを含めた3人は、手足の血を手ぬぐいで拭くとそれぞれの召喚獣を呼び出す。

 赤い怪鳥ステュムと茶色のペガサス2頭がそれぞれの魔法陣から浮かび上がる。

 手ぬぐいを捨て、3人は召喚獣に飛び乗ると一気に空へと舞い上がった。

 空に出たルトゥは夕暮れ間近の風を全身に浴びながら東の空を見た。

 不気味に分厚い雲が、どろどろと動いている。辺りは夕日に赤黒い。

 ──一体、何が起ころうとしてる……。

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