(014)召喚?ヤマシタミラノ(1)
(1)
アルフォリスと呼ばれた護衛の男は飛び立ってから30分も経たない内に慌てた様子で戻った。
エステリオが“うさぎのぬいぐるみ”を抱えてこの城に入った時のように、ヒポグリフが屋上に足を付き、勢いを殺しきれず駆けている途中でアルフォリスは飛び降りる。ととっとたたらを踏んで、片手をぐるりと回してバランスを取った。
聖火を護る男らは10名程度居るのだが、彼らから距離を置いて、アルフォリスはネフィリムに報告をした。ネフィリムは耳を疑ったようだ。やや声を上擦らせる。
「飛翔系で、500?」
その時、ミラノはまだ屋上でネフィリムと居た。居たというよりも、無くならないようにと荷物のように抱えられたままだった。無くならないようにと言うのはミラノにとっては心外極まりないが、この城で迷子になる自信ならあった。
何とはなしの“召喚獣”について話を聞き、彼らが“異界”だという日本との接点を探していた。ネフィリムは“召喚獣”や“召喚霊”に大変興味があるらしい、好きなものを語るという事を厭う人はあまり居ないので、ミラノが期待する以上に色々と話してくれた。
ネフィリムは聖火の管理だと言って、主賓客を招いた昼食会を辞退していた。フェニックスから“くさい”という報告が無ければ行くつもりはあったらしい。フェニックスからの報告というものが、あの見つめあっていた間に行われたのだとして、一体どうやって伝えあったのか、ミラノには不思議でならない。
国内外からの賓客への昼食会には、パールフェリカ、ラナマルカ王、先ほど空中演舞を披露したティアマトの召喚主シュナヴィッツが列席しているという。
アルフォリスが戻ったのは、ネフィリムが聖火警備の男らと昼食を取っていたところだった。
ネフィリムは、つまり王子である。彼を見る限りこの国の“王子”というものはミラノのイメージするガッチガチの身分や完璧に固めつくされた形式というものにあまり縛られている感じは無く、ざっくばらんとした印象がある。これがネフィリムの人徳なのか、今この作業場だからなのかはわからないが、大企業の社長と平社員というイメージではなく、現場で一緒に汗水垂らす小企業の社長と従業員といった、冗談も交えるような砕けた印象で、仲間のように打ち解けた雰囲気があるのだ。用意していたのであろうバスケットからサンドイッチのような調理パンを出して一緒に食べて、笑っていた。
広場や町並みはこの大きな祭りを謳歌し、出店やら観覧にとごった返した人々の声で溢れ、賑わっている。
背後で聖火を護る役割の男達が、街に溢れるものとは異なる声音でざわつく。
少し、漏れ聞こえてしまったか。
聖火という点で話をするならば、王都警備網をそれらが抜けてきて聖火をもし消しでもしたならば、パールフェリカは不吉の子、モンスターを、災厄を呼ぶ子というレッテルを貼られる。国中をまことしやかにこの噂が駆け巡れば、民らはパールフェリカを厭い、さらにこの国を行き来する商人らが来なくなる、遠からず、モンスターに滅ぼされる国だと。
聖火は、絶対に護らなくてはならない。今はネフィリムが居るのでフェニックスが倒されない限り消えないという思いがあるため、悲壮感は無いが、彼が居なかった時代、フェニックスが居なかった時代は聖火に関して、人々は神経質すぎるほど心を傾けたものだ。
「わかった。アルフは急ぎこの旨、陛下に奏上してくれ。それからシュナにブレゼノを北の要所サルア・ウェティスへ戻すように伝えくれ、500もの飛翔系が抜けたとなると陥落か……いや、シュナはスティラードをウェティスに残して来ただろうから何とかもって……壊滅は免れているはずだ。……ティアマトとマンティコアが抜ける今日を狙われたか──。シュナの護衛はお前が引き継いでおいてくれ」
「………………」
ミラノは聞かなかった事にした。色々な意味で、聞くべきでないと囁く心の声がある。
名詞があまりにも多すぎるから、スルーである。
わかったのはシュナヴィッツの愛称と彼の召喚獣位だ。そこまではまだいい。
あまりにも不吉そうな単語がある。“壊滅”だなんて、何の話だ。
「ネフィリム殿下は?」
「私はしばらくここから動けないだろう、何も無いなら城内にさえ居れば聖火も問題は無いのだが……もし防衛ラインを突破されでもしたら直接“炎帝”を動かさなければ……」
「いえ、王都内で、聖火維持の為、この場所から大きく動かせないフェニックスでは無理があります。逆に敵を呼び寄せてしまう可能性も……。ネフィリム殿下はレザードにアンジェ姫をエスコート……護衛をさせておいででしょう? 私まで離れては殿下ご自身の護衛が──」
「……………………」
名前がまた増えたようだ。一人一人、もしも紹介されるような事があれば、記憶に刻む事にしよう、ミラノはそう決めた。
「私はしばらくいい、不要だ。王都の防衛網は確かに厳重だが……今日は賓客も多い、そちらの方が重要だ。敵の種類は見極められたか?」
ネフィリムは話を逸らした。
「……ワイバーンがメインのようで、8割はそれです。いいですか、ネフィリム殿下はここを動かないでくださいね?」
「わかった、出来るだけそうする」
アルフォリスが下がると、ネフィリムはうさぎを小脇に挟んだまま、右手を顎に当てて思案顔をしている。ミラノはそれをしばらく眺めた後、発言する。
「そろそろよろしいですか? 先ほどから力が加わっているらしく、綿がぺたんこになってしまいそうなのです」
「え……ああ」
そう言ってネフィリムは厳しかった表情を解いて、腕を緩め、“うさぎのぬいぐるみ”を胸の前へ廻し、片腕で抱き上げる形で持ち直した。
「黙っているから、君が居た事を忘れていたよ」
ネフィリムは困ったような笑みを浮かべた。
「………………」
「そういえば、ミラノは何も食べないのかい?」
「ええ、お腹は空いていません」
昼の時間なら過ぎている。普段なら空腹でそろそろ頭痛でもしそうなものなのにとミラノは不思議に感じていた。同時に“うさぎのぬいぐるみ”は何を食べたものかと考えてみたが、答えは出なかった。
それから聖火を護る男らも、ネフィリムも何も言葉を発さなかった。城下街は相変わらず祭りの喧騒に満ちているのに、華々しい聖火の下は気味が悪い程静かだ。
「……!」
ぼんやりと眺めていた空に一匹の獣が舞った。
どのような獣かよくは見えなかったが、その背には、薄紫の衣装と鎧で固めてある人がいる。あの色は、シュナヴィッツの後ろに居た護衛の男ではないか。確か、ブレゼノとか言ったか。先ほどアルフォリスとかいう男にネフィリムが“シュナにブレゼノをどこかに戻すよう伝えよ”と命令していた。──動き始めたようだ。
それを皮切りにして、城内に剣呑とした空気が満ちてきたように感じられた。
しばらくして、城の裏手から続々とドラゴンやらヒポグリフやらペガサスやら、ミラノがまだ名前を確認していないような飛翔する“召喚獣”が飛び立つ。それらには鎧を纏い、手には人の身長の倍はありそうな槍を抱えた兵士が乗っている。軍隊が、飛び立っていく。
それから、1時間余り、重苦しい空気の中にミラノは居た。
「……敵が500、8割はワイバーン。これは酷い状況ですか?」
式典の際ミラノをぶら下げた柵の傍で一人、ネフィリムは城下町を見下ろしている。一人と言っても小脇に“うさぎのぬいぐるみ”が挟まれている。
ワイバーンという名前自体は、ミラノも聞いた事がある。日本に居た頃、ゲームやら小説やらでお目見えしたファンタジー系モンスターの名前と一致する。
「大概、酷いね……。飛翔系はね、軍でも30から50居たらとてもいい方だ。これで言っている意味が伝わるかい?」
敵は500飛んでくるという。
「こちらの防衛ラインに、飛翔系はどれ位いるのですか?」
そうミラノが問うとネフィリムは“うさぎのぬいぐるみ”を下ろして立たせた。彼は空いた腕を組んだ。この“うさぎのぬいぐるみ”は一人で動き回れたのだという事を思い出したのだ。
「北の要所、シュナが居た所だが、60配置していた。内8騎は今日王都に来ていた。シュナのティアマトと6騎のドラゴン。あとシュナの護衛ブレゼノのマンティコア。敵の通ってくるルートに配置してある砦の飛翔系召喚獣の騎兵は50だ。王都から先ほど100は発ったようだが。あとは東に20、西に50、南に30居る。王都にはあと50残っているだろうが……」
「合計で360」
ミラノが小さな声で言った。具体的に、どれ程酷いかわかった。国中からかき集めたって数は負けている。
「飛翔系召喚獣は、少ないんだ……」
数が負けているのに無策でぶつけても意味はない。先ほど発ったという100とやらは、対策を持って行ったのだろうか。
海外旅行気分などというものは、早々に霧散させられた。まさかこんな状況がやってこようとは。
「敵が500、8割はワイバーン……これは今までに──」
「かつてない規模だね。私達が浮かれてでも居ると思っているのかな。我がガミカ国周辺の飛翔系モンスターの総攻撃……といった所だ。散発なら問題無いが、まとまって来られると目も当てられないな」
──北の空の一部が、黒く染まった。
快晴の空の異変に、城下町にも剣呑とした空気が駆け巡り、殺気だちはじめる。既に、城下町には正規兵が送り込まれ、とっくに祭りは中断されている。
「数は400……ワイバーン以外は倒しましたって所か。どれだけ生き残ったかな、うちの軍は」
ネフィリムはいつの間にどこから持ってきたのか、双眼鏡で北の空を覗いて言った。双眼鏡はミラノのイメージする量産型の黒いものではなく、紺色がベースでややゴテゴテした、金の装飾がある。
この屋上より北東に背の高い塔がある。その頂上付近の兵士らしき男達がばたばたと走り回っている様子がミラノの目にも止まった。彼らが王まで伝令するのだろう。
何気ない雰囲気でネフィリムはそのがっしりとした作りで重量のある双眼鏡をミラノに渡した。ネフィリムの持つ手の印象から重さを適当に想像して受け取ったが考えていたより重く、受け取った手が一度がくんと下がった。それをよたよたと“うさぎのぬいぐるみ”は持ち上げ、黒く染まる空を見た。
「ここまで来るのですか」
ミラノの声は疑問ではなかった。
「被害を出さないようにするのであれば、退ける事は難しいだろう」
「被害を出しても良い場合は、どうするのです?」
「私の“炎帝”で焼いてしまうのかな。だが山まで燃えたら手が付けきれない。どれほどの人が生き残れるのやら。王都でそんなマネは出来ない。結局、被害の少なそうな方を選ぶしかない」
双眼鏡の向こう──。
ばさりばさりと、大きな翼が揺らいでいる。体はグレーから黒のグラデーションで、斑点のような染みがある爬虫類。先ほど空中演舞で見たドラゴンとは異なり、光を照り返す事はなくどこかぬめってさえいそうだ。ドラゴンは4本脚だが、ワイバーンは2本の少し長い脚が垂れ下がっている。膝から下は細く見えるが、太ももは異様に太く筋肉で固められている。その脚の爪は大きく鋭い。ドラゴンなら腕のある箇所に大きな翼が生えている。腕と翼が一体化でもしたような印象がある。尻尾は細く長い、棘が生えているようにギザギザだ。顔は細長く、開いた口には細かい歯がびっしり生えていて、黄色く長い。涎が長く垂れていて、飛び散らせながら空を舞う。
ハエかゴキブリでも見つけてしまったかのように、双眼鏡の視野を飛び回る敵というモンスターをミラノは不機嫌に、しかし“うさぎのぬいぐるみ”の表情は変わる事なく、見回したのだった。